受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第108話 神子と魔王の子の弟、リールゥ







「は?」




 初めは言っている意味が解らなかった。




「ごめん、ラピス君。どういうこと?」




 僕は手渡された碧いペンダントをぶら下げ、ラピス君に問う。




「だから、そのペンダントの水魔晶石に込められているのは、正真正銘ルスカちゃんの魔力なんだって」


 何度も言わせないでと若干不快気な顔をしながら、もう一度説明してくれる


「ええっと、僕はこのペンダントに見覚えはないんだけど、ルスカは今は学校でファンちゃんとおしゃべりしているし、ルスカがその石コロに魔力を込めるところなんて、見たことないよ?」


「………本当に?」


「うん」




 ルスカに繋いだ糸魔法では、ファンちゃんがルスカに向かって楽しそうにお話ししている光景を脳裏に映す。


 ラピス君による隠蔽眼のおかげでルスカの姿を視認することはできないけれど、音声を拾うくらいは可能だ。


 今も『にへへ~♪ リオにちゅーしてもらったの♪』『いいなぁ………』と会話が僕に筒抜けなくらいだ。
 うむうむ。ほっこり。


 ルスカが僕の目を離れてルスカがどこかに行っていた記憶は無い。
 僕の記憶の限りだと、ここ最近に石ころに魔力を込めている姿を見たことは一度もない


「リオルくん」


 ラピス君はふぅとため息を吐いてから
 じっと僕の眼を見て、朱色の瞳を輝かせる。


 バヂッという弾ける音が自分の中から聞こえた


 また魔眼を使ったのかと不思議に思いつつ、ラピス君の言葉を待つ


「ボクたちが初めて会った時の事は、覚えてるでしょ」
「うん、そりゃもちろん」
「ボクたちが出会った場所は?」


 じっと僕の眼を見ながら詰め寄るラピス君


「たしか、ファンタの町の近くにある盗賊団のアジト? ラピス君が捕まってて、僕も牢屋に投獄させられて………その時だよね?」
「そうだよ。なんでリオル君は牢屋の中に入ってきたの? 誰と一緒に入ってきた? よく思い出して」


 あの時は、3年前の事だったからすこしあやふやになって来てるけど………
 たしか………


「たしか、僕のお母さん………ローラが盗賊に攫われたって聞いて、そしたらなんだかんだで僕も攫われて………。そして僕の弟のリールゥも攫われて………ああ!」


 思い出した思い出した!
 三年前の事だからすっかり頭からすっぽ抜けていたよ


「水魔晶石………たしかにルスカが魔力を込めたことあるよ! ローラと決別する時に、選別として渡したお守り!」


「そう。ボクはずっとファンタの町にいたから、水魔晶石を持つリオルくんのお母さんにもキミの弟のリールゥにも面識がある。面倒を見たことも何度もね。リオル君のお母さんは、その水魔晶石をペンダントにして、いつも首にかけていたよ」


 ラピス君もローラも。ファンタの町に居を構えていた。
 ラピス君たちは元々、流浪の旅をしていたみたいだけど、盗賊のアジトから助けられてからは旅の資金を溜めるためにファンタの町で職を持っていたみたい。


 だから僕の産みの親であるローラとも、僕の弟であるリールゥとも面識があり、そのペンダントにも見覚えがあった、と。だからこのペンダントがルスカの魔力でできた、決別のお守りだと気付いたんだ。


「でも、それじゃあ………なんであの時の水魔晶石がこんな所………柵の外なんかに転がっているの?」


 それが問題。その水魔晶石はローラの物だと言うことがわかった。
 だけどだ。なぜそれここにある? ファンタの町に居るはずのローラは、どうなっている?


 ローラはファンタの町から移動したのか?
 だとしたら、リールゥは?


