【第一巻 完結】一閃断空のバーサーカーナイト

七種時雨

第36話 狂化の原因

 ゴクリと喉を鳴らして、冷たい紅茶を飲む。
 冷たい液体が喉を通るが、身体の火照ほてりは収まらない。

「無限に見れるわね……」

 剣を振るっているのか、それとも当てているのか。
 近づく敵も、逃げる敵も、バッサリあっさりと切り落とす。
 あまりにも簡単にやるものだから、何人かに彼の真似まね事をさせられるのではないかと錯覚してしまう程である。

 もっともそれをした結果……というより、第二の夜明けの騎士になる夢を見た結果、誰も夢をかなえられぬままに死者が増え続け、トリヴァスでは新法――近接戦闘機への搭乗許可制度ができていたりする。

 そもそも、なぜ銃で戦うように発展したのか? と考えれば簡単にわかる話。
 圧倒的な死亡率の高さが、距離をとって戦うというスタイルを身につけさせた――つまり近づく阿呆あほうはみんな死ぬ……ラスター以外は。

 傍目はためにはふわふわと剣を振って敵を切り払い、死骸をつかんで敵の位置取りを調節して、そのままビームソードで綺麗きれいな直線を描いて討伐。
 四方八方から飛んでくるエネルギー弾を、当たり前のようにかわしきり、よもや当たるかと思われたエネルギー弾は、偶然にも近くを飛んでいた隕石いんせきによって遮られる。
 その上でなぜか剣を振って見せると、ちょうど後ろから現れたワームビーストが死骸へと変わる。

 もっとも、偶然だの運良くだと思うのは、カンザキから見た感想である。本人は、どこのも運の要素を感じていない……だが、実際そうでなければ、こんな心臓に悪い出来事の連続を対処できるはずもない。盗聴器越しのラスターは、今も鼻歌混じりで敵を斬る真っ最中である。

 ReXに盗聴器を仕込む利点は意外と多い。
 あえて通信を切ってみると、静かな宇宙が悪いのか、存外ペラペラと独り言を話す人は多く、そしてそれらの大体が本音だ。
 情報を手に入れるにおいて、これほど便利なものはない。

『おらよ!』

 隕石いんせきを踏み台にしてワームビーストの元へと飛んでいき、敵を切り刻むそばで、後ろ側へと飛んでいく隕石いんせきも、わらわらと湧き続けるワームビーストを巻き込みながら、デブリと挟み込んで潰していく。

「ラス、ター……」

 氷をくだき、冷風に身を当てながらPCを操作して、興奮さめたらぬまま情報収集へと移行する。
 ラスターが騎士をやっていた頃のコロニー――トリヴァスから、彼に関する情報は抜き取っており、その情報を確認しながら、カンザキは自身の身体を抱きしめる。

 そこでもラスターは一騎当千――ワームビーストもReXも、彼の剣の下に、宙へと浮かされている。

「――無罪なの!?」
 スクロールしながら見つけた、裁判記事の結果にカンザキは驚く。

 味方に対する斬撃――フレンドリーファイアならぬフレンドリースラッシュとでも呼べばいいのか悩む同士討ち。
 それも明らかに故意であるが、無罪の判決に驚く――てっきり有罪故に、ここに逃げたとばかり思っていた。

「精神錯乱による情状酌量ですらなく無罪なのね……警告無視の妨害行為が理由――ふふっ、らしいわね」
 つい先程見せた武術科への対応を思い返せば、想像は容易たやすい。

 トリヴァスでは、慣例としてブリュンセル――コロニーでの戦力十位以内に入る者が武術科の生徒を引率してのワームビーストを討伐する任務がある。
 その中で、ラスターは遠くにいる千体、武術科はコロニーを襲いにきた三百体ほどを始末する役割分担で対応に当たった。

 しかし、ちょうど近くにやってきた船団――宇宙を放浪する船が、トリヴァスでの寄港を要求し、ついでとばかりにワームビースト二百体程を始末した。
 そのせいでラスターの予想よりも早く、武術科たちは手持ち無沙汰になってしまった。

