怪力乱神の魔女が異世界を往く

たっさそ

第12話 トラウマ

                12話




 聖剣を抜くための列に並んでえんやこら。
 とはいえ、暇だ。


 暇すぎる。ただ歩いているだけだとなんとも時間の無駄だ。


「………あつしくん、みっちゃん」
「ん? どうした?」
「なにかあったの、チーちゃん?」


 聖剣の置かれている台座まであと10分くらいだろうか。


 わたしの後ろからみっちゃんに向けてウインクを送っているロイクを遮るように移動しながらあつしくんに声をかけた


「………暇い」
「そうだな」
「そうだねー」
「………なんかお話し」


 桃太郎でも浦島太郎でも構わない。なんか暇をつぶせるような話はないだろうか。


「お話か………チィは何のお話しをご所望なんだ?」
「………んー、じゃあ、ペペさんとの出会い方をもっとkwsk」


 ペペさんは豪運で引き寄せた人材だというのは理解したけど、その出会い方も気になる。
 あれほどの人材とコネを持つには普通では無理のはずだから。


「なるほどねー、それはこの世界に来て割とすぐのことだから、少し長くなるかもしれないよ」
「………10分程度にまとめられる?」


 あつしくんたちと再会する前の1週間も気になるけれど、それを10分でまとめられるだろうか。
 聖剣を抜くまでの暇つぶし程度だったんだけど………


「まぁ、大丈夫だろ。あの頃はたしか―――」




☆敦史side☆




 あの頃はたしか、この世界に来たての頃だったかな


『よう坊主、Aランクのくせに今日もゴミ拾いか?』
『登録した初日に竜殺しだもんな』
『ギャハハ! 偶然ブラックドラゴンの死に際に出会ったらしいぜこいつ』
『いいよなー、歩いているだけで宝に出会うんだから。クソラッキーボーイ』




 あの頃は冒険者のぼの字も知らないひよっこのくせに、ブラックドラゴンの死に際を看取り、さらに勘違いと豪運でいきなりAランク冒険者に祭り上げられた、ただのラッキーボーイと呼ばれて居たっけか


>………努力をしない他人の功績は妬ましいから


 ああ。そうだ。だから、そんな俺に喧嘩を吹っかけてくる奴は日常茶飯事だったよ


『………』
『敦史、気にしない方がいいよ。その豪運こそが敦史の実力なんだから』
『気にしちゃいねーよ。それよりも、美羽ねえの方はどうなんだ。』
『ボチボチだよ。………ごめんね、私に付き合ってFランクの仕事を手伝わせちゃって』
『いいよ。本来なら俺だってここでゴミ拾いをしているはずだったんだ。いきなりAランクになる方が異常だったんだ。美羽ねえのランクを上げていくことで俺も自分のランクを上げたつもりになっとくさ』
『せめて私の能力が存分に使えたら、ずいぶんと楽にランクを上げることができたんだろうけどね』
『ああ………腕輪か。たしか俺の能力の制限は半分くらい。美羽ねえは能力の2割だったな』
『うん。不幸中の幸いだけど、本来だったら能力の全権剥奪だったんだもん。私は実験の最中に死んじゃったから、その時に能力を少しだけ開放してもらってて助かったよ。それでも、今の私はちょっと運動能力が高い程度のただの女の子だからね。そのうち、どうにかして腕輪の制限を外せるようにしないと………。』


 だから、かな。あの頃の俺は荒れていた。
 人にバカにされることも多かったし、舐められることも多々あった。


 こちらはすでに前の世界で殺されたストレスと心の傷を背負い、美羽ねえを見つけたものの、チィの姿を見つけることはできず、もはや精神も擦り切れていたっけ
 だというのに、この世界の人間は容赦なく俺たちに牙を剥く。


『ようラッキーボーイ、金持ってるんだろ。ちょっと恵んでくれよ』
『………またかよ』






 登録初日でなんの手違いでかAランクになり、本当にただのラッキーだけで大金を手にした俺らに対する周囲の反応は様々。
 その中で最も多かったのは、人気のないところでの襲撃だった。


