受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第115話 妹



 悠長なことを言ってられる状態じゃなかった。


 子どもに暴行され、ボロボロになっているリールゥを孤児院で最初に見つけたとき、僕は何もしなかった・・・・・・・


 もちろん、その時に僕に何かできたわけじゃない。


 何もできなかっただろう。でも、何もしなかったことに変わりはない。


 もっと焦るべきだった。


 普通の子供が、暴行を受ければどのような状態になるのか、僕なら………僕が一番よく知っているはずなのに




「ぅ………」




 そして今、孤児院の前でうめき声をあげるリールゥが居る。




 額から血を流し、金色の髪を血の色で染めている。


 顔は腫れあがり、容赦のない暴力を受けたのか、めくれた服から覗く肋骨が折れているのが判る。


 溢れる怒りをとりあえず抑える。


「ルー、治療を」
「わかったの!」


 ルスカがリールゥに駆け寄って、リールゥの頬に触れ、その手に光を灯す。


 あたたかな光に包まれたリールゥは、内出血で紫色に変色していた腫れぼったい顔は、見る見るうちに赤みが差し込む。
 それでも、子供特有のふっくらした頬とはならず、痩せこけた頬が映った。




 痛々しいその姿に、歯を食いしばる。


 光魔法は、怪我を治療できても、体力が戻るわけでもないし、栄養を送れるわけでもない。


 僕みたいに数週間、虫を探して口に入れる生活をして、気が遠くなるほどの膨大なの魔力を保有し、なおかつそれを操作できる技術がなければ、魔力をエネルギーに変換して生きながらえるなんてマネはできないはずだ。




「ぅうう………」




 ボロボロと涙を流しながら、意識を取り戻したリールゥが目を開ける


「サナ! あ、あれ………?」


 突然上体を起こすリールゥ。なぜ自分が外で寝ているのか、困惑しているようだ


「大丈夫? 自分の名前、言える?」


 僕がそう聞くと


「ぼくは………リールゥ。おにいちゃんたちは………?」


 自分より少し年上の人間を見て、『おにいちゃん』と呼ばれることに、少しだけ胸を締め付けられる思いがした。
 この子が苦しんでいるのは、僕のせいだから。


 『おにいちゃん』と呼ばれる資格なんてない。


「僕たちは………通りすがりのお人よしだよ。リールゥはどうしてここで寝ていたのか、わかる?」




 リールゥの背中に手を添えてリールゥが立ち上がるのを補助する。
 どうやら、栄養失調で筋力も衰えているみたいだね。
 傷は癒したのに、フラフラだもの


「ぼくは………おひるのごはんをたべさせてもらえなくて………そとに出てろって、それで………たたかれて………っ! そうだ、サナは!? おにいちゃん、サナをみなかった!?」


 頭を押さえて絞り出すようにぽつぽつと話すリールゥ。
 リールゥの話を聞いて、ラピス君が魔眼を発動するのが、気配でわかった。


 過去視の魔眼だ。子供の発言よりも、より信憑性が高い。
 なにせ、実際に起こったことをその眼で確かめることができるのだから


 リールゥは「サナ」という子を探しているのか?


「リールゥ、サナっていう子は誰なの?」




 落ち着いて、ゆっくりと、リールゥの眼を見て話す。
 子供の視線になるように、腰を落とすのを忘れない。


 そこで、リールゥに告げられた一言は、衝撃的なものだった




「サナは………まだ2歳くらいの女の子で、ぼくの妹なんだ。たった一人の兄妹、なんだよ………!」


 リールゥの、妹?


「………は? どういことだ? なんで、妹が………?」






 ちょっとまて、混乱している。


 リールゥは、僕の弟だ。
 血のつながった、兄弟だ。




 そのリールゥに、妹?




 それって、つまり、僕にとっても、妹ってわけで………


「その子が、どうしたの?」


 落ち着け。冷静になれ。この孤児院でできた妹っていう可能性もある


「サナが、売られそうなんだ。1歳になって、まりょくをはかって、まりょくが多かったから………貴族に、養子として売るって………!」


 ちいさな拳を握り締めてうつむくリールゥ。
 彼の頬を伝ったのは、涙。


 そういえば、昨日この孤児院を覗いたときに、奴隷として売るだとか、そんな話を聞いたな。
 それと似たようなものか。


 魔力を持つ者は、それだけで利用価値がある。
 貴族にしか動かせないような魔力装置も、一般人よりも優れている魔力を持っていたら動かすことができる。
 子ができない貴族などには魔力を多く持った子は養子にされるというのも頷ける。


