猫と宇宙人はゴーストバスターを始めたようです

たっさそ

第70話 怪我の理由を知らないわたしは、幸せでいられた。







「よーし! まずは水に手を突っ込む!!」


「う、うん!!」


『がんばって、おねーちゃん!』


 浮き輪を付けた状態でプールの縁に正座で座り、水の中に左手を入れた
 息が苦しくなる。 だけど、わたしの右手を、修さんがずっと握っていてくれた。
 ハルナちゃんもわたしを応援してくれる。


 安心する。この大きな手が、わたしに安心をくれる。不思議と、息苦しさが薄らいだ。


「はーい、よくできた。そのまま深呼吸。」


 プールに手を突っ込んで深呼吸。外から見ていたら、シュールな光景なんだろうけど、わたしも修さんも、ハルナちゃんもいたって真剣だった。


「すぅ、はぁ。すぅー、ふぅ――。」


「はい、手を水から引き上げる。」


「んっ!」


―――ザパッ


 水から左手を引き上げて修さんに見せる。


「よっしゃよくやった! えらいぞクロちゃん!」


 たったそれだけで修さんは大げさにわたしを褒めて頭を撫でる
 ほんとうにそれだけなのに、わたしは嬉しくなってしまう。我ながら単純だ。


 もっと修さんに褒めてもらいたい!
 でも、焦らない。焦ってもいいことは無いということはすでに知っているもん


「えへへ………修さん、次は?」
「次は、プールの縁に座って、足を水に浸けてみよう!」


「うっ!」


 いきなり上がった難易度に、すこし吐き気が込み上げてきた。
 それに気づいた修さんは、わたしの背中をやさしく撫でる。


「大丈夫。俺が手を握っている。だから、絶対に溺れることはないから、ほれ、チャレンジしてみようや」


 さっき転んだらしい修さんの顔を見る。頬についた痣。
 痛々しいわき腹。それでもわたしに笑いかけてくる。


 それらの傷が気にならないほど、わたしたちの事を気にかけてくれている
 わたしは、修さんの目を見て頷き、ゆっくりと足をプールに浸ける。


 足先が水面に触れ、小さな波紋を作る。


 ふくらはぎまで水面に浸かり、息を止める。


 膝まで水に浸かる。でも、さっきまでは見ているだけで息が苦しくなったけど、今は息を止めているから、関係ない。


「はーい、よくできました。クロちゃん。落ち着いて、ゆっくり、息を吐いて。」
「ふ、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
「すってー」
「すぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
「はいてー」
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
「またすってー」
「すぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
「はい息を止めて。」
「んっ!」


「そのまま10秒数えよう。」
(1、2、3……………)


「クロちゃん、まだ息苦しい?」


「ふぅ………ううん。最初の頃ほどじゃ、ないよ」
「そりゃよかった。別の事に集中してたら、水の事からすこしは逃げられるよね。天井のシミを数えるのも同じだ」
「???」
「ごめん、今のは忘れてくれ。」


 ときどき修さんはよくわからないことを言う。


「それじゃ、次のステップに行ってみようか。」


「う、うん………」


 修さんはわたしに次にするべきことを教えてくれる。
 もう足は水に浸けたままでも、それほど怖くない。


「今クロちゃんは浮き輪をしてるから溺れる心配はありません。それ以前に、ここのプールは幼稚園の子が使うようなプールです。だから、メチャクチャ浅くて足が付きます。」


 すると、修さんは水の中に入って、立ち上がる。


 水位は修さんの膝まで。となると、わたしのおしりより少し下くらいかな。


「ここのプールは浅い。水深は50cmくらいかな。ここで溺れる子はむしろ天才と言ってもいいでしょう。だからクロちゃんは天才です。」
「うー。」
「やはは、ごめんごめん。でもほら、ここはクロちゃんでも簡単に立てる場所なんだよ。だから、ちょっと立ってみようか」


 修さんはわたしの手を取って、ゆっくりと水の方へと引っ張る。
 足が震える。心臓の音が不自然に早く大きくなり、視界が狭くなる
 尻尾をピンと伸ばしてバランスを取り、修さんの手を頼りに、プールの底に足を付けた


『おねーちゃん、きおつけてね、ころばないでね、あわてないでね!』


 そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ありがとう、ハルナちゃん


 水の抵抗で足に水がまとわりついて気持ちが悪い
 でも、修さんが手を握って、わたしが転ばないように支えていてくれる。


 一度深呼吸をして、一歩だけ踏み込んだ。


「そうそう、ゆっくり、ゆっくりね。時間かけてもいいから、俺のところにおいで」


 修さんはわたしの手を離して、2歩ほど後ろに下がった。
 途端にわたしは寂しくなる。水の上で、誰の助けもない状態。
 先ほどの溺れた感覚がフラッシュバックしてくる。


 ぐっと飲み込んでゆっくりと一歩を踏み出す


 本当は今すぐプールサイドに上がりたい。だけど、水と向き合わなければ先に進めない。
 今までは逃げてきたけど、やっぱり向き合って努力をしないと泳げるようになんてなるわけがないんだ。
 そんな当たり前のことを考えながら、もう一歩すすむ。


 三歩目で修さんのもとにたどり着いた。安心したのか、わたしは修さんに抱き着いた。


「えらいぞクロちゃん。暴れなかったし震えなかった。なにより自分の意思でここまで来ることができた。成長したね」


 にっこりと微笑んでわたしのほっぺを撫でてくれる


「これ以上、めいわくも………かけたくない、から。 これからも、がんばるよ」


「アホ抜かせ。子供は親に迷惑をかけてなんぼだ。俺はいい子を求めているんじゃないんだよ。むしろ俺に迷惑をかけてくれ。俺はクロちゃんたちの世話を焼きたいんだからさ。」


 ぽんぽんとわたしの頭を叩いた。


 それから修さんは、わたしの両脇を持ち上げて肩車をした。
 結構高い。ここからあたりを見渡すと………あれ? タマちゃんと澄海くんが見当たらないや。ティモちゃんはちょっと深いプールの縁から足だけ水に浸けているけど………


 どこに行ったんだろう?




「修さん、大丈夫? 怪我、痛いでしょ………」
「痛いとも。でも俺はクロちゃんにかっこいいところを見せたいんや。このくらいはさせてくれ。」
「………ふふっ」
「あと、せやな。がんばったクロちゃんにはあとで何か買ってあげよう。」


 反射的に『そんなの悪いよ』、と言いそうになって口をつぐんだ。
 修さんは、わたしに何かを買いたい。
 澄海くんにも言っていた。『Win Winの関係』だって。
 だったらわたしも、それを受け入れれば、お互いに気持ちよくなれる


「ありがとう、修さん」




 もう、修さんから目をそらすこともない。
 わたしのために怒っていてくれたことはわかってる。
 だから、修さんに怯える必要もない。
 ちゃんと、仲直りすることができた


 あとは、もっともっと水に慣れるようになるだけだ。
 でも、もう焦らないよ。ゆっくりと、ゆっくりと進むだけだ。


『よかったね、おねーちゃん』




 ハルナちゃんも、わたしに笑顔を向けてくれた














































































 結局、わたしは最後まで浮き輪を借りに行った修さんがなんで怪我をして戻ってきたのか。
 その本当の理由を知ることは無かった。


 だから、幸せでいられた。





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