受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第77話 わちきのファインプレーに感謝するといいであります!



 時は少々遡り。


         ★ アルン・リノンSIDE ★


『こらー! キラ! マイケル! たしか僕は遠くに行きすぎるなって言ったよね!?』
『う………ごめんにーちゃん』
『申し訳ないのです、にーさま………』


 物陰からうかがうと、10歳くらいの竜人族の男女が、5,6歳程度のバンダナを巻いた小柄な男の子に叱られているという珍妙な場面に出くわした。


 見れば見る程珍妙な場面である。
 見るからに年下である腰に手を当てて眉根を寄せた男の子に叱られてしゅんとする姿は、まさに母親にしかられてしまっている子供そのものであり、その相手を『にーちゃん』『にーさま』と呼ぶことでさらにカオスを築き上げていた。


「リノン。なんであの子達よりも大きな竜人族の子の方が、あのリオルって子に従っているの?」
「アルン。生意気そうでよわっちいのに従うほど、あの竜人族よわっちいってことね。たぶん。」




 アルンとリノンの二人は、物陰に隠れ屋台で買ったケバブを二人で一緒に食べながら、リオル達の尾行を続けていた。
 なんだかんだでお祭りも楽しんでいるようだ。


 もちゃもちゃと味のついた肉を咀嚼しながら視線をリオル達の方へと向ける。


 アルンとリノンはキラやマイケルをあの弱虫の男の子よりも弱いと評し、一気に見下した。
 実際はその評価は間違いであり、マイケルやキラどころか、シーフを担当しているミミロですら接近戦闘であればリオルを大きく凌駕するという事実に気付くはずもない。


 ただ、身体能力はからっきしだが、総合的な評価で言えば、リオルの危機察知能力や魔法による恩恵などを考慮すると、リオルが一番強いことになる。
 当人たちはそれをよくわかっていたのだ。


 それゆえリオルには強く逆らえず、リオルの事を尊敬もしているため、積極的に逆らおうとは考えていないし、なにより大好きな兄を困らせたくないのだ。


『もう、だからお財布をられるんだよ。もともとたいした金額が入っていなかったからよかったものの、羽目を外しすぎるのも大概にするんだよ?』
『うぅ、わかった』
『気をつけるのです………』




 肩を落とす二人に微笑みかけ、わかったならいいよ、とそれを許した。


『はぁ、本当に金額制限しててよかった………。ほら、キラとマイケルは僕の分のお金を使っていいから、買いたいものがあったらコレで買いなさい』
『本当!? うわーい』
『にーさま、ありがとうなのですー!』




 手を取り合って喜びあう二人を『ほらやっぱり仲いいだろこいつら』と口の中でツッコミを入れるリオルは孫にお小遣いをあげるおばあちゃんのような心境で二人に大銅貨3枚ずつ手渡した。




「………リノン。あの子たちがリオルって子を慕う理由がわかったような気がするわ」
「………アルン。私もいま、それを言おうとおもっていたところだったの。奇遇ね。」


 自己犠牲をしても、相手に喜んでもらいたい。
 そういう思いではないが、リオルはキラとマイケルにお小遣いをあげたことを少しだけ満足していた。
 その顔を見たフィアルがリオルに残金の心配をするも


『いいの? リオルはまだ全然お金使ってないみたいだけど………』
『しょうがないよ。僕より大きくなっても、やっぱり自分の弟や妹みたいな存在なんだ。兄貴としてかわいがりたくなってしまうのも仕方のない事でしょ?』


 フィアルの問いに、リオルは苦笑いで答える。
 そこには兄の気苦労と深い信愛が見て取れた。


『それに、僕はキラやマイケル、ミミロとルスカが買ってきた珍しい食べ物なんかを一口ずつ食べさせてもらっているからね。
 ま、もともと物欲も食欲も無いということもあるのだろうけどさ。お金を使う必要が無いんだ』
『ふーん』
『もしかしたら一番お祭りを堪能をしているのは誰かと聞かれれば、僕かもしれないね。』


 そして今度は楽しそうな無邪気な笑みを、フィアルに向ける。
 一口ずつと言っても、さすがにお腹もいっぱいになってきたリオルだが、他のみんなはまだまだ食べ足りていないようであった。
 この辺も、体格に差が出る理由があるのだろう。




「リノン。ルスカって子はなかなか一人にならないわね。ずーっとリオルって子かミミロって子の側に居るみたいだよ」
「アルン。そうね、リオルって子はずっと女の人の手を繋いでいるわ。揃いもそろってルスカって子も含めて腰抜けね」