 グルグルと頭の中でいろんな疑問が巡る。
 しかし、全ての答えは見つからない。


 疑問ばかりが頭の中を支配して、混乱が増す中、答えを求めた僕の問いにラピス君も目を瞑って首を横に振った。


「それは………ボクにもわからないけれど………ちょっと待って。“過去眼パストアイ”」


 ラピス君は魔眼を解放した。


 朱色に輝くその魔眼は、先ほど僕を射抜いた瞳と同じだ。
 おそらくは過去視の魔眼


 魔眼でなんでもできる彼なら、水魔晶石に残る思念から、なぜここにあるのかのいきさつをすべて看破することが可能かもしれない




「これは………こっちか。“透視眼クリアボヤンス”」




 今度は魔眼を入れ替えて僕らの後ろの壁を睨む。
 その壁は、通気性をよくするために、上部には窓穴が開いていた。


 僕らの手の届く高さではない。


 その窓からは、子供ならではの甲高い声で喧騒が聞こえる。
 その壁の近くに子供が居ることが理解できた。
 当然か。この孤児院はそれほど大きい孤児院ではないのだから。


 手は届かない場所にある窓。しかし、覗いたらすぐに中の様子を確認できるだろう。
 だが、ラピス君はその届かないのぞき穴を介さずとも、その中の様子を見ることが出来る。


 僕も、ラピス君ならば持っているとは思っていたよ。
 透視の魔眼。


「みつけた!」


 その壁は、孤児院の壁。


 その中にあるのは、もちろん『孤児院』。


 孤児院だ。


 そしてラピス君の見つけたという言葉。


 何を見つけた?


 決まっている。
 このペンダントの所有者は誰だ。
 この場所は孤児院。見つけた場所も孤児院の近く。
 『親の居ない子供』が居る場所。


 ならば、ローラではない。


 持っている可能性があるとすれば―――


「中に、リールゥが居る」
「…………っ!!」
「リオルくん!?」


 その一言で、頭から血の気が引いたのが判った。


 僕とルスカだけではない。
 僕とルスカの、唯一の肉親。


 ローラと一緒に暮らしていたはずの、子供。
 そんな子供が、なぜ『孤児院』なんかに?




 もはや考えることはしなかった。


 壁に足を掛けて、“闇魔法”を発動。
 自分に掛かる重力の向きを捻じ曲げる。


 前傾姿勢でタンタンと地面・・を踏みしめ、一気に孤児院の窓まで駆け寄り、中を覗き込む


 急ぐあまり、糸魔法で偵察させるという方法を失念していたのか。
 それとも、肉眼で確かめたかったのか。




 いや………もはやそんなことはどうでもいい




『ギャハハハ! オラァ! 泣けよクソチビぁ!』
『カヒュ…………カヒュ………ご、ごべんな、さ………ゲホッ、ゲボッ!』




 僕の眼下には10歳くらいの薄緑色の髪をした少年が、4歳くらいの金髪の幼児の腹を蹴りつけている光景が広がっていたから。


『ゆる、じ………』
『許すも何もおれはお前が気に食わないからやってるだけだぜ! お前とあいつが来てからおれたちのおかずが一品減ったんだ。ここに住まわせてもらっていることに感謝しろよな!』
『あぐッ!? ぐぅぅ………』




 少年は幼児の横っ腹を蹴りつける
 その表情は下卑た笑みを浮かべ、弱者をいたぶることに愉悦を感じる狂人のような瞳であった。


 僕が村に居た頃と同じだ。


 忌むべき髪と翼を持った僕に暴力を振るうローラ、叔母のピクシー。父親、そして村の人々。
 自分がそのものより立場上だとわかると、人間は途端に変わる。
 前世のスバルでもそうだ。あの頃のお父さんに引き取られてからスクールカーストの底辺になった。


 そして、クラスメイトの豹変と銀介の暴力。対抗する手段の無い無力の自分。


 生まれ変わって忌子リオルとして産まれた僕にも、同じ出来事があった


 これが、人間としての本質なのか。
 こんな年端もいかない子供が、弱者に暴力を振るって愉悦に浸る、この姿こそが人間の本性なのか。


 本当に嫌になる。


 だから―――


―――だから僕は、人間っていう生き物が嫌いなんだ。




『そういや、この孤児院でも口減らしで何人かが奴隷として売られるらしいぞ。おれは院長に気に居られているからいいけど、お前はなぁ………仕事もできない、ただ飯喰らいのお前は最初に売られることになるだろうなぁ』
『ヒッ!』


