受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第81話 人間不信

              ★リオルSIDE★




 双子ちゃんのおしりをひっぱたいてからしばらく経った。


 ルスカのM属性発言も華麗にスルーした。
 おまつりも満喫した。


 お昼は屋台で適当に済ませているから、そのままお祭りを満喫して特設ステージでのど自慢をしている美人さんたちを冷やかし、クッキーの入った箱をおもちゃの弓矢で打ち抜くとその景品を貰えるゲームをしたり


 『甘雲あまぐも』という名のお値段がクソ高い綿あめ(銀貨一枚1,000W)をフィアル先生が買って、みんなでそれを食べたりしながらぶらぶらと屋台めぐりをしていたら、キラケルの顔中が唾液と砂糖でベトベトになったりとわりと楽しいお祭りだった。


 忘れそうになるけれど、これは豊穣を感謝するお祭りなんだよね。
 甘いお菓子もいいけれど、旬な食べものが食欲をそそる




 そういや、ミミロが買ったLサイズのポップコーンもあったから、それをみんなで食べながら特設ステージでやっていた『勇者物語』の劇(デパートの屋上で行われる戦隊もののようなノリだった)を見て心の中で『ひっこめ勇者、頑張れジャック!』と魔王を応援したりもしたなぁ
 あ、ちなみに魔王ジャック役の人は黒い紐? 糸? でできたかつらをかぶっていたみたいだよ


 いやはや、お金が無くてお祭りを満喫できないことは前世でもよくあったけど、友達や家族と一緒にお祭りの屋台をブラブラするだけでもすごい楽しいしとてつもない幸福感を覚える




「んふふふふ~~~~♪ リオ、たのしいね♪」


 そして、これだ。


 ルスカのこの笑顔を見られただけで僕は産まれてきたことに感謝した


 そうか、僕はこのために産まれてきたんだね。




 ルスカは僕の左腕をギュッと抱きしめて僕の肩に頭を乗せながら歩いている。
 ルスカの方が僕よりも5㎝ほど身長が高いけれど、そんなもの関係ないとばかりにベタベタと引っ付いてくる。


 これを鬱陶しいなんていう奴が居たら僕がブッ飛ばしちゃう。
 こんなに可愛い天使が鬱陶しいわけがないだろう。


「うん。僕も楽しい。すごく………幸せだよ」


 僕は右手でルスカのほっぺたを撫でた


「にゅふふふふ~~~ん♪」


 うれしそうにくねくねと身体を動かすルスカ。
 ああ~~~脳がトロトロに溶ける♪


 そんな感じで特設ステージを冷やかすことをメインにブラブラ歩いていると、いつの間にかもう夕方だよ。


 それにしても―――
 いやはや、実はずーっと待ってたんだけどねー。
 結局来なかったなー。


 え? 何をって?




 あはは、ずっと後ろからついてきているファンちゃんの事。






(じー………。)




 話しかけたいオーラを出しているのに、ファンちゃんの方を振り向くと、さっと隠れてしまうのだ




 なんだか人ごみに紛れるのが異様に上手い。
 人を観察する癖でもあるのだろうか、包帯や火傷の痕が目立たないようにちょっとだけ俯きつつ、人ごみに紛れて見失ってしまう。




 アルンとリノンを成敗調教してから、なんか視線を感じるようになって、糸魔法で探ってみたらファンちゃんが見つかったのだ。


 ばれないようにファンちゃんに糸を接続して、いつ話しかけてくれるのかなーっとちょっと緊張しながら、普段通りにルスカを可愛がって反応をうかがっていると、人見知りが災いしてか、どうしても心と身体に差が出ている


 僕はいつでも待っているからね、自分のタイミングで話しかけて見てごらん。と受け身の姿勢でいても、まだ昨日の夜に手を握り返してくれたような勇気は出ないのか、一定の距離を取って観察していることしかできないようだ


