【第一巻 完結】一閃断空のバーサーカーナイト

七種時雨

第14話 ラスターの実力

「数値が全体に低いわね――やっぱ駄目だったかしら」

 モニターに表示されている数値――安定性、命中精度、集中力etc……様々な項目において、ラスターはどれも低い。

「そうですね……」
 一緒に見ているオペレーターも、どこか気もそぞろな様子でカンザキ副会長に同意する。

「それに比べて――リーフくんは高いわねぇ」
 ピクッと面白いほどに震えて「そうですね」とオペレーターは同意する。

 そんな、彼女の耳元へ近づきカンザキはボソッとささやく。

「人気あるみたいね――彼」
 ピシッと動きを止め、彫像にでも変えられたかのように動かない。

 そんな彼女――ユズリハ=ノイルの耳元でからかうようにささやき続ける。

「それに彼、まだ彼女いないんだってさ」
 クスッと色っぽく笑いながら言うカンザキに、ユズリハの血の気が引いていく。

 あわあわ、わなわなと震えるが、慌ててもどうにもならないし、文句を言うにも、そもそもそんな権利はない。
 同級生で同じ年齢であるはずだと言うのに、手玉に取られ、あたふたするしかないユズリハを楽しそうに目を細めながら、嫌がらせともアドバイスとも取れることを話していく。

「どんな子が好きかは知らないけど……ぼやぼやしてると誰かに取られちゃうわよ」
 誰かって誰! といった悲鳴が見て取れるが、口はパクパクと開いたり閉じたりするままで、カンザキは見ていて飽きない。

「その、カンザキ副会長は……もしかして……」
「私はもう好きな人がいるからね」

 肩をすくめてさらりと言うと、ふーっと息を吐き、ユズリハは安心した様子を見せる。

「でも、これからなにがあるかわからないんだから……ね?」
「で、でも……」

 もじもじと恥ずかしそうにする少女――同級生をカンザキはギューッと抱きしめる。

「もーかわいいなぁ!」

 我慢ができなくなったカンザキはナデナデして、そしてベタベタと触り続ける――とても柔らかい押し付けられる二つの感触に、ユズリハの不快指数を地味に引き上げているが、爆発するよりも早く離れた上に、アドバイスが入る。

「この数値をリーフくんに教えてあげるのよ! 細かいことを知っておくのも隊長にとっては重要なことだし。嫌っていうのなら私が――」
「やります!」
「じゃあよろしくね」

 恥ずかしがりやではあるが、必要な業務はまっとうにこなせる彼女にしれっと事務処理に加えて、メンタルケアの諸々もろもろを丸投げする。
 演習中にするような話ではない恋バナをしている間にも、演習は順調に進んでいき、最終フェーズへと入っていく。

「まぁリーフくん以外も上々といった感じね。後は彼がどれだけ使い物になるか……本人の努力次第ね」
 うんうんとうなずいていると、何か言いたげな様子でおずおずとオペレーターが見てくることに、カンザキは気づく。

「なに? どうかした?」
 ニヤニヤとやらしい笑みを浮かべて聞くが、想像以上に真面目まじめな顔をして話そうとするユズリハにカンザキも気を引きめる。

「あの――気のせいかもしれませんけど、ラスターさんの数値……なんか変なんです」
「変? 機械が?」

 当然、故障していれば機械の精度せいどは悪くなる。しかし、首を振るユズリハはそうでないと言う。

「銃の命中精度は低い――と言うより、どこか投げやりに感じます。あまりやる気がありそうに見えませんし、実際やる気がないのかと思われます。ほんとに上手うまいか下手へたかはよくわからないです」
「そう……」

 カンザキは自身の記憶を振り返り、様子を探っていく――なんだかんだで当たっているイメージもあるが、やはり全体的に外れている気もする。

「一番不思議なのは――安定性の項目です」
「そうなの?」
 初心者ならそんなもんであろう。

 ReXを動かせる学術科生徒と言うのは珍しくない。ゲームと同時に、この世界で生き抜くために必要な技能が手に入るザファールは、規模に差異はあれど学術科の生徒であってもよく遊ばれているものである。

