【第一巻 完結】一閃断空のバーサーカーナイト

七種時雨

第6話 呼び出し

 対処すべきワームビーストの数は一体であり、処理自体はすぐにできたのであったが、だからと言って避難所であるシェルターがすぐに解放されるわけではない。

 ほかにも紛れ込んだワームビーストがいるかどうか調べるのに、民間人がウロウロしていたら邪魔なだけである。とはいえ、延々と拘束するわけにも行かず、午後十時には警戒レベルは下がり、シェルターから希望者のみが開放される。

 全員が一気に帰ると大変な事になるので、大事な用がある人や、避難の際に放置しすぎるとまずい問題を残してしまった人など――それらの人が自己申告で帰りはじめていく。
 それでも、夜遅い時間帯の上に、交通機関の多くが止まっているため、ラスター達四人はそのまま肩を寄せ合い、シェルターの中で一晩を過ごしたのであった。


「なんで授業があるのやら」
 昼休み、食パンをかじりながらラスターが愚痴る。
 普通は閉鎖されているはずの屋上で、四人が昼ごはんが食べれるのは、天文学部の特権――またの名を職権濫用しょっけんらんよう賜物たまものである。

 なお、義務は何一つ果たしていない――天文学部に所属するだけの帰宅部員。

 リンゴパーティーなる予定と共に、日曜日が潰れた彼らは、朝には何事もなかったかのようにシェルターから解放され、家から遠いラスター以外は一度家に帰ってから学校に来る余裕まであった。

「被害もたいしてなかったようね」

 ミレアは携帯で被害状況を確認しながらしみじみと言う。

 重症一名、軽症十五名。
 不意打ちで現れたワームビースト相手に死者〇名は奇跡であり、ほかの軽症者は避難に際して少なからず起きる事故によるものである。
 べつの被害をみても、ワームビーストを追った時や、討伐時の流れ弾で建物が数軒損壊したぐらいである。
 住居者などからしてみればでかい被害だが、それでも人類の長年の大敵を相手に、死人が出ていないのは僥倖ぎょうこうだろう。
 食べれば食べるほど成長するのだが、腕を食べた時点で腹は膨れたのか、あれ以上人間を食い散らかすことはなかったらしい。

「それに、武術科の人達も事故はなかったみたいね」
「だから、平和に学校があるんだよね……授業が減るかと思ってたのに」

 ミレアが教えてくれる情報に、ルーナは幸せと不幸が入り混じった微妙な顔で答える。

「あいつらは一人ひとり二人ふたり死んだくらいでギャーギャーうるさいからな……」

 不快そうにラスターも続ける。

 慣習的に武術科の生徒がワームビーストの被害で死に至ると、自粛ムードという名の武術科による八つ当たりが始まる。
 始まりは、学術科による武術科に対する敬意による習慣のようだが、積み重なった習慣は、いつの間にか既得権益となっている。

「あいつらは世界が自分達中心で回っていると思ってるからな。あーくっそ、今思い出しても、前の見舞金の時のくだりはくっそ腹が立つ」

 不満をこぼしたラスターはそれを引き金にさらなる不満を思い出す。

 あれやこれや理由をつけて金をせびり、見舞金の値段にあーだ、こーだと口を出してきた苛立いらだちはいまだなお消えていない。
 彼らがいなければ、自分達の安全は保証されない……しかしながら、その点を考慮して武術科たちは数多くの優遇政策は施されている。
 対価として、優遇は当然であろう。だが、いかんせんそれらのお陰で武術科の生徒が増長する傾向にあるのも確かなので、学術科の生徒と確執は少なからずある。

