怪力乱神の魔女が異世界を往く

たっさそ

第10話 あと3回変身を残している。

                  10話




「………外!」
「そうだね、日差しが熱いー」
「歩くのもかったりぃ………」




 インドア派のわたしは外に出ることは多くない。
 基本的に宿屋で店番しているか、暇な時間を使って何かしらのものづくりをしている時間のほうが多い。
 この間は暇を持て余して雀卓と麻雀牌を勢いで作ってしまったくらいだ。


 残念ながらルールを知っているのがみっちゃんとあつしくんとわたししかいないから三麻しかできないけどね。
 三麻をしても豪運持ちのあつしくんが独り勝ちするし、つまんないからお蔵入りしている。


 そんな超能力ファミリーであるみっちゃんとあつしくんを引き連れて外を歩いているのだけど、3人ともやる気がない。


「………なんで今日に限ってこんなに人が多いのよ」
「わかんないよ。なんかイベントでもあるのかな?」
「あー、ちょっと集中してみるか」


 そう、人が多いのである。


 インドア派であるわたしは人混みが苦手だ。


 みっちゃんとあつしくんは美人と美少年だから、どこに行っても目立つ。


 今日は冒険者の格好じゃなくて、休日だから現代日本と遜色のない服を着ているせいもあってさらに目立つ。
 ちなみにコーデはわたしが担当したからかわいく仕上がってるよ。
 みっちゃんにもうちょっとおしゃれなバッグを持たせたかったけど、さすがにそういうバッグまでは作れないからしょうがない。


 あつしくんの方もしかりだ。イケメンにさらなる磨きがかかるね


 わたしは自分でこさえた白のロングブーツと赤を基調としたミニスカで決めている。
 色素の薄い桃色のような髪にこれがまた合うのだ。


 まぁ、この世界ではミニスカの概念があまり浸透していないようで、ハイソックスとミニスカの絶対領域に人の視線は釘づけだ。


 とはいえ、せっかくかわいく決まっているファッションでもこの左腕に嵌っている武骨な漆黒の腕輪が放つ異物感が強い。
 わたしにはこの腕輪がなければ生きていけないし、外すわけにもいかないからどうしようもないのだけど。




 だがしかし、わたしは他人の視線は気にしない。
 施設の中で、自由のない窮屈な地獄の生活と比べれば、心地のいい風のようなものだ。


 せっかく手に入れた自由の身ならば、好き勝手自由奔放にこの異世界を生きても罰はあたるまい


「わかった」
「どうだった?」


 あつしくんが超能力である『集運反比しゅううんはんぴ』を発動させて周囲の話し声から有益な情報だけを頭の中で整理してくれたようだ。


 パッと見ではわからないけれど、能力の発動中はあつしくんの眼の色が蒼色に変色する。
 この状態は、まさしく蒼眼のブルーアイズ日本人ジャパニーズ敦史君あつしくんね!




 ………。




 ごほん。あつしくんの超能力は常時発動型の『豪運』と常識を超えた『集中力』だ。
 ただし、集中をしすぎると鼻と目からの出血が止まらなくなり、さらには運気がガタ落ちするというデメリットも持つ。


「どうやら今日は勇者が聖剣を抜きに来ると大々的に発表があったらしい。」
「………勇者っていうと、チヒロのこと?」
「そうなんだろうな。たしかあいつは『国に召喚された』って言っていたし、この町に着いたのは昨日のことだと思う。仮にも勇者なんだ。お国から聖剣を抜くように命令でもされたのかもしれないな」
「ほへ~、勇者っていうのも、窮屈そうだね」
「それを一目見ようと、もしくは『勇者が聖剣を抜く前に自分が』と、よその町からも人が集まっているみたいだ」
「なるほどねー」


 なんてこった。抜けないと噂の聖剣を台座ごと抉り出そうと思っていたところなのに。
 チヒロは早朝に冒険者ギルドの方に寄って時間をつぶしていたから、おそらくチヒロが聖剣を抜くのは午後になるはず。


