受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第88話 ★不恰好でも、リオ殿は素敵な男性ですよ

           ☆ ファンSIDE ★




「ふぃ~、いい湯だっ………た?」




 浴室の戸を開けようとした瞬間に内側から戸が開き、あたしの目の前に漆黒の髪に水をしたたらせる男の子がいた


 魔王の子だ




「あ、リオ♪」




 うれしそうなルーの声はもはやあたしには届かず、突然の自体に目を丸くして思考停止したあたしと魔王の子は、互いの目を見つめて固まってしまった


 回復してきた思考でまず考えたことが、『なぜこんなところに?』


 であった。
 しかし、それはすぐに分かった。お風呂は彼がメイドに言いつけて沸かしておくように言ったのだ。
 彼も大森林に行って、身体が汚れているだろう。だからお風呂が沸いたらすぐに入って当然だ。


 そして、次第に回復してきた思考で次に思ったことは、あたしは『なにも着ていない』ということである
 それは魔王の子も同じなわけで。


 だけど、それは些細なこと。あたしには、裸よりも見られたくないものがある
 火傷の痕だ。それを認識した途端に互いに頭が正常に働きはじめ、




「「 見ないでッ!! 」」




 そう悲鳴をあげたのは、同時だった


「え?」


 反射的に右手で右目を覆うあたしに対し、魔王の子はよろよろ数歩後ずさり、両手で頭を隠そうと押さえてうずくまった


 不意打ちで素肌を見られたことでパニックになりかけていたあたしよりも取り乱している魔王の子に困惑してしまった。
 顔を向けると、魔王の子が『見ないで!』と言いながらあたしに怯えているのだ




 それも、とても風呂上りには見えない程に体を小刻みに震わせながら。




 必死に髪を隠そうとし、うずくまったことであらわになったのは、背中に生える、黒い翼。




 ああ、そうか。


 そうよね。




 彼は魔王の子。




 人に疎まれ、蔑まれて生きてきたのだろう。
 過酷な環境だったはずだ


 あたしのように里のエルフから疎まれていたわけではなく、全世界から蔑まれてきたのだ。
 その髪を一般の人に見せたらどうなるかなど、一目瞭然だ。
 十中八九、殺される・・・・・のだ。


 油断などできるはずもない






「見ないでよぉ………」


 今にも壊れてしまいそうなこの男の子に、なんて声を掛けたらいいのだろう
 錯乱する男の子を前に、あたしの小さなパニックは一周回って冷静へと入れ替わった




「リオっ、だいじょうぶ!?」
「る………あぁ………あぁあああ………」


 あたしが呆然としていると、ルーが彼に駆け寄って彼の背中をさする


 ルーもこんな状態の彼に困惑しているのか、うずくまる彼の背中をさすって声を掛けることくらいしかできないようだ
 それでも、彼は何とも言えない悲壮な声を上げるのみであった


 あたしに、なにかできることはあるだろうか


 呆然と火傷の痕を覆っていた右手を降ろす


 いま、彼がこう・・なっているのは、おそらくあたしのせいだ。
 それは、あたしが、彼の一番見てはいけないものを見てしまったから。




 あたしと『友達になる』とは、つまりこういう危険も孕んでいたはずだ。


 それでも、そんな危険を冒してまで、彼はあたしを助けてくれた。
 あたしを救ってくれた恩人だ。


 彼が居なければ、きっと勇気を出せなかった。
 彼が居なければ、きっとルーと友達になれなかった。
 彼が居なければ、きっと精霊とも契約できなかった
 彼はこうなる危険を冒してまで、醜いあたしと、友達になろうとしてくれた。


 ならばその恩を今返さないでいつ返すというのよ!




『いつもね、ルーがふあんになってたときにね、リオはいつもこうしてくれたの。
 こうして、リオの“音”をきいてるとね、いつもあんしんするの』




 先ほどあたしが不安になった時、ルーがしてくれたことを思い出す


 大丈夫。
 こわくない。


 今度はあたしが彼らを助ける番だ






「だ、大丈夫、だよ」


 ゆっくりと魔王の子に歩み寄り
 あたしは髪を押さえてうずくまる魔王の子の頭を胸に抱いた


「ひっ!」


 魔王の子はビクリと身体を大きく震わせる


「あたしはあなたを怖がったり、しないから。」


 恥ずかしくて死にそうだ
 だけど、あたしの胸の中でガタガタと震える彼を支えるためには、今のあたしにはこうする以外の方法が思いつかなかったのだ。
 それでも、すこしずつだけど、彼の震えが治まっていくのを感じる


