受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第99話 ☆☆獣人差別



 自己紹介もつつがなく終了し、ラピス君のおかげで僕はいち早くクラスになじむことができた―――


 わけではなかった。




「本当にこいつが盗賊を倒したのか?」
「見るからに細いぞ。ラピスの話じゃ棒を持って盗賊を撃退したって言うけど、刃物を持っている相手に棒でってのはいくら何でも信じられねえよ」
「へへっ、俺達がおまえの腕前を試してやるよ」




 やっべぇ、さっそく絡まれた。
 超面倒くさそうな子達に。


 今は体育の授業。


 運動は苦手です。運動音痴舐めんな。


 赤クラスは魔力が多いだけじゃなく、運動能力が高い男子もちらほらと居るみたいだ。
 うらやましい。


 僕みたいな運動音痴がいくら頑張ってもたどり着けないところに、日常生活でたどり着けちゃうような才能マンなんか嫌いだ。


 現在の体育の授業は、初等部2年生であるゆえ、ただの“鬼ごっこ”だ。
 こういう遊びを通して体を鍛えようっていうのは何処の世界でも同じなんだね。


 進級して、クラスの人間が変動したこともあるだろう。
 僕たちという編入生も入ってきた。


 だからだろうか、こういうオリエンテーションのような鬼ごっこをして、体を触れ合わせて親睦を深めると。
 そう言う意図がありそうだ。


 ただ、僕とルスカの場合はバンダナがずれないように押さえないといけないため、かなり神経を使う鬼ごっこだ。
 どさくさに紛れてバンダナを剥がしにかかる子供が居ないとも限らない。


 実際、「なんで頭にそれつけてるの?」っていう質問攻めもたくさんもらった。
 適当にごまかしておいたが、子供だから好奇心が旺盛で気になることを聞きたくてしょうがないんだろう。


 いたずら心のある子だって居るはずだ。
 好奇心に任せてバンダナをはぎ取ろうとする子も、実際に居た。
 そういう子の対策の為に、糸魔法で死角をなくして全方位の視覚情報を常に頭の中に映しだし、バンダナを触らせないように人とは距離を取るようにしている。


 ラピス君も、気づいたときには僕やルスカのフォローに回ってくれた。
 僕らのことを理解してくれる、本当にいい子だ。


 どうやらラピス君は本当にクラスの中心的な人物にまで成り上がっているらしく、みんなラピス君の言うことには素直に言うことを聞いてくれていた。


 ただ、ラピス君の目が届かない場所では、ラピス君が心酔する僕を妬むような視線をいただくこともあった。
 ラピス君の行動は確かにうれしいけど、さすがにそこまで人気者になってしまった彼の行動としては、もうちょっと自重してくれたほうがよかったかもね。


「ゼクス君、ジューライ君、ラッハ君。三人で寄ってたかって僕を追い詰めるのは卑怯なんじゃないかな」


「うるさいな。ラピスの奴がお前の話ばっかりするからどういう奴か確かめたいだけだろ」




 なんちゃら男爵の次男坊、なんちゃら準男爵の三男坊とかであるらしい三人組。
 貴族は横のつながりが広いな。
 貴族は我が強く、ワガママであり、高慢であり、一部の者は民を見下す。別種族を認めない。


