受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第98話 ☆☆ラピスとの再会
「おお、リオルか。ちょっと急ですまんが、みんなを食堂まで集めてもらってもいいじゃろうか」
ルスカと並んで歩いていたら、シゲ爺が僕を呼びとめた
白髪の混じる深緑色の髪。そして立派なお髭
年老いている割にがっしりとした体格。
リョクリュウ伯爵領領主のシゲマル・リョクリュウ伯爵だ。
そんなシゲ爺に、僕は首を捻って言葉を返す。
「みんなって?」
「ファンとキラにマイケル、ミミロもじゃな。それと、ついでにアルンやリノンも呼んでくれたら助かるわい」
「いいよ。すぐに戻ってくるから。」
お風呂場で汗を流してすっきりしたおかげで、重い身体も何とか動けるようになった。
気分も明るくなるからね。気分転換にお風呂って大事だね。
それにしても、シゲ爺は何の用事なんだろう。
僕たちだけじゃなく、アルンとリノンの二人まで呼ぶなんて………
アルンとリノン。この二人は9歳でありながらリョク流格闘武術の道場に通っている若き双子の天才剣士である。
今はまだその幼さゆえに知能と腕力が足りないけれど、将来は立派な剣士に成れる器を持っているよ。
ちょっと問題行動が多いせいでいろいろやらかしちゃうこともあるけれど、そのたびに僕がおしりを引っ叩いて矯正してあげている。
アルンが時々おしりを叩かれるために何かをするときがあるから、もうどうしたらいいのかわからなくなってきたけどさ。
「ルーはファンちゃんとミミロの方をお願い。僕はキラケルとアルン・リノンを連れてくるから」
「わかったの!」
パタパタと走って行ったルスカと別れて風呂場のキラケルを呼びに行く。
その途中でマイケルがキラを押し倒している状況を視てしまったが、いつもの喧嘩だってことは誤解なんかしないで判っている事なので華麗にスルーした。
よく見れば振り下ろされそうな拳をキラが受け止めているだけだし。
なんというか、「ツルツル!」だの「ぺったんこ!」だの罵りながら殴り合いしているのを見ても、いつもの事かと納得してしまっている自分が恐い。
「ケンカはその辺にして食堂に集合。シゲ爺からの命令ね」
って言ったら二人とも喧嘩を止めてすぐに着替えて出てきてくれた。
言うことはよく聞いてくれる。いい子である。
というか、お互いに精神年齢は中学生くらいになっているはずなのにいまだに一緒にお風呂に入れるマイケルとキラは十分仲良しだ。
一応だけど、キラとマイケルの喧嘩にはルールがある。
僕が一度本気で怒ったから、それだけは遵守してもらっている。
それは『喧嘩に過去を持ち込まないこと』これだけである。
“今”のことで喧嘩するのは構わないけれど、たとえば「お前なんて○○だったくせに」といった現在の喧嘩の理由とは関係のないものを持ち込んだ場合は、喧嘩の理由に関係なく僕が言った側に制裁を加えているんだよ。
過去のことを掘り返せば、喧嘩はエンドレスになり、ゆくゆくは本気で憎みあってしまう。
キラやマイケルは表面上の仲が悪いけれど、ピンチになればいつも息がぴったりで協力的だから、そんなくだらないことで仲を違えることは、僕が許さない。
「さてと、アルンとリノンは何処かな?」
今の時間だったら、まだ【シゲ爺の館】に居るのかな。
【シゲ爺の館】とは、武術道場の武道館の総称だよ。剣術部門、空手部門、柔術部門、槍術部門、斧術部門と色々なコースに分かれているため、武道館の内部はかなり広い。
それぞれに門下生も多いため、別部門の門下生どうしが模擬戦をすることもあるそうだ。