 喧嘩ではなく、本物の殺し合い。


 何度も何度も、懲りることなく相手は俺たちを襲ってきた
 5,6人ほど人を引き連れて。俺たちを逃がさないようにしながら、な。


『俺はなあ………』
『あん? さっそく命乞いかぁ!? はっ! さすがはAランクの竜殺し様だぜ! ギャハハハゲブるン!??』
『俺は………今猛烈にイライラしてんだよ、あんまり話しかけんな。殺すぞ』




 毎日毎日、死んだような目で森をさまよい、宿屋に戻っては受付をフリームちゃんと交代して今頃チィはまだあの実験施設で拷問を受けているのではないかと思うと、夜も眠れなかった。
 今となってはいつもそんな疲れた顔をしていたから、実力者には見られずに襲撃を受けていたのかもしれないな。


『やりやがったな、てめぇら、やっちまえ! 女は傷つけるなよ!』


 能力が半分に制限されているとはいえ、俺はNo.003の超能力者だ。


『ヒャハハァ!』
『おらぁ!』
『死にやがれ!』


 たかが5,6人程度のCランク級冒険者の剣筋など、止まって見えた。
 ゆっくりと迫ってくる剣先を右手でつまんで引っ張り、持ち手を蹴り上げて剣を奪いながら、左手では他の剣の腹をなでるようにして軌道を変えてやり過ごす。
 スローの世界ではそれができた。


>………その能力、ほんとすごい。


 バカ言え。チィなら真正面から受けても何のダメージもないだろ。そっちの方がすげえよ


『遅いんだよ』
『ぐはっ!』
『なんだと――グアッ!』
『ギャン!?』


 剣なんか使ったことなかったけど、スローで見える俺の視界には隙だらけの男たちが見えるだけ。
 奪った剣の横っ腹でスキを見て殴るだけで簡単に昏倒できた。


『おねーちゃん、いい身体してるじゃねーか』
『寄らないでくださいっ!』
『ガハッ!!?』




 俺が雑魚を片付けている間に、美羽ねえの方も壁を蹴って立体的に立ち回っていたぞ。
 超能力をほとんど使えないくせに、屈強な男の背中に回り込んでから後ろ髪を掴んで足を払って転ばせていたっけ


>………さすがみっちゃん。能力なしでも強い


>えへへ、照れるなあ。能力がなくても立体機動ができるくらいのバランス感覚がなくちゃ『重力法則無視』の使用中にバランスが取れないんだよね。


>………ずるい


>まーでも、あの時は壁走りくらいなら何とかできたから、地味に能力を使ってたんだけどね。転ばせる時も相手の体重を少し軽くしてから足を引っかけたんだし。


 それでも、もともと運動能力の高い美羽ねえが能力開発の過程でもっと筋力を増したんだ。制限を受けていても超能力を使っている。新体操も真っ青の華麗な動きだったな。


『な、なんでだよ、てめぇ、運だけでAランクになったんじゃ』
『あ? 確かに俺は運だけでAランクに上がったけどなぁ、決して実力がないわけじゃねーんだよ。喧嘩は慣れているし、止まって見える攻撃をくらうような間抜けでもない。』
『つまり最初から負ける運命にあったってことだねー。襲う相手を間違えちゃって、かわいそう』
『Fランク冒険者ごときが、俺を見下すんじゃねえ!』
『あーあ。よそ見しちゃった』
『なん………ガッ!?』


 美羽ねえの挑発に乗せられて意識がブレた隙をついて、冒険者の後頭部を奪った剣でぶん殴って終了。


『喧嘩の最中に視線を逸らすから冒険者ってのはお前みたいな3流ばっかりなんだよ』


 まぁ、俺たちを襲ってくる連中はランクが上がらなくて燻っているような奴らだ。
 上を目指すのでなく、嵌めて蹴落とそうとする程度の連中なんて、たかが知れている。


『やべ、鼻血………運気がほとんどゼロになったか………今日のところは宿屋で過ごすか』
『あ、集中のし過ぎ? 何が起こるかわかんないから、おとなしくしとこっか』
『そうする………こいつらは』
『私が騎士団に突き出しとくよ』
『助かるよ………』