 にもかかわらず、ラピス君は赤クラスのスクールヒエラルキーの頂点に君臨している。


 並大抵の努力ではないはずだ。
 運動能力も、獣人故に高い。
 魔力値も、見る限りそう多くなさそうだ。


 だけど、彼はどういうトリックを使ったのか、赤クラスの首席に君臨している。


 もしかしたら、僕と同じように魔力の圧縮を行っているのかもしれない


 ラピス君がクラスの頂点に君臨する異様な空間に、そこはかとなく嫌な予感が胸の奥に渦巻いていた


「よし、やっちまえ!」
「おう!」
「まかせろ!」




 一応、三人組の包囲網はシゲ爺仕込みの体術で突破を試みたが、普通に捕まった。
 下半身を鍛えていた成果か。善戦したようだけど、さすがに3人相手ではむりっぽ。




                  ☆




 入学初日のお昼休み。


「ねえ、なんかおかしくないかしら?」
「ルーもおもったの。」
「………実は僕も………」




 僕とルスカとファンちゃんが集まって学食を食べていた。
 この学校は、生徒たちには学食が出る。


 月に一度は食費を払わないといけないが、赤クラスの子たちはそれも免除。
 それと、貴族ではない庶民出身の、才能を見出されて連れてこられた赤、橙、黄クラスの子供たちは学費も免除。


 ただし、僕たちの入学にあたって、学費は免除だが、シゲ爺が融通を利かせるために、いくらかの大金を学校に“寄付”した。
 貴族の親だって、それくらいするだろう。


 この学校が、いくら学校内では身分に関係なく平等であると言っていても、この学校は“国立”の学校である。


 平等なんて言葉は表面だけの上っ面だ。
 なにより、“平等”なんて言葉は僕が信じない。というか信じられない。


 だというのに、獣人を毛嫌いしているはずの貴族たちが、獣人族が自分の上に立つことを許容するだろうか。
 まだ幼い子供たちとはいえ、プライドはあるはずだ。


 自分が獣人族よりも劣るなど、ありえない。そう考えているはずなんだ。


 ならば、なぜラピス君が頂点に君臨している?




「あのウサギの子………魔法が使えないって言ってたわ。なのに、私達の学年でトップなのは、変よ。魔力の量も、それほど多いとは感じなかったし。」
「ラピス君は魔眼持ちだからね。魔法は使えないよ」
「うゅ、そなの?」


 パスタっぽいものをフォークでクルクルしながらルスカが首を捻る。
 ちなみに、全員同じメニューだ。個人個人に別々の食べ物を用意してやることはできないらしい。
 たしかにそれじゃ重労働だもんね。


「ルーはラピス君のこと、覚えてる?」
「んー、ちょっとだけ」


 ルスカは3年前のことを覚えているのかと思って聞いてみると、少しだけ覚えていると答えてくれた。
 まぁ、会って1時間程度しか話もしていないしね。
 ちょっとでも覚えていたのなら、僕と同じだ。


「ラピス君は“魅了眼”っていう魔眼をもっているんだ。魔眼を持っている人はそのほかにも」
「あ、ゼニスなの!」


 ぴこん! と音が付きそうなほどひらめいた顔で僕にそう答える。
 僕はルスカに対して目を瞑って頷いた


「そう。ゼニスも“魔力眼”っていう魔眼を持っている。でもね、ゼニスが言っていたんだ。【魔眼を持っている者は通常の魔法を使うことが出来ない】って。」
「うん。かわいそうなの。」
「そうだね。魔眼を持つひとは、僕たちみたいに魔力に属性を持つことがない。でもその分、魔眼は強力な武器になる。デメリットばかりじゃないんだよ」


 コクリと頷くファンちゃんとルスカ。


 そこでファンちゃんが「あっ」と声を上げる


「彼は“魅了眼”なのよね?」
「そうだよ。3年前にそう言ってた」
「だったら、もしかしてクラスのみんなを“魅了”しちゃったんじゃ………」
「まさか! いやでも………」
「彼は自分で、クラスの全員が自分のことを好きだって言っていたわ。」
「………」




 ありえない話ではない。
 そもそも、獣人族であるラピス君がクラスの頂点に君臨しているという状況そのものが“ありえない”のだから。


「なになにー? なんのはーなしー?」


 ポスッと僕の頭の上に何かが乗っかった。


「ラピス君」


 噂をすればなんとやら。
 ラピス君が僕の頭の上に顎を乗せていた。
 律儀に僕の肩に手を置いている。


「隣いい?」
「うん。」


 そう言って、ラピス君は流れるような動作で―――僕の膝の上に座った。


「隣って行ったじゃん! 何処座ってんの!?」
「リオっちの膝の上」
「こら! ちゃんと椅子に座って食べなさい!」




 ラピス君のわき腹をダブルチョップ。
 すると「くふっ」と笑い声ともうめき声ともつかないあでやかな声を出す。


「クスクス、やっぱりいいね、こういうの。リオル君、なにしても怒らないんだもん。」
「さすがに限度はあるよ」
「でも、ちゃんと付き合ってくれるから、ボクはリオルくんが好きだ」