「こんにちはー。おお、すごい熱気………」
シゲ爺の館に顔を出すと、今まさに総合試合の最中だったらしく、剣術部門のアルンとリノン。そして槍術部門の13歳くらいの少年たちが戦っていた。
9歳にして鋭い技を繰り出せるアルンとリノンが槍術の突きを躱し、懐に潜り込んで防具に木剣を叩きつけていた
アルンとリノンの勝利である。
体格差や長物をものともしないスピードと技のキレ。
13歳の少年たちも相当な使い手なはずなのだが、アルンとリノンは剣術の才能が道場内でもピカイチだったのだ。
運動能力が底辺の僕にとってはうらやましい限りだよ。
「やったわリノン! また勝ったわ!」
「やったねアルン! もう負けなしよ!」
そんな二人が手を取り合って喜びを表現する姿は、普段の生意気そうな見た目からは考えられない程に可愛いものだね。
「あ、リオル!」
「げ、リオル…」
二人が僕の存在に気付いたみたいだ。
薄緑色の髪をしたアルンはなぜか熱っぽい視線を僕に向け、
黄緑色の髪をしたリノンは畏怖のこもった視線を僕に寄越す。
そんな対照的な二人の反応にも慣れたものなので
「やあ、シゲ爺がお屋敷の食堂まで来てくれってさ」
試合が終わったことなのでアルンとリノンを借りる旨を師範代に知らせてから用件を伝えたよ。
「シゲ爺さまが?」
「一体何かしら?」
首を捻りながらも僕の後ろについてきてくれる
さっさと用件だけを伝えて僕もシゲ爺のお屋敷に戻ることにした。
まだまだ体力に余裕がありそうなアルンとリノン。
いいな。僕もそのスタミナが欲しいよ。
☆
食道に到着すると、シゲ爺が上座に座って僕たちを待っていた。
「あ、ルスカ!」
「むー! リオから離れるのー!」
が、その前に、僕の後ろについてきたアルンとリノンに向けて睨みを聞かせるスイートエンジェル、ルスカたん。
リノンがルスカを見て嬉しそうに声を掛けるが、不愉快そうに僕とアルンの間に入って通せんぼ。
そのかわいい嫉妬がまたうれしい。
ルスカに手を引かれて僕はルスカの隣の席に腰を下ろす
もう周りにはミミロとキラケル、ファンちゃんが座っていた。
皆が僕が戻ってきたことを嬉しそうに見てくる。
さらにはルスカのそんな行動に微笑むミミロとファンちゃん。
「全員集まったようじゃな。」
そんな僕たちを見回して全員が揃ったことを確認したシゲ爺は、顎を撫でながら席を立った。
その様子を黙って見つめる。
シゲ爺は何処か真剣みを帯びた表情で、右手に一つの文書を持っていた。
あれは………飛竜便?
緊急のお手紙か何かかな?
「お前たちは、学校には興味ないかの?」
何を言うのかと思えば…………
「学校? 嫌に決まってんじゃん。なんで危険を冒してまでいじめられに行かないといけないの?」
「うゅ………いじめられるの?」
「そうなのでありますか?」
「当然じゃん。僕たちをなんだと思ってるの? 僕は魔王の子だよ?」
「あ、あたしも嫌よ。いやな眼で見られるもの」
そう、僕たちは人の眼を最大限に気にして生きて行かなければならない集団だよ。
魔王の子、神子。紫紺竜、黒竜、白竜。暗黒長耳族
全員突然変異。“古代種”だ。
しかも学校って言ったら、この世界じゃ貴族の子達が通うものくらいしか想像ができない。
一般教養とかなら道場で開かれる座学で充分なのだから。
学校なんかに行ってしまえばどうなってしまうかわからない。
だから学校なんて行きません。当然です。
学校でいじめられて指を切り落とされたこと、汚物を食わされたこと。眼を潰されたこと。窓から投げ落とされて、殺されたこと。
すべてがフラッシュバックしてきて、思わず手が震える。
