受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第103話 ☆叱責

「さてー、仕事も片付いたし、リオルー、ルスカちゃん。帰ろっか」


 トントンと書類を机に叩いて整えると、バインダーに挟んでカバンを背負い、ポンとぼくの頭に手を乗せるのは


「フィアル先生、待ってるのダルい」
「おそかったの」
「うぅ、教師は始めたばっかりなんだから少しは大目に見てよ………」


 肩を落として自慢のポニーテールをしょんぼりとしならせるフィアル先生だ。
 僕らはフィアル先生の仕事が終わるまで教室でだべりながら待っていたんだよ。
 そしたらあら不思議。もう夕方の18時って感じ。


 温暖な気候とはいえ、さすがに暗くなってきた。


「それはしょうがないってのは判ってるんだけどさ。僕らは寮生じゃないし、今日にいたってはラピス君も一緒にシゲ爺のところに連れて行くつもりだからもう少し要領よく動けなかったのかなって」
「うっ、新米教師に向かってグサグサとことを突きたててきおる………」
「僕らは成績だけはいいし、頼ってもいいんだよ?」
「さすがに7歳児を頼るのはいい年をした大人としてダメだよ………」


 そりゃあね。僕だってそんなことするのはちっちゃいプライドが許さないな


「はじめての就職場所だから緊張もするだろうし失敗もするだろうからね。理不尽なことだってあると思う。だからまぁこのくらいの時間程度ならあまり気にしないけどね」
「面目ないよ」


 僕だって就職活動したことも無いし、そんなことを言う資格もないんだけどね。
 なんだかんだでフィアル先生は前世も含めた僕と同い年なんだもん。その苦労は、いつか僕が味わうはずだったものだ。
 馬鹿にしたり貶したりはしないよ。
 新入社員に指示したこと以上の事を強いるのは無理があるし、指示されたことでいっぱいいっぱいなんだ。その辺は僕もちゃんとわかってるって。


「さてと。みんな、帰る準備はいい?」


 カバンを肩にかけてフィアル先生がこちらを見下ろす。
 うーん。フィアル先生は若いから、大学生くらいにしか見えないなぁ


「僕は大丈夫」
「ルーもなの!」
「あたしもできてるわ」
「ボクはとくに持って行くものがあるわけでもないしね」




 手を上げて返事をして、学校から出るために校門へと向かった。


「せんせーさよーならー」
「はい、さようなら。早く寮に戻りなさいね」
「はーい」




 遅くなったといっても、まだ残って校庭で遊んでいる生徒もいるわけで。
 フィアルは生徒にあいさつされていた。
 まだ初日だけど、立派に教師やってんじゃん。


 今日見た限りだけど、魔法に関しては天才肌故にちょっと感覚的なところがあるからフォローが必要だけど、冒険者のAランクにまでなっているフィアル先生は体力もあるし、柔軟な思考も持っている。


 本日の習った教科は算術と国語、体育と魔術くらいだけど、簡単な内容だったため、フィアル先生のわかりづらい説明などはなかった。
 順調と言えよう。




「あれ、ミミロちゃんたちが待ってると思ってたんだけど、いないわね」


 校門前に到着したところ、フィアル先生がポツリと呟いた。
 うん。僕もそれをちょっと思った。


 暇つぶしがてら冒険者ギルドに行くと言っていたから、てっきり簡単な依頼を受けて少し早めに待っているのだと思ってたけど、どうやら少し時間がかかっているらしい。




「ミミロちゃんって?」


 ラピス君が頭のウサ耳を器用に『?』に曲げながら首を傾げて僕を見る
 なんとなくその耳に手を伸ばして真っ直ぐに伸ばす。
 ややくすぐったそうに目をつぶって身を震わせるのがまたあざとい。


「僕の友達」
「ああ、キラちゃんと同じ竜の子だっけ? もう一人いるんだよね。マイケル、だったっけ?」
「そうそう。マイケルが黒竜で、ミミロが紫紺竜なんだ。みんな癖は強いけどいい子だよ」
「へえ、楽しみだなぁ」


 ラピス君はキラ以外の子を見たことが無いんだっけ。
 僕はラピス君の事を忘れかけていたというのに、ラピス君は僕の事もルスカの事も、キラの事まで覚えていた。
 記憶力がいいなぁ。


