【第一巻 完結】一閃断空のバーサーカーナイト

七種時雨

第27話 パルストランスシステム

 二つの足音を響かせて、第三倉庫の中を二人は歩きながら進んでいく。
 一つはカンザキの足音――足の踏み場がないなんてものではなく、散らばったガラクタこそが足の踏み場であると言った状況の中、ガシャガシャとものを踏んづけながら歩いていく。

 そしてもう一つはラスター……ではない。
 不安定な足場を、神経使いながら歩いているので、物の上に乗ったところで、カシャッと小さく鳴るぐらいであり、無音ではないが響いてもいない。

 そして最後の一人――ではなく一つ。
 全身ピンク色のクマのぬいぐるみが、のっそのっそとガラクタの山の上を歩き、大きな足音を立てながら、ラスターの後ろを追い続ける。

「……なぁ、これなに?」
「ん? マークちゃんよ」
 へー……いや、名前とかには別に興味はないのだが……

 後ろに付いてくるぬいぐるみから、意識をらそうとして……ラスターは逸らしきれなかった。
「なんでついてくるんだ?」
「嫌?」
「……不気味?」
「なんでよ……可愛かわいいでしょ?」
 ――可愛かわいいか?

 ピンク色の生地で出来たクマのぬいぐるみ――造形が特別に悪い訳でもなく、キモカワイイなどといったジャンルではない。手のひらサイズであれば、ラスターも可愛かわいいと素直に受け入れられたであろう。
 だが、1mぐらいの大きさで、更には自立歩行までされると――
 なまじに大きいばかりか、メカっぽさもないので、違和感ばかりが先行する。

「というか、なんなんだこれは?」
 なんでついてくる? そもそもなんでReXの中にいた?
 疑問をぐるぐる浮かべていると、

「気になる? やっぱ気になる?」
 ものすごく嬉しそうな様子でカンザキが振り返り、ビシッと指差してくる。

 ……これ絶対気になってはいけないやつや。

「マークちゃんについて特別に答えてあげるわ!」

 ……あー、あまり興味はないかな?

 説明したがりのカンザキさんは目を輝かせている。
 なんというか、研究所で聞いてもないことをベラベラと話し始めた奴らと同じ目をしており、そういやこいつ自身も、技術畑出身だったっけ? と思い出してしまう。

「パルストランスシステムって知ってる?」
 まるで答え合わせのように、どこかうれしそうにされる質問。

 記憶の中のトラウマ――昨日きのう植え付けられた、面倒な人たちとのかかわりがよみがえる。
 質問で会話を始めるのは、あの研究所に所属する人たちの特徴なのか、それとも研究者が皆、同じなのだろうか……どちらにしても、これから絶対にめんどくさいということだけはわかる。

「はぁ……まぁ」
 気のない返事をラスターはするのだが、そんな様子にお構いなくカンザキは喜びに身を浸らせる。

「さすが、夜明けの騎士様ってわけね」
 うっとりとした様子の馬鹿に、ラスターは何を言っても無駄であることを悟ってしまう。

 それに、夜明けの騎士だから分かったわけでもない。
 元はといえば、ブリュンセル――トリヴァスのコロニーで上から数えて、十位以内の実力者として挙げられた一人として、そのシステムに聞き覚えがあるだけである。

 そして、そのシステムはいわゆる――
「欠陥品と記憶してるが……」

 もしかして怒るか? と思って様子をうかがうと、カンザキはうっとりとうれしそうになってこちらに近づく。
 そして、いとおしむように手を握り締めながら、とろけるような熱い眼差まなざしで見つめると、熱に浮かされたかのように話し始める。
「そうよ。ちまたでは、欠陥品だなんて言われてしまっているわね。でも、違うの!」

 あやしい思想に侵されたヤベェ奴にしか見えないが、偏見オンリーで言えば、研究に熱中している研究者は、周りから見れば頭が皆おかしく見えるものである――つまりは正常なのだろう。

「あれが欠陥品なんて言われる理由は、汎用性を目指したことに加えて、脊髄反射の反応まで反映すると思っていたのが原因よ? わかる! つまりはね。個人個人を完璧に――そして――それで――それから――」