 うーん、もどかしい。


「リオ………」


 ルスカもチラリと後ろのファンちゃんを確認する。


 それにコクリと頷いて見せる。


 僕が気付いていることにルスカが気付かない訳がない。
 それが双子のクオリティ。


 この子も気配察知の能力が半端ない。


 今はまだ僕には及ばないけれど、そのうちその才能に追い抜かれちゃいそうだ。
 気配察知の方法は驚くべきことに、僕と同じ《糸魔法》だった。


 いや、驚くべきというか、まぁ双子だからそういうこともあるとは思っていたけどね。
 魔王ジャックだって僕と同じ無属性魔法を使えるし、おそらく、神であるダゴナンライナーも、ルスカに同じ方法でコンタクトを取っている。
 基本的に魔王の子や神子はこの糸の魔法が使えるのかもしれない。


 といっても、僕は最近ようやく糸魔法の切り離しに成功した程度だし、ジンの蛇剣ソードウィップ作成の為に糸魔法をガンガン使っていたところ、ルスカが隣に来て魔力で練って作った糸を見せてくれたことでようやくルスカの無属性魔法に気が付いたのだ。


 なんというか、今までもルスカの無属性魔法について調べようと頑張っていたんだけど、僕の糸ではどうにも視にくくてイメージがしづらいらしく、それに、ルスカが僕と同じ糸魔法を使えるという確証もなかったわけで、どうしてもルスカの無属性魔法の発現が遅れてしまっていた


 無属性魔法についてはどうしてもユニークな能力ばかりになるからその人に合った能力が発現するまで待たないといけないんだ。
 フィアル先生だって、最初から《ゲート》が使えたわけじゃないみたいだしね。
 とはいえ、ルスカの年で無属性魔法を把握&使えるようになる方が異常だから、むしろ早すぎる方だ。


 僕? 僕は赤子の頃から時間と魔力だけは無駄にあるから、魔力でいろいろ試してたらできたもん。楽だったとは言わないけど、かなり苦労はしているんだよ?
 今のルスカは糸を100m位伸ばして念話するくらいがやっとらしい。


 ルスカの糸魔法についてはまだまだ操作が難しいようでちょっとだけほっこりした。
 何でも器用にこなすルスカだけど、苦手なところもあるんだね。
 なんでもかんでもルスカに抜かれるようじゃ兄貴の面目も丸つぶれだ。
 それもいつかルスカの才能に抜かれそうで怖いけどさ。


 ま、僕の面目なんてどうでもいい。ルスカが幸せなら、僕はそれだけで幸せなんだから。


 そんなことよりファンちゃんだ。
 ファンちゃんに勇気を出してもらいたいけれど、その勇気が足りないのだ。


 シゲ爺との約束で、友達になるのはファンちゃんが誘ってから、というのがあるけど………。
 ええい、そんなものに縛られているだけでは一生友達なんかできないだろう!