「うーん、待ってても仕方ないから、冒険者ギルドの方に迎えに行こうか」
「あっ………そうね」


 カバンを背負いなおして冒険者ギルドがある方向へと歩みを進めるフィアル先生。
 それに続いてファンちゃんもやや軽い足取りで続いた


「ファンちゃん、なんだか嬉しそうだね」
「………っ、ええ。冒険者には、少しだけあこがれていたから」




 右目を軽く髪で隠しているオレンジ色の艶のある髪が特徴のエルフの女の子。
 ファンちゃんは、うれしさが隠しきれない様子で笑みを浮かべ、頬にえくぼができていた
 一瞬、警戒しているはずのラピス君に指摘され、肩をビクリと揺らして警戒心を取り戻すモノの、うれしさは消しきれないのか、笑みを浮かべたままだ。


「あたしは人の眼を気にして外に出られなかった時、冒険者が冒険する本を読んでいたことがあるの。人の眼を見るのが怖かったけど、外の世界にはすごく興味があったから」


 まだ完全に克服したとは言い難い。
 それでも成長して包帯を巻くのを止めて素の自分をさらして生きることを決めたファンちゃん。
 その笑顔はとても素敵な宝物を見つけた子供のようだった。


「それに、冒険者になって、あたしよりもひどい状態になった人もいるって聞いたことがあるわ。腕や足が無くなった人。片目がない人。命を落としてしまった人。あたしは冒険者に夢を持っているのも事実だけど………」


―――ちゃんと現実も視えているわ。


 そういって、ファンちゃんは顔を引き締め、力のこもった目で前を向き、歩みを速めた。


 冒険者にあこがれているからこそ、やけどをしているものの、五体満足である自分が臆病でいるわけにはいかない。
 そう言っているんだ。
 彼女は強い女の子だ。
 人の目を気にして、眼を見るだけで涙目になってしまったころが懐かしいよ。


 そんな僕の顔を見て、ファンちゃんは笑みを浮かべ


「リオルとルーのおかげでちゃんと人の目を見ることが出来るようになったの。すごく感謝しているわ。昔だったら、おじいちゃん以外と外に出かけるなんて考えられなかったもの」
「にへへー♪」


 とてもうれしい事を言ってくれるファンちゃんにルスカも満面の笑みを浮かべてファンちゃんの手を取って一緒に歩いた。




 なんだか気恥ずかしくなって、僕がファンちゃんの目を見れなくなってしまったじゃないか。






                   ☆




「キラケルー、ミミロー。迎えに来たよーって、何の騒ぎ?」


 ギルドに到着して早々。ギルドが騒然としていた。
 何の騒ぎだ? お祭りかな?
 お迎えに来た途端にざわつくギルドを見て首を傾げる僕ら。


 そんな僕らを見て、ひとりの受付嬢が立ち上がりながら声を上げる


「あ、フィアルー! こっちこっち!」
「ローニャ! これは何の騒ぎなの!?」


 どうやらフィアル先生は受付嬢のお姉さんとお知り合いらしい。


 明るい赤毛と小さな丸眼鏡が特徴の、かわいらしい受付嬢さんだ。
 身長は低めでおっぱいは大き目。
 なるほど、コレがうわさに聞くロリ巨乳というやつだろうか。


 正確な年齢はわからないけど、フィアル先生と親しげに話していることから、受付嬢さんも20歳くらいなのだと予想できる。




「リオっちリオっち」


 そんなことを思っていたら、つんつんと肩をつつかれた。


 何事かと思って振り返ると、ラピス君が口元をω←こんなふうにして僕の後ろに立っていた


「どうしたの、ラピス君」
「うん。あの受付嬢さん、胸が大きいよね」


 声を潜めて何を言い出すのかと思ったら、マセたウサギさんだ事。


「僕もそう思ったけど口に出さんでよろしい。失礼にならない程度に視界の端で捕らえるんだよ」
「ボクは千里眼があるから視線を別方向に向けながら凝視できるよ」
「ガッデム」