 当然、襲ってきた連中は縛って騎士団に突き出し、冒険者の資格は剥奪。さらに殺人未遂で豚箱にぶち込まれてさぞ惨めな思いをしただろうな。


>………自業自得


 ああ、その通りだ。同情なんてしない
 そんな喧嘩ばっかりのすさんだ生活を4日ほど続けたころだったかな。


 ガラの悪い冒険者たちをすべて騎士団に突き出していたことが他の冒険者たちにも知れ渡って、そういうガラの悪い奴らにいいようにされていたランクの低い冒険者や恨みがあった冒険者から感謝されるようになって、ようやく『竜殺し』の名が伊達ではなかったという風に噂が広がった。


 能力の影響かな。噂はいい方にすぐに広まったよ。そこから俺たちに対する襲撃はぐっと減った。


 そんな4日目のことだ。
 美羽ねえはDランクの昇格試験を受けて速攻でゴブリンを倒し、その帰りに昼飯用の黒パンを持って歩いているときに




『おっとっと………あ、パンが落ちた………まぁいっか。どうせ何が入ってるかもよくわからない黒パンだし』
『あーあ。気を付けてよね、貰い物とはいえ食べ物なんだよ』
『わかってるよ。今日が晴れだったら落ちても3秒ルールで食ってたんだが、今日は小雨でぬかるんでるし、諦めるよ』
『ま、たしかにいくら貰い物のパンとはいえ泥だらけになったら食べる気はおきないよね』




 俺が受付嬢からもらったパンの差し入れをうっかり落としてしまってさ。


>………モテ男この野郎
>ひゅーひゅー! にくいねー!
>………手作り? 手作り?
>ええ、手作りよ。手作りのパンを無慈悲にも泥水の中に落としたの
>………おお、それはまた………おにちく


 うっさい。もとより毛ほどの興味すらないっつの。
 で、うっかり落としたパンを諦めて進もうとしたときに、ペペさんに出会ったんだ


『おい………』
『あん?』


 声を掛けられて振り向けば、スラムの人間のような、まるで汚物のような、そんな汚い人が倒れていたんだよ
 実際、スラム街も近かったしな。スラムの人間に意識を向けたことがなかったし、声を掛けられるとも思ってなかった。だから正直驚いたよ。


『それ………』
『ああ、落としたパンか。俺はもう食わねえし、おっさん、あんたにやるよ。』


 俺は落ちたパンを拾って倒れている男の顔の前においてやった。


『さんきゅ………』


 横たわったまま、泥のついたパンをもそもそと食べるその男。


『うわ、まじか』
『すごいねー、切羽詰まったら私もやりかねないけど、この光景を見ると流石に引いちゃうな』
『まぁ、確かに切羽詰まったらやりかねんな。生きるためには。………ん? つうことは、このおっさんはこんな状態でも生きることを諦めてないってことか』
『そうだね、すごい生への執着心。今の私たちとおんなじだ』
『引くことはすれど、笑えないな』
『うん、まったくもって』


>………。


 男はパンを食べ終わると、力を入れてゆっくりと体を起こす


『助かったわ………賭け事でみぐるみ剥がされて、3日前から水しか飲んでないからな………』


『あ、ただの屑だった』
『そうみたいね』




>………おい




『しかし………なんだこのパン………ペッ! クルクル巻いてある金髪が入ってるじゃねぇか………さすがに髪は食えねえよ』
『お、そんなもんが入ってたのか。やっぱ食わなくてよかったな。ラッキー』
『ゴテゴテの金髪ロール………パティロールさんね………』




>………あのゴテゴテ………なんてことを
>びっくりだよねー


 故意で入れたわけじゃねえだろ。仮にも好意を向けている相手に髪入りのパンを渡すかって


>………そこで鈍感系主人公をしないあつしくんは受付嬢とのラブコメ的なフラグをバッキバキにたたき折っている


 いや興味ねえし、あんなわかりやすいもんもらって気づかない方がおかしいだろ。
 まあいい。続けるぞ。


『なんか恩返しができればよかったんだが、俺は金もってねえし………ん? あんたら、奴隷かなにかかぁ………?』
『は? 違うけど。なんだいきなり』
『いや、その腕輪なんだが………隷属の首輪とまったく同じ構造に見えたもんでな………』
『ッ?! この腕輪のことを知っているの!?』