 そう言って、ラピス君は僕の膝の上から立ち上がると、僕の隣の椅子に座った


 僕の正面にはファンちゃんとルスカの二人が居る。
 僕の隣に座ったことによって、ファンちゃんはラピス君を警戒するように眼を逸らす。


 ルスカはキョトンと僕だけを見ていた。


「そういえば、ラピス君の学食は?」
「ボクはウサギだからね。野菜の方が好きなんだ。学食のおばちゃんがサラダだけくれたんだよ。」


 ウサ耳を強調するように右手で触ってからペロッと舌を出すラピス君。あざとい。
 そしてさすが、ウサギの獣人。ベジタリアンだね。
 しかし、一瞬だけ表情が曇ったような気がした


「まぁ、お肉も好きなんだけど」
「どっちやねん」


 すかさずラピス君の肩にツッコミを入れる
 そのままラピス君はゾクゾクと身体を震わせる。本当に、ボケとツッコミが大好きな子なんだなぁ。表情が曇ったのは見間違いかな




 その飄々とした表情がスッと冷え込んで僕の眼を見つめる。
 魔眼発動してないよね? 特に特別な感情は湧いてこないし、大丈夫だよね。


「それで? なんの話をしていたの? ボクのことでしょ。」


 ああ、おふざけはここまでってことね。
 ラピス君は同年代の子に比べて大人っぽいし、頭もよさそうだ。


「うん。単刀直入に聞くけど、僕たちのクラスははっきり言って異常だ。ラピス君が何かやったんじゃないかなって話してたんだ。」


 悩んでも仕方のない事なので、ズバッと本人に切り込んでみたよ。
 あまりに直球すぎる物言いに、ファンちゃんは眼を見開いて冷や汗をかいていた


「あ、やっぱり気付いた? そうだよ。ボクがみんなを“魅了”したんだ。そうでもしないと、正直、ボクの身が持たないから」
「やっぱり、人種差別?」
「うん」


 申開きもせずに頷くラピス君。クラス全員を魅了した、か。
 そっか。身が持たない………。実はラピス君もいっぱいいっぱいだったのかもしれないね


「そうだ、自己紹介がまだだったね、ボクはラピスドット。ルスカちゃんは久しぶり」
「お久しぶりなの♪」


 ルスカから手を伸ばすと、ラピス君は今朝の僕と同じように手をからませる。
 イケメンスマイルでそれをやるんだ。ルスカがラピス君に惹かれてしまわないか心配。


「にへ~♪」


 心配いらないかも。今も僕の顔を見てるから




「そして、キミがリオルくんのお友達のファンちゃんだよね。古代暗黒長耳族ハイダークエルフ、か。また不思議そうな子だね」


 ビクリと肩を揺らすファンちゃん。
 ファンちゃんはラピスの眼を見ないように注意しながら、警戒心をさらに上げる


 自分の種族を当てられたのだ。
 エルフではなく、ハイエルフでもなく、ダークエルフでもなく。
 “ハイダークエルフ”だと。


「なん………」


「不思議でしょ。なんでわかるのか」


 ファンちゃんはラピス君の眼を見ていないが、視界の端でラピス君の行動を見ている。
 ラピス君は自分の右眼をトントンと叩く。


「鑑定眼も、持っているんだ」
「え、魔眼って一つだけじゃないの?」
「うん。ボクの魔眼は、数えきらないほどある」




 嘘をついている様子はない。そう判断したファンちゃんは、更に警戒心を上げた。
 もともと、人の眼を見ることが出来ない女の子だ。
 今更ラピス君の顔を見れないだろう


「それって言っていいの?」
「いいよ。リオルくんになら、むしろ全部話したいから。ルスカちゃんやファンちゃんにもね」




