受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第94話 ★Shall We Dance?

             ☆ ファンSIDE ★




 魔王の子に、恥ずかしい所を見られてしまった。
 一人で詩を呟いていたら、急に後ろから現れるんだもの。


 びっくりしてしまったわ。


 ………。


 彼は逃げてしまったあたしを追いかけてきてくれたのよね。


 彼のコンプレックスの象徴である、漆黒の髪を晒してまで、あたしに発破を掛けてくれた。
 決してやさしい言葉などではなかったけれど、それは、確実にあたしに勇気をくれた。


 あたしも、彼の言葉を聞いて、優しくして貰いたかったわけではないと思い知った。
 ただ、認めてほしかったのよ




 醜くてもいいよって。ただ、それだけ。


「王子様は………いない」


 ポツリとつぶやく。
 そう、王子様は、居ない。
 あたしを連れだしてくれる人など、都合よく居るわけじゃない。


 人は皆、自分で行動を起こして過ごしている。
 行動を起こす気もない、俯いて待っているだけの女に、誰が手を差し伸べるものか。


 夢を見過ぎだ。


 バシッ! と両手で顔を力強く叩くとヒリヒリとした衝撃が掌と頬に伝わる




(ホンマにええ子やな、あの子)


「ええ、本当に。」




 あたしの契約精霊のリャオタンが心の中で囁く。
 彼女を顕現させるために、あたしは手のひらを泉の水に浸し、魔力を送る。


 すると、泉の水で形を成したリャオタンが姿を現した。


『魔王の子こそ、ファンちゃんがずぅーっと待ってた王子様やったりしてな』
「………どうだろうね」
『なんてったって、魔なんやし』


 そうね、でも、王子様は優しくなかった。
 ダンスに誘ってくれなかった。
 むしろ、それが彼の優しさなのかもしれない。


 でも、それが普通よね。待っているあたしは、一体何様なのよ
 だから、彼があたしにチャンスをくれたのだ。
 わざわざ、彼があたしを誘うのではなく、あたしが彼を誘うために。


 あたしが、魔王の子と………いや、“リオル”と友達になるチャンスを。




 あたしは立ち上がって、腕の火傷の痕を隠しているリボンに手を掛け、それをはぎ取った。




『吹っ切れたみたいやな』
「ええ。いつまでもうじうじしているのは、格好悪いもの。あたしは、彼に嫌われたくないわ」
『ニシシ、恋する乙女の顔してんなぁ、ファンちゃん』
「こっ………!」




 恋!?
 何を言うのよ、リャオ。


『ええんちゃうのん? リオルはちゃあんとファンちゃんのことを理解して引っ張ってくれる。ファンちゃんもリオルに好かれとるっちゅうことや。なんや両想いやん。なにを心配してんの。』


「とにかく!」


 あたしはリャオの声を遮って、立ち上がる。
 顔が熱くなんかない。赤くなってもいない! ないったらない!
 リオルに撫でられた頬がまだ感触が残っている気もしない!


「“リオル”がくれたチャンス。リオルにもらった勇気。彼の為に使えるのなら、こんなにいいことはないわ」


『………誘う気やな?』
「ええ。」
『ほんなら、身だしなみ。整えよか。』


 頬に着いた血の跡を泉の水で洗い流し、少し土のついたワンピースは、一度おじいちゃんの家に帰って替えてしまおう




                 ☆リオルSIDE★






「ファンちゃん、きてくれるかな」
「きっと来るよ。」


 広場のベンチに座り、ファンちゃんを待つ。
 ブラブラと足を浮かせていると、ルスカが僕の手を握ってきた。
 僕もそれを握り返す。


「ファンちゃんはすごく成長している。人前に出るのが恥ずかしくてシゲ爺の後ろに隠れていたあの子が、僕を慰めてくれたんだよ」
「うん。」
「ファンちゃんは、絶対に来る。」