 ここまでなら、まだ問題はなかったのに――暇になった彼らは、よりにもよってラスターを助けに行くことにした。彼の援軍拒否の警告を無視して。

 武術科の生徒の中でも、助けに行こうと考えたやつらは気のいい人である。実際、子供騎士を煙たく思う者たちは、千体とのワームビーストに身を投じる彼への救援をしなかった。
 そう……これからわかることは、ラスターはもっと全員にきっちりと、余すことなく嫌われるべきであったのである。

「まぁ無罪なら、それはそれでいっか」

 てっきり弱みでも見つかるかと考えていただけに、惜しい思いをしながら画面のスクロールと並行して動画を流す。

「あぁ、これはむかつくか……」

 昨日きのうの段階では読み込みが終わらなかった動画を見ながら、カンザキはクスクスと笑う。
 暇つぶしで行われたラスターへの救援――いらないと、拒否の命令を発しているのだが、彼らはシズハラばりに話を聞かない。

 この場合は、思い込みの激しい馬鹿だとは一概に言えない。客観的に見れば彼らの言い分も分かるもんである。
 いくらブリュンセルとはいえ、年下の子供であるラスターを助けなきゃという思い。
 本人は戦いの邪魔だから来ないで欲しいのだが、引き受けた敵の数が多いため、仲間を巻き込みたくないといったツンデレのようにも聞こえてしまう――本人はガチギレだが。

『帰れ! 死ぬぞ!』
『俺たちにだってその覚悟ぐらいある!』

 そんな勇ましい言葉を言いながら援護に入る彼ら――だが、神経を逆撫さかなでていく序章に過ぎない。
 最初に行われた援護射撃の段階から、引率でありながら、なぜ別の場所で戦うのかがよく分かる内容である。

「うわぁ、えげつな」

 目を覆いたくなる――いや、このコロニーに来るきっかけであると思えば、非常に喜ばしい協力をしていた。
 ラスターに迫っていくワームビーストを、数体残して倒しているのだ。
 理由は単純。この戦場において一番若いのはラスターで、武術科といえど戦場に出るのは基本高校生ぐらいになってからであり――つまり彼らは年上として、とても気を使っている。

 常識、セオリーにのっとった正しい行為――別の言い方をすれば、教科書通りに行う間抜けの見本誌。
 一般的であれば、大量に迫りくるワームビースト相手に、銃で対処しきるのは困難である。
 そのため、仲間の近くに敵がいれば、援護射撃にてできるだけ数を減らしてあげることが正しい。
 過去に先輩からしてもらったありがたい配慮を、今度は年下の後輩にする。

 そんな……くっそはた迷惑な、実力差を考えずに行われた自己満足に、ラスターの嫌悪感は増していく。
 一振りで十や二十の敵をたやすく葬れるだけあって、いくら敵が近づいてきた所で問題ない。
 それどころか、一振りで倒せる敵の数は減っていても、中途半端に残される敵のせいで放置することもできない。
 ReXのこと、ワームビーストのことについては、武術科の中でも詳しい部類に入るが、戦術といった知識に関しては、なにも知らない……必要もない。

 銃を基本戦術として進化してきた戦い方であるため当然ではあるが、ワームビーストと戦うには距離を取らなければならないという基本的なことは勿論もちろん、援護をしてもらっているときは、不用意に動いてはならないとかも知らない。

 ごくまれに行われる共闘も、同じブリュンセルとしか経験がないので、ぶんぶんと乱雑に飛び回ったところで、誤射をされることがない。

 経験未熟な彼らは、AIの補正によって仲間を撃つことはまずないが、それはあくまでAIのシステム道理に、ちゃんとしている仲間に限った話である。
 ワームビーストに向かって飛び込む、常識バイバイな行為をするラスターに向かっては残念ながらビームは飛んでいってしまう。