 こんなにチヒロが聖剣を抜くという雰囲気の中、聖剣を抜けなかったら何とも言えない空気になりそうね。
 わたしとしては聖剣様が空気を読んでくれることを祈るしかない。


「他にはお姫様がどうこう、とか聖女様がどうてら~みたいな噂もいっぱいあるが、基本的に勇者のことばかりだな」


 チヒロに自由な行動を許しつつ、国の命令には絶対という契約とかされていそうね。
 そんな面倒なものよりも、フリーの小娘でいたほうが気が楽でいい。




「まあ、勇者チヒロが聖剣を抜けるかどうかは知ったこっちゃないが、俺たちは俺たちで先にやらないといけないことがあるだろ」
「………腕輪コレの改良ね」


 左腕の腕輪を掲げると、あつしくんとみっちゃんはコクリと頷いた。
 改良ということは、現在わたしにかけられている能力の制限50%を外して100%のパフォーマンスを発揮できるようにすること、だと思う。


 どういう経緯で腕輪の改良ができるようになるのかはわからないけれど、制限が外れるなら、もっとみんなの役に立てるはずだ。


「そう。私と敦史の腕輪は改良が済んでいるから魔石を外して能力を100%発揮できるけど、チーちゃんの場合は制限を強くしておこうと思ってね」
「………制限をつよく? なんで?」
「チィの能力は肉体に負担が大きいからだ。100%の力を出してしまえば、チィの体が傷つく。肉体を改造されて多少は頑丈になっているだろうが、チィは痛覚10倍というハンデもあるんだ。能力を使用するたびに激痛を伴っていたらチィの精神が壊れかねないだろ」
「………そんなの、一度死んだときに乗り越えた。痛いのも苦しいのもいまさら。二人がわたしよりも先に死んだときの絶望のほうが、痛いのより辛い。なにより、心が痛い。」


 あの時の絶望を思い出し、胸が痛くなる。
 胸に手を当ててギュッと服を掴むと、みっちゃんが手を伸ばしてわたしの肩を抱き、あつしくんは、ぽんとわたしの頭に手を乗せてきた


「チーちゃん。私たち3人は一心同体。だけどね、チーちゃんはまだ13歳の子供なの。身体も同い年の子に比べたら小さいし、私たちの妹としてちゃんと守らせてほしい」
「その代わり、俺たちが困ったときは真っ先に助けてくれって言っただろ。頼りにしてるんだから」
「………だったらなおさら、能力の制限を強くする必要はない」


 きついまなざしでみっちゃんを見上げると


「チーちゃんならそう言うと思ってた」


 とわたしの肩に回していた手が離れる。


「実は、チーちゃんの腕輪の改良は、3段階に分けようと思っているのよ」
「………3段階? というと?」


 制限を3段階に分けるっていうこと? よく意味が分かんないんだけど………。
 首をひねっていると、みっちゃんはよく聞いてくれましたと言わんばかりの晴れやかな笑顔でこう言ってくれた。


「チーちゃんは変身するたびにはるかにパワーが増す。そしてその変身をあと三回残している。この意味がわかりますか?」


 クルリと回転しながら人差し指と中指と親指を立ててこちらを向き、ウインクするみっちゃん。


「………なるほど!」






                      ☆




 さて、みっちゃんとあつしくんの案内でやってきたのは、古びたお店だ。
 人目につかなそうな場所にひっそりと建っている。




「………なに、ここ」
「ここは魔法屋さん」


 魔法屋さん? 魔法を売っているの?
 みっちゃんの答えに首をひねる。


 そもそも、魔法屋さんと腕輪になんの関係があるんだろうか


「私たちの腕輪には、魔力回路を用いた魔法陣が刻まれているらしいの」
「………これに?」


 黒々とした輝きを見せるこの不思議金属に、そんなものは見当たらない。


「私たちの中にある膨大な魔力の暴走を抑え安定させる魔法陣。魔力を吸収して外気に霧散させる魔法陣。発動する能力に制限を掛け、発動するときに発する魔力を魔石に蓄積させる魔法陣。ほかにもいろいろあるみたいだけど、今回いじってもらうのは2つ目と3つ目だね」
「………この腕輪にそんな機能がついているなら、地球にいたころから、魔力の概念があったんだ」


 全く知らなかった。


「本当に謎の超能力機関だったけど、この世界に来てからはっきりとわかったよ。私たちの能力は、この世界の魔力で魔法とかと同じようなシステムで発動するものなんだって。」


