【第一巻 完結】一閃断空のバーサーカーナイト

七種時雨

第25話 暴かれた過去

「なんでここに」
「少し野暮やぼようがあってね」
 ツンとました顔をして――は、いない。

 荒い呼吸を押し隠すように、息を抑えながらの澄まし顔は、どこか苦しそうに見える。

「走ってきました?」
「えぇ、マークちゃんを押しのけて、出撃したらどうしようかと冷や冷やしたわ」

 乱れた髪をさらっと直し、優雅ゆうがに話し始める様子は美しい。しかし、それでも呼吸はかすかに荒れている。

 それはまるで湖の上を優雅に泳ぎながら、ばた脚を頑張る白鳥のようである――って話が千年前から伝わるが、実際は知らない。白鳥なんてこの世にいるかもわからない。
 そんなことよりも、気になることはごまんとある。

「……声、聞こえます?」
 最初に気になるのはこれである。

 これまでの会話から、聞こえているのだろうと察しはつくが、いかんせん今の状態はなんのことやら。
 ヘッドフォンを首ではなく耳にかけるのは普通かもしれないが、そのヘッドフォンのイヤーカップ側面部が青色に光っている。

 それはおしゃれ……かなぁ?

 しかも、どうしてメガネまでかけているのか? 目が悪いのか、それともファッションなのか……後者だとしたら属性てんこ盛りを目指した闇鍋感しかない。

「青い光の時は、ちゃんと聞こえてるわよ!」
「青以外もあるんか……」
 小声のツッコミだが、本当にちゃんと聞こえているらしく、こくりとうなずくとヘッドフォンに触れて、赤色へと色を変える。

「この時は聞こえないわ」
 あっさりそう言うと、青色に変える。

「このヘッドフォンは赤色の時が音声遮断機能。そして、青色の時は外音取り込み機能でちゃんと聞こえるのよ」

 ――外せば良くね? ってツッコミは野暮ってものだろうか? 常識といった気もするが。

「何しに来たんです?」
 疲れとか、あきれとか、色々ごちゃ混ぜになりながらラスターは聞く。

「それは、あなたこそ」

 ――確かに。

 真っ当な切り返しにひるんでいると、カンザキ副会長は真面目まじめな様子になって謝罪する。
「いえ、違うわ。ごめんなさい。わたしはあなたに――夜明けの騎士に用があって来ました」

 真面目な顔で彼女の口から出た言葉が、想像だにしない内容のせいで、ラスターは思いっきり顔をひそめてしまう。

「……なんの話だ?」
「あなたが、夜明けの騎士よね?」
 疑問系を装っているが、本人は確信しているだろう。

「それは……」
 しどろもどろの言い訳は、肯定にも等しい。

 だが、そんな様子のラスターにカンザキは別の名前まで出してくる。

「じゃあ……リトルナイト?」
「それはやめろ! マ! ジ! で! やめろおおお!」
 隠すことを放棄して、ラスターは怒鳴る。

 当時は存在すらしなかった呼び名――十年も前の出来事をほじくり返して、クソ恥ずかしい題名をつけて、あらゆるコロニーに公開するなど、本当に許されない。

 無邪気に笑って内容を話すルーナに対し、あれほど苛立つのは、あとにも先にもこれだけである。

「やっぱり、あなただったのね」
 正解を知ったカンザキはうれしそうに言う。

 ――やっぱりっておい!

 ハッタリ迷惑な女に見破られたのはかなりしゃくに触るが、隠す意思のろくにない自身の表情筋もかなり悪い。
 それでも、認める訳にはいかないラスターは全力であらがう。

「いや、お前の言い分は間違っている!」
「間違い?」
 どこか理解しかねる顔をして、カンザキが聞く。

 自白したも同然の反応をしながら、何をもって否定するのか、カンザキは不思議そうな顔をする。

「そうだ、俺が夜明けの騎士だ! だからバレた時は恥ずかしかった。だがしかし、それが正解とは限らない!」
 支離滅裂としか思えない発言に、カンザキは困惑する。

「俺が、自分のことを夜明けの騎士だと思っている……ただの痛いやつだけの可能性があるからな!」
「えぇ……」
 この世で、これほど恥ずかしい内容を堂々と言い切れる人間性の持ち主が、どれだけいるだろうか?

 しかし、言われてみればそうかも――そうだろうか?
 疑問は尽きないカンザキは、困惑を漏らす。

「えっと……つまり?」
「つまり? ……えっと、つまりだな……俺は夜明けの騎士だと主張するには、根拠が必要ってことだ! なぜなら俺が思っているだけで、実態は違うからな!」

 いたずらがばれた子供でも、到底言わないような屁理屈へりくつを展開して、ラスターは身の潔白を訴える――代わりに、とんでもないけがれを背負いかねない勢いであるが。

 100%の根拠はカンザキとて持っていない。
 もしかして? の推論から、導き出した答えな訳であるが……この手の説得には滅法強いカンザキは、ラスターの目をしっかりと見つめて答えていく。

「最初に言うとね……ちょっとだけ、知っていたの」
「何を?」
「リトルナイト――あのお話に出てくる騎士が実在したこと、そして、年齢は私の一個下であること」
「あんな与太話を信じたのか?」

 二桁にも満たない姫と騎士が、苦難苦境を乗り越える話なんかを……

「えぇ、フォビルくんが言ってたから――何十回も戦ったけど、小隊をひきいて、なんとか一度だけ勝てたことが誇りだって」
「へー……誰?」

 過去に負けた記憶を探し出すも、いまいちピンとこない名前に、ラスターはすっとぼけるのではなく、ガチで首をかしげる。

「えっと、昨日きのう話したでしょ? 元一番隊隊長で、その――半年前に亡くなった……」
「あぁ!」
 自称、偽物の夜明けの騎士にはピンと来ないが、さすがに昨日きのうの出来事は覚えている。