そんな僕を見て、心配そうにルスカが手を握ってきた。
顔色も悪かったかもしれない。
「それにさ。一般常識は赤竜戦士長のイズミさんに、魔法理論は紫竜族長ゼニスのお供についているフィアル先生に教えてもらったし、今更学校に行く必要もないんだよ」
赤竜戦士長のイズミさん。彼女は紅竜と呼ばれる僕たちと同じく古代種であり、数百年に一度生まれる希少な竜である。
古代種は特別な能力を持っており、他の竜に比べても能力が高い。
さすがにまだ族長のレベルには達していないけれど、魔力だけで比べるならルスカに匹敵するものを持っているんだ。
そして、人間族のフィアル先生。彼女は人間族でありながら魔法のスペシャリスト。
独自に開発した天才的魔法理論による魔法の“最適化”を考案した人物である。
ただし、教え方は苦手な天才タイプなので教えられる側には相当苦労を強いられちゃうけどね。
「魔法に関して言えば、僕とルスカは学校の先生たちよりも100年分は先に進んでいるよ。今更教わることはないって」
僕は肩をすくめて首を振る。
「僕らの修行だって途中なんでしょ? 凄くキツイけど、それを途中でやめるわけにはいかないよ。僕、接近戦もずっと弱いままなんて嫌だもん。」
総合試合を僕が行っても、体格が似ている子とやっても勝率はよくて3割だ。
体格が似ていると言っても、相手が9歳の男の子でこちらが7歳だったりするんだけどさ。
しかも、試合形式だから先に攻撃を当てた方の勝ち。つまり、実戦だったら腕力の差で普通に僕が負ける結果だってことだ。
「なるほどのう………」
僕の言い分に髭を撫でて考えるシゲ爺。
即答はしたけれど、ちゃんと考えて断った結果なんだ。
理由をちゃんと聞いてくれたシゲ爺はどう返してくれるだろうか。
シゲ爺だって、本当は僕らの修行を中途半端で投げ出させたくないはずだ。
「アルンとリノンはどうじゃ?」
「わたしは、リオルが行くなら行くわ」
「わたしは、ルスカが行くなら行くわ」
なんだその理由。
他人の判断に任せてはいい大人にはなれないぞ。
考えることを放棄すれば、成長が止まるんだ。
「わたしたちも、寄宿舎で座学の勉強をしているもの。」
「学校で習うことは武術と一緒にそこで習っているからね」
と思ったら、行かなくても問題は無いと、ちゃんと答えは出していたようだ。
「ふむ………」
シゲ爺は目を瞑って髭を撫でる。
「まぁよい。ワシも修行が中途半端になるのを良しとはしないのじゃが」
よかった。学校に行かなくてもいいんだ。
ふとした拍子にバンダナが外れてしまったら目も当てられない。
人に見られる危険を少なくして、ひっそりと楽しく暮らせればそれでいいよ。
「とりあえず、この手紙を見てから考えてみるのじゃ」
「ふに?」
シゲ爺から渡された文書。
とりあえずそれを広げてみると………
周りにミミロやマイケル、キラにルスカにファンちゃん。ついでにアルンとリノンも覗き込んできた
はてさて、なにが書いてあることやら
「んなぁ!?」
☆
「それじゃ、行くよ。【ゲート】!“王都”まで!」
1週間後。僕たちは旅立ちの準備を済ませてリリン王国の王都に向かって“転移”した。
シゲ爺から渡された手紙は、フィアル先生からだった。
フィアル先生が、学校の先生になっていたんだ。フィアル先生が本当に先生になっちゃったらしい。
フィアル先生が先生をしているということならば、【ゲート】の魔法でいつでもこの伯爵領に帰って来れることになる。
つまり、ここで修行を続けながら学校の授業も受けることが可能になると言う。
なんだその地獄みたいな生活。………たのしそうじゃねぇか!