「お母さんと誓ったのに………。サナを守るって………うぅぅ………」




 お母さん、それはローラの事だろう。
 つまりそれは………確定だ


 リールゥから少し離れて、リールゥの相手をルスカに任せる。


 妹気質のルスカだけど、こういう時の彼女の優しい笑顔は何よりも頼りになる暖かいものだ。
 不安になっているリールゥを、ルスカが抱いて背中を擦る




「………ラピス君」
「うん。過去視で記憶をのぞかせてもらったよ。サナって子は間違いなくリールゥの妹。ローラの子供だね」


 僕が一声かければ、阿吽の呼吸で知りたい情報を教えてくれた。
 しかし、腑に落ちない点がある。


「でも、僕の父親も、リールゥが産まれる前に竜に殺されてる。リールゥよりも下の子が居るとは思えないんだけど………」
「リオルくん、サナって子は2歳くらいって話でしょ。となると、3年前。リオルくんがファンタの町に来た頃から赤竜の里に居たころにかけてできた子供………なんだと思う」


 魔眼持ちのラピス君と言えども、さすがにそこらへんは憶測にしかならない。
 ファンタの町に来た頃の子供、か。


「ラピス君が魔法学校に通うようになる前に、ローラは騎士団に連れていかれたって言ってたよね」
「うん、その時にはもう生まれていたらしい。リールゥの過去見て、今わかった」
「ということは、ラピス君は同じ町にいても知らなかったんだ、妹がいたこと………」
「まだ赤ん坊だから、外には出さなかったんだろうね。ボクだって、わざわざ獣人差別主義者のおばあちゃんがいる魔法屋に行こうとは思わないからさ」




 魔法屋のババア………。そうか、あのクソババア………僕だけじゃなく、ラピス君まで差別していたのか




「ローラに新しい旦那は?」
「いなかった。これはリールゥの過去を見ても明らか。むしろ盗賊団の誘拐騒ぎがあってから、男性を避けるように行動していたのを覚えてるよ」


 なるほどね………


「………ということは、あー。誰の子供かわかった」
「本当? ファンタの町に居ないのにわかるなんて、すごいね!」


 ラピス君はわからなかったのか。
 まあ、それも仕方のないことかもしれないな。


「それで、リールゥの父親って誰なの?」


 好奇心で聞いているのが判る。
 隠すべきなんだろうが、ラピス君に秘密ごとは無意味だ。


「………名も知らない盗賊の子供だよ」




 あの時―――僕が盗賊のアジトに連れていかれた時。
 ローラは盗賊に輪姦まわされていた。


 その時の子供が、リールゥの妹。
 サナだ。


「っ!」


 思わず息をのむラピス君。
 ラピス君もまさか、相手が盗賊だとは思っていなかっただろう。




 これは………あんまりだ。


 握りしめた拳。震える手。握り締めすぎた手のひらに爪が刺さり、血が出る。




「リールゥ、聞きたいことがある」


「ん………」


 ルスカにあやされていたリールゥは、目元の涙をぬぐって、僕を見上げる




「お母さんは、どうしたの?」




 どうしても、聞いておきたいことだった。
 なぜ、リールゥとローラが離れ離れになっているのか。














『お兄ちゃんとして、僕からのお願い。リールゥを、幸せにしてやってね』


『「リールゥ」の名前はね、リオとルーの名前からとってつけた名前なの。「リオルとルスカの二人分も愛する」って意味を込めてね』














 ローラと決別した日の、ローラとのあの約束を、ローラが破るとも思えない。


 騎士団に連れらたローラと、守ると誓われたはずのリールゥ。
 リールゥに預けられた、水魔晶石


 嫌な予感が胸を締め付ける。
 僕は、ローラのことは嫌いだ。


 殺してやりたいと、何度も思ったことがある。


 もちろん、今も嫌悪感は記憶に、トラウマに、残っている。
 だけど………それでも!


 僕の、たった一人の母さんなんだ。
 母さんなんだよ………!