 早口でまくてられる専門用語の数々に、ラスターはギュッと手を握られた手をほどいて、適当に首振り人形になりながら話を聞く。

「分かった?」
「うん!」
 ――何も分かっていない。

 最初から知っている知識から、何一つとして増えていない。

「つまり、マークちゃんはね。その証拠の一つってわけ!」

 どれ? といって聞けば、何も話を聞いていないことがバレるセリフをグッと飲み込む。

「えっと……じゃあ、このマークちゃんとやらは、自動制御じゃないのか?」
「えぇ、そうよ。これはわたしが制御してるの!」
「……そりゃスゲェ」

 ラスターが知っているパルストランスシステムとは、脳波で機械を操作することである。
 人が右手を上げる時、体の筋肉と同様に、脳波も右手を上げる時の波長を形成している――らしい。

 一時期流行はやった乗り物では、行きたいと願った方向に進む機械があった。
 それは、願いがわかる乗り物というわけではなく、行きたい方向へと本能的に動かす重心を察知して、それに合わせて動いているというだけである。
 パルストランスシステムの場合だと、重心ではなく、脳みそから出ている脳波を察知して、動くという仕組みになる……らしい。

 そして、そんな体を動かすことなく、考えるだけで、やりたいことが出来る夢のようなシステムは――夢のままに終わった。
 動く――そのこと自体は可能であったが、誤作動まみれであり、当然の話だが、使う機械にも事前に対応させる準備が必要となる。
 そして、多すぎれば多すぎるほど、複雑すぎて誤作動だらけ――少なければ、存在価値も消える。
 それが、一時期ReXに搭載予定だったパルストランスシステムについてラスターが知るすべてである。

「ねぇ、見てて」

 そう言ってカンザキは少し離れると、お上品にスカートを少し持ち上げてクルリと回る。
 ふわりと舞うスカートに、一緒になってなびく髪――見ていて欲しいのは自分だけでなく、後ろで同じように回るぬいぐるみも含めてだろう。

 目が釘付くぎづけにされる程の美少女が故に、まわすように見てしまうのは良心がとがめる。
 故に目を離した結果、ラスターはぬいぐるみの動きもばっちりと確認できてしまった。

「どう?」
 ――そうだな。ふわりと舞うスカートには息吹いぶき芽生めばえ、さらさらと振り乱れる髪は躍動感やくどうかんあふれ、なによりも揺れ動く巨乳はみだらな如し、気軽に理性を破壊しにくるのはやめるべきだと思いましたね。

「まぁ、床にこれほど物が散らばっている状態でやることではないよな」
「確かに……けちゃうかと思った」
 暴走する煩悩を抑えつけたラスターの忠告に、カンザキはテヘッと恥ずかしそうにしながら、愛嬌あいきょうまで見せ散らかしてくる。

 ――これは早く話を変えなければいけない。

 好きな話にガードが緩くなるのはよくあることだろうが、今やっているのは積極的な誘惑――攻撃となっている。

「これ、器用に動くんだな!」
 ラスターは話をらすために、人形を持ち上げる。

 持ち上げた人形は、ずっしりと中身が詰まっており、緩い重力下でなければ、気軽には持ちにくい重さであるぐらいには重たい。

「えぇ! すごいでしょ! 作ってもらったの!」
「そうか……」

 不安定な足場の上を、片足で回ってのける機械――二足歩行のぬいぐるみなんぞ、よっぽど優秀な人材が神経振り絞って作ったのだろう――お嬢様の我儘わがままに答える下っ端の苦労がしのばれる逸品である。

「ちなみに、これはわたしが作ったんだからね」
 うれしそうな顔をしながら自分の頭――ではなくヘッドフォンのヘッドバンドを指差す。

 それって自分で作るものなのか……? と疑問に思っていると、ようやく真相に気づく。
 ――なぜ、彼女は似合いもしないヘッドフォンをいつも持ち歩くのか?

「それって、もしかして脳波読み取り機なのか?」
「そうよ! だから、外しちゃうと――」
 ガシャッと音を立てて、ぬいぐるみは膝から崩れ落ちる。

「マジかよ……」
 冷静になったラスターは、状況のおかしさに困惑する。

 そもそも、後ろのぬいぐるみはずっと自動制御で動いていると思っていた。
 だからこそ不可解な動きにも、気にすることなく流していたのだが……もしかして、最初からずっと操作し続けていたのか?