フィアル先生が言うには、自分の魔法理論を実践してくれた僕たちが………一緒に過ごしたこともある僕たちが居た方が新任の先生として気が楽だから来てほしい、と。
たしかに、初めても場所に一人で配属されれば不安にもなる。
僕も恩人の頼みであれば断りづらい。
学校自体はあまり乗り気では無かったけれど、フィアル先生からの頼みとあればむしろ喜んで恩を返したいくらいだ。
それと、3年前に出会ったウサ耳少年のラピス君もその学校の首席に君臨しているという。
なつかしいなぁ、ラピス君。一瞬名前を聞いても誰かわからなくなってしまったけど、ウサ耳という単語で思い出した。
最近はその頃の記憶がおぼろげになってきていたよ。
でも、ローラや他の女性たちを盗賊から助けたあの事件は割と衝撃的だったから、ちゃんと記憶には残っているよ。
ラピス君は僕と一緒に盗賊から助けてくれたフィアル先生のことを覚えており、話してみるとラピス君は僕に会いたがっていたそうだ。
僕も久しぶりに会いたい。
だから、学校に行くことにした。
頭の髪についてはばれないように細心の注意を払おう。
ラピス君は、僕が“魔王の子”だと知ってなお、それでも僕と友達になってくれた男の子? だ。
たぶん男の子なんだけど、ちょっとラピス君も中性的な子だったからよくわかんないんだよね。
2年も前だから記憶もだいぶあやふやになって来てるし。
でも、そんなラピス君は僕と友達になってくれたからこそ、ファンちゃんに対してもおかしな偏見を持ったりしないはずだ。
彼があの頃と変わっていなかったら、ね。
「迎えに来てくれてありがとう、フィアル先生」
「ううん。私が頼んだことだからね。さ、この【ゲート】を潜ったらもう王都だよ」
フィアル先生の“無属性魔法”は門魔法。【ゲート】だ。
自分の記録した座標まで、一瞬で繋ぐことが出来る移動魔法だ。
フィアル先生が記録できる座標の数は魔力総量によって変動する。
だが、魔法の天才であり、魔力の量も普通の魔法使いからも飛びぬけているフィアル先生は、今は7つの座標を記録できるってさ。
一つはリリン王国の王都。
一つは自宅。
一つは紫竜の里。
一つは赤竜の里。
一つはリョクリュウ伯爵領。
一つは空き。
一つは空き。
去年までは6つまでしか記録できなかったのだけど、この一年でまた魔力総量が増えたらしく、記録できる座標も増えたようだ。
今なら超級魔法使いの魔法も使えそうだね。若き天才………おそろしや。
そんなフィアル先生がシゲ爺のお屋敷まで迎えに来てくれて、僕たちはゲートを通ってリリン王国の王都に向かうことになった。
学校に行くことになったのは、僕とルスカとファンちゃん。
そして、アルンとリノン。この5人だ。
ミミロとキラとマイケルの三竜は一緒に王都に来たけれど、寝泊まりはフィアル先生の【ゲート】でシゲ爺のお屋敷で済ますようだ。お金が掛からないから経済的である。
大陸を移動するわけではないため、【ゲート】を使用する際に魔力の消費はさほど多くはないそうだ。
これで安心してシゲ爺の元で修業を積めるね
学校の無い日はシゲ爺の元で修業をして、学校が終わったらシゲ爺の元で修業をして、学校の無いミミロとキラとマイケルに至っては、修行を続けるなり、僕らが学校に行っている間は“冒険者”としての活動を始めるなり、自由な時間があるっぽい。
「でも、なんでフィアルが先生になっちゃったの?」
「えへへ、私も一応そこの学校を首席で中退した実績を持ってるからね。教職に就かないかって実家に手紙が来たんだよ。ゼニスさんとも相談したうえで先生をしているから、ゼニスさんが呼んだらわたしはそっちを優先しようと思う。どうせ臨時教師だしね。」
ゼニスと一緒に冒険者活動をしているフィアル先生。現在のランクはAランクらしい。
一流の冒険者としてちょっとした有名人でもあるフィアル先生がなぜ学校の先生なんかをしているのか疑問に感じて聞いてみると、なんとも言えない答えが返ってきた。
そっか。そういや14歳くらいの頃に家に借金があって、学校を中退せざるを得なくなったって昔聞いたことがある気がする。
それでも教師になったことを嬉しそうに僕に語る姿は、夢を語る中高生くらいの少女にしか見えなかった。
彼女の学校生活は、6年の時を経て、今度は教師という立場から再びスタートを切ることになるとは、当時のフィアルは思っても見なかっただろうね
「なるほどね………でも、できるの? フィアル先生って教えるのヘタクソじゃん」
「ええっ!? そうなの!?」
「気づいてなかったの!?」
「ちゃんと理解してくれていたからてっきり私の指導のおかげかとばかり………」
フィアル先生がなまじ天才タイプである故、教える方が苦手であることを指摘すると、そりゃあもう大層に驚かれちゃった。
むむ、雲行きが怪しくなってきたぞ?
