受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第83話 ☆ルスカの成長をしみじみと感じるよ

           ★ リオルSIDE ☆








 僕は木の陰に隠れてファンちゃんの様子をうかがってた


 それにしてもなんとまぁ入り組んだ森だこと。
 ああ、疲れた。


 糸を繋いでいなかったら確実に迷っていたね。


 僕やルスカは歩きなれない大森林で何度も草木の根っこに足を取られ、転び、泥まみれになっても進んだ。
 なんだか日本では包丁草とか呼ばれているススキの葉っぱに似ている、それよりもやや固く鋭い研磨草という草によって至る所に切り傷だらけになってしまった。


 目にだけは刺さらないようにしたけれど、この大森林はそういった危険な草がいっぱいあるみたいで危ないなぁ。


 研磨草の他にも僕の第六感に警鐘を鳴らす蝶々や催眠作用のある怪しげなにおいを発する花など、思った以上に危険な場所だった。


 伯爵領でお祭りをやっているという情報を事前に把握していたら、イズミさんに甚平ジンベイでも作ってもらおうかと思ったけど、今は普通の半袖長ズボンだ。
 足はまぁなんとか傷つかないけれど、腕からは血がいっぱいだよ。
 虫にも刺された。


 対して痛くないから別にいいけどね。個人的には切り傷よりも打撲系の方が痛いもん。
 痛いとしても、この程度の傷は前世の時に比べたら無いに等しい傷だからこれっぽっちも気にしてないしね。


 さてさて、僕の傷なんてどうだっていい。今はこっちだ。ファンちゃんを追って森の中に入ったはいいけど、ほらほら、あんな一見危険はなさそうな蝶々でさえも幻覚作用のある鱗粉をまき散らしながらひらひらと舞っているのだ。
 事前にフィアル先生から大森林の生態系を聞いていなかったらヤバかったかもしれない。




 そんな危険地帯をファンちゃんは目元を擦りながら、ひょいひょいと慣れた様子で奥へ奥へと進んでゆき、ひっそりと存在する綺麗な水が湧き出ている泉のほとりでなぜか呆然としていた。


 これを話しかけるチャンスだと思うのは当然だった。


 糸魔法でファンちゃんの所在はつかめていたわけだし、居場所さえわかれば、まっすぐそこに向かうことができる。


 しかし、ファンちゃんは極度の人見知りだ。
 僕たちがファンちゃんに向かって歩くだけで、警戒してここまでダッシュで逃げ込むくらいだ。


 僕は落ち着いて、ファンちゃんを刺激しないで接近できる術を探した。
 さてどうしようかと悩んだ結果、僕は一つの答えを見つけた


 つまり、『同性で無邪気かつ天然の天使であるルスカたんをけしかける』という作戦に至ったわけだ。




 昨日の夜、安心するように、僕たちは敵ではないと印象付けるために手を握ったとはいっても、ファンちゃんの人見知りやコミュ症がそう簡単に治るとは僕だって思っていないさ。


 現にさっきルスカが近づいただけで、昨日と同じようにジリジリと後ろに下がってしまっていたもん。
 その拍子に二人とも泉に落ちてしまったのは予想外だけど、二人してびしょ濡れになったことで新密度も上がったのは嬉しい誤算だった。


 それになにより




「ルーとおともだちになってくれる?」


 ルスカの成長を感じるセリフに対して、長い間を開けていたものの


「………(こくり)」




 恥ずかしそうに頬を染めながら小さく頷いた彼女を見て、それが失敗ではなかったと確信できた。
 前もってファンちゃんにコンタクトを取っておいてよかった。
 昨日、手を握っていなければ、敵ではないと印象付けていなければこうはなるまい。


 あの子は極度の人見知り。おそらく、トラウマが原因での人見知りだ。


 その症状には少しだけ心当たりがある。


 なにを隠そう、僕は前世で侍刃以外の人間に対して、人間不信に陥っていたのだから。
 正直、人間不信にはこれといった対処法は無いんだよ。


 時間をかけて信頼を得るか、信頼する人を頼り、しっかりとコミュニケーションをとっり、あとは時間が解決してくれるのを待つしかない。
 なにより、僕は今でもまだ人間不信は続いている節がある。