 ラピス君も男の子である。
 いくらラピス君の容姿が中性的とは言え、中身の本質は男の子なのだ。


 僕の本質だって、中学生男子だったんだ。興味くらいある。


 こういうやや下品な会話をできるのは、男同士の特権だろうか。


「ローニャ、なにがあったのか説明してもらえる?」
「ええ。今日ね、森の方でオーガが現れたみたいなの」
「オーガが!? 緊急依頼は………」
「大丈夫。順を追って説明するから。オーガを発見したのは森に出ていたEランクインディゴクラスの採取の冒険者よ」
「ちょっと! それ大丈夫なの?! オーガはEランクインディゴクラスが出会ったら生きて帰って来られるような魔物じゃないはずだよ!」
「ええ、でもね、その子達………オーガを倒して来ちゃったみたいなの」
「………え?」




 向こうは向こうで盛り上がっているみたいだ。
 ところで、ミミロとキラケルは何処にいるの?


 正直、オーガが現れたってんなら僕が闇魔法で押しつぶしちゃってもいいし、早い所シゲ爺のお屋敷に帰りたいし、ラピス君に加護を外してもらいたいんだけど………


「それで、その子たちの実力を測ることになって………Bランク以下の冒険者たちを集めて模擬戦を行っているところなの」
「だ、大丈夫なの、それ………」
「あろうことか3人で組ませれば全戦全勝よ。信じられないわ。討伐部門の冒険者に勧められて、今は一気に討伐部門のCランクまで上げるためのの昇格試験中って感じね。」
「討伐部門のBランクか………ん? 3人パーティ?」


 何やら思い当たる節があるフィアル先生。
 オーガを倒せるほどの実力を持った、Eランク、採取の冒険者。


「ねえ、ルー、リオル。それって………」
「ミミロとキラとマイケルなの?」
「僕もそう思った。なんか知らないけど、目を離したすきにとてつもない事をやらかしてしまったのかもね」
「へえ、すごいね、リオルくんの友達って」


 困惑した視線をこちらに向けるファンちゃんに対して応えるルスカ。ラピス君はまだ見ぬ僕の弟たちに興味を定めたらしく、愉快そうに口元を緩めた


「王都のギルドでこの場では最もランクとポイントが高いフィアルにもその子の実力を計ってほしいの! お願いっ!」


 パンッ! と柏手を打ってフィアルを拝み倒す受付嬢さん。
 たゆんと揺れた胸元には視線をやりません。
 そんな僕をみたルスカがぺたぺたと胸元を触って「なんにもないの………」とため息を吐いても、ファンちゃんが「種族的に、絶望的だわ」と嘆いているのも視えません。


「ご、ごめん。そのまえに、その子たちの特徴を教えてもらってもいいかな」
「そうだね。たしかリーダーの子が、濃い紫色の髪の竜人族の子だよ」


 あ、確定だ


「不思議なパーティでね、白い髪の女の子と、黒い髪の男の子も居たんだよね、どっちも竜人族なんだって。竜人族なんて滅多に見れないのに、やけに社交的でかわいい子達だったなぁ。ちょっと喧嘩っ早かったけどね」


「あー………その子達、強くて当然だよ」
「え、なに? フィアルはその子たちのこと知ってるの?」
「知ってるも何も………私がその子たちの保護者代理だからね………迎えに来たんだよ。その子たちの強さは折り紙つき。3人が相手じゃ、もう私なんかじゃ敵わないレベルなんじゃないかな」
「そんなに!?」


 ゼニスに鍛えられてAランクにまで冒険者のランクを上げたフィアル先生でも、さすがに3人の連携にはとても追いつけないはずだ。
 魔法の技量や知識なんかじゃフィアル先生の方が圧倒的に上だけれど、同時に攻撃されればどうしても処理しきれないモノがある。
 それになにより―――


「あの子たちはリョクリュウ辺境伯爵の格闘武術をシゲ爺様から直接指導してもらっている愛弟子よ。敵うはずがないわ」


 修行途中とはいえ、中学生の体格に、人間を超えた筋力。格闘センスを兼ね備えた三姉弟なのだ。
 その辺の有象無象が一人ずつ3人に挑んで勝てる道理はない。


 すでにSSランクの鉄鉱石竜メタルドラゴンを討伐した実績を持つ子供たちだ。
 修羅場も死線も、もうすでに潜っている。
 3人の力を合わせたら、すでにSランクレッドクラスのレベルはあるはずだ。