「………フィアル先生の担当のクラスは?」
「魔力値が最も高い、第2学年の“赤”クラス………たぶん、リオル達もここのクラスなんだけど………」
この世界は、なんでもかんでも色分けする傾向にある。
大きく分けて虹の色だ。
7段階評価で、“赤”が最もいい評価で、“紫”が最も低い評価となる。
つまり“赤”クラスとはもっとも将来を期待されている子供たちの集団だということだ。
将来は前線で戦うことになるのやら、宮廷魔術師となってお城でぐうたらと過ごすのかはわからないけれど、僕の敵にはならないでほしいな
「赤………。ま、まぁ。僕もできるだけのフォローはするよ。」
「ルーもがんばるの!」
「き、期待しているよ………?」
何はともあれ波乱万丈そうな学園生活の予感がするよ。
☆
「それでは、自己紹介をお願いしますね」
やさしい声が空き教室内に響き渡る。
僕らの担任になる予定のフィアル先生が、僕たちに向かって自己紹介を促した。
「リオルです。特技は火魔法と土魔法を少々。あと東大陸の人間語を聞くだけならできます」
「ルスカなの! 水まほうと風まほうができるの!」
「………ファン・リョクリュウ、です。種族は長耳族で属性は“光”と………“闇”です」
僕たちは3人で編入試験を受けてるんだ。
まぁ、当然かな。一定の魔力があることを証明しなければならないのだし。
アルンとリノンの二人は先に受験していて、魔力の量も計り、魔力量は一般人から比べれば比較的多い方。
初等部4年生、緑クラスに配属になったとか。
「わかりました。チッ、闇属性ですか………ん? リョクリュウ? リョクリュウといったらクロッサ王国のリョクリュウ伯爵の………?」
「おじい………シゲマルは、あたしのおじいちゃん、です。」
用紙に何かを記入していた試験官の一人が顔を上げてファンちゃんを見る。
一瞬、ファンちゃんの顔にある火傷の痕を見て顔をしかめる試験官。ファンちゃんが闇属性だと知るととたんに態度を悪くするが、ファンちゃんの名字である“リョクリュウ”に気付くと今度は途端に顔色を悪くした。
やはり闇属性というものは敬遠されているものなんだな。
シゲ爺にもそこのことはどうすればいいのかを聞いたところ、シゲ爺は『ワシの名前を出せば大抵はなんとかなるじゃろう』って言っていた。
大正解じゃないか。属性が魔族や悪魔の象徴である“闇”であっても、シゲ爺の名さえあれば押しとおれるなんて!