 少年が最後にそう告げ、金髪の幼児の腹を踏みしめると、厭らしい笑みを浮かべてから―――窓から覗いている僕を見た。


『………ふん』
「………」


 面白くなさそうな顔をして、その少年は幼児から足を外して別の部屋へと去って行った


 少年に見つかってしまったが、見つかったところでなんてことは無い。
 彼程度なら、怖くもなんともないのだから。


『カヒュ………カヒュ………ヒュ………』


 呼吸しにくそうにうずくまっている幼児を見下ろす。
 泥と埃でくすんだ金髪。


 糸魔法で視覚情報を脳裏に映し、孤児院の部屋に糸を侵入させ、幼児の顔を覗いた。
 殴られた痕、そしてうっすらと開いたまぶたの奥に見える碧眼。


 腫れあがったその顔は記憶にある弟とはかなり違うが、おそらくこの幼児が僕の弟である『リールゥ』に違いない。


 最初に会った時は1歳半。今はもうリールゥも4歳なんだ。
 成長していて当然だ。


「………よっと」


 弟の顔を確認してから自分に掛かる重力を元に戻し、ラピス君の隣に降りた。




「リオルくん………」
「………ちょっと待って。混乱してる」


 心配そうに声を掛けてきたラピス君に、務めて冷静に告げる。
 いっぺんに事が起こりすぎた。




 状況を整理しよう。


 ラピス君が見つけたペンダント。
 ルスカの魔力が入った水魔晶石だ。


 僕はこれを、生みの親であるローラに手渡した。


 だけどローラはここに居ない


 居たのは僕の弟、ローラの3人目の子供。リールゥだった。


 つまり、水魔晶石はローラがリールゥに持たせたものだと言うこと。




「ラピス君、確認したいんだけど」
「うん………」
「ラピス君が学校に入学するとき、ローラはファンタの村に居た?」


 ラピス君が学校に入学したのは1年前。


 たった1年前だ。


「………ボクが王都に旅立つ少し前に、王国の騎士様がリオル君のお母さんを連れていったみたい」


 カッと頭が熱くなる


「どうしてそれを僕に言ってくれないんだよ!」


 思わず怒鳴る僕に、ビクリと肩を震わせて眼をギュッと瞑るラピス君


「だ、だってリオルくん、家族の話を話題に出そうとするとすごく悲しそうな顔をしているんだもん! そんなの、ボク………聞けないし、言えないよ!」


 狼狽えるようにフルフルと首を横に振って答えたラピス君。
 ああ、そうだよね。


 聞けるわけがない。


 気配り上手のラピス君の事だ。


 家族の話は聞きたくない。思い出したくもない。
 そんな僕の事を思って、聞かないでくれた。


 これは彼の気遣いなのだ。
 ラピス君は悪くない。


 家族の事は聞きたくないのに、『繋がり』を信じて、いざ憎たらしい肉親の窮地に対し、バカな心配をしてしまっている………優柔不断な僕が悪いのだから。


「………ごめん」
「ううん、家族が心配なのは当然だもん。ボクこそごめんね」
「ラピス君は悪くないよ………」


 理不尽に怒鳴られても、自分を殺して僕に謝ってくる。
 そんなラピス君の方が、一度人生をやり直している僕なんかよりも、ずっと大人に見えた。


 ふぅーっと息を吐いて気分を落ち着かせる。


「なんでローラが騎士様に連れていかれたのかはこの際置いておこう。大事なのは事実。今は目の前にリールゥが居るということ。水魔晶石が外に落ちていたということ。コレが大事だね」
「そうだね………」


 やはりまだ頭の中で整理はついていない。
 グチャグチャの脳みそで考えてもダメだ。今、感情で動けば先ほどの子供を押しつぶしてリールゥを保護したいという気持ちに駆られる。