「あたしは、あなたがあたしのためにいろいろ手を尽くしてくれたことを知ってるから」


 ゆっくりと彼の“髪”を撫でる


 ルーように規則的な心音ではないだろう。
 恥ずかしくて、それに勇気を出して彼の頭を抱いているのだから、あたしの心音は不規則でいてバクバクと大きな音を立てているに違いない。
 それでも、多少の効果はあると信じて、そのまま彼に語りかける。


「あなたが優しい人だって、ちゃんと知ってるから」


 水気を含んだ髪は撫でるたびに心の膿を吐き出すかのごとく水を出す。
 火照った彼の頭を抱くあたしは、彼の髪を撫でるのを止めない


「だから、顔を上げて………?」


 彼の震えは止まっていた


「………。」




 ゆっくりと顔を上げた“男の子”には、未だにはっきりと警戒の色が見える
 そのまま、あたしの目をじっと見つめる




「っ………!」


 明らかな怯えを含んだその眼は、きっと昨日までのあたしと、同じ目だ。


 その眼に見つめられ、再び反射的に火傷の痕が色濃く残る顔の右半分を隠そうと右手が動きそうになるのを、必死に堪えて魔王の子の眼を見る


 うぅ………顔が近い。恥ずかしさを押し殺してゆっくりと彼の頭を離してゆく


 彼は優しい子なのだ。
 ルーがそうだったように、あたしの火傷の痕を怖がることはないはずだ。
 ならば、初めから隠す必要はない。


 あたしは、彼を信じる。


 彼の髪と翼を認識したあたしは、彼のことを怖がるよりも先に、怯える彼を“守らなければならない”と、思ったのだ


 彼が魔王の子であることは知っていたし、自分もパニックになっていたこともあり驚きも少ないが、ほんの少し、翼と髪を見て怖いと思ってしまったのも事実。
 だが、それがどうした。今にも壊れてしまいそうなこの少年を救わない理由にでもするつもりなのか。


 それはありえない。恩義を感じているこの男の子の心が壊れそうになっているのを救ってこそ、最高の恩返しとなるのではないか。


 あたしは彼を見捨てられるような薄情な女じゃないのよ。




 未だに頭を隠そうと頭に置いていた彼の手を、優しく握って、その頭から離すと、あたしはそのまま彼の手を両手で包んだ。


 昨夜、あたしの手を握って安心させてくれたお返しだ。




 あたしは、あなたの敵ではないのだと証明するように、キミの味方なのだと訴えるように、彼の眼を見て、彼の手を優しく握る。




「………リオ………だいじょうぶ? 立てる………?」




 彼がだいぶ落ち着いてきたことがわかったのか、ルーが魔王の子の側にしゃがみこんで背中に手を添える




「………」


 彼は無言でルーのほっぺを撫でることで答えた。


 落ち着いてきたとはいえ、顔を上げた彼の顔は真っ青だった


 ルーの手を借りてのろのろと立ち上がった魔王の子は、生気の抜けたような青白い顔で今にも消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべて、あたしに向き直ると