世界中でシゲ爺の名を知らない人は居ないはずなんだ。なんせ、シゲ爺は生きる伝説とまで言われている人なんだから。
「ファンちゃんはリョクリュウ伯爵からの推薦で、私が連れてきました。こちらのリオルたちも同様です。」
「なんと………」
補足説明するフィアルに、他の先生たちも感嘆のため息を吐く。
生きる伝説からの推薦は期待がでかいのだろう。
当然だ。なにせ、全員古代種と呼ばれる種族の突然変異した子達。最高のポテンシャルを秘めた子供なんだから。
全員賢人級以上の魔力を持ってるよ。
僕の場合は魔力を圧縮して外に漏れださないようにしていたから、他の人も魔力を感じずにあまり強くは見えないらしいけどね。
「全員が2属性とは………コレは期待できそうですね………」
先ほどファンちゃんに舌打ちをした教師の一人が、今度は熱い手のひら返し。
うん。この先生の名前は―――アントン・ブリッツ先生か。
ネームプレートがあったから名前はすぐに分かった。
たぶん、僕はこの先生のことが嫌いだ。
前世のクラスメートたちと同じにおいがする。
なぜなら、前世の僕のクラスメートたちも、友達だと思っていたのに、最終的には僕を面白半分で窓から突き落として来たんだから。
自分より上の立場には媚びへつらって、下の人間に対しては興味がなく平気で人を売るタイプ。
用心しておこう。
僕は【糸魔法】でファンちゃんに糸を繋ぎ、“念話”で会話をする。
『ファンちゃん、たぶんシゲ爺に取り入ろうとしている先生だよ。入学したらこの先生には気をつけて』
『………わかったわ。でも、なんでわかったの?』
『ああいう人種は昔からさんざん見てきたからね。』
『そう………あたしも、この教室に居る先生は、フィアルさん以外は好きになれそうにないわ。』
そうだよね、勇気を出して包帯を巻かずに面談に参加しているファンちゃんに、不躾な視線を寄越したんだもん。
まぁ、火傷の痕があるのだからしょうがないけどさ。闇属性だからっていきなり舌打ちする先生を、明らかに蔑視する先生を好きになれと言われても不可能だろう。
『コレも予想できたことだから、ファンちゃんは学校に来なくてもよかったのに。これは僕たちとフィアル先生の問題なんだしさ』
『ううん。リオルが行くなら、あたしも行くわ。心配だもの』
『………ありがと。』
恥ずかしがり屋で引っ込み思案の女の子が僕をこんなに心配してくれている。
僕のフォローまでしてくれる。
うれしい限りだよ。僕もそんなファンちゃんに応えてあげたい。
がんばろう。
「それでは、こちらの水晶に触れてもらってもいいでしょうか」
別の先生が用意した水晶玉が目の前にでんと鎮座している。
これはなんだろうと首を捻っていると、「魔力の量を測定する光水晶だよ」とフィアル先生が教えてくれた。
属性を調べる水晶もあるけど、とりあえずそっちだそうだ。
属性を調べられても問題ないんだけどね。
ファンちゃんにだけ重荷を背負わせるわけにもいかないしさ。
だから、ちゃんとファンちゃんをフォローしてあげよう。
でも、この学校で特に大事なのは属性よりも魔力の量である。
魔力の量が多ければ、剣士でも有利だし魔法でも便利だからだ。
剣士だって、魔力で肉体を強化して戦っている。
ごく一部の達人は【魔闘術】という魔力を物質化させ、防御力攻撃力速さ、すべてを引き上げる技術を使うし、世の中は魔力の量ですべてが決まってしまう。
魔力の量が多ければ、それだけ強い魔法が、強い剣技が放てるってことだからね
「ルーからするの!」
水晶を興味津々に見ていたルスカが一番にチャレンジするみたいだ。
ルスカは仮にも神子だからね。
水晶玉がピッカー! と光って教師陣が度胆を抜かれていた。
「す、すごい! もう中級以上の魔力を持っているなんて!」
当然だろう。自分たちよりも多い魔力を持った子供など、見たこともなかったはずだ。
でも、もっと光ってもよさそうなのにな。
そう思っていたらフィアル先生が一定以上の魔力を持っていたら、それ以上は光らないと教えてくれた。
なんだ。じゃあ賢人級以上の魔力を持ってても変わらないってことね。
「おお! この子もすごいぞ!」
ファンちゃんも同様に大きな光で教師たちを驚かせていた。
当然だ。そもそも種族的に魔法が得意の長耳族だし、ファンちゃんも出自が特殊だからね。
「それじゃ、最後は僕だねー」
僕は体から魔力が溢れないように圧縮しているから水晶に触っても初めは何の反応も示さなかった。
「「「 ……… 」」」
教師陣の反応も薄い。