 ルスカという最強の味方が居るというのに、だ。


 それだけ人見知りや人間不信はデリケートな問題であるため、本人が成長しない事には改善されるこはない。


 今回のコミュニケーションでファンちゃんは大きく成長することができるだろう。


 ………いや、今まさに成長した瞬間なんだ。


 そうでなければ、人と目を合わせることすらできなかったあの子が『お友達になろう』と言われて頷けるわけがない。
 昨日までのファンちゃんなら、この状況でもほぼ確実にダッシュで逃げ出しているはずだ。




『ファンちゃん………成長しはったなぁ』




 ポスッと僕の頭の上に小さい何か・・が乗っかり、頭上から涙を堪えるような声が降ってくる。


 成長した、か。


 うん。まったくその通りだ。
 だけどね、それだけじゃない。


 それだけじゃないんだ。


 それはルスカにも言えることなんだよ。
 ルスカは僕と離れる事は一度たりともなかった。


 それゆえ、交友関係は僕と全く同じという状況だ。
 ルスカが自分から友達を作ったことは一度もない。


 僕は辛うじて盗賊に攫われていたウサ耳少年のラピス君と友達になれたけれど、ラピス君のあの年での社交性の高さ。そしてあのイケメンスマイル。極めつけは、人間不信さえ吹っ飛ばしてくれる自己紹介でのボケツッコミ。
 会話の主導権はラピス君が握っていたものの、僕はラピス君とは自分の意思で友達になったと思っている。


 その後、ラピス君がルスカを紹介するように促してくれて、ルスカとラピス君も友達になれた。
 だが、それは結局僕に便乗し、ラピス君の話術にうまく乗せられて………悪い言い方をすればなし崩し的に友達になったと言ってもいい。


 しかし。
 しかしだ。


 今回のこれはあの時とは違い、ルスカの意思で友達になりたいと思って手を差し伸べている。
 いつもは僕にくっついているだけだったあの子の成長を確認することができて、すこし涙腺が緩んじゃった。


「ルスカも成長したなぁ。」




 しみじみと呟く。


 僕はファンちゃんのことは昨日と今日しか見ていないけれど、たしかにこの短期間でめまぐるしい成長を遂げている。
 とはいえ、人間不信はすぐには治らない。


 昨日、ちゃんとファンちゃんの敵ではないことを証明し、なおかつ裏表が全くないルスカだったからこそ、ファンちゃんも心を許すことができたのだろう。


 ルスカがファンちゃんの両手を握って邪気のない真っ直ぐな笑みを向けると、ファンちゃんは恥ずかしそうに俯いた


 ルスカがファンちゃんの手を引いて泉の畔に到着すると、ファンちゃんとルスカは大きな石の上に腰を下ろす。
 ルスカもファンちゃんもびしょ濡れだし、ルスカは頭のバンダナが取れてしまっている。


 バンダナは帰る前に回収しないとな。




「………ところで、キミはなんで僕の頭の上でくつろいでいるの? そもそも誰さ?」




 ところ変わって、僕の頭の上だ。


 いきなり声を掛けられ、ビクリとその小さな体を揺らす。


 いやいや、なんでびっくりしてんのさ。
 僕の頭の上に勝手に乗ってんだから、話しかけられようとしているのかと思ったよ


『う、ウソや。ウチの事見えてはるん?』


 僕の頭の上から飛びだして僕の眼の前に現れるのは、ありゃま! お人形さんみたいにかわいらしい青い髪の妖精さんっぽい生き物だった!