 その時、恩返しがしたいと言い出した男が腕輪を見たら、腕輪の詳細を知っているようだったんだ。
 そしたら能力のすべてを剥奪されていた美羽ねえが男に詰め寄った。


 当然だ。この腕輪がなくちゃ俺たちは超能力が使えないのもだが、この腕輪のせいで能力の制限も受けている。
 苦労するのは受け入れられるが、楽になるならそれに越したことはない。


 なにより、文字通り“死ぬ思い”をしてこの世界に転移したといのに、能力なしで魔物や魔法が飛び交うこの世界で生きていくことはできない。こちらの“苦痛の割にあわない”んだ




『隷属の首輪とまったく同じってんなら、それを外してやることで恩返しになるか………?』
『やってくれるってんなら、ぜひ頼む。』
『わかった、こっちきなぁ………』


 俺は男に向かって左腕を差し出すと、泥だらけの手で俺の手を取って腕輪を観察して




『んー、これで魔力暴走を抑えてんのか………こっちが余剰分の魔力を魔石にためて、必要ない分を空中に放出して、これは………なんだ? 魔石とつながって………魔法を抑制するのに似てるからきっとそれだな。』


 ぶつぶつと腕輪を見ながらつぶやく男。
 見た目は薄汚いが、その目は真剣そのもの。とても冗談で言っているようには見えなかった


 男がふと顔を上げて俺の眼を見ると


『魔力暴走………それに。ちょっと失礼するよ………』
『おわ!? 何しやがる!?』


 いきなり俺の首に指先を当ててきた。
 殺されるのではないかと思って身を引こうとしたんだが、悪意は感じなかったし反応も遅れてしまった
 だけど、どうやらそれは必要なことだったらしい
 どうでもいいけど、そのせいで俺の首元が泥だらけになってしまった。


『熱があるな、やはり魔力飽和………なるほど、こりゃあ外さない方がいいな………ちと改造したほうがよさそうだ。本来なら大金貨クラスの金をとるんだが………サービスしてやるよ………』
『これを何とかしてくれるなら、言い値でも構わない』
『マジかぁ………本当に金欠だし、じゃあ二人目の嬢ちゃんのぶんは遠慮なく金を取るぞ………パン一個でサービス一つだ』
『わかった』


 それから、男は俺の腕輪に手を添えて目をつむる。


『この回路をちょちょいといじってやれば………ほれ、終わりだ………。運がいいなあんた。このままだったらあと………そうだな。ふた月ほどで魔石に溜まった魔力がいっぱいになって、余剰魔力が魔石に吸収しきれずに死ぬところだったぞ………。』


『………………』


『腕輪の方も加工しといてやったし、余剰魔力はすべて空気中に霧散されるようにしといたから、もう魔石も必要ない。それにおまえさん、なにかしらの固有能力ユニークスキルの制限を受けてるんだろ。それ解放してやったから………。ほれ、この魔石はお前さんのだ。』


 そういって手渡された、黒ずんだ水晶を手渡されて、俺は愕然とした


『マジかよ………』
『ウソ………本当に、水晶が外れてる………』


 今までどうやっても壊すことのできなかった腕輪に簡単に干渉して、その制限の元であった黒い水晶を取り外してしまったのだから
 今までは超能力研究機関の機長である風間一番しか取り外すことができなかった。
 どうやっても破壊すらできなかったのに。


 チィも覚えているだろ。定期的に腕輪の水晶を新しいものに変えていたのを


>………うん。2か月くらいの頻度で替えてた
>私たちを死なせない配慮はしていたのよね。まぁ、最後に私たちを殺したのも風間一番だったけど。




『どうしたぁ………?』
『おっさん、あんた………名前、なんて言うんだ?』
『ぁあ? “ペペ”だ。世界最高の魔法技師。ペペ様と呼べ………』


 俺は魔石を握りしめて、深く頭を下げた。
 どうやっても外せなかった能力の制限を、こんなにも簡単に外してくれた。
 俺の恩人だった。


『ペペさん………ありがとう………ありがとう………!』
『おいおい、野郎に泣かれて礼を言われても気持ち悪いだけだぁ………』


 気が付けば俺の頬に涙が伝っていたよ。
 能力の制限が解けることはそれだけうれしいことだったんだ。


『嬢ちゃんもこっちに来なぁ………』
『は、はい!』




 美羽ねえも、その時ばかりは泥がつくのも構わずに左腕を差し出していたっけ


『よし、これでおまえさんの能力も解放してやった………。』
『うそ………あっ………使える! 能力チカラが十分に使えるようになってる!』


 そして、気が付けば腕輪の改良も終わっていて、美羽ねえが一瞬だけふわりと浮いた。
 重力を完全にシャットアウトして、浮いていた。重力法則無視の能力が発動していたんだ。