 でも、それはダメだ。
 目立つ行動は良しとしない。


「………騎士様をここに案内する用事も終わったし、一度学校に戻ろう。感情的になって動いたら、僕はきっと魔王の子として世間様からの視線を一身に浴びることになりそう」
「………リオル君、はらわた煮えくり返っているってことだね。あんがい家族思いだね」
「………」




 くそっ


 僕は人間が嫌いだ。


 だというのに、なんでリールゥが傷ついている姿を見てこんなにイライラしているんだよ


 バンダナ越しに頭をガリガリと掻く。
 クシャリとバンダナを握り締める。


 家族………か。


 僕は………そうか。そうかもね。僕はきっと、『繋がり』に飢えているんだ。


 世界的に忌むべき存在である魔王の子。そんな僕を受け入れてくれる、家族や仲間たち。


 竜の族長たちはその圧倒的な実力でもって僕をも簡単に殺せる力を持った人たちだ。故に幼き魔王である僕に、気軽に接することが可能だ。


 幼い頃から僕の隣にいたルスカ。僕を認めてくれた、ラピス君やファンちゃんという存在。みんなが居たから、魔王の子である僕も楽しく生きることが出来た。




 家族でさえ忌み嫌った僕を………仲間だと認めてくれた。


 前世では借金まみれでも、伯父に殴られても、住む場所、食う場所、それがある家には絶対に帰ってきた。
 それは暴行を受けると知っていてもだ。


 今のこの気持ちは、あの頃の自分に近いのだろうか。
 いや、少し違うかもしれないな。あの頃は他に頼るものがないからだ。


 嫌われるかもしれない――だけど、家族には自分を認めてほしい。


 前世では味わえなかったこんな相反する気持ちを、今の僕は抱えているんだ。


 だから、僕はこんなに………ローラやリールゥの事が―――“心配”なんだ


「ちっ………」


 らしくない。
 らしくない。
 ぜんっぜん僕らしくない。


 腹が立つ。


 なんでこんなに腹が立つんだ。


 僕は、人間が嫌い………のはずなのに


 もう、自分がよくわからなくなる


 その時だけは、普段は全く気にも留めない夕陽が、やけに肌に染みた。






                 ☆




 ポケットの水魔晶石のペンダントを握り締めて、学校に到着した。




「お疲れ様です、ラピス殿、リオ殿」
「うん、ただいまミミロ」
「ただいまミミロちゃん」


 校門前にはミミロが居た。
 マイケルとキラは道端で喧嘩をしていたけど、いつもの事なのでスルーしておく。
 フィアル先生やルスカとファンちゃんの姿は見えない。


 おそらく、まだ教室で今日の生徒たちが引き起こしたことの顛末を報告書として提出しないといけないみたいで、帰る時間が遅れているっぽい。
 ルスカとファンちゃんは暇そうに教室でおしゃべりしていたけど、さすがに日も暮れた教室内にはもはや糸魔法で隅々まで見回しても二人以外の姿は見えないので、「校門においで」と念話を送っておいた。




 それにしても………ここ貴族の通う学校であるため、校門前ではさすがにミミロも武装解除していて冒険者という感じはしない。


 見るからに活発で優しそうなお姉さんだ。


 しかしながら、ミミロは僕と同い年。生まれ変わり後だけなら僕の方がお兄ちゃんだ。


 だから、見た目がお姉さんになっているとはいえ鑑定眼などの相手の情報を知る魔眼で実年齢を知っているラピス君はミミロの事をちゃん付けで呼んでいる。


 話す機会はそれほど無いけれど、人見知りなどありえないボケ担当のこの二人はどうやら気があったらしい。


 僕の知らないところで時々会話をしていたっぽいよ。


 主に僕の事とかで。


「おや、リオ殿………また顔色が優れませんね」
「僕、そんなに顔に出ちゃうタイプ?」
「ええ、くっきりと顔に書いてありますよ。『悩みがある』と」


 いつもいつも、ミミロにも助けてもらってばかりだなぁ。
 僕の顔いろを読んで、悩みがあったら聞いてくれて、愚痴を聞いてくれて、最後まで頷いてくれて、アドバイスをくれる。


