シャボン玉だっていいじゃない。

城内 夕刻

おおきな手袋とちいさなボク

ゆきやこんこ、あられやこんこ。
犬はよろこび庭かけまわりというけれど。

人間だって、雪が楽しいかと言われたところでそんなのは人それぞれだろう。
犬だってそうだ。雪が好きな者もいるしボクみたいに雪が大嫌いなのもいる。

だけど、こんなボクでも雪の中でとてつもなく勇気を振り絞った日だってある。

何日も雪が降りつづくある寒い冬の日。
ご主人の帰りが遅くて不安だったボクは、遠くから近づいてくるご主人の気配がぴた、と止まったのに気が付いた。
いつもなら寄り道なんてしないのに。それにそこからずっと動いてない気がする。
心配になったボクはお家の人に「ご主人が動かない!」って叫んだけど静かにしなさい!と怒られる始末。

いてもたってもいられなくなったボクは、玄関のドアノブにありったけの体重を乗せて、なんとか開いたドアの隙間に身体を滑り込ませ無理やりにこじあけると、ご家族に怒られることも厭わずにご主人に向かって全速力で、降りしきる雪の中を駆け抜けた。

ご主人は雪の中でうずくまっていた。
見た目には頭を少し怪我していたけど大事に至らなかったのは本当に良かったと思っている。
その時ご主人は家を飛び出したボクを怒りもせず、救急車が来るまでずっとボクの頭を撫でていてくれた。
雪の中に飛び出すのはすごく怖かったけど、あの大きな手袋から伝わって来たなんともいえない温もりは今でも忘れない。

その後しばらくしてボクより先に天国に行ってしまったご主人。
自身の身体のことよりも残していくボクやご家族の将来のことをずっと心配してた。
まだ小さかったボクは、ご主人がいなくなったらこの家族はどうなってしまうんだろうと不安と寂しさしかなくてずっと泣いてたけど。
思えばすごく心配をかけていたと思う。

それからのボクは、孫のツバサくんが遊んでいたテレビゲームに登場するような、輝く剣を携えた勇者になったつもりで家族のみんなをずっと守ってきた。そうすることでご主人の遺志を継いだ気になっていたんだとおもう。

あれからもう十年。

今ではツバサくんも高校生になって、ボクを抱え上げるほど力も強くなったし、家族のこともしっかりと守ってくれている。それに最近は仲の良い女の子も出来たみたい。二人の様子をみてるとなんだかボクまで幸せな気持ちになってくる。

そんなボクにもそろそろご主人の元へ向かう番がきたみたい。

ご主人は今でもご家族のこと心配してたりするのかな。もし会えたなら心配をかけてしまってごめんなさい、ってちゃんと言おう。

あの頃のボクはまだ知らなかったんだ。本当は、捨てられていたボクが初めてご主人と出逢えた最初の雪の日からずっと、ボクはご主人の広くて大きな心に守られてたんだよね。

ちょっとだけ気づくのが遅くなったけど。
きっと大丈夫だよって、今なら言える。

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