 能力を剥奪されていた美羽ねえに、能力が戻っていた。


『しっかし、これだけ厳重に管理されてるのは初めて見たな。お前さんたち、いったいなんなんだ? 詮索するのはヤボってもんなんだが、よかったら教えてくれ………』


 ペペさんはガリガリと頭を掻きながら聞いてくる。
 本来ならば教えるべきではなかったのかもしれない。


 だけど、俺たちはパン一個やお金では足りないほどの恩をペペさんから授かった。
 だから誠意をもって、応えたかった。


『俺たちは………4日前にこことは異なる別の世界からやってきた。研究所の中で家畜のように決まった時間に飯だけはもらえて、肉体を弄られて、特殊な能力に目覚めた子どもさ』
『嬢ちゃんもかい………?』
『はい………本当は、私たちのほかにもう一人いるんですけど、私と敦史が殺された時にはまだチーちゃんの実験は続いていたから、まだこの世界には来てないのかも』
『………転送、転移………いや、転生か? よくわからんが不思議なこともあるもんだ………それにしても、異世界人か………』


 異世界人と聞いて思案顔になるペペさん。
 さほど驚いた表情は見せなかった。


 異世界人と聞いても普通なら頭のおかしい奴か冗談の類だと思うのだが、ペペさんはそうではなかったらしい。
 ちゃんと話を聞いたうえで異世界人だとしっかりと理解を示してくれた


『驚かないのか?』
『いや、驚いてはいる………たしかこの国の伝説にも異世界人が居たなぁと思ってなぁ………』
『異世界人が、他にもいるのか!』
『だいぶ昔だけどなぁ………。信憑性も薄いと思ってたが、本当だったのかぁ………詳しい話は俺にもわかんねえ………。』
『そっか………』


 それを聞いて、その時はその異世界人がチィなんじゃないかとも考えたよ。
 そうじゃなくても、大昔とはいえ俺たち以外にも異世界人がこの世界に来ていたという情報だけで、チィに会える確率が0ではないということが知れてよかった。


『そんじゃ………俺の店の住所書いといてやるから、気が向いたらここに来てくれ………賭け事か素材集めの旅に出てない限り、きっとここにいるから………明日はさすがに店にいると思う………』


 ドロドロの葉っぱに傷をつけて住所を書き込むペペさん。
 一応文字の体裁は保っているし記憶できたから問題ないが、俺たちはまだこの世界の文字や言語を知らない。
 葉っぱを受け取ったけど、後で書き写して冒険者ギルドの受付嬢にでも詳しい場所を聞くことにしたよ。


『ああ、お代はどうすればいい?』


『今払えるならそれでいいが、明日でもいい………。適正価格で大金貨1枚と金貨は………いいや、大金貨1枚だけに負けといてやる。秘密を教えてくれた礼だ………』


『確かに言い値でいいって言ったけど、大金貨1枚もそうとうなぼったくり価格だよ!? 広めの土地を変えちゃう金額だよ!』


『バカ言っちゃいけねえよ………。俺以外に魔神鉄オリハルコン性の隷属の腕輪を、しかもこんな複雑なやつを一瞬で改造できる奴なんていねえって………。本来なら大金貨1枚と金貨7枚のところをサービスしてやったんだ………賭け事大好きだからもっとぼったくってもよかったんだぞ。金のにおいには敏感なんだ、どうせ払えるんだろ………』


『むぅ………』


『美羽ねえ、ここは素直に払おう。きっとペペさんの言うことは正しい。それに、この腕輪の改造はそれだけの価値があった』


『………そうだね。ありがとう、ペペさん。』


『ウチは魔道具も取り扱ってるからぁ………、気が向いたら来てくれ………礼はそん時にでもしてくれやぁ………。む、腹が痛くなってきたな………さすがに泥付きパンはマズかったか………。一応、パン食って元気出たし………帰るか………。じゃあなぁ………』