 彼らの行動を背後から尾行して10分。
 いつまでたっても明確な隙を見せないリオルとルスカ。


 リオルはほとんどフィアルと手を繋いで歩いており、糸魔法で子供たちの現在位置や念話で常に会話をしているため、一緒に団体行動する必要が無いのだ。
 それゆえ、遠くには離れすぎないようにして、キラやマイケルがリオル達を見失った時にはすぐに迎えに行けるようにしている。


 定期的にルスカがリオルの方へ戻ると、リオルはフィアルから手を離してルスカに連れられて楽しそうにどこかに歩いてゆくが、フィアルの元に戻ると、はぐれないように再び手をつなぐのだ。


 これはリオルがフィアルに対するナンパ対策、そしてフィアルが子供たちの面倒を見ているということをアピールすることにより、人さらい防止ためにフィアルと相談して決めていた事であった。




 しかしである。
 それでも世の中には馬鹿というモノは存在する。


『あーくそっ! むしゃくしゃするぜ!!』
『なんで今日に限って財布をスられるんだっつの!』
『ちっ! こんな日はナンパでもして宿屋にでも連れ込んで発散するしかねーな』
『どっかにかわいこちゃんは………おい、あれ上玉じゃねぇか?』


 いかにも軽薄そうなチャラ男どもであった。


『おっ! そこの彼女! 俺たちとお茶しなーい?』
『うはは、キミかわいいね! 俺のターイプ』
『ヒヒッけっこういい身体つきだしな!』


 三下臭の漂う、やられるために存在するとしか思えないような見事な三下ぶりだ。
 下心を隠そうとしない。祭りの雰囲気と酒にでも酔っているのだろうか。


 若干三人とも顔色も赤いように思える。おそらくそうなのだろう。
 お酒の影響もあり、気が大きくなった彼らは先ほど財布をスられたイライラをどこかにぶつけようとした結果、その標的がフィアルのナンパに行きついたようだ。


 酒を飲んでイライラした人物の行動は意味不明である。


『先生………ごめん、手をつないでいても馬鹿には効果は無いみたいだ』
『はぁ………大丈夫だよ、たぶん』
『僕が念話でみんなに召集を掛けるね。懲らしめるなら人気のない方がいいよね?』
『だったらそこの路地裏あたりがよさそうね………って、そこまでする!?』
『乱暴なことをされそうになったら、正当防衛してもいいでしょ?』
『………そうだけど………6歳児とする会話じゃないよ、これ』
『それじゃ、第一目標に対話による解決、第二に物理交渉で。』
『まぁ、第一目標は達成できそうにないけどさぁ………あ、こっちきた。』
『逃げよう』


 小声で簡単な作戦会議を行うフィアルとリオル。
 彼女たちは逃げるように人通りの少ない路地裏に入ってしまったようだ


『おいカノジョー。待ってよお茶しようぜ』




 ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべるナンパ男たちも、彼女たちの後に続いて路地裏へと入った
 彼らは知らない。リオル達が念話で連携を取っていた子供たちが、それぞれ建物の屋根に飛び移り、いつでも突撃が可能であるということを。




「大変よリノン! ルスカと竜人族の子達を見失っちゃった!」
「馬鹿アルン! なんでずっと見てたはずなのに見失うのよ!」




 アルンとリノンの二人はナンパ男たちに絡まれているリオルとフィアルをなにしているんだろうと意味も分からずに見ている内に、リオルの指示を受けた子供たちはすぐに家の屋根に飛び移り行動を開始していたため、目を離したすきにルスカ達の動向を探ることができなくなっていた




「ねえリノン、なんだか屋台のある大通りから路地裏の方に向かったみたいよ!」
「そうねアルン。あそこの路地裏にもなにかおいしそうな屋台があるかもだね!」




 そして、アルンとリノンの二人は、そんな彼らの後に続いて路地裏へと向かってしまうことになる。










                     ☆






「ちょっ! やめてください!」


 女性の拒絶する声が路地裏にこだまする




 あの声は、リオルと手を繋いでいた女性の声だ!
 リノンとアルンの二人は瞬時にそう判断して急いで路地裏の近くまで行き、顔だけを出して状況を確認する


「いーじゃん行こうよ、そのあと俺らといいことしようぜ」


 そこでは、先ほどの男たちがフィアルの手を取ろうとして拒絶されている場面であった。


「本当に困るんです! 子供たちのお守もしないといけないし」
「へー、なに仕事中? そんなガキどもなんて放っておいても大丈夫だって。」
「そうそう、チビだって一人でおうちにくらい帰れるだろう?」




 一人の男がしゃがみこんでリオルに目線を合わせると不快そうに眉を寄せるリオルの姿をリノンとアルンの二人は捕らえた。
 リオルは拳を握りしめて目線を逸らした。


 体格の違いすぎる者から視線を受け、無意識のうちに委縮しているようだ。


 それを見て、ようやくアルンとリノンの二人は事態を理解し始めた


(リノン、今どういう状況なのかな? わたしにはなにがなんだかさっぱり)
(アルン、男の人たちが大きいから、チビリオルが漏らしそうになっているのよ)
(なるほど、思った通りあいつは腰抜けね! 震えているわ!)
(そうだよ、あの子は腰抜けよ、だから怖くて震えているの!)