 なぜ、そんな研究をしていたのかは不明だけど、この世界で腕輪を元の地球と同じように調整することができるのなら願ったりかなったりだ。


「入るぞ。」




 あつしくんが魔法屋の暖簾のれんをくぐると、みっちゃんも続いて魔法屋の中に入っていった。
 わたしもみっちゃんの服の端をちょんとつまんで後ろからついてゆく。


 雰囲気が不気味でなんだか恐ろしい。




「いらっしゃぁ………」


「………うわあ」




 そんで、カウンターに座っているのが本の妖怪だった。


 本の山の中から手と目だけが見える


 しかも、『いらっしゃい』すら言えてない無気力ぶり。
 店の内装も散らかり放題


 これはもう5Sとか言ってる場合ではない。まずは人をチェンジするべきじゃないかしら






「あんたらかい………チッ、ようやく仕事が片付いたところだってーのに新しい仕事を持って来やぁって………」


 しかも舌打ちしたよこの妖怪。
 声は渋いというほどではないがやや低め。男性だったんだ


「あんたにしか頼めないんだよ。わかってんだろ。頼むよペペさん」
「っかったよ。やるよ………。あんたにゃ命を救ってもらった恩があるからな」
「行き倒れてたところに黒パンを落としてしまっただけなんだが、それに恩を感じられても困るぞ」


 あつしくんとのやり取りを聞いていて、背景が全く読めないけれど、どうやらこの人はあつしくんの豪運に引き当てられた人材らしい。


 腕輪の改良に必要な技術者を、そう簡単に見つけられるわけがないのだが、あつしくんの豪運は不可能を可能にする。


 なぜか行き倒れになっていたこの人物をなぜか偶然にも救う形になってしまったようだ。




「ま、オレ以上の魔力操作の腕を持つ人間ぁこの国にぁいないだろうから。金さえくれりゃちゃんと仕事はしてやるよ………」


 しかも、こんな本に埋もれた妖怪は国一番の技術者であるみたい。
 あつしくんの豪運でなければ、こんな人にコネを作ることはできないだろう。


 わたしが独りだったら、こんな人気のない場所には寄らないし、怪しい人には近づかないから、一生縁がなかっただろうね。


 腕輪の制限を解放したあつしくんの豪運は、そのうち運命さえも捻じ曲げてしまいそうだ。
 いや、すでに捻じ曲げているのかもしれないわね。




 本の妖怪は「よっこらどっこいしょ」と立ち上がり、バサバサと体の上に乗っかっていた本をその辺に散らかす。


 こんな散らかり具合を見ていると、片付けたくなってしまうのは職業病かしら。


 立ち上がった妖怪は、スラッと細い体で、意外にもあつしくんと同じくらいの身長があり、ぼさぼさの銀髪と、目元には濃いクマがあって、何よりも特徴的なのが、その側頭部にある長い耳。


 エルフだ。エルフの男だ。


「それで、要件ぁ………腕輪だったか。嬢ちゃん、こっちに来なぁ………」


 ボリボリと頭を掻くエルフ。
 清潔ではないのか、フケが飛んでいるではないか。


 汚いわね。


「チーちゃん、頑張ってね。応援してるわ」


 小声で応援する声が聞こえたので、みっちゃんの方を振り返ると―――


 みっちゃんができるだけ店の入り口の壁に張り付くように立っていた。
 どうやら近づきたくないらしい。
 せっかくのエルフだというのに、これはひどい。


 くぁ………とあくびをかますそのエルフ。やだ、あんな人に触られたくない
 エルフのイメージを返せ! バカぁ!


「ペペさん。チィは女の子なんだ。そんなきったねぇ格好でチィに触れたらぶん殴るぞ」


「んぁ、そりゃ失礼した………『アクアクリン』」


 あつしくんの紹介とはいえあんな不潔な妖怪に触れられたくないと不快感を前面に顔に出していると、あつしくんが妖怪からわたしを守るように間に入って一つの魔法を発動した


 妖怪が指を立てると、その指を中心に水が出現した
 何事かと思ったが、魔法というやつなのだろう。




 クルンと指を回すと、水は宙に浮かんだまま渦を作る。
 バケツくらいの量までその水の量が増えると――うえ!? 妖怪は水の渦を自分の頭からぶちまけた!?