「………ありがとう、ファンちゃん。おかげで落ち着いたよ………」


 そう言ってふらふらと脱衣所に入った


「あの!」
「リオッ!」


 あたしとルーが制止の声を掛けると、申し訳なさそうに


「………ごめん、ちょっと、一人にしてもらってもいいかな」


 彼は振り返ることなく、小さな背中越しにそう言うと、脱衣所に繋がる戸を閉めた




「リオ………」
「………。」


 あたしとルーは閉じてしまった戸を、しばらく無言で見つめていた




             ☆ リオルSIDE ★




 後ろ手に戸を閉め、布で適当に体を拭く


 身体が多少湿っていてもお構いなしに服を着た


 身体よりはほんの少し、気持ち程度に頭を念入りに湿気を取ると、その上にバンダナを巻いた




 よろよろとふらつき、壁に体をぶつけながら廊下を歩き、厠へと向かった。
 寄り掛かるように便器と向かい合い


「うっ………おえぇ………」


 胃の中のものをすべて吐き出す


「おぇ………げぇ………ゴホッ、おえっ」


 吐瀉物の匂いでさらに吐き気が増し、嘔吐反射を繰り返す




「うぅっ………」




 もう胃液すら出ないというのに嘔吐反射し、涙と一緒に粘性の強い唾液が便器の奥へと消えて行った




「はぁ………、はぁ………っ」




 しばらくして落ち着いたのか、そのまま床にへたり込んだ




「………」


 眼を巡らせると、近くにあった割と清潔な布で口元を拭う。


「はぁ………」




 ………。
 情けない。


 なんだよ、これ。


 なにがファンちゃんに自信を付けさせるだ
 彼女は自分の意思で、勇気を出してルスカに自分の火傷を見せた


 なのに、僕はなんだ。


 髪を見られただけで呆然自失し、ただそれだけで、今までの村での僕に向けるあの目や前世で銀介にやられたイジメの数々、殺されたあの日の事がフラッシュバックして何もできなくなってしまった。
 あろうことか、勇気づけなければならなかったファンちゃんに慰められる始末だ


「………僕は、ちっとも前に進んでないじゃないか」


 へたり込んだまま、頭のバンダナをくしゃりと握る


 ファンちゃんは、自分のトラウマを克服した。
 ルスカの手を借りて、幼い頃に失敗したという精霊契約まで成功させた。


 じゃあ、僕はどうだ? 未だにこの髪や前世の記憶に振り回されてばっかりだ
 人に敵意を向けられたら硬直してしまうのも変わっていない


 ファンちゃんに黒い髪を見られてしまっただけで、全てが破たんしたと思い込んで、ファンちゃんにも嫌われるのだと思って
 怖くなったんだ。仲良くなろうとしていた彼女のことが、怖くなってしまったんだ。


 ルスカとはいつも一緒にお風呂に入っていたから、今更ルスカに髪を見られるのはどうってことない。
 キラやマイケル、ミミロも同じだ。
 フィアルは僕がもっと小さいころから僕が魔王の子だって知っていたし、髪を何度も見られたことがあるし、僕が心を許した頃には、一緒に水浴びもした。


 でも、ファンちゃんと僕が出会ったのは、昨日が初めてだ。


 フィアルに初めて髪を見られた時も、僕はさっきと同じように取り乱したくらいだ。
 お互いに信用なんかあるはずもない。それだけで、僕は我を失ってしまった
 僕が心から仲良くなりたいと思っていても、所詮は他人なのだ。そう言う気持ちが、まだ心のどこかに残っていたのだろう


 僕が、ファンちゃんにも嫌われてしまうと思い、怯えていたら、今度はファンちゃんが僕の頭を抱きしめてくれたのだ。


「………。」


 彼女の成長速度には目を見張るものがある


 僕なんかよりも本当にすごい子だよ、ファンちゃんは。


 それに引き替え、僕は生まれ変わってなお変わらない。
 トラウマも克服できなければ、成長を続けている彼女の友達になる資格もないだろう


 ふざけるなよ。


 不甲斐ないよ………。


 くやしいよ………


 くそぉ………






                 ☆




 ふらふらとフィアルのいる部屋へと戻る




「あ、リオ殿。意外と早かったですね! ………ってどうしたのでありますか? 顔色がとんでもないことになっておりますよ!?」
「え? あ、本当だ。どうしたのリオル。顔色が土気色だし、頬もげっそりしてるよ? 何かあったの?」




 すると、僕の顔を覗き込んだミミロとフィアルが慌てた様子で駆け寄ってきた


「うん………。ちょっとね」


 僕は部屋の壁にもたれかかって、ズルズルと腰を下ろす。
 何を話したものかと視線を宙に投げ、言葉を整理して口から紡ぎだす


「さっきね、………ファンちゃんとお風呂場でばったり会っちゃってね………。髪を、見られたんだ」


 端的に。かつ何があったかを的確に伝えると、フィアルとミミロの二人は目を丸くして僕の頭のバンダナを見つめた


「………それで、ファン殿は、どうなさったのでありますか?」


 ぽつりぽつりと呟く僕に、ミミロは嫌がる素振りも見せず、真剣に頷いて見せる


「髪を見られてパニックになった僕を、宥めてくれたよ。彼女自身の火傷の痕のことを顧みずに、僕のことを心配してくれたんだ」


「ほ………なぁんだ。よかったではありませんか。何が問題なのでありますか? わちきには、それがリオ殿の今の状態にどうつながるのかよくわからないのですが」


「………ファンちゃんは今日。自分のトラウマを克服して、ルスカと友達になれたんだ。それに、彼女は火傷の痕という絶対に見られたくないものを、自分の意思でルスカに見せてくれた」