 僕なんかよりも、ずっと大人の女の子だ。


「悩んでいるなら、パーッとわちきに吐き出してみてくださいよぅ。ゲロッてしまえば楽になることもあるであります」


 両手を広げて、ヘイ! カモン! と言わんばかりに僕の言葉を受け止める態勢に入るミミロ。


 それを見たラピス君は「おお………さすがリオル君の親友………ボクもそのくらいの仲にならないと」と気合を新たにしていた
 別にラピス君はそのままでいいのに。


「さっきのことなんだけど………」
「はい」
「僕の弟………リールゥを見つけた」
「ブゥーーーッ!!?」


 僕の相談があまりにも予想外の方向だったらしく、眼を向いて唾をまき散らしていた。
 汚いよ。女の子がそんなことしたらいけません。
 ちょっと目に入っちゃったじゃんか。


「ええっと、たしか3年前くらいの事でありますか?」
「そのくらいだね」
「リオ殿はその頃からラピス殿と仲良くなったと言っていましたし、わちきにとってもとても印象に残っている一日なのでよーく覚えておりますよ」
「………そうだね」




 そう、ミミロは一緒に捕まったことは無いけれど、その頃から相談にのってくれていた。
 僕たちの身に何があったのかを、よく知っている子なんだ。


 実際に目で見てはいないけれど、当事者と同じくらい、当時の事をよくわかっているはずだ。




「たしか、ローラ殿とは決別しましたよね………。わちきが『プレゼントでも渡して、二度と顔を見せなければいい』と、そんな感じの事を言った覚えがあります」


「僕も実際そのつもりだったんだけどね。去り際に約束したんだ。いつになってもいいから、顔を見せに来てって言われて、うんって答えたんだよね」


「やっぱりちょっとリオ殿は優柔不断でありますね………。スパッと物事を決めることが出来ないのは、矯正したほうがよさそうであります。未練たらたらでいるのは、男として器が小さいでありますよ」




 グサグサと言の刃で僕を攻撃してくるミミロ。
 事実であるがゆえに刺さる。


「………その時は僕だってもう二度と会うことは無いって思ってたんだもん。好き好んで会いたいと思える相手でもないし………」
「そうでしょうね。わちきもそこらへんはわかっています。では本題に入りましょうか。リールゥ殿は何処で何をなさっていたのでありますか?」


 大きく頷いて同情の意を示すミミロ。
 僕の傷を抉る行為を止め、すぐに切り替えて本題に入った。
 聞いてほしい事を順番に聞いてくれるミミロは本当にありがたい。




「リールゥは、孤児院に居た。孤児院に居たということは、ローラは居ないと言うことになる。ローラが死んでしまったのか、行方が分からないだけなのか、それはわからないけれど………今の現状だけで言えば、リールゥの周囲の環境は最悪と言ってもいいレベルだ。」




 王都の外周。
 孤児院が乱立するあの場所は、スラム街も近くにあるらしい。


 治安が悪い場所なんだよ。


 リールゥは住があっても、食が満足にあるかどうかも分からない。衣は古着で、それをなんども洗っては汚し、すり切れていた。


 暴力もうけていたみたい。


 それらをすべてミミロに、見たまんまを伝えた。


「それで、リオ殿はリールゥをどうしたいのでありますか?」
「………できれば、助けてあげたい」
「なぜですか?」


 僕の答えに、ミミロは冷たくそう返した




「だって、僕の血のつながった兄妹なんだよ? ローラの事は嫌いだけど、ちゃんと和解したし、リールゥとだって………だから、助けてあげたいんだよ」














「“魔王の子”であるリオ殿が、でありますか?」












 再び突き刺さる言の刃。


「弟に『嫌われる』ということは考えなかったのですか? わちきたちはリオ殿の事をよく知っています。精神的に不安定なことも、本当は優しいことも。ですが、リオ殿は“魔王の子”であります。『兄が魔王の子である』と知ったリールゥはどう思うでしょうか」