「ちべてぇ………」




 水の渦は妖怪の頭を飲み込んで徐々に下に下がっていき、水は白く、茶色く濁っていき、水が足元に到達すると、水がはじけるように蒸発して消えた。
 ふぅむ。これが魔法、か。不思議ねえ


 いきなりの行動に目を丸くするしかないが、どうやら魔法を使って自身の体を洗浄したらしい


 ボサボサの髪はツヤを取り戻し、窓から差し込む光に反射してまぶしい銀髪が戻っているわ。すごいわね、シャンプーもリンスもいらないなんて。うらやましい限りだわ
 薄汚れた服も新品のように真っ白だね


「これでいだろ………面倒なのは嫌いだぁ、さっさと仕事を済ませるか、嬢ちゃん、こっちに来なぁ………」


 清潔になったのならば否定することもない。
 わたしは妖怪に向かって歩き出し、腕輪を差し出すと


「あぁ、やっぱりこれも隷属の首輪と同じような原理なんだなぁ、要望はなんだっけかぁ………」
「能力を使用する際、チィはオンとオフの切り替えしかできない。多少は調節できるみたいだけど、魔力量が多すぎて大雑把になりがちだ。能力の制限を30%と50%と70%を任意で決定できるようにしてほしい」
「あいよ………」


 わたしは何も言わず、あつしくんがすべてを妖怪に説明してくれる。
 みっちゃんがっていた3段階の制限はこれのことか。


 普段は30%に制限しておき、日常生活では50%でも過剰なものを削ったということ。
 なにかしらピンチに陥った時は70%まで能力を任意で解放できるようにすれば、肉体に無理が生じない範囲で能力を使用することができる


 体内にある膨大な魔力をすべて肉体強化にあてられる怪力乱神は、調節が難しい。
 能力に制限をつけることでその範囲で能力を使うことができ、便利になる。


 正直なところ、30%でも十分驚異の能力なのだけどね。
 かといって、能力を使用によって消費される魔力の量は100%の時と変わらない。
 能力の制限を30%にすることによって、70%の魔力が魔石に吸収されることになり、能力を弱めることはできるけど、その分燃費が悪くなるようだ。


 デメリットしかなさそうだけど、たしかにわたしの怪力乱神はオンとオフの切り替えしかできないので、細かな調整のためにも多少の燃費の犠牲は致し方ないのかもしれない


 ちなみに、『隷属の首輪』というのは、装着者の魔力を首輪に送り、その魔力の力で首輪の主人に隷属させるものらしい。
 魔法を使える奴隷にも、同じように首輪に空の魔石がついていて、魔法の発生を止めてしまう効果があるらしい。


 話を聞く限り、本当に同じ効果だ。


 ただ、隷属の首輪に使用される素材は普通の金属であるらしい。
 わたしのような能力を使用しても壊れないような特殊な素材ではない。


 当然よね。普通の人にとっては、金属でなくとも、ロープで縛るだけで身動きが取れなくなるのだし、こんな特殊な素材を使うよりは安上がりのはずだ。




 ただ、この腕輪に使われている素材は魔力伝導率の高い代物らしいので、高度な魔法陣を刻むことができ、隷属の首輪などよりもよほど強い拘束効果があるそうだ


 やはり研究所での能力の使用がガチガチに制限されていただけのことはある


 余談だけど、この世界の魔法使いは杖や指輪に同じような空の魔石をはめていて、普段から体内で生成される魔力をその指輪に吸収させて予備の魔力タンクとして持っておくらしい。
 内々に魔力をため込みすぎるのも危険なことらしく、適度に魔法を放ったり魔石に吸収させたりすることが大事なんだとか。
 魔力をため込みすぎると発熱するらしい。そういえば研究施設に居た時も何度か経験したことがある。薬を打たれた後とか、肉体改造された後とか。きっとその時に体内の魔力を無理やり増やされたのだろうと推測できる。


「それと、この魔石を外せるようにしてくれ。」


 腕輪に嵌っている半透明の魔石は、能力を使用する際、能力を制限する余分な魔力を魔石に移してくれる。
 その枷を外せば、おそらくはみっちゃんやあつしくんと同じように―――


「―――オタクらと同じように100%のパフォーマンスを出せるってかぁ………。聞いた話じゃ嬢ちゃんはとんでもない力持ちなんだろぉ………?」
「あまり全力は使用してほしくないが、能力チカラを使いたいのに使えなくて死んじまう辛さは俺たちが一番知ってるんだ。チィなら自分の裁量で任せることができる。それで、改良はできそうか?」


