【第一巻 完結】一閃断空のバーサーカーナイト

七種時雨

第17話 決戦前夜

「おっそーい!」
 ユリウスの家のドアを開けると同時にタックルしてきた少女をきとめる。

「何すんだお前」
「あのね、あのね。こっちきて! こっち!」

 ガタガタの語彙力ごいりょく部屋へやへと引きずり込むルーナに引っ張られて、ラスターは中へと入っていく。
 リビングを開けるといい匂いが部屋一面に広がっており、テーブルの上には、数々の美味おいしそうな料理が並んでいる。
「いよいよ、明日ね」
「だなー……まぁなんとかなるだろ――ぐはっ」
 びをしているラスターにルーナが後ろから飛びついてくる。

「いてぇよ」
「……なんとかしなさい」
「え?」
「なんとかするの! わかった?」
「わかったわかった」

 怒っているルーナをあやし、頭をでると、不服ふふくげな表情はそのままながらも、納得した様子で離れる。

「さ、飯にしよう」

 ユリウスの言葉に異論のない三人は素直に従ってテーブルを囲む。
 ラスターの隣にルーナが、正面にユリウス、対角にミレアが座って食事を始める。
 用意された料理は……どれもこれもびっくりするほど美味しい。

「これいいな」

 パクリと食べた唐揚げの非常に美味びみなこと――何気なしに漏らした感想だが、ラスターは異質な雰囲気を感じ顔を上げると、周りの連中はどこかニヤニヤと、そしてルーナはふにゃふにゃと笑顔と言っていいのか力が抜けた顔をしている。

「どーかしたかー」
「はにゃ!」
 ぶんぶんと首を振り、何もないと主張する。

「そかそか、美味おいしいからお前も食べてみろ」
 ルーナからスプーンを奪い取り、唐揚げを乗せると口元へと持っていく。

「あわあわあーん……はふっ!」
 小さい口を頑張って広げて唐揚げを半分ほど食べる。

美味おいしいな」
「うん……まぁ……」

 微妙な顔をしながらルーナがうなずく。
 もし、作ったのがミレアなら即絶賛そくぜっさんするだろう――つまり、

「作ってくれてありがとうな。美味おいしいよ」
「はわあああああ」

 自分が作った料理を褒められたルーナは壊れたように声を漏らし続ける。

「ほらほら、私たちが作った料理も食べてね」
 ミレアがサラダとピラフもラスターの目の前に置いて食べるようにうながす。

「よかったね」
 ルーナに言った小声をラスターは聞こえなかった振りをしながら食べていく。

「これもいいな」
 ルーナはガクガクと首を縦に動かしながら、激しく同意する。

 自分のことだと恥ずかしがるくせに、他人のだと素直に認められるようである――本当に美味おいしいと言うのもあるだろうが。
 たわいもない話で盛り上がり、作ってもらった料理に舌鼓を打っていると、時間はあっという間にで過ぎていく。
 ペコペコの腹も大きく膨らみ始めると、食事よりも会話が弾んでいく。

「ReXは慣れました?」
「あぁ、問題ないよ」
 ミレアの質問にラスターは答える。

「結局どの大きさに乗るんだ?」
「一五メートル級だと思うよ……これまで乗ったのはだいたいそれだ」

 ReXレックスにも種類があり、大きさでざっとした区分けがされている。
 予備兵として集められたり、小隊に入っていない武術科だったりする生徒は八M級のReXを動かし、ラスターのような小隊に所属していると一五M級、隊長格や一部のエース機であれば一八M級となる。

 もっとも各種装備や、機体次第で誤差はあるが、おおむねそのような感じである。

「小隊で大丈夫?」
 隣で心配そうな様子を見せるルーナの頭をでる。

「八M級に乗るよりむしろ安全だと思うよ」
 後ろでガヤ要因として、弾幕を張るのが仕事の八M級の仕事であり、隊長の近くでふらふらと飛んで、ワームビーストを撃ち落とすのが、小隊員の仕事である。