 なんでそこまでするんだろう?
 それは知られれば不味い事のはずなのに。一番知られてはいけない情報のはずなのに


「なんでそこまでするんだろうって思ったでしょ」
「っ!」


 心の中で思ったことをそのままラピス君が口に出し、びくりと肩が揺れる
 なんでわかったんだろう? もしかして知らない間に口に出してしまっていたのかな
 いや、ちがうか。それも………


「うん。コレもボクの魔眼の能力チカラ。ボクはね、心眼で人の心も視えるんだ。この人なら信じられるっていうのが、わかるんだよ」


 ………なるほど。
 むかしから人の心理の掌握が得意そうな子だったのは、そう言うことだったのか


「そういえば、僕たちが3年前に別れたときも『また会おう』って」
「それも【予見眼】の“未来視”で、もう一度出会うことが判っていたから」


 飄々と語るラピス君。
 そこに彼は疲れを見せない。
 心の底から会えることを楽しみにしていたという感情くらいしか読み取れない。


 魅了、鑑定、心眼ときて、今度は未来視、か。本当に彼の眼は多種多様な能力が備わっているんだ
 魔眼が多いのにも、何か理由があるのだろうか?
 魔眼が多いからと言って、それで友達じゃなくなるわけでも無し。話してくれる日がいつか来るだろう。


「それで、どう思った? クラスメイト全員に魅了眼を掛けたボクのこと、怖いっておもった?」


 口の端を歪めながら、ラピス君は僕にそう聞いた。


 この子は………はぁ。まったくもう。
 挑発するように聞いてくるけど、答えなんか最初から知ってるくせに。


「バーカ。僕はね、危ない魔眼を持っているからって理由でラピス君のことを嫌ったりしないし、怯える必要もない。僕が大事にしているのは僕と仲良くしてくれた実績だけだ。ラピス君は僕と友達になった。それだけで十分。」


 そういうと、目元を三日月形に歪める。
 判っていたこととはいえ、それを言葉にしてくれたことがうれしいんだろうな。


「というか、僕に魅了眼を掛けたところで、僕の中の1番はルスカだってことは変わらないし、そもそも、僕は“魔王の子”だ。僕の方が恐がられて当然なんだから今更そんなこと聞くのはやめようよ」
「クスッ、無粋な質問だったね」


 肩をすくめて僕から目を離すラピス君。


 何処を見ているのかと視線を辿ればじっと僕の皿の上のパスタを見ていた。
 クルクルと巻いてラピス君に差し出すと、パクリと食いついた。


 あらかわいい。


「それで、ラピス君は獣人族でありながら学年のトップに君臨していて、やっかみと獣人差別のおかげでどうにかなっちゃってるの?」
「まあね。」


 ラピス君はコクリとパスタを飲み込んでから話を続ける。


「クラスの方は魅了眼とその解除で少しずつ意識を改革してきたけど、問題は他のクラスの貴族の子達だ。」
「というと? 」
「貴族様を差し置いて、獣人の僕が“赤クラス”に居るのが気に食わないんだ。道を歩けばゴミ投げられるし、靴箱はゴミ箱になるし、寮の部屋もゴミ部屋になっちゃうんだ。参っちゃうよ。とくに生ごみはボクの鼻にはきつすぎるって」


 鼻をつまんで眉をしかめ、顔の前で手を振るジェスチャーをするラピス君。
 たしかに、獣人の鼻に生ごみはきついだろうね。


「入学した頃はクラスメイトからも獣臭いだとか獣人は森に帰れだとか、さんざん言われたよ。森に住んだことなんか一度もないのにね。親切で落し物を届けたら泥棒扱いされたこともあったなぁ」