「ほう」


 僕は今日見てきたことを思い出すように話すと、ミミロは感心したため息を漏らす
 それを確認すると、僕はなんとはなしに自分の両手を見つめる。
 その手は、震えていた。


「………。僕にはね、それができないんだよ。怖いんだ。誰だって、いつだってそうだった。僕の髪を見た人たちは、嫌悪の表情で僕を見た。時には剣さえ向けられた。火傷の痕が残るファンちゃんもきっと………同じような思いをしたはずだ。だというのに、彼女はルスカに火傷の痕を打ち明けた。ファンちゃんには、僕には無い強さがある。それがうらやましくもあるけれど、それこそが、今の僕にはできない事なんだ。」


 見つめていた両手をぱたりと地面におろし、僕は「ははっ」と自嘲気に笑いながら続ける


「滑稽だよね。ファンちゃんに勇気を出させるためにいろいろと試行錯誤してきたけど、僕自身に、一番勇気が足りていないんだから。ましてや、ファンちゃんに嫌われると思って勝手に平常じゃいられなくなって、勇気を出したファンちゃんに慰められるとはね。………本当、情けないよ。」


 右手でバンダナを握り締め、ゆっくりと剥がす。
 そこにあるのは、適当に拭っただけの水気を含んだ僕の黒髪。
 頬を伝ったのは果たして水滴か、それとも涙か。


「リオ殿………」
「リオル………」


 それを見られただけで狂いそうになってしまう脆弱な心。


「格好悪いでしょ。僕は、これを見られただけで、同い年の子供にまで怯え、ここまで取り乱しちゃうくらい、精神が弱いみたいだ。」


 今、僕はどんな顔をしているだろうか。
 泣きそうな顔をして笑っているだろうか。


 それとも、ただ切なげにしているだけだろうか。


 ミミロの顔を見ても、腕を組んで口元とアホ毛をへの字に曲げて、なんとも言葉にしがたい表情をしていたため、よくわからない
 フィアルも、思いつめた僕になんて声を掛けていいかわからないようで宙に手を彷徨わせていた


 静寂が場を支配する




「いいじゃないですか、不恰好でも。」




 その静寂を破ったのは、ミミロだった。


「わちきの知っているリオ殿はいつも生きることに必死で幸せに執着して、無様でも幸せをもぎ取ろうとする人物であります。人にはそれぞれ個性があります。そもそもご自身とファン殿を同列視しても意味はありません。リオ殿はリオ殿。ファン殿はファン殿であります。焦らなくてもいいではありませんか。こうして悩んでいる事こそ、リオ殿が成長している証でありますよ。リオ殿はリオ殿に合った成長をして、ファン殿はリオ殿のサポートを経て、きちんと成長した。それだけのことであります。」




 ミミロは僕の右隣に座り、壁に背を預ける。
 そのまま左手で、うつむきがちだった僕の後ろ髪を撫でた


「それに、リオ殿とファン殿とでは生きた人生が違うのですから、ご自分とファン殿を比べる事こそ、それこそおこがましいとは思いませんか? だってそうでしょう? リオ殿はファン殿が歩んできたすべてを、昨日と今日だけですべて知ることができましたか? それを知るのは本人にしかできません。だから、リオ殿がそこまで深く落ち込むことはないですよ。」


「………そうかな」
「そうですよ。」


 間髪を入れずに返すミミロ。
 彼女はさらにもう一度、僕の後ろ髪を優しく撫でる


「たしかにわちきにはリオ殿の抱える苦労は何もわかりません。ですが、わちきは“なぜ”リオ殿が髪のことで怯えているのかは知っているつもりです。だからリオ殿がバンダナを取ることができないのは仕方のない事なのでしょう。髪を見られて取り乱してしまうのも、当然のことかもしれません。ファン殿はそんなリオ殿の髪を見ても怖がらず、さらに………それに怯えるリオ殿を宥めてくれる、いい子ではありませんか。不満などなにもないでしょう。なのにそんなことでなさけないと自分に腹を立てているリオ殿はいったい何様のつもりなのでありますか?」