 少しだけ斜めの方向にずれながら。




「それにさ、俺達さっき財布取られてさ、付き合ってくれないまでもお金貸してくれるとうれしいなー、なんてな」




 ケタケタと笑い金を貸せと言いながらフィアルに詰め寄る酔ったナンパ男。
 それを見たアルンとリノンは、カツアゲの現場だと瞬時に判断し




「リノン! 大変よ! 女の人が悪漢に襲われているわ!」
「アルン! そうね! 女の人を助けなきゃいけないね!」




 気づけば、身体が勝手に動いていた


 リオルは役立たず、フィアルも道場では模擬戦すらしていないただの保護者。
 対して強くないだろう。
 そうした勘違いから、彼女たちはフィアルを守りリオルに恩を着せるため、理屈ではなく、本能で何をすればいいかを悟った。


 すなわち、介入。
 首を突っ込み、ナンパ男たちを撃退し、リオルに恩を着せ、自分たちのしもべにしてやるのだ!


 などと取らぬ狸の皮算用を行い、ちょっとしたヒーローのような気分と昂揚感を味わいながら、護身用の携帯木剣を構えて走り出す。
 さてさて、助けられるリオルヒロインはどんな顔をしているのかな、と顔を向けてみると


「は!?」


 間抜けな顔をしていた。
 どうやらリオルは自分たちが助けに来たことに気が付いていないらしい。


 ほんとうに間抜けな奴。あとで舎弟にしてあげよう。
 それに今日リオルはお金を使っていないらしいし、私達になにかを奢らせてあげよう。


 せいぜい後でわたしたちに感謝すればいい。
 などと、自分からカツアゲまがいの思考になっていることに自らも気づかないまま


 リノンとアルンはアイコンタクトを交わし


「「 喰らえ悪漢!! 」」


――ガッ! バシィッ!


「ぎゃっ!」


 彼女たちは木剣を振りかぶってナンパ男の顔面に息の合った一撃、フィアルの肩を掴んでいた手に一撃入れ、木剣を構えながらナンパ男たちから距離を取った




「くっそ、なんだこのガキ! なにしやがる!!」




 そう言って二人を睨みつける睨みつける悪漢
 ふふん、びっくりしているわ
 私達は13歳の剣士と試合しても負けないもんね!
 きっと私達の剣の腕にビビッてるに違いないわ!


 その己の筋力を考えない自信過剰が、己を窮地に導くとも知らずに


 13歳の剣士との勝負は『試合』である。


 しかも、そのルールは初手をどちらが早く決めることができるか、というもの。
 剣筋の威力とは到底無関係な試合であった。




「おい、クソガキ。テメェいま俺になにしやがった」


 その結果は、筋力の圧倒的に足りないアルンとリノンでは、怒りを増幅させるだけにとどまった。
 怒りの矛先をアルンとリノン、ついでにそのそばにいたリオルにまで向けてきた悪漢たち。


 いくら鍛えているとしても、体格差がありすぎるのだ。




「「 き、効いてない!? 」」


 最も厄介なのは
 そんなことに全く気が付かない程アルンとリノンはお馬鹿だったということである。
 その程度の痛みでは怒りを買うだけでダメージ自体はほとんどないに等しい


「ば、馬鹿! 早く謝ってこの場から離れて!」




 リオルが慌てて彼女たちに叫ぶも
 彼女たちにとってはリオルはヘタレて動けなくなっている小鹿そのもの


 食われておしまいの存在、取るに足らない雑魚なのだ。
 だからこそ、リオルがなぜこの場から離れるように言っているのかが理解できなかった


「「 動くこともできない腰抜けは引っ込んでて!! 」」




 そうして、リオルの堪忍袋の緒を自ら引っ張って引きちぎってしまった






                ☆




「………ちっ」


 結果的に彼女たちが生きていたのは運が良かったとしか言いようがない。
 いくらリオルが温厚とはいえ、我慢には限界がある。


 今のリオルの精神は確かに安定してきているが、元々が虐められて実際に殺された経験のある男の子だ。
 過去のトラウマは今でも根強く残っている


 さらに、転生をしてからも家族からの愛情を受けることなく虐待を受けた
 このことから、リオルは幸福に執着している節がある。


 まず第一に、ナンパ男たちによるお祭りの堪能こうふくを邪魔されたことで、リオルも気づかないうちにかなりのストレスが溜まっていた


 これだけならまだリオルの許容量に余裕があるが、アルンとリノンの介入により思ったように事が進まず、さらにそれにより男たちはリオルにまで敵意を向けられたことで、ほんの少しだけ前世のことを思い出し、一気に憎悪ストレスが膨れ上がった