「だといいけど……」
 心配そうな表情のままルーナは、はむっとご飯をつまんで食べる。

「そういや、明日の移動の準備は終わったのか?」
「うん、大体は終わってるよ」

 ラスターの心配に、ユリウスが答える。
 作戦の予定時間は大体8時間――決着は明日あした中に着く予定であり、その間、武術科以外の人たちはシェルター内で過ごすことになる。

「あとは疲れを残さないようにゆっくり休めるだけね。ごちそうさま」
「「「ごちそうさま」」」

 食べ終わった食器を流しへと持っていくと、ミレアはルーナと一緒にお風呂に入りに行く。
 小学生にしか見えない見た目とは言え、自分で風呂にも入れないお子様というわけではない。単純に仲の良さが理由である。

 ユリウスが食器を洗う中、ラスターは椅子に座ってボケーッとする。
 手伝てつだえと言われたら手伝うが、逆に言えば言われなきゃ行動しない――だが、暇ではあった。

「そういや……ここに来る前、カンザキさんが告白されてた」
「へー」

 ガチャガチャと食器を鳴らしながら、ユリウスは洗い物を片付け続ける。

「で? 君らはいつになったら付き合うんだ?」
「……」

 沈黙を守るユリウスだが、ガチャンと食器を鳴らし、動揺どうようをとわかりやすく漏らす。

「そう言うお前らはどうなんだよ」

 ヤケクソの反論に、ラスターは落ち着いて返す。

「どう見ても犯罪はんざいしゅうがやばすぎるだろ」
「……本人には言うなよ」

 中学からの知り合いだけに、互いの変化にあまり気づかないものだが、それでも過去の写真や、ちょっとしたきっかけで案外違いを感じるものであるが……

「成長止まってるやん」
「僕は何も言ってないからね」
 気まずそうに目をらし、洗い物を再開する。

「で? なんで付き合ってないの?」
 ラスターの質問に、ユリウスは口を真一文字に結び言いたくなさそうにする。

 気になると言えば気になるが、意外な頑なさに驚き、これ以上は聞くのは諦めようと冷蔵庫からジュースを取り出す。
 問い詰めるのをやめると、やはり少なからず聞いて欲しかったのか、ユリウスは食器を洗う手を止めてボソリと口を開く。

「別れることを前提にして付き合うなんて……それに、迷惑にもなりたくない」
「? 別れる?」
「僕と彼女じゃ身分が違いすぎる」
「あー、知っちゃたのか……」

 ユリウスはどちらかと言えば自己評価が低めな男であるが、この場合はミレアの身分が本当に高いと言うのもある。
 この学園生活においては関係ないが、卒業して、元の住んでいたコロニーに戻れば、彼女はユリウスでは手は届かないほどの身分の高い女性――王族につらなる娘である。

 ちなみにラスターは、ミレアと小学六年生からの知り合いであり、彼女がどういう立ち位置なのかは知っている――ラスター自身は普通に平民の出であるが。

「あぁ、中学の……いつかは忘れたけど、その頃に聞いた」
「悩ましいねぇ。それは」
 ユリウスは再度洗い物を始め、それを見ながらラスターはジュースを飲む。

「どうすればいいかわからんけど……そうだな、誰かにアドバイスでも聞くとか?」
 あきらめろと言われたら困るが、そもそもそんなことを言われなくても、彼の心は諦めに向いている。

「王族とか、そうだな大貴族の系譜けいふで、しかもそれを公表しているやつに聞くとか? ――誰かいるか?」

 心当たりのないラスターは首をかしげるが、ユリウスは「あっ!」と声を上げる。

「誰か心当たりが?」
「いや、確か副会長が貴族出身って聞いた覚えが」
「副会長って――カンザキ?」
「うん」
「あー、あり得そう」
 探せば案外わかるかもと、スマホを起動して名前を打ち込む。