「大事な仲間とやらが消えて、なんで俺らが一週間自粛じしゅくせにゃならんのだ」

 そして彼らは邪気じゃきばらいなどと称してお祭り騒ぎ――ぶち殺すぞ。

「そんなことより! 映画行かない? リトルナイト絶対面白いって!」
「確か――子供の騎士のお話でしたっけ?」
「そうそう!」

 不穏なムードを壊すべくルーナが提案する――本心というのもあるだろうが。

「面白そうですわね」
「確か二週間後だっけ? 楽しみだね」
「お前なぁ」

 前回は特に乗り気ではなかったはずのユリウスが、楽しそうなミレアを見てあっさりと手のひらを翻し、ラスターは苦い顔をする。

「い く よ ね!」
「はぁぁああああ……」

 鼻がひっつきそうなほど顔を近づけて同意を求めるルーナに、ラスターは深いいきをつかざる負えない。
 この状況でも、それなりにお断りしたいぐらいには、本気で見に行きたくないのだが、雰囲気に絶対に流されないという鉄の意志は持ち合わせていない。
 長い溜息ためいきで時間を稼ぎ抵抗しながらも、渋々と同意を――言うか言わないかで迷い続ける。

 ピーンポーンパーンポーン

 チャイムではない音が学校に響く。

「生徒会からのお知らせです。ラスター=ブレイス、ルーナ=クララ、ミレア=フォード、ユリウス=シグナ、以下四名は放課後、生徒会室までお集まり下さい。もう一度いいます。ラスター=ブレイズ――」

 名前を読み上げられる中、彼らは互いに顔を見合わせる。

「俺なんも悪い事……多分……きっと、してねえぞ?」

 覚えのないラスターは首をかしげる。

「まぁ君だけならともかく、僕らもだしねぇ」
「おいコラ、どう言う意味だ」

 不本意な事を言われたラスターはユリウスをにらむ。

「まぁまぁ、そもそも怒られると決まったわけじゃないでしょ?」
「じゃあ、逆になんで呼ばれるんだろ?」
 怒られる以外で呼ばれる事に心当たりのない可哀想かわいそうなルーナに、ミレアはうーんと腕を組んで悩む。

「例えば、みんな仲良しでえらいね……とか?」
「かわいい」「ちょう可愛かわいい」
 即座に違うと分かることを、天然で言ってのけるミレアに、男二人は眼福がんぷくと言った様子でうなずく。

「ミーちゃんちゅきー」
「きゃー」
 抱擁ほうようというより、むしろ攻撃に近い身のこなしで、ルーナはミレアにタックルをかまして愛情表現を行う。

「ちゅきちゅきー……えっ?」
 身を埋めて、体を擦り寄せていたルーナはパタリと動きを止める。

「ちょ、何するの! ひゃっ……やめ、やめて!」

 信じられないとばかりに目を見開いたルーナは、胸をじっと見つめながら手を伸ばすと、おっぱいをひたすらつづける。

「デカく……なった!?!??」
「やっ……せ、成長期だからしょうが、ひゃん!」
……長期せいちょうき?」

 なんだそれはとばかりにうごめかしていた手を止めて、がっくりと項垂うなだれるように首を下に向ける。

 その真下に膨らみは欠片かけらもなく、小学生のような体型だが――下手へたをすれば小学生の方がゆたかまである。

「……胸の成長に異常があるから呼ばれたのでは?」
 ルーナはとうとう、正気どころか知性も吹っ飛ばしてイカレタ事をのたまう。

「どちらかと言えば成長に問題があるのはお前だ!」
 目のやり場に困るやりとりを繰り広げるルーナに、ラスターが苦い顔で文句を言うと、無理やり引き剥がす。

「どうすれば……大きくなりますか?」
「……今日きょうの帰り、牛乳でも飲むか」

 生徒会に呼び出されたせいで、場の空気が最悪にまで落ち込んでいく――いや、生徒会は何にも悪くないが。

「わかった、わかったから。映画一緒に見に行こうな! な!」
「ワー、ウレ……シ」
 ルーナはガクッとうなだれて精気せいきの抜けた喜びを言う。

「ミレアちゃん、大丈夫?」
「ま、まぁ……あはは」
 撃沈したルーナを見ながらミレアは困ったように笑うしかなかった。

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