 ギッ………と椅子の背もたれに体重を預けて上を向くラピス君
 おどけた雰囲気は今なお健在だ。
 辛くなかったわけではないだろう。それでも、彼は自分の生き方を貫いて、今ここにいる。


「未来視でこの未来も視えていたんじゃないの?」
「見えていたよ。辛そうだった。でもね、体験した後だって、人生をやり直したって、僕は何度でもこの学校に入学するだろうね。天秤にかける必要すらない。それだけ、ボクは学校に入学したことに後悔は無いんだ」


 なんでと聞かなくても、なんとなく察しはついた。
 上を見ていたラピス君は姿勢を正して僕の眼を見る。
 魔眼が使えるからなんだ。警戒心が無いと言われようと、僕はラピス君のことは信用できると思っている。
 それから眼を逸らすことこそ、無礼に値すると思ったんだ。


「ボクはリオル君が好きだから。リオル君はボクの命の恩人だし、もっと仲良くしたいって思ってた。“魔王の子”だとか関係ない。キミを支えられるボクになりたくて。キミの側に居たいから。だから、ボクは君に会うためだけに、この学校に入ったんだ」


 なんか告白されたような感じでむず痒い。
 ルスカの感情表現も一直線だけど、ラピス君もまた違ったベクトルから一直線だなぁ。
 なら、ちゃんと答えを返さないとダメだよね。


「僕もラピス君は好きだよ」
「お、相思相愛だね。結婚する?」


 返しはすぐに帰ってきた。まるで準備していたかのような返事に僕は苦笑する


「けっ………!」
「こ!?」


 若干2名。ラピス君のセリフに眼を見開いて口をパクパクしているバンダナ少女と長耳少女が居た。
 おーい、戻ってきて。男同士は結婚できないよ。


「コラ。自分から言っておいてふざけないの。好きって言ってもあくまで友達としてね。僕はラピス君が大変な思いをしているのを放っておけないよ。これからは僕が近くにいるから。頼りないかもしれないけど、絶対に力になるからね」


 ラピス君のおでこをデコピンしようとしたら首を振って逸らされた。
 右眉の上あたりをピンと弾く。
 さして痛くないだろう。


「クスッ、本当にやさしいなぁ、リオル君は。クラスメイトについてはもう大丈夫だと思う。魅了眼を使いながらだけど、少しずつみんなと話して、素でもちゃんと話せるようになったから。全員じゃないけどね」
「そっか」




 そんな僕の返事がそっけなかったのが気になったのか、ファンちゃんが不思議そうにボクに聞いてきた。


「ねえ、リオルは平気なの。さっきこの子、リオルも魅了したのよ? それに、クラスメイト全員を魅了だなんて、普通じゃないもの」


 なぜラピスと普通に話すことが出来るのか。
 なぜ、自分を魅了したラピスをそこまで信用しているのか。
 なぜ、クラスみんなを魅了するような危険人物の眼を見て話せるのか。