 インターネット――かつては世界中とつながっているとまで言われた惑星を覆う規模の巨大なネットワークも、今では手軽に接続できるのはコロニー内のサーバーのみである。
 今日見学した研究所などであれば、近くの衛生サーバーを経由して、他コロニーの情報も手に入れれたりもするのだろうが、経済価値の低い情報はそんなに出回らない。

「おっ、あった」
 他コロニーの情報獲得は難しくても、このコロニー内で出回っているものであれば、調べれば割と出てくる。ましてや注目度の高い話題となれば、さらに容易たやすい。

「へー、ディートリーク出身……って巨大コロニーじゃねーか」
「そこで……やっぱ貴族なの?」
「フレアエクリプスのご令嬢れいじょうらしいな。しかもほかの家族は全員火事で死んでいるらしいぞ」
「……うわぁ」
 悲惨な情報までが記されている記事に、ユリウスは顔をひそめる。

 ゴシップネタが好きな人間はどこにでもいる。この学園に存在するマスメディア部も、話題性の高い情報を取り扱い、当然カンザキ副会長の情報も集めていた。
 悲惨な情報も知ってしまったが、それでも今回はありがたい。
 巨大コロニーの令嬢と、よくあるコロニーの王族の系譜――同じ存在ではないが、良いアドバイスをもらえることは案外できるかもしれない。

「機会があれば、聞いてみたら」
「……頑張るよ」

 ジュースを飲みながら、ユリウスの仕事ぶりを、ただただ見つめるくずスタイルを貫いていると、リビングへルーナが飛び出してくる。

「お風呂から出ました!」
「おぉ、どっち先にする?」

 目敏めざとくジュースを見つけたルーナは、即座に冷蔵庫に飛んでいくと、自分もジュースを飲み始める。

「お先にごめんね。洗い物は私がやっとくから、ユリウスくんとラスターくんも一緒にどうぞ」
「「それは断る!!」」

 ずれたことを言うお姫様の親切をバッサリ断りながら、一緒に洗い物をする二人を置いとして、ラスターは風呂へと向かっていった。


 生徒会前夜

 カタカタカタカタと鳴り響くキーボード音。
 生徒会室で赤い光をともすヘッドフォンをつけながら夜遅くまでキーボードをたたき、明日あしたの準備に備えていく。

(なぜ? しかも――よりにもよって)

 モニターに表示される文字、画像、動画――様々な情報を表示しては消し、表示しては消し、情報を集めていると、画面の上に指がにゅっと現れる。

「ヒヤマくん?」
「もう寝た方が良くない?」

 時間はまだ10時――であるが、明日の作戦開始にともない武術科以外の半数の人はすでにシェルターに入っている。
 第一生徒会のメンバーは、今回の作戦においての指揮しきも兼ねているので避難はしないが、それでも明日に向けて寝るべきである。

「ねぇ、ヒヤマくん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「……何?」
「ちょっと調べたいことがあるんだけど……アレ、貸してくれない?」

 しなっとびて言うと、わかりやすく鼻の下を伸ばす真似まねこそいないが、眉をピクリと動かして、やれやれと言った様子でカードキーが渡される。

「これかい?」
「ありがと」
「あまり無茶するなよ」
「えぇ、おやすみ」

 ニコッと笑うカンザキ副会長にヒヤマ生徒会長は一抹いちまつの不安を覚える。
 彼女が自己利益を常に考えるしょうの悪い女性であることは知っている。  

 しかし、だからといって誰かを陥れることは少ない――シズハラにやったのも自己利益優先だが、からかいの範疇はんちゅうであろう。
 エゴイストであり、他人を手玉に取るが……その後の他者との関係性も利益まで考えての行動――本人いわく、自己利益とは、まず他者を幸せを考えることであり、経済の本質でもあるそうだ。

 恐ろしくもあり、そして魅力的な女性のわがままを受け止める決意をしながら、ヒヤマは会長権限の行使可能なカードキーを渡すと生徒会室から出ていく。

「おやすみ、明日もよろしくね」
 にっこりと笑うカンザキの姿を心に残しながら、睡眠を取りに行くのであった。

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