 当たる直前に、機体を横に向けてかわすのは、超能力とか異能の様にしか見えないが……問題はそこではなく――とうとうラスターが切れた。

『なにすんだ?』
 戦場であるというのに、動きを止めて文句を言う。

『待ってくれ。誰にだって失敗はある』
 誤射した相手ではなく、ラスターの近くにいる敵を排除していた、隊のまとめ役が先程の誤射をかばう。

『帰れと言ったはずだが……死にたいのか?』
『後ろ!』

 射線が重なり援護できない状態の中、後ろからワームビーストが迫るが、害をなす前に一刀両断にされる。

『お、お見事……』
『俺一人でやれる、だから帰れ。これ以上居たら……死ぬぞ?』
 エネルギー弾やビームが飛び交う中で、くだらない話を続ける彼らの元にワームビーストがやってくるが、一キロをゆうに超える刃渡りのビームソードを振り回し、ラスターは敵が撃つよりも早く切り捨てる。

『覚悟は出来てるさ』
『そうか――』
 帰ってくれないことを理解したラスターは、そのまま誤射した相手に向かって飛んでいく。

『そんなに死にたいなら……殺してやるよ!』
『なにをする!?』
『俺の戦場に、雑魚ざこはいらねぇ!』

 仲裁に入るリーダーの機体を、逆V字にカットして手をもぎ取る。
 そして、そのまま突き進み、誤射した相手の機体の右腕を――ビームライフルを持つ手を一振りで切り飛ばし、すれ違いざまに振り向くと、高速で離れていきながら、長く伸ばしたビームソードで機体の下半身を切断する。

『なにをする!』
 やられた彼らの怒りの叫びに、対話ではない返事がされる。

『あぁ、そうか。最初からこうすればよかったんだ』
 イライラとする状況……ワームビーストを倒すのに、手加減が必要である状況に対する解答をラスターは見つける。

『ははっ、あははははは――命令だ。雑魚ざこは全員、せろ』

 ブリュンセルといえども、生意気な餓鬼が何を言っても聞く耳は持たれない――一部は賢明にも逃避したが、自分が雑魚ざこと言われたことに気づかない者や、リーダーの身に起こった被害を知り、復讐ふくしゅうに燃えて立ち上がる者が戦場に残り続ける。
 そして――雑魚が全員消え失せるよりも早く。ワームビーストの討伐が終わった。

うそでしょ……」

 大事件としか言えない事態の裁判記録――その中の項目では死者数が書かれている。
 救援者八十人中、ワームによる死因――ReXの手足がもがれ、動けなくなったところを襲われた機体も含めて、三十を超える死者が出たようだが、ラスターの攻撃による直接的死因では、死者は一人も居ないとか。

「ありえるの?」
 動画を戻してみてみれば、ワーム、ReX、ワームのサンドイッチを斬ったりしているが、視点が長く持たないので分かりとはいえ、ReXを斬る時に少しぶれているような気がしなくはない。
 わらわらと現れた援軍への苛立いらだちは――多分だが、傷つけるわけにいかない事と、無視するにしては援護射撃《じゃま》をしてくる二つの問題に対してであり、殺すことは目的ではない。

 だからこそ、被害に巻き込むことを気にせず、ついでとばかりに邪魔をする手段――ビームライフルや、それを持つ腕をもぎ取れば問題はないということまでは、カンザキとしても理解できるのだが……

「乱戦の中、そんな加減が出来るというの?」
 冷気で冷えた指をくわえて、歓喜に身を焦がす。

 それに――

「これは……知られたくないよね」

 ラスター自身の狂った実力と、かなりの腕が立つ弁護士のおかげ無罪を勝ち取っていたとしても、知られてうれしいことではない。
 それだけではなく、初めて仲間を斬った感触というのは……たとえ殺人には至らずとも、何かしら思うところはあったのだろう――かなり悪い方向に。

 盗聴器越しに歓喜の声を上げて、ワームビーストをばっさばっさと斬り続ける様子を見ながら、カンザキは快楽に身をねじらせていく。

 成熟なんてものを超えた実力に反し、想像以上に子供っぽい態度。

 ミレア=フォードとの架け橋にするつもりで、面倒事に巻き込んだというのに……
 ラスターが戦っている間、これからの状況整理や準備に対して指示を出しながら、うっとりと見守っていく。

 そうしているうちに……ヴォルフコルデーから警告音が響くのであった。

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