 そういえば、同郷――同じコロニー出身であったことを思い出す。
 他コロニーでは基本、あの話はただの流行りゅうこうにしか思われてなくとも、同じコロニーなら元ネタが本当であることぐらいはわかるのだろう。

「そして、昨日見たのよ」
「……なにを?」
「私と別れた後、ぐに帰らずに、ここに寄って来ていたのを」
「うっ……」
 正確には、寄っていた所そのものではなく、そこから帰る場面を見たのである。

 それから、カンザキは何をしていたのか調べ、ReXの充電がされていることに気付いたのであった。

「まぁ、確かに寄ったけど、それは証明にならんだろ」
 勝手な行為の数々は、証明というより問題となり得るのだが、そこからは目をらしてラスターは言い返す。

「ここにはいろんな機体があるわ――その中で普通これを選ぶ?」
「……あぁ! もちろん?」
 自信が一瞬でへし折れたラスターは、堂々とした態度のまま、語尾を疑問系に変えてしまう。

 射撃を基本とするワームビーストの戦闘に際し、KATANAと名前の付けられた、悪ふざけの賜物たまものである武器を手に持っていくのは無謀以外のなにものでもない。
 しかし、決して変ではないのだ。自分のことを騎士と勘違いしたイカれポンチなら十分あり得る――とまで言えるほど割り切れてはおらず、態度と主張が乖離かいりする羽目になった。

「昨日の話と行動で、まさか? と思っていたのよ」
「そうか?」
 そうなるもんか? とラスターは首をかしげるが、カンザキがそう思うにも理由があった。

 それこそ、ラスター相手にフォビルのことを話していたからである。

 リトルナイトのことについて教えてくれた彼のことを思い出す最中、見事に特徴と合致する少年。
 更には、ここにあるReXの中から、この機体を選ぶ意味に、カンザキは胸を躍らせたものである。

「あとは実戦の様子ね」
「へー」
 何か問題が? みたいな顔をするラスターに、演技なのかなのかでカンザキは悩む――ちなみに後者である。

「ワームビースト相手に無茶苦茶な位置取りで戦ったり、わざと主電源を落として見せたり?」
「うっ……」
 気付かれていた事に、ラスターはうめくが、カンザキとしてもこれ以上の言及は難しい。

 前者はとぼけられると面倒な上に、後者に関しても、気付いたのではなく、彼が夜明けの騎士であるならば――という前提の逆算で推測しただけであるからだ。
 そして何よりも、フランを助けてくれたお礼を言うべきところであって、粗探あらさがしの材料にするところではない。

「そもそも、今回のことはあなたに任せるべきじゃないことは、重々承知しているわ――あなたのおかげで、戦艦級の存在に気付けたのよ。それだけでも、本当は十分なのだから……」
「俺のおかげ?」
 ラスターは思い出そうと振り返るが、結局心当たりはない。

「どこから聞いていたか知らないけど……あなたが最初に、敵の数が多いって言ったでしょ? 実際のところ、事は予定通りに進んで、討伐数は一回目の出撃で二百体を越えていた――それなのに言うから調べたの。そしたら、逃げていく個体を確認して、戦艦級を見つけたわ」

「それ……で?」
 ラスターは、ワームビーストとの戦闘に際しての常識は知らないが、ワームビーストの生態自体には、ちゃんと詳しい。

 逃げたから不審に思って、戦艦級を見つけ出すのは、よくぞ気付いたと称賛すべきところである。

 しかしながら――

 どこかおかしな、言い知れぬ違和感。
 そもそもが、夜明けの騎士である事を前提にしすぎた動きで、結果オーライというオチなのである。
 はっきり言って戦場に放り込まれた素人しろうとが言っていてもおかしくない

――いや、さらにおかしいことは……

 とりあえずとして、カンザキは、すべてのことを、妄想という形で見抜いていたわけである。

「それにね? あなたが夜明けの騎士かどうかは実のところ、問題ではないの」
「あぁ……おぉ、そうか、そうなのか?」
「えぇ、そうよ。あなたが自分の意思で、ここに来てくれるのが一番重要だもの」
 ラスターの両手をつかんで指を絡めると、感涙かんるいきわまって上擦うわずったような声で話し続ける。

「あなたは保健室に行ったってよかったのに……それなのに、こちらへ来てくれた」
「……!?」

 ようやく気付く違和感。こいつは、いつから――

「な、なぁ……」
「なに?」
「お前が、戦艦級の存在を知ったのはいつだ?」
「あなたが戦っている最中よ」

 驚きながら聞くラスターに対して、カンザキはなにも恥じることがないとばかりにあっさり答える。

「それはどう言う……ことだ」
 ラスターは動揺を漏らすも、この事について本当になんとも思っていないらしく、カンザキは至極当然とばかりに語り始める。

「戦艦級の存在を知ってから、私はあなたにいに行ったわ。そして、休養届けを出すのを条件について来てもらった――いや、ついて来させたが正解ね」

 戦闘中に限り、保健室や保健室代理室などのベッドを無駄に占領されないよう、見てわかる症状ならいざ知らず、そうでない場合は隊長以上の許可――休養届けが必要となる。
 そのため、ついて行ったラスターは、カンザキを見送った後に悲鳴を――戦艦級の存在を知ったカンザキ自身の驚く声で、ラスターは知ったのである。

 今思えば、壁越しだと言うのによくもまぁ綺麗きれいに聞こえたもんであるが、流石さすがにその事に違和感は覚えなかった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品