海の街

トキン

休み時間(1)

 昨日の光景を思い出しながら、週の始まりの一日は平穏に過ぎていった。
 普段よりも集中していないが、それでも何か困ることがあるわけでもなく、二限も無事に終わった。
 ただただのっぺりと、ある程度でこぼこして、古さを主張するように少し汚れて、窓のないただの壁。
 一回見ただけでは特に気にしない。落ち着いて考えたら普通の光景かもしれない。それでも。
 途中にあったビルも、他の住宅も、ショッピングモールも、全部駅のほうの壁だけ窓が極端に少なかった。
 住宅街を歩きながら、一度曲がった後が特に印象的だった。窓が普通にあった。私が曲がった分、私から見える壁は駅側じゃないからだ。
 極めつけはショッピングモール。完全な裏側とか、すぐそばに建物があるというならともかく、目の前に障害となるものは何もないのに窓がない。よく見えるはずなのに、見ない。
 これまた、駅側でなくほかの方角の壁には窓があった。
 多少整備が行き届いていないとはいえ、あの駅はこの町の発展の象徴。あそこまで見ようとしないのは、不自然に思った。
「何ボーっとしてんのさっ。」
 もやもやと考えこんでいたら、背中に衝撃を感じた。
 いつも昼食を一緒に食べている緒方香澄の声が、背後からする。
 背中の感触、声の不自然な近さからして、さっきの衝撃の主はこいつだろう。ぶつかってきたまま、抱き着いてきた。暑苦しい。
「今朝から元気ないじゃん、なんかあったの?」
 普段から仲いいだけあって、見抜かれていたらしい。まあ、別に元気がないわけではないけど。
「何もないよ。何もない日々があるだけ。」
「まあた、変な言い方する。普通に話せばいいのに。」
 とりあえずいつもの会話。ここら辺は挨拶みたいなもの。
「元気は普通にありそうだからさっ、つまりまた変なこと考えてたんだね。」
 バカみたいなテンションでバカみたいなこと言っているけど、核心だけはついてくる。
 私のことをこれだけ理解する同年代は珍しい。
 大人は結構私のことを理解してくれる。そういう時期もあるよね、と言いたげに生暖かい目で見ながら。
 まあ、私は自覚してるからいいけど。
 こんな自分のままで大人になることはないだろう。
「ほら、今も別世界行った。」
 おちおち思索にふけられないのが面倒くさいけど。
「いいじゃん、人間は考える葦なんだから。いろいろ考えていても。」
「それでさっきのイノセンの質問に答えられていたら、何も言うことないけどね。」
 つくづく核心を、というか痛いところを突く。私はこういう風でいても、勉強は中程度。その中で上か中か下かは、その時による。
「まあそんなことよりさっ、本当に大丈夫?元気ないなら保健室までついていくよ。」
 緒方が急にまじめなトーンになった。おちゃらけた空気が急になくなった。なんだかんだ友達思いだからな、こいつ。
 とはいえ、くだらない妄想をしていただけでここまで心配されると、さすがに申し訳ないからこっちもちゃんと話す。
「ほんとになんもないって、私っていつもこんな感じじゃん。ちょっと物思いにふけっていただけ。」
「ホントに?あんたがそういうなら信じるけど。」
「ホントホント。だあいじょうぶだって。」
 あえて誇張して大丈夫だと伝えたら、緒方はあからさまにほっとした顔をした。そんなに心配だったとしたらなんかもう恥ずかしいくらいだけど。
「みーちゃん、ひかりー、なんか大丈夫だってさ。」
「ほんとに?よかったあ。」
「だから言ったじゃん。考えすぎだって。」
 みーちゃんとひかり。一緒に昼食を食べている残りの二人。
 どうやら思っていたより事の次第は大きいらしい。私そこまで深刻な顔してたのか。
「いつもこんな感じじゃんこいつ。」
「そう?今日は特別変だったと思ったんだけどね。」
「まあ、何もないなら一番だよ。」
 変に話が大きくなったけど、無事にまとまってよかった。
「じゃあ、何もないんだね。」
と香澄が念を押すように聞いてきた。
「うん、何もない。」
私がこともなげに返すことでこの話はお開きになった。が、

「あ、そういえばさ。ショッピングモールの向こう側って何かあったっけ?特別なもの。」
 なんとなく聞いてみた。聞いてしまった。
「例えば、海とか、」
 例えに出しときながら、自分でも海のことなんて意識していなかった。ただ何となく口に出ただけ。
「うみ?え、何?けがのあれ?あ、いや違うか、海ね。」
 香澄が変な返しをした。高校生にもなって、そそっかしいさゆえに怪我の多い香澄だから、膿と間違えたのか。
 と考えられたら、よかったけど。
 大人しくて賢いみーちゃんも、成績は良くなくても頭の回転の速いひかりも。一瞬きょとんとしていた。
 つくづく、いらない目端の利き方だと思う。
 これでまた違和感を覚える。
 よく考えたらおかしい。
 海なんて、すぐそこにあって、地表の七割を占めていて、色々関わりのあるはずのものなのに。
 私は見たこともなくて、三人は言葉を思い出すのにも時間がかかる。
 そういうことだと理解した。私が昨日今日と向き合っていた謎は、海だった。
 違う話をしようと思っても、チャイムが鳴った。変なこと聞いたと思われたままだと嫌だったから、ほかの話で記憶を紛らわせようと思っていたのに。
 

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