「きゅーい?」
「んふっ」「きゅーい」
 ラスターは恥を忍んで言ってみると、カンザキが官能的な声を漏らし、後ろの人形が同じように鳴く。

「もしかしてさ……こいつをあの中に入れたのって、時間稼ぎだけじゃなくて、そもそも乗らせないため?」
 再度ヘッドフォンを被り、青色の光で会話が可能なことを教えてくれるカンザキに聞く。

「もちろん!」
「やはりか……」
 だからこそ、行こうとするタイミングで、気を引く行動をして、こちらの移動を妨げていたわけである。

「……? でもどうやって、分かったんだ?」
「なにが?」
「パルストランスシステムって、脳波で操作するだけだろ? でも……お前、こっちを見てるよな?」

 ぬいぐるみの行動を思い起こせば、明らかにこちらの行動を視界に入れている。
 しかし、パルストランスシステムとは、脳波からの情報をアウトプットするだけの機械であり、インプットは不可能であると思っていたのだが……

「えぇ! これで見ていたのよ」
 そう言ってメガネを外すと、クルリと回して、中のレンズを見せてくれる。
 レンズには映像が表示されており、ここからではさすがになんの映像かはわからないが、そこでラスターの動きを確認していたのだろう。

 ――なんと言いますか、こいつって……もしかして、あらゆる道具を電子機器にしたがる人種か!?
 オシャレにしては無骨ぶこつなメガネだと思ったりもしたが、まさかである。

「確か……eyePhoアイフォー」
「やめなさい!」
「……」
「通称だからって、他社製品の名前はよくないわ」
「おぉ……そうだな」
 別製品と同じ名前を使うのはよろしくないな。表記は違うけど。

「そもそも、携帯と違ってローカル通信しかできないのよ。これ」
「そう……か……」
 それがどういう意味なのか、正確には理解していないが、深く問いただせば説明の洪水にさらされる気がするので、賢明に避ける。

「それのお陰で、ここまで来れたわけ……か?」

 ――早すぎね?

 ぬいぐるみに驚いて時間は確かに取られたが、見ていたところで、ラスターに気付いて、会議室から飛んでくるには、そこそこ時間がかかるはずである。

「ま、まぁ、実質そうね。マークちゃん以外からも見てたけど……」
「へぇ……たとえば?」
「……」
 カンザキは、つーんとそっぽを向いて、必死に誤魔化そうとする。

 ――あまり言いたくないものだろう。

 隠されたら暴きたくなるのが人の性とでも言うべきか、ラスターは理由を考える。
 あまり言いたくなくて、人が確認できるもの……その上、映像で確認して、彼女が副会長ということも加味すると?

「監視カメラ?」
「……まぁ見れないこともないわ」

 副会長権限ってそんな気軽に行使していいもんじゃないよね?
 どこか誤魔化した言い方だが、バツ悪そうな表情は、告白と同義である。

「それで、監視してたのか? ――保健室前を通り過ぎるかどうかを?」
「そうよ。向かい始めたのは、あなたがトイレの前を過ぎた時だけど」
「そうかい」

 勘違いしていたら恥ずかしいもんな……真相としては、ガレスと言い合ったせいで、すぐには向かえず、確証ついでにトイレの通過を待ったわけであるが、そこまでは知りようがない。

ほかになんか小道具ってあるの?」
 どこかびっくり箱でも見ているような気に、陥り始めたラスターが聞く。

「もう、なにもないかな。でも――」
 いたずらっ子のようにクスッと笑みを浮かべて、大袈裟おおげさに手を広げる。

「驚くのはこれからよ! さぁ、付いてきなさい!」
 楽しそうに言うと、出口に向かって歩き出し――すぐに足を止めて、ぐるんとこちらに振り向く。

「あの……一応だけど、今からあなたを驚かせに行くんじゃなくて、ReXを渡しに行くんだからね?」
「そりゃそうだ」
 話したいだけの話に付き合った結果がこれであった……


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