 フィアル先生の話を聞いた受付嬢さんはパクパクと声にならない声を上げながら、フィアル先生を見つめる。


「シゲ爺様に直接指導を!? そりゃ強いはずよ!!」


 ガタンと椅子を揺らしながら叫ぶ受付嬢さんの声が、ギルド内部に響くのであった。


 あ、また嵐の予感。




               ☆




 というわけで、ミミロ達の様子を見るためにギルドの訓練所まで足を運んでみた。




「行くぜオラァ!!」




 ガタイのいい冒険者が大きな木剣を振りかぶってマイケルに切りかかる、その瞬間


―――パァン!


「なんッ!?」
「隙ありなのです!!」


 破裂音に気を取られて意識がブレた隙を突き、キラがマイケルの横から姿を現し、冒険者の腹に木剣を当てて吹き飛ばした。




「今度は俺の番―――おわたァ!?」
「ざんねん、そこは油が撒いてあるのであります!」


 今度はミミロに切りかかろうとした冒険者。しかし、そこは油が塗ってあり、滑りやすくしてあったがために、冒険者は転んで大きな隙をさらしてしまう。
 もちろん、そんな隙をうちの子たちは見逃すはずもなく


「どらっしゃー!!」
「ぐぼぁ!!」


 マイケルが木剣で冒険者を場外までホームランしてしまった。


「さぁさぁ! ドンドン来てください! なんだか楽しくなってまいりました! 今ならリオ殿が戦闘中はハイになる気持ちもわかります! ふふふふふふっ」


「この野郎、正々堂々勝負しやがれ!」
「何言ってんですか! わちきが本気で戦っているからこそあなたたちが全力を出せないのでありますよ! 相手に全力を出させない事こそわちきの仕事なのであります!」


 中央で走り回りながら罠作成キットから罠を張りまくるミミロ。
 ギルドの演習場はもはや大惨事だ。


「ぐおっ撒きビシ!?」
「草結びだ!」
「ワイヤートラップ!?」
「目が、痒いいい!!」


「あーっはっはっは! 恐れおののくといいであります!」




 なんというか、ミミロ無双だった。


 キラとマイケルはミミロがどこに罠を仕掛けているのか、何度も喰らっている経験上、うまく把握している。
 周囲を注意深く見ながら罠を避け、次々と来る冒険者をミミロが足止めして、キラとマイケルが叩いているんだ。




 ミミロは相手を万全の状態にさせない天才だ。


 マイケルとキラの油断をうまくフォローしてチャンスに変える。
 しかし、なんというか………


「とうっ! ミミロスペシャルであります!」


――― ベチャッ!


「ぐっはぁ! 転んでしまいましたァ!」
「初めて隙をさらしやがった! このまま蹴っ飛ばして―――」
「このままではやられ、やられ―――るわけがないじゃないですか! カプサイシンボム!」


 フライングプレスで冒険者を盛大に吹き飛ばし、着地にミスったのか腹から地面にダイブしたかと思いきや、それを好機と見た冒険者がミミロを蹴飛ばそうと駆けてくる。その瞬間。
 道具袋から破れやすい葉でつつんである、赤色の粉末―――唐辛子を細かく砕いたものを放り投げ、近くに寄った冒険者に叩きつけたのだ。


「目が、目がアアアアアッ!!!」


「あーっはっはっは!!」




 なんというか、調子に乗っておりますな。
 頭のアホ毛だって、もうビンビンでぴょっこぴょっこと犬猫の尻尾のように踊っているよ。


 トラップを試せて生き生きとしているのはいいんだけどさ。
 後片付けとかどうすんのよ、これ。


「フィアル先生、突風で頭を冷やしてあげて………」
「はぁ、わかったわ」




 フィアル先生が眉間を押さえてため息を吐きながら僕の言葉にうなずいて両手を前に出し、魔力を解放する。


豪旋風トルネード!!」


 フィアル先生の発声と共に唸る音と共に豪風が冒険者の訓練所を包み込んだ。


「ほわっ! なにごとでありますか!」
「風が、台風がやってくるのです!」
「とと、とぶっ!」




 当然、ミミロやマイケル、キラを巻き込んで旋風は訓練所全体に広がる。
 轟々と唸るその突風は冒険者たちを巻き込んで上空へと押し上げる


 フィアル先生が魔法を解いて風を止ませると、罠の残骸と冒険者たちをひとまとめにして空気の塊で柔らかく冒険者たちを受け止め、そこに目を向けると、彼らは折り重なって失神していた