当たり前だ、先ほどからすごい結果が出ている中で、水晶が何の反応も示さないんだから。
けれど、その時の教師陣のがっかりした表情と、ゴミを見るような眼がなんかすっごくむかついたから、“魔力譲渡”で水晶に無理やりちょこっとの魔力をおくったところ、同じようにピッカー! と光り輝いて教師陣も腰を抜かしていた。
「僕は魔力の操作の方もある程度できます。二人よりもちょっと多いくらいかな。」
そう言って僕は笑顔の仮面を貼り付けつつお茶を濁した。
だって、圧縮した魔力を元に戻すやりかたを長い間忘れちゃっているんだもの。しょうがない。
僕らの本当の魔力の量が知りたいんだったら、【魔力眼】を持つ人を連れてこいってかんじ。
魔眼は無属性魔法とは比べ物にならないくらい珍しいモノらしいし、僕の知り合いにはラピス君とゼニスくらいしかいない。
「すばらしい! 是非我が校に入学していただきたい!」
長い髭が特徴のおじいさんが手を叩いて歓迎した。
学校の校長先生だろうか。“ヴェルカ・ホルン”という名前らしい。
校長先生はどんな人か、想像もつかない。事前情報をシゲ爺にでも聞いておけばよかったな。
こちらを値踏みするような視線は、まあ入学するのは僕たちだから当然なんだけど、ルスカやファンちゃんを見て、ニッと口角を上げるのだ。
ロリコンってわけじゃないだろう。単にルスカやファンちゃんの魔力の量をよく把握しているって感じ。
「ん?」
「どうしたの、リオル?」
声を掛けてくれたファンちゃんには答えず、思考を続ける。
魔力を見ることが出来るのは、賢人級以上の魔力の持ち主だけ。
賢人級なんてそうポンポンと現れるわけがない。でも、魔法学校の校長先生くらいの人物だったなら?
魔力を漏らさない僕よりも、ファンちゃんやルスカを見るのは納得できる。
ヴェルカ先生が賢人級以上の人だった場合、ファンちゃんとルスカの異常性は、もう知られてしまったということか。
「なんでもない」
「そう………」
フィアル先生のためとはいえ、来ない方がよかったか?
波乱万丈で窮屈な学校生活になりそうだ。
☆
僕らのクラスは、当然のように最上位の赤クラスとなった。
「それでは、今日から2年生に進級したみなさんの新しく担任になった、フィアル・サックです。よろしくおねがいします」
フィアル先生が笑顔を浮かべながら頭を下げる。
「そして、今日からこの学校に編入生が来ました。みんなで迎え入れてあげてください。では、入ってきてください」
教室の外で待たされて、フィアル先生の合図で教室に入り、教卓前に立つ。
うう、緊張してきた。
バンダナは大丈夫? 髪がはみ出てない?
よかった、大丈夫そう。
「それでは、自己紹介をお願いします」
「リオルです、よろしくお願いします。」
「ルスカなの!」
「ファン・リョクリュウ、です」
フィアル先生の紹介により、名前を告げて頭を下げる。
コレでいいかな。
もっとしっかりと自分のことを教えるべきだっただろうか。
“ルスカにちょっかいを出したヤツはぶっ殺す”くらい言えばよかったかも
緊張したまま、おそるおそる顔を上げると、この教室の中では一番目立っている薄い桃色の髪をした中性的な少年が居た。
中性的な少年は僕を見て、嬉しそうに口元をにんまりと歪める
その少年の頭には、ウサギの耳が付いていた
「あ………」
「クスッ♪」
目が合うと、彼はその赤い目を細めて微笑んだ。
かと思ったら、おもむろに席から立ち上がり僕たちが立つ教卓の前まで歩いてきた。
突然の行動に周囲の人たちも何事かとウサ耳の少年を目で追う。
「………♪」
僕の眼の前までやって来たその少年は、一言も話さないまま、右手を上げた。
その手の平には、本来、兎には存在しないものが付いていた。
それはとても柔らかそうな肉球だ。
僕も彼に釣られて左手を上げると―――
―――パシッ
と、その手を合わせて指をからませる
ぷにっと肉球が潰れた。やわらかい。
「久しぶりだね、“ラット”くん」
「そんなネズミみたいな呼び方は嫌だな」
「自分でそう呼べっていったじゃないか!」
ズビシッと右手でチョップを入れる。
「あでっ!」
まったくもう、本当にこのラピス君はまえ会った時から全く変わらないな
ラピス君は嬉しそうに叩かれた頭をさする。
「そうそう、ボクはそういうのが欲しかったんだ、リオルくん」
「ラピス君は変わらないね、どうしてこの学校に?」
「ここに来れば、キミに会えるから。3年間、ずっと会いたかったよ。リオルくんはずっと、ボクにとってのヒーローだから」
キラキラとした目で語る。その眼は何? 魅了眼? それともただの心酔?