「………」


「知らぬが仏。わちきは、放っておくほうが幸せなのではないかと思いますよ。実際にリールゥ殿を見たわけではないのでコレが正しい選択かどうかはわかりかねますが、一度は縁を断った者の息子であります。実の母親の息子と言えど、わちきたちが干渉していい問題ではないと思うのですよ」


 冷静に第3者としての意見を聞かせてくれるミミロの存在はありがたい


 自分がどれだけ混乱して視野が狭くなっているのかがよくわかるから。


「それでもリオ殿がリールゥを助けたいと言うのであれば、わちきも協力をしようと思います。しかし、リールゥを孤児院から連れ出したところで、どこに住まわせるつもりなのでしょう。シゲ爺様のお屋敷は、当然ながら無理でありますよ?」


 その通りだ。


 シゲ爺が僕らをお屋敷に匿っている理由は、僕らが『魔王の子』『神子』『古代暗黒長耳族ハイダークエルフ』『白竜』『黒竜』『紫紺竜』といった世間からははみ出た能力を持った子供。『古代種』だからだ。


 しかし、魔王の子の弟と言えども、リールゥは普通の子供だ。


 そんな存在を、ただのただ飯喰らいの薄汚い孤児を、シゲ爺が引き取ってくれるだろうか。
 断じて否。


 シゲ爺は、優しい。けど、それだけじゃない。


 僕らがシゲ爺のお世話になっているのは、僕らが特別な存在であったからだ。
 運が良かったからだ。


 それを、僕の弟だからという理由で普通の子供を連れてこられても迷惑なだけだ。


「考える時間があるのでしたら、ゆっくりと考えて結論を出してみてはどうでしょう。いつからその孤児院に居たのかは知りませんが、孤児院に居ると言うことは身元が保証されているということでもありますからね」




 ミミロのその一言に、肩がピクリと揺れる


「時間は、あんまりないかもしれないんだ」
「どういうことでありますか?」
「孤児院のお金が無くなってきたら、子供を奴隷として売ってお金を捻出しないといけないみたいだから………近々リールゥが売られる可能性が高いんだ………」




 ふむぅ………と考え込んだミミロ。チラリとラピス君を見て


「リオルくん、それ本当?」
「………うん」


 ラピス君がその話しの真偽を確かめると、ラピス君がミミロにコクリと頷いた。


 ウソはないと判断したようだ
 ラピス君はウソなどを見破る魔眼も持っていたんだっけ




「時間はあまり残ってなさそうですが、リオ殿がリールゥを助けたいというなら、協力しましょう。ただし、後のことはリオ殿がしっかりと面倒を見てくださいね」




 ふすっと息を吐きながら、ミミロは腰に手を当てて協力してくれることを了承してくれた。


「………ありがとう」
「構いませんよ。わちきはリオ殿の味方であります。基本的にリオ殿が決定したことに従います。苦言を呈することはありますがね」


 ちゃんと第三者からの広い視点で僕に進言してくれるんだから、いつも助かっているんだよ。
 今回は僕のワガママにつき合わせちゃってごめんね




「にーさま、リールゥがどうしたのです?」
「リールゥって兄ちゃんの弟だろ?」




 喧嘩がひと段落したのか、泥と葉っぱと木の枝を髪に付けているキラとマイケルが話しに加わってきた。


 キラはリールゥと一緒に捕まっていたから、どうやらリールゥの事を覚えているらしい。
 アホの子にしては珍しく覚えていたね。


 マイケルも興味を持ってこちらに意識を向ける。
 もうすぐルスカとファンちゃんがこちらにたどり着くし、一応状況の説明をしておかないといけないな。








 問題は………ルスカが弟の存在を認知できるか、という点なんだよなぁ………。


 ルスカはローラの事を母親だと認識していない。
 ローラの息子だと言われても、ルスカと僕の弟だという事実に考えが及ばない可能性がある。


 どう説明したものか………こまったなぁ











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