 僕が咄嗟に考えた異世界で会いたい生き物ランキングを更新しないと。


1位、エルフ
2位、ダークエルフ
3位、妖精さん
4位、ケモミミ
5位、ドラゴン
6位、人魚
7位、魔法使い


 更新完了。
 かわいい生き物は大好きだ。
 前世でも猫が一番好きだった。ハムスターとか小さい犬とかも、もちろん好きだよ。
 ただ、大きい犬は食べられちゃいそうでちょっと苦手だったけど。


「そりゃ頭の上にいきなり乗っかってきたら誰だってわかるでしょ」


 僕の眼の前で小さな指を小さな顔に向ける妖精さんにごくごく当たり前のことを告げた。
 人の頭に乗ったら見つかる。コレ当然。


『そんなアホな。上位の妖精や精霊は賢人級以上の魔力を持った子しか見られへんはずや! あんさん魔力全然纏ってないやん! 大丈夫やとおもたのに』


 え? そーなの?
 全然知らなかった。たしかに、こっちの世界に来てから妖精の話とか精霊の話とかはほとんど聞かないな。
 たしか400年前の人魔戦争の時にハイエルフのお姫様が4つの上位精霊を使役していたっていう程度しか知らない。


「そーなの? つまり僕が賢人級以上の魔力を持っているってことでしょ。まぁ僕は魔王の子だから魔力は確実に賢人級以上は保有しているけど。そもそもその賢人級以上の人に目を付けられないために表面上の魔力を隠しているんだから、魔力を纏ってないのは当然だよ。」


 なんだかよくわからないけど狼狽えている妖精さん? 精霊さん?
 どっちでもいいか。この子には内緒だけど、魔力を外に出すやり方を忘れているっていうのもある。
 そんなん恥ずかしくて言えないじゃん。


『まおうのこ………?』


「うん。魔王の子。」


『………。』


「………。」


 あっさりバラしたのは別に深い意味はない。
 ただ、この妖精さんはファンちゃんをすごく大事にしているということは先ほどの言動からわかっている。


 そんな妖精さんなら、こうして同じようにファンちゃんとルスカを見守っている僕の敵にはならないんじゃないかな、と思っただけだ。
 それに、現時点でルスカの白い髪を見ても特に大げさな反応はしていないことから、憶測でしかないけれど、僕が魔王の子だとわかっても理解を示してくれるとおもったのだ。


『あんさん………』


「………なに?」


 妙ななまりのある口調で妖精さんは僕の顔をまじまじと見つめる。
 僕もじっと見つめ返す。でもそこから恋には発展しない。


『街でゴリラみたいな冒険者相手に土下座しとった子やろ! 魔王の子が土下座てなんでやねんwwww こりゃ傑作や! ケヒャヒャヒャヒャwwwwww』


 ビシッと小さな小さな指を僕に突き出したかと思ったら腹を抱えて笑い飛び転げまわった


 ………。
 うん。思ったよりもアホの子そうで安心した。


 暴力だけでは物事は解決しません。痛くないのが一番いいのです。
 というか、あの時の事を見ていたのか。
 妖精っていうのは森の中とか自然の豊かなところでしか見られないのかと思っていたけど、わりと街中にも飛んでいるのだろうか。
 今度目を凝らして視てみよう。


 まぁ、たしかにリョクリュウ伯爵領は広大な自然が売りの観光地だし、妖精くらい街中に居ても不思議はないか。


 適当に蜘蛛の巣状に糸魔法を張ったら蝶々みたいに捕まってそうな妖精さんを想像して、なんだかかわいそうに思えてきたから糸魔法で捕まえるのはやめておこう。




『はぁ~。わろたわろた。お腹痛い。あんさんが魔王の子なのは判ったわ。ほんで?
 あんさんはなんでこんなところでこっそり覗き見なんかしとるん?』


「僕もファンちゃんと友達になりたいからだよ。僕よりも先にルスカが友達になったみたいだけど、僕の場合はファンちゃんから『友達になってください』って言われたいかな。理由は………ファンちゃんのことが大事ならわかるでしょ」


『せやな。ファンちゃんに友達ができるんはウチにとっても歓迎や。ほな、あんさんとウチは一蓮托生。『ファンちゃんの友達を作ろう同盟』の発足や! ウチはファンちゃんに勇気を出して貰うために一肌脱ぐで!!』


 なんだかわからないうちに、妖精さんと仲良くなった。
 ファンちゃんと仲良くなるはずだったのに、どうしてこうなった?