「そうだね、普通じゃない。でもねファンちゃん」
「?」
「僕らの存在だって、普通じゃないんだよ」
「………」


 それは、ファンちゃんだってよく知っていることのはずだ。
 答えは初めから自分の心の中にあったんだ。


「今更魔眼を使う子が近くに来たからって怯える必要はない。僕らみたいな子が増えたってだけの話だよ」


 うん、今僕いい事言った。


「おお、リオルくんの器は広いね!」
「………器に穴が開いているのよ」


 受け止めた側から漏れ出しちゃう!
 飴と鞭をいっぺんにもらったらさすがの僕も泣いちゃうよ!
 しかもファンちゃんが毒吐いたぁ! うぅ………ダメージがでかい


「それに、リオルはクラスメイト全員が魅了されているって聞いても全然動揺してないし………みんな彼の言いなりってことなのよ?」


 心配そうに横目でちらっとラピス君を見るファンちゃん。
 ファンちゃんの言いたいことも分かる。


 ラピス君は自分がクラスの頂点に立てるように、行っちゃえばズルをしたんだ。


「そう。でも、僕はそれが間違ったことだとは思わないよ。」
「な、なんでよ」


 まさか僕がそんな暴挙を認めるとは思わなかったのか、少し怯んで僕にきつい口調で問いただす


「“彼らがラピス君にそこまでさせるようなことをした”っていうことなんろうね。クラスメイト達が藪をつついて蛇を出した。ラピス君に手を出したから返り討ちに会った。それだけのことだよ。ファンちゃんだって、いきなり殴りかかられたら反射的に相手をブッ飛ばしちゃうんじゃないの?」
「………ない、とは言い切れないわ」


 ファンちゃんは自分のことを客観的によく見えているようだ。
 ファンちゃんは“やられる前にやる”をできる子だ。もしやられたら、“やられたら倍返し”を実践できる、その実力もある。


 やり返せる力があるのなら―――


「僕はラピス君に“いじめを甘んじて受け入れろ”なんて口が裂けても言えない。無力だった僕はあの頃は苦痛を受け入れるしかなかった。力があるのなら仕返しをしたいに決まっている。ため込んで、惨めに死んでしまうよりよっぽどマシだ」




 前世の僕が、強く渇望したことだ。
 やり返せる力があれば、学校そのものを、地球そのものを壊してやりたいと思えたほどに。


 だから、やり返す力があり、まだ自分に意思があるのなら、魅了でもいい。暴力でもいい。一泡吹かせてやればいいんだ。
 僕も一発銀介に殴り掛かって泡吹かせてやりたかったなぁ。そんな勇気も腕力も骨格も無かったけどね。


 胸の奥に無力感が湧きあがる。


 同時に、過去のトラウマを思い出して、意識的に止めようとしても手が勝手に震えていた。


「リオル君………キミは………いや、なんでもない」
「リオル………」


 ラピス君が何かを言いかけて言葉を止め、ファンちゃんも何かを言いたそうに僕を見ていた。


 きっと、ラピス君もどこかで疎まれてきたのだろう。
 ファンちゃんだってそうだった。


 唯一違うのは、神子として崇められるために産まれてきた、ルスカだけだった。
 そして、テーブルの上に置いた震える僕の手を、ルスカが身を乗り出して掴んだ。




「ルーはリオの言ってること、全然わかんないけど、リオが大変だったのは知ってるの。ファンちゃん、ラピスくんもいっぱいいっぱいだったから、仕方なくみんなを魅了したとおもうの」


 だが、ルスカは人の気持ちをよく知ることが出来るいい妹だ。


「ボクも苦労したけど、今はそれほど大変ってわけじゃないからそんな重い話にしなくてもよかったのに………ごめんね、なんか空気を悪くしちゃって」
「僕の方こそ。暗くなる事言っちゃった」
「………あたしも、ちょっと大人げなかったわ。仕方ない理由があって、やられたらやり返すのだって、理解できないことではないもの」




 全員が一度謝ったことで、堅苦しい空気は霧散した。
 ルスカのおかげかな?


 お礼にルスカのほっぺを撫でてあげることにした。
 にへっと表情を崩すのがかわいいのである。


「そういえば、ルスカちゃんとファンちゃんは運動がすごく得意なんだね。ボクも得意なんだけど、さすがに二人には負けるよ」
「その………おじいちゃんに、武術を教えてもらってる、から………」
「ルーもなの! シゲじいから色々教えてもらってるの!」


 ラピス君の話題転換に便乗してその空気はもう跡形も残らなくなった。


 どうやら、ファンちゃんもラピス君への警戒は少しずつ薄れてきたようだ。
 まだ人見知りが発動して眼を見れないしどもることもあるけれど、受け答えはしっかりしているし、仲良くなるまでにそう時間はかかるまい。




「リオルくんは、思ったよりも運動は苦手みたいだね」
「ほっとけやい」




 それにしても、クラス全員を魅了か。
 思ったよりも深い問題かもしれないな





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