 リールゥは、僕が実の兄だということを知らない。
 無知ゆえに、なぜ、母親と離れて孤児院に居るのかを、教えてくれた。








「おかあさんは………「まおうのこ」をうんだアクマだからって、「ミコ」をうんだからって、お城につれていかれたんだ!」


「―――ッ!!」




 絶句。
 言葉が出なかった。いや、出せなかった




「そんなのがいなかったら、いまごろはおかあさんと、サナと、おうちであたたかいごはんをたべてるはずなのに」


 その表情は悲痛なまでの叶わぬ願望を望むもの。決してかなわぬと知りつつも、願わずにはいられない。そんな表情だ




「………『まおうのこ』なんて、『ミコ』なんてキライだ!!」


 涙を溜めて叫ぶリールゥ。
 その一言に集約される、リールゥの本心。


「………」
「………」
「………」
「………」




 一同が硬直する。






 なんだよ、それ


 全部、僕のせい、だったのか?




 不幸なんてもんじゃない。


 ローラの中に会ったのは、絶望だ。


 ローラは、神子と魔王の子を身ごもって、誰が父親かもわからない盗賊の子を産んで


 悪魔の母親として、騎士団に連れていかれた。


 子供も、孤児院から売られそうになっているらしい




 なんだ、それ


 あんまりだ。
 そんなの、あまりにもローラがかわいそうすぎる!


 もうすでに罰を受けただろう!?


 ぜんぶ、僕が産まれてきたから、そうなってるのか?




 なにもかも、僕が存在しなければおかしなことにならなかったんじゃないのか?




 ローラはたしかに僕にひどいことをしたさ。
 『魔王の子』だから。




 でも、僕は許した。
 あの日、一度だけすべてを許したんだ。


 それでいいじゃないか。


 もう、おわりでいいじゃないか。


 負の連鎖は、そこで終わりだろう


 なんで、まだローラがそんな目に合わなくちゃいけないんだ………!






「リオル、落ち着いて、深呼吸してください!!」
「リオルくん、魔力が暴走しているよ! どうしたの!?」




 力が抜ける。
 視界が白く染まる


 力なく折れる膝。


「リオ!!」


 そんな頭が真っ白になる僕を現実に引き戻してくれたのは、ルスカだった


 ぎゅっと僕を抱きしめるルスカ。
 決して離さないとばかりに、ぎゅうっと僕の身体を両手で締め付ける














「ルーはね、リオのこと大好きだよ。『自分が居なければ』なんて考えないで」










 僕らは双子だ。


 互いに考えていることは、手に取るようにわかる。


 ルスカも、勉強は苦手だけど、決して頭の回転が悪いわけではない。
 完全ではないまでも、状況をほぼ正確に把握しているようだった。


 リールゥという弟。その妹。そして、覚えていない母親の存在。
 その母親に起きたであろう、惨劇。


 様々な感情が交錯しているだろう。それでも、ルスカは僕のことを第一に考えてくれている
 僕もだ。母親よりも、弟よりも、顔も知らぬ妹よりも。ルスカが一番。


 それを思い出させてくれた。


「………ありがとう、ルー」


 お礼を言うと、僕のほっぺに自分のほっぺを擦りつけてくる。


 猫のように目を細め、「ん~♪」と嬉しそうに声を漏らすルスカの頭を撫でる




 この件は、ルスカだって無関係ではいられない。


 リールゥを助けてハイ解決! では終わらない。
 リールゥの幸せを願うならば、妹のサナを助けた上で、母親との再会を果たさなければならないようだ




「………上等だよ。全部やってやる」


 幸い、お金なら自分では使い切れない程持っている。
 正直、自分のお金を使う機会なんてないもん。


 東大陸の通貨になるから換金には税を取られるのは仕方ないけど、それでも有り余る量のお金だ。
 足りないなんてことはない。いざとなったら、土魔法でダイヤでも作り出して売りさばいて資金を得てやる所存だ。




 ルスカの背中をポンポンと撫でると、ルスカは僕を解放してくれた。


 目を丸くして見上げるリールゥ。
 大丈夫。突然のことに面食らっているだけで、僕らがその『神子』と『魔王の子』だというのは気づいているわけではない


 僕はリールゥに悟られないように手のひらで目元を拭う。
 知らず知らずのうちに涙が溢れそうになっていた。






「ねえリールゥ。ここの孤児院の生活は嫌い?」


 リールゥには、かっこいいお兄ちゃんを見せつけておきたい。
 どうせ嫌われるとはわかっているが、それでも弱みを見せたくなかった。


 これは、意地だ。


 しゃがんでリールゥに視線を合わせる。


「………ここの人たち、こわい。すぐに叩くから、きらい。」


 うつむいて拳を震わせるリールゥ。
 ………ここの孤児院の者は、リールゥがローラの娘だということを知っているのだろうか。


 いや、きっと何も知らない。
 リールゥは僕らと違って、普通の子供だ。


 魔力の量だって、コップ一杯の水を作る程度もないだろう。


 だから、利用価値など皆無だと判断したローラを連れて行った騎士たちは、“孤児”として、孤児院にリールゥを預けたんだ。


 孤児院にとって、孤児が増えることはいいことではない。
 国が作った孤児院とはいえ、経費は孤児院長が独り占めし、私腹を満たすために使われ、“孤児程度”に使う金が惜しいのだ。