 ペペさんはそう言って、ふらふらと路地裏の奥の方へと去っていった




                  ☆




「―――とまあ、こんな感じかな。翌日には約束通りの住所―――あの魔法屋だな。あそこにいたから、お金を渡して、それからいろいろな相談にも乗ってもらっているから当然俺や美羽ねえの能力のことも知っている」


「………なるほど。」


「チーが見つかる頃にはまた素材採集の旅に出ていたみたいで、帰ってきたのが昨日だったから、今までチィの腕輪の改良に手を出すことができなかったんだ」
「………この魔石も、だいぶ黒ずんでいたから、そろそろ不安だった。」
「チィは能力の関係上、魔力が体内に溜まりやすいからな。俺らだって、体内に余剰魔力が溜まってきたら魔石に魔力をためることにしているが、腕輪に魔石を嵌める頻度は驚くほど低くなった。だからもう普段からフルパワーで能力を使用できるってわけだ。」


 この世界の魔法使いも普段から指輪に魔石をつけて、体内に魔力が溜まりすぎないようにしているらしいもんね。
 ペペさんも右手の中指に指輪をしていたし―――


 チラリと後ろを見てみると、ロイクの取り巻きのローブを着ている魔導士とかいっていた女性二人も、右手の人差し指に小さな魔石の嵌っている指輪をつけていた。




 ま、わたしは自分自身の能力のオンとオフの切り替えと大雑把な調整しかできないから腕輪の制限は外せない。
 なにより、(みっちゃんに言いくるめられた)3段階の制限という魅力があるからこのままでも構わない。




 正直なところ、3割しか“怪力乱神”を出せなくても、少し力を込めてグーパンしたら、大木をへし折ることができるのだし。すでにオーバーパワーだ。




「ねえ、あなたたちの能力とか、そういうの、私に教えてもよかったの? さっきからずっと私も聞いていたの忘れてない?」


 みっちゃんの隣であつしくんの過去話を聞いていたイグニラが声をかける
 イグニラは魔人族で本来ならば敵になるはずの存在。その存在を無視してこちらは勝手に手の内をさらけ出して、その本質の能力の特徴までしゃべってしまっているのだがもちろんそんなことは知っている。わかっている。


 だけど、なんの問題ないのよね。


「ああ、いいよいいよ。聞かれて困ることもねーし。俺は“豪運”が能力だ。俺自身、何が起こるのかわかってないのに、対応のしようがねーだろ」
「私もだねー。重力にあらがえる人が居るなら教えてほしいくらいだね。対策を考えるのが楽しそう」


 みっちゃんとあつしくんは対応が難しい能力だ。だから、ばらしたところで、障害はない。


「でも、チカの能力を制限したって………」
「………わたしの“怪力乱神”は制限されていても、ワイバーンの頭蓋を一撃でミンチにする」


 いかなる四苦八苦七転八倒その他八百万が立ちふさがろうとも、そのすべての理解の範疇を超えた怪力でもって己の道を切り開く。それが怪力乱神。


 制限を受けていたからなんだ。制限ごと怪力で乗り切る。まさに脳みそ筋肉の能力だ。


「………おそらく、聖剣に選ばれる選ばれないは関係ない。わたしは聖剣を抜ける」


 邪道、悖乱はいらんこそが“怪力乱神”の本質。
 わたしに王道や正道などいらない。


「そ、そこまでなの!? 私から言うのはなんだけど、あなたたち、ほんと化け物ね………。ロクバンが言ってた通りだわ」


 イグニラがわたしたちを見てため息をこぼす
 なんでイグニラが魔人族の幹部なんだろう。


 おそらく3割の制限を受けたわたしよりも弱いのに。




 なんて考えていたら、そろそろわたしたちが聖剣を抜く番になった。


「銀貨五枚になります」


 神殿関係者だろうか。機械的に銀貨をせびる声。しかし、その表情は『できもしない聖剣抜きごちそうさん』と言っているようだ。


 なるほど、この表情を見てたらやはりこの銀貨の行く先の半分は神殿関係者行きだと思って間違いなさそうだ。
 もはや暗黙の了解なのだろう。神殿だってお金がなければ経営できないし、まぁ、しょうがないか。この封印されし剣を管理してきた維持費とでも思おう。