それに、ここに来れば僕に会えるってのはどういうことなんだろう?
まるで僕がこの学校に入ることが判っていたかのような口ぶりだ。
フィアル先生がネタバレしていたのかな。
いや、でもフィアル先生が先生を務めるのは今年度からのはず。
それ以前からラピス君は僕がこの学校に入ってくることを知っていた?
そんなわけない。いつもの冗談か。
うーん、それにしても周りを見渡せばこのクラスは貴族っぽい恰好の子供たちが多いな。
貴族風の恰好をした子供たちがポカンとした表情でこちらを見ていた。
ラピス君以外はみんなそんな感じだ。
ファンちゃんとルスカも同様にポカンとして僕らを見ていたもん。
一部の貴族は獣人族を差別している節があるし、その中に獣人が一人。
というか学校内でみても、獣人種はラピス君しかいないかもしれない。
悪目立ち………しそうだな。
だというのに、こんなイケメンスマイルを向けてくるラピス君。彼がどれだけ僕に会いたかったかというのが伝わるよ。
「大変だったでしょ。赤クラスって貴族がいっぱいだって話だし、ラピス君は獣人族だから差別があったりしたら………できる限りの手助けはするつもりだよ」
「大丈夫。このクラスのみんな、ボクのことが大好きだから」
………。
……… へ?
「みんな、この人が、ボクが前に言ってたボクのヒーロー。リオルくんだよ」
ラピス君はクルリと身体の向きを変え、ぽかんとするクラスメートたちにニンマリと微笑みながらクラスの子達に僕を紹介する。
―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「うわっ! びっくりした!」
その瞬間、歓声が上がる。大合唱だ。
ビリビリと空気が振動してすりガラスがガタガタと揺れているではないか!
ファンちゃんとルスカは思わず耳を塞ぎ、反応の遅れてしまった僕は耳がキーン! てなった。
ラピス君は口元をω←こんなふうにして笑みを浮かべながらも器用に耳を畳んでいた。
なんだなんだ!? いつからギャグ漫画になったんだ!?
僕みたいな貴族でもない普通の男の子がこのクラスに来てしまったら絡まれて因縁つけられて恥ずかし懐かしのイジメ生活が始まるはずだというのに
こう、「おめーの席ねぇから!」ってさ。
「クスッ、実はね、リオルくんが来る前に、ボクを助けてくれた時のリオルくんの話をみんなにしていたんだ。だからみんな初めからリオルくんにはいい印象しか持ってないよ。キミが“魔王の子”だってバレても多少は信用が残ってくれたらいいなと思ってね………っと、リオルくん?」
あざとくウインクをしながら人差し指を立てて小声で僕にそう語るラピス君。
感動のあまり、思わず彼を抱きしめてしまった。
嫌われることしかできない僕の為に、出会って1時間ちょっとしか話していないはずの僕の為に、3年の歳月を経てなお、ここまでしてくれたんだ。愛しくて仕方ない
涙が出てきた。
「あ、ぁぁあ、ありがとう、ラピス君!!」
「クスッ、お安い御用」
ラピス君が………めっちゃいい仕事をしているっ!!!
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