 だが、ザファールで遊んでいれば実際のReXの乗りこなせるわけではない。
 ザファールとReXでの一番の違いは重力である。
 基本的に重力発生装置の上で使うザファールでは、宇宙に出て戦うReXとでは体にかかる重力の存在が、驚くほど大きく出る。
 たとえザファールで安定した操縦が出来たとしても、実際に宇宙に出て動かすと、いびつな動きになることは多い――緊張による影響や、使ったザファールの感触が図らずしも乗った機体と一致しないというのも勿論もちろんあるが。

「安定性の数値が悪い人たちは皆、乗っている挙動も不安定になりがちです――しかし」
「っ!? もしかして……ラスターくんの乗り方からはそうは感じない?」
「はい!それに……」
 言いづらそうによどむオペレーターは、意を決して話す。

「その……フォビル先輩も安定の数値は悪かったのです」
「えっ?」
「いえ、命中精度はそれはもう、ものすごく良かったですけど……ほかの項目は……試験中だと、わざとよくしてるけど、いつもは普通にやっているとおっしゃってました」
「へー……」

 カンザキは相槌あいづちを打ちながら懐かしい名前を思い出す。
 フォビル=マックアラン――元一番隊隊長であり第二生徒会会長、当時副隊長であったシズハラと恋仲関係にあった男である。

 戦うスタイルは――銃格戦技。

「まさか……」
 数値という点では機械は人間の目視より、非常に正確である。

 だが、その数値が何をもって正確かと言えば、標準化された業務においての結果を出すためである。
 もし、戦い方が一般的からずれている場合は別である。

「彼も銃格戦技を収めているというの?」

 銃格戦技――つまり近接戦闘も視野に入れた考え方は一般的ではない。
 そのため、独特の乗りこなしをすることが多く、機械での判定が実際とズレることになる。

「どうでしょう……もしかしたら命中精度の悪さもそれが理由……? でも、フォビル先輩は別に問題なかったですし」
「あー言う特別と一緒にしちゃダメよ」

 やり方が違えど応用がく――そんな異次元の存在を基準きじゅんに持ってくるべきではない。

「とりあえず、ザファールの調整でもしてみますか」
 伸びをしながらカンザキは椅子から立つ。

「じゃあ、リーフくんへの報告はよろしく頼むわね。そして、ラスターくんにもミーティングルームに来るように伝えといて」
「わかりました」

 手駒は多ければ多いほどいいと思いながら、銃格戦技の設定をシミュレータに入力する準備を始めるのであった。



「呼びましたか?」
「えぇ、元気そうね」
「そう見えますか?」

 にこやかに微笑ほほえみかけるカンザキ副会長にラスターは不服げに返す。
 今更やめたいなど言わないが、面倒事の元凶に言われてもなぁ……といった所である。

「ちょっとこれに乗ってもらえる?」
「はぁ……」

 シズハラ大隊長のお願いならお断りも視野だが、カンザキ副会長と仲違なかたがいするのは今後の関係上よろしくないのはわかっているラスターは曖昧な返事をする。

「じゃあ、お願い。実際の雰囲気も兼ねてヘルメットも頼むわ」
 嫌ならいいわ――と言ってもらえることもなく、カンザキ副会長の言う通りに従う。

「しかし、なんで?」
 ザファール――その中でも高級の部類に属する大型筐体きょうたいをやる理由を聞く。

 既に簡単な操作を終え、宇宙空間での練習も始めたと言うのに、そんなことをしなきゃならないのかわからない。

「あなたに銃格戦技を試してみて欲しいの」
「いや、なんで?」
 理由に心当たりのないラスターは不思議そうに見るが、にっこりと微笑ほほえむその美貌から彼女の意図は読み取れない。

「はぁ、下手へたくそでも文句言うなよ」

 中に入ると銃格戦技モードで起動し、ラスターは操縦を始めた。

「なんだこれは――」
 ザファールの中から男の悲鳴――ラスターの声が聞こえて来る。

 近接戦を意識した上で、それなりの技量があることを前提にしたシチュエーション――大量のワームビーストがいる地域を駆け抜けるミッションである。
 両手の銃を巧みに操り、敵をほろぼす戦い方は、狙撃手そげきしゅより射程圏内が短く、危険も高いが、一騎当千の戦いが期待できる。

 スカっ!