 じっと僕の眼を見つめてくる。
 紫紺の瞳に吸い寄せられるように、僕も目が離せなくなった


「僕は………。」


 なにも、返せなかった。
 そんな僕の右手をミミロはやさしく両の手で包むと、ミミロはおもむろに目を瞑り、僕の心の奥底に届かせるような優しい声色で、激励の言葉を述べる


「たしかにリオ殿にはトラウマはありましょう。ですが、それはそれ、これはこれです。ファン殿はいい子だった。リオ殿はそんなファン殿とお友達になりたい。お互いを受け入れる準備なんて、とっくにできているではありませんか。なのに今更逃げだそうだなんて、リオ殿は本当にキンタマがついているのでありますか? わちきの知っているリオ殿は、どんなに小さな幸せも逃がさない素敵な男性であります。ファン殿ほどのいい子と友達になれるチャンスを、みすみす見逃すようなお方だったでしょうか。もう一度、自分の胸に手を当てて、よく考えてみてください」


「………」


 逃げ出そうとしているわけじゃない………とは言い返せなかった。
 こんな自分が友達になる資格などないと勝手に決めつけていたのは、まさにさっきの自分だからだ


 ミミロは握った僕の手を、僕の胸に持ってくる。


 目を瞑って、胸に手を当てて考える


「………」


 そうだ、たしかにミミロの言うとおりだ。
 僕は勝手にファンちゃんと僕は似ていると判断し、ファンちゃんに自己を投影していたのだ


 ファンちゃんにはファンちゃんの歩んできた道があるように、僕にも僕だけが歩んできた道がある。
 昨日と今日、ちょっとその成長とその様子を見ただけですべてを悟った気になっている。
 そんなわけないのに。
 だから、ミミロはそんなものを比べて優劣をつけるのはバカバカしいと、そう言っているのだ


 髪を見られて、取り乱して正常な判断ができなくなっていたのだろうか


 目を瞑って深呼吸しよう。


 『髪を見られたら取り乱した。』これはこの際置いておこう。
 原因はそれだが、大事なのはそこじゃない。


 不幸を見るな。幸福だけを見ろ。


 ミミロの言うとおり、彼女はいい子だ。成長を続けるいい子なのだ。
 彼女が僕を慰めてくれなければ、もっと大変なことになっていただろう。


 ファンちゃんは僕の髪を怖がったりしない。
 ならば、もう条件は揃っている。


 ファンちゃんにはもう僕が兼ねてから望んでいた勇気がある。
 なんだ。あとは友達になるだけだ。簡単じゃないか。


 僕がファンちゃんの友達になる資格? そんなの知るか。
 僕がファンちゃんと友達になりたいんだ。そんなもん犬にでも食わせろ
 僕の中に根付くトラウマは、いつか必ず乗り越えられる。それは今じゃなかったってだけの話だ。




 これから先、髪を見られる機会なんてものは何度でも来るだろう。
 今までが本当に恵まれていたのだ。


 産まれた時から僕を慕ってくれる、ルスカが居る。
 僕とルスカを自分の子供だと言ってくれる紫竜族長のゼニスが居る。
 初めこそ僕に怯えていたけど、今では僕の大事な先生であるフィアルが居る
 情けない僕に発破をかけてくれる親友のミミロが居る。
 僕と似たような傷を心に持ち、僕の髪を怖がらなかった、ファンちゃんが居る。




 僕の髪は本来、無条件で敵意を向けられて当然のモノなのだ。
 だというのに、僕は本当に恵まれている。


 僕の周りには、こんなに僕に味方してくれる人がいるのだから。




「………ありがとうミミロ、ちょっとおちついたよ」
「あはは、それは何よりであります」
「たしかに僕は、幸福に執着するみみっちい男だ。」
「わちきはそんなリオ殿が一番好きなんですけどねー」


 味方の代表が、この子だ。
 僕らのことをよく考えてくれる、とてもいい子なのだ




「ふぅ、まだちょっと怯えが残ってるけど………ファンちゃんになら、僕はもう髪を見られても取り乱さないよ」
「それならよかったであります」


 よかったと言って笑うミミロは、魅力的な笑顔でニコッと笑って、不覚にも見とれてしまった




































「それはそうとミミロさん?」


 あ、そうだ。と思い出したことがあるのでミミロを呼ぶと


「はい、どうしたのでありますか、リオ殿?」
「女の子が“キンタマ”なんて言うもんじゃありません」
「あいたっ! なんでデコピンするのでありますか!」







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