猫と宇宙人はゴーストバスターを始めたようです

たっさそ

第28話 ★おっちゃんはー、私たちのことを、ちゃーんと、大切にしてくれているんだよー。



 ママが来るまでおばあちゃんのリムジンで待機する。


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「……………ZZZ」


 重い空気が場を支配する


 おっちゃんは幽霊退治は初心者で、霊感も少ししかなかった。
 でも、平和夫の時も、小田助平の時も。最終的に片を付けたのはおっちゃんだった。


 だから僕はおっちゃんを初心者でありながら実力者だと思い込んでいた。
 しかし、おっちゃんの実態はただの運動音痴の高校生でしかない。


 ゴーストをいくら退治できようと、普段の生活は何ら変わりないし、何の役にもたたない。
 猫たちも、同じ気持ちのようだ。


 そんな沈んだ雰囲気のなか、クロがおっちゃんに膝枕をしながら、震える声で呟いた


「わたしたち、修さんと………いっしょにいない方が………いいの、かな………。」


「………なんで。」


 なんで、そんなことを言うんだ。


「だって………わたしたちがいっしょにいると、修さんに、めいわくがかかる………から。」


 そんな呟きに、タマが首を振る


「違うよー、クロちゃん。修さんはー、したくて私たちの世話をしてくれているんだよー。」


「でも………わたしたちがいるから、修さんは、自分のことを、きちんとやることができない、でしょ。」


「………うー………」


 タマもそれには言い返せないみたいだ。


「わたしたちがいるだけで、めいわくになってしまうなら………」


「………それは違う。」


 クロがどんどんネガティブの海に沈んで行ってしまうので、ついつい僕が口を出してしまった。


「………おっちゃんは、自分の意思でお前たちを育てるって決めたんだ。だったらそれはおっちゃんの自己責任だ。………するって決めた以上、それは両立ができないおっちゃんが悪い。」


 だからといって、僕はおっちゃんを責める気はない。


「………それに、おっちゃんは高校三年生。練習していないわけではなかったはずだよ。………おっちゃんは運動音痴だって前から言っていたし、アレが素なんだよ。………だからおっちゃんは努力をしていた。そして、あの人がおっちゃんの努力を無神経に馬鹿にした。それだけだ。」


 だから、お前たちは関係ない。僕はそう言った。


 自分でも柄にない事を言っている自覚はある。


 でも、努力が報われないどころか、その努力を笑って一蹴して、傷つけられたおっちゃんを目の前で見て、何もできない自分が歯がゆい


「んー………、多分だけどー、今日がたまたまおっちゃんにとって最悪な日だってわけじゃあないはずだよー?」


 終始真剣におっちゃんを見ていたタマが、そんなことを言った。


「………タマちゃん、どういう、ことなの………?」


「悪い言い方をしちゃうけどー、おっちゃんにとってはー、あーいうことが日常的に起こっているんじゃないかなー。………今日みたいな日がさー」


「っ………」


 それが、二年続いていたのか。なんでそこまでして部活を続けているんだろう


「まー、今日はそのなかで特にヒドい日だったのかもしれないけどねー? 私はおっちゃんが本気でキレるところなんかー、初めて見たよ~。」


 一緒に暮らしている猫たちが言うくらいだ。おっちゃんはダメ人間なんかじゃない。
 そうとう人がいいんだ。ダメ人間のような発言をしているのは、ただのブラフだったんだ。