 しかし、全部が全部ではないが微妙な位置にいる敵相手に、ラスターはそこそこの確率で攻撃を透かしてしまう。
 上手うまいとは言えないが――下手へたとも言いづらい。
 苦手な人間なら、武術科と言えども既に負けていてもおかしくないが、綺麗きれいに立ち回り破壊を避けている。
 ミラクルアクロバティックが別にあるわけでもなく、射撃の腕もそこそこ、ワームビースト相手に平然と近接出来るのは度胸があると言いたいが、学術科の人間はあれの恐怖を知らないから、ゲーム感覚で遊んでいるとも言える。

 つまるところ――

「よくわかんないわね」
 やれやれとため息をつき、現在の査定スコアを表示する。

「安定性の項目は……微妙ね」
 高くはないが……それでも先程より上がっている――か?

 全体的に最悪ではないが――適切な言い方だと凡庸となるのだろうか?

「結果が似ているかと言っても、彼と同じ様に出来るわけでもないか……」

 フォビル=マックアランと違い……比べるのは可哀想かわいそうだが、武術科クラスの順位においても、現状の結果は――合格最低点と言ったところだろうか?

 銃格戦技をきわめたいと目をキラキラさせて言う少年であれば期待するのも一考の余地はあるが、本人にほとほとやる気が感じられないのであれば、要望どうり後方から安全に撃たせる現状の立ち位置を変えるべきではないだろう。
 意外と長い間、かわし、倒しで持ちこたえているが、体力ゲージがなくなり、戦闘シミュレーションは終わる。

「お疲れさま」
 出てきたラスターにカンザキはねぎらうと、今回の結果を報告しようとして――やめる。

 悲鳴を上げなかったのは奇跡か、それとも上げることすら出来なかったのか。
 ザファールから出て、無言のままラスターは出口へと向かう。

「きゃっ――」

 進行方向を塞いでいたカンザキは雑に手で払われると、弾かれるように距離を取る。
 そんな様子にも意を介することなくラスターはこの部屋へやから出ていく。

「な……に?」

 一瞬の出来事は、気のせいかとも思わせるが、それでも感じたギュッと身をつかまれる恐怖、あれ以上口出ししていれば、こちらに殴りかかって来るかもしれないと思わせるほどの苛立いらだち。
 ワームビーストは人類の不倶戴天ふぐたいてんであり、あれほどの量に襲われる姿は、普通では耐えきれない可能性がある――と言う考えは失念していた。

 いや、正確にはそんな様子を見せたら、外部から直接やめさせればいい話でだから気にしていなかった。
 そして、記録していた範囲では彼に異常は見受けられなかった。
 銃格戦技の使い手としての才能があるなら、それ専用の装備を取り付けることによって、いざと言う危機に生存率が上がることになる。

 面倒事を押し付けたいわけではなく――むしろ、ラスターのためを思った特別扱いに近い行動ではある。
 だからと言って、あなたのためを思ってやってあげた――なんてのは押し付けがましい言い分であることが想像出来るので言うつもりもないのだが……

 武術科でも――いや、だからこそ喧嘩けんかぱやい人たちは多い。
 下心混じりの怒りをぶつけて来るものなど、両手の数を超えて経験してきた。
 それらを、華麗に処理するなどわけない――かかってきたわけじゃないから、対処できなかったとも言えるが……

「さすが……ミレイ=フォードと言ったところかしら?」

 学術科の――しかも、あのミレイ=フォードと仲良しとくれば、少なからず借りを作っておけば便利であると言う考えの元、彼を巻き込んだと言う側面は実のところ多い。
 だからこそ全力で補填ほてんをする構えがあるし、その為に焼いたお節介である。
「面白いものを抱えているわね」

 ここまでぞくりとさせられたのは久しぶりである。
 指でくるくると長い髪を巻き、動揺を消していく。
 次期生徒会メンバーに絡んでくるミレイ=フォード――仲良くするきっかけをどのようにつかるか考えながら、カンザキは深呼吸をしてから明日あしたの予定を組み立てていった。

「【第一巻 完結】一閃断空のバーサーカーナイト」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く