 その一方で、マイケルたちは容赦なしに地面に叩きつけられていた。


「うぐぅ、頭から落ちたのです………おバカになってしまうのです………!」
「ねーちゃんは最初からおバカだろ………いっつぅ……顔が陥没する」
「あいたたた、おしりを打ったであります………」


 対魔物や対人戦闘に特化している3人だ。
 シゲ爺からも対人用にそういう特訓を受けている。それ故に超級魔法使いイエロークラス以上の自然災害的な範囲攻撃にはめっぽう弱いという弱点もある。


 周囲で傍観者を決め込んでいた他の冒険者たちは、他とは一線を画すフィアル先生の魔法に「おおっ! さすがAランク冒険者!!」と感嘆の声を上げる。


 そんな冒険者たちの視線を一身に受け、フィアル先生はツカツカと3人の元に歩み寄ると、地面に座り込む3人を見下ろし




「3人とも、少しは頭を冷やしなさーい!!」




 雷をおとす。
 くしくも、フィアル先生が教師として初めて雷を落としたのは学校の生徒などという者ではなく、竜の三姉弟であった。




                  ☆




「いやはや、申し訳ありません。つい勧められるままに場に流され流され、いつの間にやらこんな状況になっておりました。反省しております」


 ギルドの中にて、3人の竜人族の少年少女たちが、エメラルドグリーンの髪をポニーテールにまとめた一人の女性に対して土下座をしている。
 そんな不可思議な状況で、エメラルドグリーンの鮮やかな髪をポニーテールにまとめた女性―――まぁフィアル先生なんだけど。フィアル先生が腰に手を当ててぷんぷんと怒って見せるその隣で、僕も腕を組んで説教の体勢だ。


「何をどう流されたらこういう状況になるっていうんだよ」


 床にこすり付けていた頭を上げて、こちらを申し訳なさそうに見上げるミミロ。
 普段の快活さはなりを潜め、余計な手間をとらせてしまった申し訳なさからか、若干陰鬱な雰囲気を漂わせている。
 心なしか、頭のアホ毛もしんなりと垂れているように感じる。


「ええっとですね、本当は簡単な依頼を受けて、時間が来たらリオ殿の学校まで迎えに行こうかと思っていたのですが」
「ほう」


 ふむ、本来の目的である時間つぶしは忘れていなかったようだね。
 大きく頷いて話の続きを促すと


「どくどく草とねむり草の採取を依頼したところ………そこのザッツ殿のようなわちき達みたいな若い冒険者が妬ましい方々に絡まれてしまいまして………それらをちぎっては投げてから採取に向かうことにしました」


「………それ、なんてラノベ?」


 ちゃくちゃくとしっかりと完全に異世界冒険譚におけるテンプレを消化しているミミロに若干の敬意を表明しつつ、なぜそのような状況になるのやらと呆れたため息を吐く。
 もう何度目の溜息かわからないくらいだよ。


「リオ殿が言った通り、冒険者たちに勝ってテンプレートを済ませたのち、森に出かけたのですが………オーガが現れてわちきたちの邪魔をしに来たのであります」


 オーガっていったら、Aランクの魔物だっけ?
 たしかにこの子達の実力はとびぬけているから倒せないレベルではないはずだ。


 絶対に倒せる、とまではいかないだろうけど、竜族としての筋力と、シゲ爺に鍛え上げられた体術、さらにミミロの卓越した罠設置能力。
 それが合わさればオーガだって負けるような相手ではないはず。


「それをぶっ倒してここに持ってきたら、ちょっとした騒ぎになりまして、なんやかんやでギルドマスターに呼ばれて、実技試験をすることになったのですが、わちきたちがオーガを倒したのがまぐれではないことを証明するため、ギルマス殿が実力を見定める要員として次々とBランクの冒険者をわちきたちに送り込んできたので、それをまたちぎっては投げていたところ、フィアル殿の突風に吹き飛ばされて、今に至るという訳であります」




 ええっと、つまりなんだ。


 1.薬草採取依頼を受注
       ↓
 2.先輩冒険者の茶々入れ
       ↓
 3.それを倒していざ出発
       ↓
 4.オーガに遭遇したのでぶっころころ
       ↓
 5.報告したところ、ギルドマスターに呼び出し
       ↓
 6.冒険者ランクが上がるよ! やったねミミロちゃん!