 心配げにわたしの肩に手を置いてあつしくんは妖怪を見た。
 すると、妖怪はふんと鼻を鳴らしてわたしの手を取った。


 む、大きな手………。傷がいっぱいついていて、ゴツゴツしてて、職人の手ね。


「誰に言ってやがる………ペペ様を舐めるなよ小僧。こんなもんこの回路をちょちょいといじってやればぁ………ほれ、終わったぞ………」
「相変わらず仕事は早いな。なら、こっちのワイバーンの魔石から作った空の魔石のほうが魔力を内包できる量が多いから、今嵌っている魔石をこっちに付け替えも頼む。」




 腕輪に人差し指を当てて目をつむった妖怪は、3秒後には手を放し、それが終わったことを告げた。
 わたしもびっくりの速さだ


 あつしくんの追加注文に対しても真摯に対応してくれた。
 見てくれはどうあれ、仕事のできる妖怪だったらしい


 妖怪が腕輪に魔力を通してなにやらブツブツと念じていると、腕輪に嵌っていた魔石がポロッと落ちてきた
 黒ずんだ水晶のような魔石を机の上に置き、あつしくんから受け取った透明な魔石をはめ込む。


魔神鉄オリハルコンの方も少し形を整えて魔石の着脱を容易にしておいたからぁ………魔石にたまった魔力はここに売りに来い………買ってやる。」
「あんたが素材回収の旅に出てなければな」
「お前はオレが休みの日は必ず顔を出す癖に何言ってやがる。その“豪運”があるからきっと立ち寄った時にはオレがいるんだろ」




 どうやらこの妖怪はあつしくんの能力の詳細を知っているくらい、あつしくんと親しい仲らしい。
 それよりも驚いたのは、このわたしがどんなに力を込めても破壊できない腕輪の形を変えたという点だ。
 この腕輪は特殊な素材でできていて、破壊不能。そんなわたしのなかの常識をぶち壊された。
 その技術をわたしが持っていれば、研究所を抜け出すくらいは、もしくは地獄の日々が終わっていたかもしれないのに。


 ………いや、だけどみっちゃんやあつしくんたちと離れたくない。死ぬときは一緒がいい。
 きっと腕輪を破壊できてもみっちゃんたちを置いて逃げ出すことはしなかったでしょうね。


「まぁ、そうなんだけど、そうだ。ワイバーンの魔石の欠片をここに預けるから、腕輪のくぼみと同じ形に合わせておいてもらってもいいか? 空きの魔石があったほうがいいと思うんだ。」
「わかった………加工はしとくから。今日のお会計は大金貨1枚と金貨7枚なぁ………」
「ぼったくりやがって………だけど、助かったよ。ペペさん以外にこんなこと頼めないからな」
「オレ以外にこんなことできる奴はいないだろうよぉ。また来い………嬢ちゃん。腕輪の制限は腕輪に貼った印に触れるだけで調整できるから」




 腕輪の改良が済むと、あつしくんがお金を取り出してカウンターに置いた。
 妖怪は頬杖をつきながらそれを受け取る。


「………ありがとう」
「んぁあ。金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる。あんたらはいい客だぁ………」
「客からむしりとった金でなに権力者ぶってるんだよ。さて、用事も済んだし、聖剣を見に行くか」




 やる気はないが、仕事はできる。
 いい職人のようだ。
 わたしは妖怪にぺこりと頭を下げると、あつしくんたちと一緒に魔法屋から出て行った。


          ☆




「………」
「さっそく試してるのか?」
「………ん」


 魔法屋を出てから、腕輪をちょんちょんと触って怪力乱神の出力調整を試している。
 消費魔力量は変わらないのに、一回印に触れると、制限だけは強くなる。現在の出力は30%だ。


 続いてもう一度腕輪につけられた印に触れると50%の出力になり、いつも通りのパワー、つまりワイバーンを一撃で粉々にできる程度の筋力があるということになる。


 その辺の石を人差し指と中指で挟んで指を閉じてみると―――パンッ! とはじけて砂になってしまった。


「相変わらず、その怪力はとんでもねえな」
「………冒険者にはなれない欠陥能力よ」


 さらに腕輪の印に触れてみると、能力が70%解放され、怪力乱神を発動すれば、その波動で地響きが………すぐにもう一度触れて30%に戻した。
 幸いにして人が多く雑音も多いため、揺れに気付いた人も気のせいかとすぐに意識を切り替えたようだ。