 おっちゃんを知る、今ならわかる。何のためにそんなことをしているのかはわからないけど、多分………そういう、面倒くさい性格なんだ。




「でもすごいよね~。いつもおっちゃんは家ではそういう表情はまったく見せないんだよー?」


「修さん………いつも家では優しいし、わたしたちを、大事に………してくれているもんね………。」


 クロは膝枕しているおっちゃんの手を自分の小さな手で握る。
 本当にみんな、おっちゃんが大好きなんだな。
 タマはクロのセリフを聞いて、人差し指を立てる。


「そー。おっちゃんは私たちを大切に思っているんだよー。ここ大事。クロちゃんはー、そんなおっちゃんと離れたいのー?」


 タマは会話を誘導して、その質問をクロにぶつけた。


「………そ、そんなの………いやに、きまってるよ………。」


 クロはギュッと目をつむり、涙を零した。


「でしょ~? 私もそれは嫌だよー。それにぃ、おっちゃんが私たちを大事にしてくれているってことはー、おっちゃんも私たちと離れたくないってことなのー。」


「…………。」


「だからー、もう、いない方がいい、なんて言わないでねー?」


 タマは長女だ。妹を優しくなだめてあげている。ポンポンとクロの頭を軽く叩いて、そのままタマは、ハンカチでクロの目元を拭ってあげた。


「………うん………やくそくする。もう、言わない。」


「うん♪ えらいよー、クロちゃん。」


 タマはクロの髪をゆっくりと撫でる。仲のいい姉妹だ。
 僕は無言で、しばらく、そのまま二人を眺めていた。




                    ☆






 それからどれくらい経っただろうか。


「あー、くそっ! マジはらたつのり!」


 ママが帰ってきたようだ。
 ………巨人の監督が一体どうしたんだろうか。たぶんどうもしないだろうな。


 苛ただしそうに車に入ってきたママに、僕が問いかける。


「………あいつは。」


 どうなったの。とは聞かずに、それだけ言った。


 あいつ、とはさっきの顧問の事。アレに敬意を払うなど、吐き気がする。だからあいつで十分だ。


「あぁ、あの後すぐに頭突きかましてキンタマ蹴り上げて、唸ってる間に守護霊をコイツに取り換えてきた。倒れた顧問を見た体育館の中の人たちはなぜか拍手していたね。」


 なるほど、やっぱり嫌われているのか。ざまぁみろ。


 ママは懐から、お札が何重にも張っている小瓶を取り出した。


「………それって確か………」


「そ。先月にアタシが10分くらいお経を読んでも退治できなかった独身女性の妖怪。『森谷さん』だ。」


 それは妖怪じゃなくて悪霊だ。
 気まぐれでお経を詠んでいたのか………。それで退治できなかったゴーストを、強引にビンに詰め込み、お札でコーティングしたらしい。
 ゴーストって、体が柔らかいんだね。全長6㎝しかないビンに入るなんてさ。


 退治できなかったゴーストは、封印という形で放置する。
 ママは面倒くさがりだから。


 ………というか、10分って、気が短すぎないか?


「腹がたったからね。『森谷さん』ですんでラッキーだと思っていいはずだよ。本気で腹が立ったから幽体剥離してやろうかと思ったくらいだ。イスルギ以来だよ、そんなことしようと思ったのは。」


 幽体剥離ってのはママの対人間用の最終兵器だ。
 幽体離脱を得意とするママが、相手の幽体を強制的に本体から切り離す。


 簡単に言ったら、脳死の状態に追い込む、人間の所業ではない。あまりにもむごい技だ。


「………結局は。」


「うん。森谷さんを押し付けて、『そいつを祓ってほしかったら、まず前金に600万円用意しな。そしたら祓ってやるよ。祓ったらあとで1200万円払え。それが嫌なら我慢するなりほかの霊媒師に相談するなりしろ。9割が詐欺だろうけどな。』って言ってやった。倍額だよ。それでも祓ってやることを感謝してほしいね。」


「………よくやったよ。」


 今回は詐欺師とは言わないでおくよ。あんな奴は毎晩、森谷さんの悪夢にうなされるといい。
 守護霊を入れ替え、その変化に気付けば、ママが本物なのはわかるはず。だからおそらく、ママのところに泣きつくはずだ。そのころには心身プライドともにズタボロだね。


「礼子さーん、おっちゃんの仇を打ってくれてー、ありがとーございます。」


「いいよ。アタシが修ちゃんの事を気に入っているうんぬん以前に、アタシもさすがにアレにはキレたからね。アタシは自分がしたいようにするだけだ。」


 深く頭を下げてお礼を言うタマに、肩をすくめてみせるママ。


「タマ子もやさしいね。ずっと黙ってみているなんてさ。本当は、はらわた煮えくり返っているはずだろ?」


「それはおっちゃんの問題だからね~。私が口出しできるような問題じゃないんだよー。本当は私もー、あの人を殴ってやりたかったんだけどねー?」


 ママはそうかい、と言って笑って、タマの頭をぐりぐりと撫でた。
 そして、おっちゃんに視線を移す。


「修ちゃんは………まだ起きないか。結構本気で首絞めちゃったもんね。………澄ちゃん、車出しテールランプ。」


『何があったのか聞かない方がいい?』


「うん。ありがとね。修ちゃんのためにも。」


『わかったわ。それに、私にはユーレイがわからないの。礼子と澄海の話についていけなくて申し訳ないわ。』


「仕方ないよ。アタシみたいのが異常なんだ。」


 車が、僕たちの屋敷に向かって走り始めた。





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