 ここまでテンプレ。


 こんな感じ?
 うわっ! なにその羨ましい『これぞテンプレチート冒険者!』ってやつは!
 僕が妄想で体験したかった奴全部ミミロがかっさらっちゃっているよ!


 くやしい! 先を越された!




「なんでそんなことになるなら僕を呼ばないんだよ! 糸は繋いでいるんだから念話くらいできるでしょ! 僕だってちやほやされたかったよ!!」
「リオル! 怒るところはそこじゃないよ!」
「アウチ!」


 フィアル先生が容赦ない………。拳骨を落とされた………。
 まぁ今のは僕が悪い。
 でもうらやましいものはうらやましいのだ。このデザイアは誰にも止められない!
 こらラピス君。フィアル先生のツッコミにほほうと感心したため息を漏らさない!


「僕もちやほやされたい気持ちはよーくわかる。よーくわかるけど、なんでギルドマスターがミミロ達に目を付けるんだろう?」
「強かったからじゃないかな。オーガは本来、一人では倒せないような魔物よ。いくら力自慢でも、オーガの方が圧倒的に膂力は上だもの」
「目立ちたくて目立ったわけじゃないけど、不可抗力でそんな化け物を倒してしまったミミロ達はさすがに嫌でも目に留まるか」




 拳骨を落とされた頭を両手でさすりながら涙目でミミロ達を見る。
 こんなアホっぽい子達なのに、実力だけはあるから性質タチが悪い。




「しかし、わちきだって頑張ったのであります。すこしくらいほめてくださってもいいではありませんか」
「はぁ、まぁ頑張っていたのはわかったよ。ただね、目立ち過ぎだよどちくしょう」
「コレでも反省しているのでありますよ! 状況的に断れるわけがないのですし、仕方ないではないですか!」
「むぅ………」


 冒険者ギルドのギルマスからの呼び出し。つまりそれは社長からの呼び出しってことだ。
 断るのは評価を下げることにつながる。
 だからといって、ここまでやっちゃうのもどうかと思う。


「つまり、断れないことを言ったギルマスも悪かった、ってことだね」
「ほう、俺が悪いってか」


 喉太い声にビクリと反射的に肩が揺れる。


 なんだろう、生活指導の先生に捕まった時と同じ気配がする


 後ろからポンと頭の上に手を置かれ―――マズイ
 反射的にその手を摑まえて抑え込む。


 衆人環視の中、頭のバンダナをはぎ取られるわけにはいかない。
 死ぬ気で死守だ。バンダナは僕の生命線。死んでも守れ。あれ、矛盾が。


「む? なんだその必死な眼は。別に取って食いやしねえよ」
「そんなことはわかってる。じゃあなんで僕の頭を掴んで持ち上げているの?」


 その大男は、僕の頭を掴んで、片手で持ち上げていた。僕が子供だとはいえ、もう7歳だ。体重だって20kgは越えている。片手で掴んで持ち上げるというのは相当な筋力がなければできない芸当だ。


「なんとなくだ」
「やめて、首がもげる」


 そんな持ち方されたら、バンダナが剥げる。
 捕んでいる手に爪を立てることで抵抗を示し、頭から手を離してもらうことに成功した。


「あなたがギルマスですか。この状況はいったいなんなんですか!?」


 バンダナを整えてルスカに髪がはみ出てないかを確認してもらっていると、フィアル先生が大男に問いただす


「あんたフィアルだな。Aランクの」
「ええ」
「最近は冒険者の実力の低下がいささか問題になっててな。しかし、ぶっ飛んだレベルの実力を持ったものは王宮に仕えるか貴族に仕えるかしているからなおギルドの質は低下するばっかりなんだ」