 かといって一生コミュ症というのも辛い。
 というわけで………。


「キラ、マイケル。」


ふぁに?」
ーしたのす?」


 またなんか喧嘩していたらしく、お互いのほっぺたを引っ張りあっていたキラケルに声を掛け


「先に帰ってて」


 先に帰っているように促した。


「わかったのです」
「わかったぞ!」




 僕たちの考えを知ってか知らずか、仲良しキラケルは快く頷いてくれた。


 背丈も年齢も同じくらいであるルスカと僕で、ファンちゃんとお話をする。
 それが最善。それがベスト。


 このままではファンちゃんは一生人に話しかけることができない。
 それではダメだ。


 たしかに包帯や火傷の痕は人と対峙するうえでネックになるだろう。
 だけど、それでも人と関わりを持たないといけない時は必ず来る


 その時にも人と話をすることすらできないようであれば、確実に破滅する。


 こういうのは大人になってからじゃ遅いんだ。
 まだ修正の効く子供の内から矯正しないと、大人になってからでは変われない


「先生、ミミロ。僕たちはちょっと離れるけど心配しないでね」


 フィアルとミミロに声を掛け、この場を離れる事を伝える


「ファンちゃんの事でしょ? 攫われる心配はしてないから、行っておいで」
「仲良くなったらちゃんとわちきに紹介してくださいね、約束でありますよ!」


 こちらも僕らの事は危険なことに巻き込まれるような心配はしていないようで、キラケルを連れてシゲ爺の館に戻って行った




                   ☆




「………さて、ルー」
「うん、リオ。」




 僕とルスカは頷くと、人ごみに紛れていたファンちゃんに向かって歩みを進める。






「っ!!」




 すると、人ごみから息をのむ気配。
 つながった糸魔法からも、動揺が伝わってきた


 こちらがファンちゃんに向けて一直線に向かっていることに気付いたのだろう。
 ローブを着た小さな人影が、大人も顔負けなスピードで大通りを走り抜けていた


 すれ違う人たちには全くぶつからず、正面に居る人を華麗な足さばきでターンして躱し、小柄な体格を生かして小さな隙間を見つけてはスピードを落とすことなく通り抜け、風圧でフードがめくれ上がらないように手で押さえながら、あっという間にその姿が見えなくなってしまった






「「………。」」




 ぽかーん




 いやいや、早すぎでしょ。
 いくらなんでも、こちらがファンちゃんに向かって歩いただけなのに全力で逃げられるとは思わなかった。


「これは………重症だね」
「リオー。どーするのー?」


 どうもこうも………


「追うしかないんじゃないかな」
「わかったの!」


 いうや否や、足に魔力を込めたのが見えたため、慌てて止める


「待って待ってルー! 《ブースト》はダメ! さすがに目立つから!」
「うゅ? わかったの」


 なぜ止められたのかよく理解していないルスカは、首を捻りながらも頷いた
 《ブースト》は一流の冒険者がようやく身に着けることのできる、体の一部の身体能力を爆発的に上げる技術だ。
 ただ足に魔力を込めて走るよりも比べ物にならないくらい早い。


 おそらくファンちゃんは足に魔力を集中させて簡易な身体強化を行って走って行ったのだと思う。
 さすがはエルフというだけの技術はある。


 しかし、さすがに《ブースト》まではこんな大通りでお披露目させるわけにはいかないよ。ファンちゃんもそこらへんは解っているようで目立つようなスピードではなかった。
 ただ、あれもまだ全力ではなさそうだった。
 体力もあるし魔力操作の技術もある。全力でお友達になりたいね。




「糸は繋いでいるから場所はすぐにわかるし、慌てなくてもいいよ。」
「おー! さすがなの!」




 僕が指を一本立てると、その先に不可視の糸が伸びている。
 ルスカには見えないけれど、僕には見える。


 むろん、繋がった先に居るファンちゃんの動向を探ることも可能だ。




 はてさて、ファンちゃんはどこに向かって走っているのかな?




 糸の視覚情報を脳内に映していると、ファンちゃんは伯爵領の街を抜け、大森林をひた走っていた


 いやいや、どこまで走っているんだよ
 そんなに僕たちと話すのがこわいの?


 人を観察することは好きなくせに、人と話すことは嫌い。
 人の目を見ることができない。
 それじゃだめだ。人生を損してしまう。




 大森林は魔物の巣窟でもある。


 大きな街故に、リョクリュウ伯爵の騎士団やリョク流格闘武術の弟子たちが大森林の定期的な見回りをしているために魔物の数自体は少なくなっているが、それは街の近くに限っての事であり、大森林のなかは危険であることに変わりはない




 目的を持って大森林を走っているのかどうかもわからない今、それを放っておくことは出来るわけもない




 のんびり糸を辿って追いかけようと思っていたのに、まさか街の外にまで行かれるとは思ってもみなかった


 魔物が出る危険がある以上、小さな女の子を放っておくことは僕にはできない
 大森林は距離感や方向を見失ってしまうほど木々が生い茂っているため、道に迷う可能性もある


 僕はその辺の支柱に不可視の糸をくくりつけていつでも街に戻って来られるようにしてから、ルスカに向き直る


「行くよ。」
「うんっ!」






 勢いよく地を蹴ってファンちゃんの後を追った
 僕は運動が得意ではないため、どうしても人ごみで足を止めてしまうが、ルスカはそんなことなく、ファンちゃんと同じように6歳児とは思えないようなスピードで大通りを抜けた


 僕も5秒ほど遅れてルスカの後を追った




 ………屋敷に戻ったらフリーランニングのトレーニングでもしよう。






            ★ ファンSIDE ☆






「はぁっ はぁっ はぁっ」




 気づかれた、気づかれた、気づかれた、気づかれた


 どうしようどうしようどうしよう、こっちにきた!