 負けず嫌いなところもある。そんな彼女の背中を、ほんの少しだけ押してあげただけだ。




「もしかしたら、ちょっとおめかししてくるかもしれないね」
「じゃあ、すこしおそくなるの?」
「たぶんね。でも楽しみだ。」
「そうだねー」




 ルスカは僕の手を握ったまま、僕の肩にコテンと頭を乗せる。
 そんなルスカの頭に、僕はほっぺを重ねる。


 そして、ねこのようにすり寄ってくるルスカ。
 ああもう、かわいいなぁルスカは。




「あれ? リオル?」
「どうしたのですか?」


 ルスカと二人で待っていたら、フィアル先生とイズミさんの先生コンビが現れた
 この二人は、精神年齢が近いからなのか、かなり仲良しらしい。


 イズミさんから聞いたけど、コイバナで盛り上がるとかなんとか。


「ファンちゃんを待ってるんだ」
「あの包帯の子だね」
「友達になったのですか」
「いいや、これから友達になるところ、かな。」


 ルスカとファンちゃんは友達と言えるだろうが、ファンちゃんが逃げ出す前に露店を巡っている時には、ファンちゃんは僕に対してどこか遠慮しているような雰囲気があった。


 まだ少し壁があるのだろう。
 今、ファンちゃんがそれを打ち砕くための準備をしているんだ。


 気長に待とう。


「あ、そういえば、さっき褐色の肌で麦藁帽をかぶっていた女の子とすれ違ったけど、その子かな」
「きっとそれがファンちゃんだよ」
「お屋敷の方に歩いて行ってたけど、大丈夫?」
「僕が待ってるって言ったからね。いそいでおめかししてるんじゃないかな。さっきまで着ていたワンピースはもう今日は着れないだろうしね」


 なんてったって、血が付いているのだから。
 僕の場合は傷がついたのは腕だけだったし、その腕も腕まくりしていたからか、奇跡的に服は汚れていなかったもん。
 さすがに血を洗い流すためにルスカの水魔法の力を借りたのは許してほしいけどね
 少しだけついてしまった血飛沫も、一応ルスカの水魔法で濡らしてから蒸発を繰り返してシミを抜いたよ。


「わたしはそのエルフの子とはあまり接点はありませんが、日に日に表情が明るくなっているように感じました。リオルのおかげですか?」
「ううん。それはファンちゃんの努力と、ルーのおかげだと思う。ルーがファンちゃんと友達になったから、ファンちゃんの表情も明るくなったんだと思うよ」
「にへへ~♪ ファンちゃん、とってもいい子なの!」


 僕の肩から頭を上げたルスカがファンちゃんの良さを説く。
 うん。僕もファンちゃんがいい子だって知ってる。
 彼女は強い子だ。


 だから、トラウマだって克服して見せた。
 あとは、必要なのは勇気だけだからね。




 暇を持て余していたのだろうか、イズミさんとフィアル先生は僕たちの近くのベンチに腰かけた。
 どちらも美人だから、ナンパ男もよく現れる。


 片膝をついて『いっしょに踊ってくれませんか?』
 二人はそれを断った。何度も何度も。


 あは、モテモテだね。


 ………ファンちゃんも、今から彼らと同じことをするのだ。
 僕が御膳立はしたけれど、行動を起こすかどうかはファンちゃんしだい。


 でも心配はしてないよ。
 優しいファンちゃんなら、絶対に来てくれる。
 ファンちゃんは強い子だからね。


「あ、きたの!」
「………ほらね。」


 ニヤリと笑ってルスカの方を見る。
 ルスカも僕を見て微笑んだ。


「ファンちゃん!」


 ルスカがファンちゃんを呼んで手招きをする。
 すると、すぐに僕の頭上に影が差した。


「待たせてしまったかしら。」


 その声に従って顔を上げれば、そこには、覚悟を決めた、一人の美しい女性が居た。




                ☆ファンSIDE★




「ファンちゃん!」


 広場に着くと、リオルがベンチに座って待っていた。
 さすがに公衆の面前で黒髪を晒すわけにはいかなかったらしく、水色のバンダナを巻きなおしていた。
 リオルの隣にはルーが腰かけており、あたしの姿を見るなり、嬉しそうに声を上げた
 ルーの手招きに従って近くまで行く。


「待たせてしまったかしら」


 あたしも、ルーの笑顔を見ると自然と口角が上がってしまう。
 ずいぶんと待たせてしまったのかしら。
 それなら申し訳ないわ。


「そのふく、とってもかわいいの♪」


 しかし、待ってはいても、ここに来ることを微塵も疑ってなかったらしく、ほんの少し安心した。
 彼らの期待を裏切らなくて済んだのだから。


 あたしは一度お屋敷に戻ってから髪の色に合わせた、足にスリットが入った、オレンジ色で牡丹の華の模様が刺繍された特殊な服に着替え、髪のシニヨンをまとめるシュシュを彼のバンダナと同じ水色のリボンに替えて。
 前髪で、右目付近の火傷の痕を隠しながらも、右腕の火傷の痕は完全に露出されている格好である。