「単純な破壊力だけならチーちゃんは私と同じくらいだもんね」
「………みっちゃんの応用性には勝てない」
「あら、私はこれでもNo.001だよ。瞬間的なパワーとスピードは負けるかもしれないけど、まだまだチーちゃんには負けないよ」


 力こぶなんてないぷにぷにの二の腕をむんとはった。
 わたしはそんなみっちゃんのぷにぷにをつまむ。


「ひゃあ!」
「………やわい」
「やったなぁ! えいっ! お返しだよ、チーちゃん!」
「………ひゃんっ!?」


 お返しだとみっちゃんがわたしの脇をくすぐってくる
 突然だったので対応できずに恥ずかしい声を出してしまった


「おい、人目があるんだ。はしゃぎすぎるな。それと、なんだ。美羽ねえとチィはかわいいんだから、もうちょっと周りに気を使ってくれ」


 あつしくんに目をそらされながらそう言われて、みっちゃんに抱き着かれたような状態であたりを見渡すと―――周囲の人がさっと目をそらした


「あら~。はしゃぎすぎちゃった?」
「………気をつかう発想がなかった」
「お前ら反省してないだろ………」


 もちろん、反省なんかしていない。
 見たい人は見ればいい。やましいことなんて何もない。
 眼福でしょ。サービスよ。




「ほら、遊んでないで行くぞ」


 嘆息したあつしくんに促されて、聖剣が収められているという神殿に向かって歩き出したところで―――




「あ―――――!! さがしたのよあんたたち!!」


 と、どこか最近聞いたような声が鼓膜を打った


「もう! どこに行ってたのよ。宿屋の説明をフルーダとフリームにしてもらっていたけど、その間にあんたたちどこかに行っちゃうし! 宿にはおかしな輩が入ってくるし! こっちは大変だったのよ!」


 振り返れば、真紅の髪をくるくるとカールさせ、黄金色の瞳を大きく見開き、白くて太い、これまたカールしたうさ耳が特徴の、長い袖に腕を通して指先が全く見えないヘンテコな格好をした四天魔将のイグニラがいた。




「………おかしな輩?」
「それはもう解決したわよ! それよりも置いていくなんてひどいじゃない!」


 首をかしげるわたしに対して、怒鳴りながらも半泣きでこちらに走り寄ってくる。
 なにこの四天魔将。かわいい。


「つっても、お前は従業員になるんだ。最初の説明は大事だろ。それに俺たちは今日はオフの日だって決めてたし、イグニラが勝手に増えたんだ。文句垂れてんじゃねえよ」
「あんたには聞いてないわよ!」
「ああん!?」


 どうどう。落ち着きなさい。
 どうやらあつしくんとイグニラの相性は悪いらしい。


 みっちゃんも止めてよ。え、なにその「楽しそう~」って顔。


「………わたしたちの用事は一通り終わったから、後は聖剣を見るだけ。神殿に行く前に宿屋に立ち寄るから、その時にちゃんと誘うつもりだった」
「そう、それならいいんだけど………」


 わたしがちゃんと迎えに行くつもりがあったことを伝えると、急にしおらしくなった。
 なんやねん、さっきの怒りようは。


「なにあのチィと俺との態度の差………すっげー腹立つんだけど」
「まぁまぁ。イグニラちゃんはツンデレさんなのよね。そのうち慣れるよ」


 あつしくんが眉間にしわを寄せながらイグニラをにらみつけ、みっちゃんがあつしくんの肩に手を置いてわたしたちに優し気な視線を送る。
 その目をやめなさい


「イ、イグニラさん、まってくださ~い!」


 イグニラがやってきたさらに後方から、幼女が息を切らせながら叫ぶ声が聞こえてきた
 フリームだ。
 フリームもイグニラの後を追ってわたしたちを探していたらしい。


「はぁ、はぁ、やあっと追いつきましたー!」


 膝に手をついてぜいぜいと息を切らせながらも、追いついたことに安堵のため息を漏らす。


 あれ、フリームってイグニラを怖がってなかったっけ。
 イグニラから逃げるならまだしも、イグニラを追いかけ、追いついて安堵するとは何事だ。


 まさかイグニラはわたしの妹を盗るつもりなのでは? 許せないわね


「遅いわよ、フリーム」
「………イグニラさんが早いんですよ。おいてかないでください」
「それは悪かったわ」


 しかも、仲がいい!!?
 いったい、イグニラを置いて腕輪の改良に行っている間になにがあったのかしら!?







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