「あ、私の番ね。はい、銀貨。これでいいでしょ」
「私たちは付き添いだから、素通りしますね」
「俺も素通りだ」
「………わたしは挑戦する」




 神殿に集まっていた人たちも『あんな小さい子がチャレンジするのか、がんばれよー!』と嘲笑交じりに応援が飛んできた


 うしろからロイクが「ミウやそこの男が抜くんじゃないのか!? 何を考えているんだ、観光目的なら迷惑だな!」「全くですね!」とわめいているのが聞こえるが、残念だったな。


 ロイクが抜く前にわたしが台座をぶっ壊す。チヒロあたりに聖剣を譲ればいい。それでおしまいだ


 じっと聖剣とやらを見てみる


「………これ、剣というよりは刀ね。それも日本刀、刃紋はとが………だったかな」
「チィ、詳しいな」
「………日本刀はロマン。世界最強の切れ味」


 ぐっと拳を握る。


「あー、確かに銃弾も切断しちゃうもんね」


 みっちゃんも日本刀の魅力を分かっているようだ。
 そう、日本刀は銃弾すら切り捨てられる強度と柔軟性を持っているのだ!


 ただし、剣同士を切り結ぶことを想定されていないので、相手の肉を一瞬で切断する一撃必殺。
 一点突破は物語の王道! 日本刀のロマンを語るには一日じゃ足りないよ!
 にわか仕込みだけどっ!


「そういえば、イグニラはすでに魔剣を持っているのよね。聖剣を抜こうとして大丈夫なの?」


「それを調べてみたいんじゃない。世界に10本しかない魔剣。そのうち2本を操れるなんて、夢があるでしょ」
「………そうね。聖剣を抜くときくらいはその長い袖から手を出すの?」
「出さないわ。それに、きっと抜けないわよ」






 イグニラがそう言って聖剣の柄に指先すら見えない長い袖を伸ばすと―――




―――バヂィ! 


「―――ッ!!!」




 聖剣から紫電が走った。


「いったぁ………やっぱり弾かれるわよね………残念。触れることすらできなかったわ」






―――ドクン




 残念そうにイグニラが手を引いて、手に走る痛みを払うように長い袖をぶんぶんと振るイグニラ。


 諦めた様子でわたしに番を譲ったが、わたしはそれどころではなかった




「………あ……あぁ………」


 ガクガクと意思に反して震えるひざ。
 歪む視界。




―――ドクン!




 思わずあつしくんの服にしがみついていた。


「チカちゃん、どうしたの?」


 フリームが心配して声をかけてくるが、返事ができそうにない。
 こみあげてくる嘔吐感。それをこらえるだけで精いっぱいだった


「ん? どうした、チィ………? おい、顔色が悪いぞ!」
「チーちゃん、いったい………あ!!」




 これは、だめだ。




―――ドクン!!




 この聖剣だけは、だめだ




 受け付けない。


 受け入れることができない。




 体が、心が、魂が全力で拒絶している




 ガチガチと歯がかち合う音が、やけに頭に響く




「チ、チカ!? いきなりどうしたのよ!」


 イグニラが慌ててこちらに掛け寄ってくるのが見えた


「ミウ、アツシ! チカはいったいどうしたの!? なんでこんなに震えて………いや、なんでこんなに怯えている ・・・・・のよ!」


 みっちゃんたちに怒鳴りながら詰め寄るイグニラ
 しかし、みっちゃんたちも慌てた様子でわたしを抱き上げて魔剣から距離を取る




―――ドクン!!




「この刀………『魔刀・武御雷タケミカヅチ』………雷の剣だったよね」
「ああ………」
「たしか、チーちゃんの死因って」
「感電死だよくそが! この魔剣をチィに近づけさせちゃダメだ!」
「そ、それってどういう………?」


 混乱するイグニラとフリームの手を引いて、あつしくんがいそいで聖剣から離れて後続のロイクに譲るのを見たのを最後に




 トラウマを刺激されたわたしは、意識を失った―――





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品