 ちなみに、一度お屋敷に戻った時。
 おじいちゃんの屋敷の前には、先ほどの酔っ払いたちが倒れていた。
 その周りには黄竜族長のニルドさん。
 橙竜族長のアシュリーさん
 そして、藍竜族長のアドミラさんがおり、あたしが近くに寄ると、何も言わずに3人組の方に誘導された


 もう、彼らの言葉は気にならない。
 リオルの言うとおり、彼らには見る目が無いのだ。


 彼らは人を見た目で判断する愚か者なのだ。


『思いっきり殴っても罰はあたりませんよ。シゲ爺から許可ももらっています』


 アドミラさんがそう言うが、すでにおじいちゃんに殴られていたのか、ボロボロの姿だった。
 衛兵さんが縛っていた縄もない。おじいちゃんは顔が変形するまで殴った後は、放置するってことかしら。


 そんな姿を見て、ほんの少しスッキリした気持ちになる。


『殴る価値は無いわ。』


 そう答えた時、普段のように言葉が詰まってどもることもなかった。
 覚悟を決めたからだろうか。


 その様子を見て、ニルドさんが口元をω←こんなふうにしてあたしの頭をポンポンと撫でた。
 なぜだろう。リオルに撫でられたときは胸が高鳴ったというのに、ニルドさんに撫でられても、とくに何も感じない。
 多少の気恥ずかしさが残るばかりだ。


 それから、着替えて広場に行くことにしたのだけど、顔と腕に包帯を付けていくという選択肢は、あたしにはもうなかった。


 麦わら帽子も部屋に置いてきた。
 スノーラビットのぬいぐるみもお部屋の窓際に飾ってきた


 顔の火傷の痕は、申し訳程度に髪で隠し、腕の火傷も、そんなに大きい痕ではないため、隠すこともやめた。


 ありのままのあたしで、彼に円舞ワルツを申し込む


「来たね………」
「ええ。」




 彼の恰好は変わっていない。
 彼が傷を負ったのは腕だった。
 注意深く見れば彼の服にほんの少しだけ、血飛沫が点々と付いているのがわかる。


 しかし、それもほとんどシミ抜きしてあるようで注意深く見なければわからない程度だ。


「………。」


 言葉が出ない。
 今更になって、恥ずかしい。
 こんなに肌を露出する大胆な服を着たことは無かったから。
 服をギュッと握り締めてしまう。


「チャイナドレスとはこりゃまた大胆な服をチョイスしたね」


 リオルが微笑みながら、あたしの服を見る。
 チャイナドレスって言うのね、コレ。


「変だったかしら」


 不安になって、つい聞いてしまった。


「ううん。すごく似合ってるよ。一瞬、誰かと思っちゃった」
「すっごくかわいいの♪」


「そう。それならよかったわ」


 ホッと息を吐いて、リオルを見つめる


「………。」
「………。」




 あたしは彼らに大事なものを貰った。
 勇気を。自信を。思い出を。そして、友達を。


 リオルは言った。
 待っているだけでは未来は変えられないと。


 俯いて待っているだけの人に、手を差し伸べてくれる王子様などいないのだと。
 だから、自分から行動しなければならないのだと。


 そのために、彼はこうして広場で待っていてくれた。
 あたしは、その期待に応えることが出来ただろうか。


 いや、今からそれを証明してあげるんだ。
 彼と釣り合うために。彼の側に居るために。
 自分から行動を起こさなければ、いつまでも俯いていじけているだけで一生を終えてしまう。
 手を差し伸べてくれる人など、居ないのだから。


 ならば、自分で手を伸ばさなければ。
 そうしなければ、彼は手を掴んでくれない。


 いつか見た夢と同じだ。彼は、あたしが手を伸ばすのを待っていてくれる。
 あたしがその手を掴むのを、待っていてくれる。


 嫌がらずに、付き合ってくれる。
 ちゃんと、醜かったあたしを受け入れてくれる。


 だからこそ―――




「ねえ、“リオル”」
「なに、ファンちゃん。」




 だからこそ。
 あたしはそんな彼にこう言うのだ。




 勇気を振り絞って彼に手を差し伸べ






「あたしと、一緒に踊ってください友達になってください


 と。




 リオルは満面の笑みであたしの手を両手で包み込み




「よろこんで!」




 そう、返してくれるから。













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