 魔王の子と神子が、こちらに向かって歩いてきたのを視認した瞬間。
 頭が真っ白になって逃げだしてしまった




 どうして逃げているの?
 わからない!
 お話をしたいのではなかったの?
 できないの!
 あちらから歩み寄ってくれているのに?
 ……………。




 心の中で自問自答していると、気が付けば街を抜け、大森林を走っていた


 足を止め、深呼吸して息を整える


 さすがにここまでくれば追って来られないわよね?


 ………。


「………。なんでよ」


 なんで、向こうから歩み寄ってくれているのに、逃げちゃうのよ


 どうして、ただお話しするだけ………それだけのことができないのよ


 自分自身が嫌になる


 目元をローブの袖でごしごしと擦る
 勢い余って顔の右半分を覆っていた包帯がめくれてしまう。


「………。」




 この、火傷の痕さえなければ………。


 ちゃんと自信を持てれば、目を合わせてお話しすることもできるのに!!




「うぅ………」


 ぜんぶ………コレのせいだ。
 人と話すのはもちろん恥ずかしい。人の目を見ることもできない。


 それ以上に、人に素肌を見られて怖がられてしまうのが、たまらなく怖いんだ。
 この火傷の痕は、もう治らない。


 イフリートの暴走があってから、もう三年だ。
 やけどを負ってから三年も経ったのに、この焼け爛れた肌はそのままなんだ。


 治療の施しようがないんだ。
 だから、この肌はもう一生このままだ。


 それを踏まえたうえで、これを乗り越えないといけない。




「そんなの………できないわ」




 できるわけがなかった。
 醜い醜い火傷の痕。
 包帯だけならまだましよ


 魔王の子だって、包帯までなら受け入れてくれるかもしれない。




 でも、この包帯の奥の火傷の痕は?


 これを見て、引かない?
 それはありえない。


 いくら隠しても、いくらごまかしても、いくら着飾っても、醜いモノに蓋をしただけで、なにも変わっていないのだから。
 誰か、誰か………本当のあたしを見てよ。




 ちゃんと見て、それでも味方でいてよ




 そう願っても、そのためにはまずはこの醜い火傷の痕を晒さなければならない。
 それができる勇気もないあたしには八方ふさがりで袋小路。もうどうすることもできないことだった




「グスッ………泉にいこう」




 沈んだ気分になると、いつもの泉の場所に行くことにしている。
 あそこは、居心地が良くて嫌な気分も吹き飛ばしてくれる。


 包帯を巻き直し、目元を擦り、鼻をすすりながら………とぼとぼと、魔物避けの草木の生い茂る泉に向かって歩みを進めた


 幻惑作用のある花、平衡感覚を狂わせる蝶々の鱗粉
 そういった天然の結界を通り抜け、険しい獣道や道なき道を進み、決して普通ではたどり着くことのできないあたしだけの秘密の場所。


 一人になれる、あたしだけの空間へ。




『あー、ファンちゃんだお!』
『こっちだおー!』
『はーやーくー!』




 もうすぐで泉にたどり着くというところで、妖精たちがあたしを手招きして待っていた


 なにかしら………
 あれ? そういえば水色の髪の妖精さんが見当たらないわ。
 妖精たちはいつも4人で行動しているから、一人足りないと違和感があるわね。




 妖精たちに手を引かれながら泉に向かって歩くと




……………
………





『ぐー………むにゃむにゃ………』






 いつもの泉に着いたら、さっきの半透明の女の人………もとい水の精霊が泉の中心でプカプカと漂いながら眠りこけていた




 ………なにこれ。







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