 ここ孤児院の子供たちも、アリス院長のところにいた子供のように内職をするだろうが、それだって、孤児院長にピンハネされているはずだ。


 リールゥの待遇を見れば想像に難しくない。




「リールゥ。この孤児院を出たい?」




 じっと見つめる僕に、リールゥは、瞼からポロリと涙をこぼす。




「………おうちに、かえりたい」


 それが判れば十分だ。
 僕はリールゥの頭に手を置いて、ゆくりと立ち上がる。


「そっか。おうちに返すのは僕にもできない。だけど、この環境から抜け出すことはできるよ」






 バッと顔を上げて僕を見上げるリールゥ
 しかし、すぐに不安そうな顔に戻る




「でも、サナが………」
「僕らが買い取る。リールゥと一緒に」
「………」


 意味が分からない、そんな顔だ。
 でも、そこに光を見ている。不幸の中でも、恵まれているんだ、リールゥは。
 僕という手を差し伸べてくれる人が居るのだから。


 僕は最後の最後に、親友に裏切られた。
 手を伸ばしても、それは空を切るのみだった。


「リールゥ、僕はね、一度キミと同じような状況になったことがあるよ。殴られ、蹴られ、居場所が無くて、1日中暴力におびえる生活。絶望しかないだろう、助けなんか来ないだろう。わかっていても、すがる希望すらもない状況。でもね、そこから動かなくちゃ、リールゥはここで死んでしまう。出会ったばかりの僕らを信用なんかできないかもしれない。それでも、ここにいるよりは好転すると思わないか? 暴力を受け入れてしまえば、その先にあるのは破滅だけだ。僕は身をもって経験した。だから、僕と同じ状況になったリールゥを助けたいんだ」




 まさか、自分を助けてくれる人が居るとは思わなかったのだろう。
 目をまんまるにしてポカンと口を開けてこちらを見上げるリールゥ


「どうして、たすけるの?」


「理由はいろいろある。でも、それを言うわけにはいかない。ただ………希望があるなら、それに全力でしがみつけ。僕はリールゥにとっての、その希望になりたいんだ。現状維持だけは絶対にしてはいけない。僕は絶対にリールゥを助けるって決めたからね。」




 ここで拒否したら、リールゥは母に会うこともなく暴力を受け、妹を救うことなく孤独死することになるだろう。
 さすがに、幼くともそのくらいの未来は読めたようだ。




「それに、コレ」


 そこで、僕はリールゥにポケットから取り出したペンダントを見せる


「それっ、おかあさんのおまもり!!」


 なぜそれを持っているのだ、という表情のリールゥ。


「拾ったんだよ、その柵の外でね。これ、大事なものなんでしょ。今度は絶対に投げちゃダメだよ」




 そのペンダントを奪い取ろうとする手を伸ばしたリールゥの胸に押し当てる。
 困惑するリールゥに、返されたペンダントを握らせてあげる。


 過去視で知った事実だけど、幼いリールゥにとっては目の前にあるそれが、自分のために取ってきたものに見えるだろう。


 信用を得るのに、手っ取り早いから、ここで有効活用させてもらう。


 ぎゅうっとそのペンダントを胸のところで握りしめて涙をこぼすリールゥ。
 効果はてきめんだったようだ。


「おねがい、ぼくはどうなってもいいから、サナを、サナだけでもたすけてあげて………!」




 それでも、その差し伸べられた手は自分ではなく妹に伸ばしてくれと懇願するリールゥ


「まかせてよ。リールゥも、サナって子も、どっちも助けるから」


 ドンと胸を叩いて宣言する。
 リールゥも、兄に似て妹思いのお兄ちゃんだったってことか。
 それに敬意を表して、リールゥのくすんだ金髪をワシワシと撫でまわす。






 さあ、孤児院長に快く譲ってもらえるように交渉する時間だ。







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