 なるほど、スカウトとかはどこでもあるはずだ。
 フィアル先生は元々貴族だし、貴族故に魔力も多く、教養もあり、ぶっ飛んだ実力もある。
 もともと貴族なんだから、スカウトとは無縁だろう。


「そこにぶっ飛んだレベルのガキが現れた。これはEランクじゃもったいねえとは思わねえか?」


 どうやらギルマスは、ギルドの信用の問題と冒険者たちの実力低下を嘆いてのミミロ達を討伐部門Bランクへの押し上げだったらしい。
 発破を掛けたかったのかな。『お前らはこんな子供よりも下のランクでいいのか?』と。


「たしかに思いますが、彼女たちはまだ子供です! それに経験も積んでいません! 冒険者は実力うんぬんよりも経験を大事にするべきです。経験もない子供をいきなりCランクにあげたりしたら、その経験の少なさが命取りになるし、増長する可能性だってあります。先ほどのミミロ達を見たでしょう! 明らかに調子に乗っていました!」


 そんなことを言われて胸を押さえて「グサッっときました!」とのた打ち回るミミロ。
 わかってるんだ。キミが調子に乗っていた筆頭だからね?


 訓練所での様子を見ていたギルマスは、うっと顔をしかめて「たしかに………」と呟く。


「ほかにも、ランクが下の冒険者から何をされるかわかった物じゃないです! それらをすべて退けられると、ずっと面倒をみられるのだと言えるのでしたら結構ですが、半端な気持ちで子どもたちの人生を狂わせるのはやめてください!」


「フィアル殿、わちきたちは大丈夫ですから、討伐のCランクでもかまわないであります!」
「だまりなさい! 私がまだ経験が足りていないと言ったら足りていないの! 最速でBランクまで上げた私が調子に乗って受けた依頼で、私以外の仲間がみんな死んだのよ! ランクを上げるのは地道に経験を積んでからでも遅くないの。私たちは急いでいないんだから。ちゃんと経験者の言うことを聞いて。ミミロちゃんなら、わかるでしょ?」




 フィアル先生が言っているのは、僕たちが初めて出会った時の事だ。
 フィアル先生が調子に乗って紫竜のタマゴの採取依頼を受けたがために、一緒にアルノー山脈を登った仲間が全員死んだ。


 忘れているわけがない。
 あれは、僕が初めて殺した人たちなのだから。
 ミミロだって、その当事者なのだから。


 瞳に涙を溜めて語るそれは、強い後悔が籠っていた。
 僕が何も考えずにしていた殺人が、フィアルをそこまで追い詰めていたんだ。
 当然か。自分の招いた種が、そういう結果になってしまっては、トラウマにもなる。
 その実、自分だけが生き残って、その仇である僕に魔法を教えてくれているのだから。


「貴方たちが嫌いだから言ってるわけじゃないの。大切だから言ってるのよ。後悔してからじゃ、何もかも遅いのよ。お願いだから、私の二の舞にはならないで………」


 本当に、尊敬するくらいすごい人だよ、フィアル先生は。


「………わかりました、たしかに調子に乗っていました。もうしわけありません」
「ごめんなさいなのです」
「………ごめんなさい」


 三人が心の底からちゃんと謝ったのを見て、フィアル先生もようやく肩の力を抜く。


「後悔してからじゃ遅いのよ。リオルを見習って。臆病なくらいがちょうどいいわ」


 はい。接近、怖いです。
 フィアル先生はポンと三人の頭を軽く撫でてからギルマスに向き直る。
 キッとギルマスを睨むのを忘れない。


「そういうわけで、彼女たちはEランクのままで結構ですので」
「ああ。そう言われちゃしょうがない。こっちもいろいろ無茶を言って悪かった」




 頭を下げるギルマス。
 筋骨隆々で頭も固そうだと思ったが、きちんとこちらの言い分を理解してくれる人だったらしい。
 よかった。問題がこじれなくて。












「それじゃ、帰るよ、みんな」




 ギルドを出て、フィアル先生のゲートをくぐる三人組。
 成果を残したにも関わらず、表情は少し暗い。
 今回の経験を通して少しは成長できただろうか。









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