 しかし、今はそれも利用してファンちゃんとお近づきにならなければならない。
 ファンちゃんの人間不信を解消することは難しいけれど、人の視線を受けても怯えない程度の度胸は努力次第でどうとでもできる。


 ここにファンちゃんのことを詳しく知っている妖精が居ることから、ファンちゃんはこの妖精に会いに来た可能性が高い。
 人ではない妖精には裏表はない。そのため、ファンちゃんも気兼ねなく妖精とは仲良くすることができたわけだし、現に裏表のないルスカとも、ゆっくりゆっくりとだが距離を縮めている。


 昔からファンちゃんのことを知っているであろうこの妖精にも協力してもらってファンちゃんの背中を押すんだ。そうすれば、『自分の意思』で友達を作ることができる。




 まったく。シゲ爺も難しい注文をしてくれるよ。
 ファンちゃんから友達に誘わせてやってくれ、と。


 よくよく考えると子供にさせる注文じゃないよね。
 むしろシゲ爺は僕を一人の男として頼んだのかもしれない。
 ならば、シゲ爺の信頼に応えるためにも、僕も頑張るしかないか。


「そんじゃ、作戦を考えようか。ええっと………」


 あ、そういやまだこの妖精さんの名前を知らないや。
 そう思って言葉を彷徨わせていると、そんな僕の心を敏感に察知した妖精さんが助け舟を出してくれた


『ああ、ウチはまだ名前無いで。ファンちゃんに名づけてもらおう思うとるから、好きに呼んでくれてもええ。』
「………? わからないけど、わかった。一応名乗っておくよ。僕の名前はリオルだよ。妖精さん。なんかいい案ある?」


 妖精さんに名前は無いんだ。僕が名づけたら『深海のブルーティアーズ』とかになりそうだから別にいいんだけど、ファンちゃんが名づけることに意味なんてあるのだろうか。
 そんなことを気にしても仕方ないか。


 とりあえず、今は優先事項を進めよう。
 妖精さんになにか案が無いかを尋ねると


『せやなぁ。ファンちゃんは昔に精霊契約が失敗したことがトラウマになっとる。それに、ファンちゃんの火傷の痕も、精霊契約が失敗した時についたもんや。』
「………ふむ。」


 そうか、そうだったのか。
 なるほど、難しい問題だ。


 だが、そうであると同時に解決策も浮かんできた。


「つまり、精霊契約が成功したら、ファンちゃんにも自信がつくってことだよね?」
『せやせや』


 満足そうに二度首肯する妖精さんに向かって僕が両手を前に差し出して器を作ると、そこにちょこんと座りこんだ。
 かわいらしい。


 ティンカーベルってこのくらいの大きさなのだろうか。この妖精さんに触っていたら空を飛べるようになるのかしら。そして空をマラソン夢をユニゾンしたいな。
 ………いや、自分の闇魔法で飛べたわ。ってこんなことはどうでもいい。


 僕は今聞きかじったばかりだからあまり詳しくないけれど、ファンちゃんにとって、精霊契約に確かなトラウマがあるのだろう。だが、もし精霊契約に成功したらファンちゃんの自信を取り戻す大きなきっかけになる。


 ただ、問題は………


「でも、都合よく精霊なんて居ないでしょ」


 精霊は魔界とも天界とも人間界とも違う精霊界から降霊することで現世に現れるらしい。
 詳しくは知らないけれど、降霊するにも条件とかいろいろありそうだし、そんなご都合主義みたいに精霊なんかが居るわけが


『そこで、ウチの出番やねん! なんせウチ、昨日の夕方に妖精から水の下位精霊に進化したさかい、そこは無問題モーマンタイや!』








 ――――いた。















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