 最後の最後に、アルンとリノンによる『腰抜け』呼ばわり。
 これでリオルの堪忍袋の緒が切れるトリガーとしての役割は十分だった


 なぜ、さっきまで幸せだったのに、こんなクズどもに自分の幸せが奪われなければいけないのだ


 僕が何かしたのか。
 ふざけるな
 ふざけるな、ふざけるな。


 小さな幸せを享受することすら、許してもらえないのか


 久方ぶりに、どす黒い感情が体の中を満たし、暗く冷たくなっていく心を自覚しながら、リオルは右手に魔力を込め、こちらに背を向けるアルンとリノンに向かって手を伸ばした




 これ以上、僕の幸せな夢を汚すようなら………殺―――


――― ッパァアン!!




























































「………は? いっ! 耳がっ!!!」


 リオルは自分の側頭部に衝撃を受けて、よろめいた後、右耳を押さえてうずくまった


「なんだ、今の音は!?」


「リノン、いまの、なに!?」
「アルン、私は何も知らない」




 男たちは怒り心頭の所、アルンとリノンも木刀を構えて臨戦態勢、リオルもやや暴走気味。


 まさに一触即発のところを、絶妙なタイミングで妙な破裂音が響き、その空気を霧散させた


 その直後に耳を押さえてうずくまるリオルの姿に若干動揺する面々


 何が起こったのかと考える間もなく、リオルの背後に紫紺の髪をした竜人族の少女が屋根の上から降り立った




「リオ殿! る相手を間違っておりますよ! 頭を冷やしてください!」




 それは、スリングショットを左手に持ったミミロであった。


 彼女はリオルの身に異変が起きていることをいち早く察知し、リオルの側頭部に向けて即座に癇癪玉を射出したのだった。
 もし、彼女がリオルを牽制していなければ、アルンとリノンの二人はすでにひき肉になっていたであろう




「いって………ミミロ………耳元に癇癪玉はヒドイよ………」


 さすがに耳元で火薬が破裂する音は、リオルの頭皮と耳にかなりのダメージを与えたようだ。
 だが、そのおかげでリオルは正気を取り戻した。


 リオルはストレスを溜めこみがちな性格だ。
 前世でも現世でも、ストレスを発散する場がなかったことも原因だが、ストレスをうまく消化する術を知らないがゆえに、今回はふとした拍子に様々な要因が絡まってたまりにたまったストレスが軽く爆発してしまいそうになっていた。


「わちきは謝りませんよ。今、自分がしようとしたことがなんなのか、よく考えてください」


 それをミミロが抑え込んだのはファイプレーとしか言いようがない


「………ごめん、ありがとう。」


 さきほど、衝動に任せてナンパ男たちのついで・・・にアルンとリノンの二人を殺そうとしていたことを思い出し、それを止めてくれたミミロに礼を言った。


 もはや殺すことに対する忌避感というモノが存在しないリオルだったが、さすがに短絡的すぎたと反省する


「はい、感謝と反省をしてください! 彼女たちが気に食わないことは解りますが、いつものリオ殿ならもっと冷静に対処できたはずであります。………さ、そうこうしているうちにマイケルとキラとルー殿が三人をのしましたよ。」


 その言葉に、アルンとリノンの二人が癇癪玉の破裂音による混乱からようやく正気に戻り、ナンパ男たちの方を向くと


「ふぅ。なんだこいつら、話にならないぞ!」
「弱いのです。ちょっと物足りないのです」
「リオっ! だいじょうぶ!?」




 ミミロが癇癪玉の音で隙を作った瞬間。キラとマイケルによる背後から木刀の一撃を受けて気絶したナンパ男二人
 同じくルスカが屋根から飛び降り、そのまま後頭部への膝蹴りをクリーンヒットさせたために気絶した男が一人
 かませは結局プロのかませだったのか、戦闘描写すらなく撃沈してしまったようである




「あ………結局僕はミミロに迷惑かけただけでなにもしてない………」
「そういうこともありますよ。わちきたちに状況を知らせてくださっただけでも十分であります。リーダーが何もしないでいいのは、いいことだと思いますし。リオ殿が暴走してしまえば、このあたりが更地になってしまいますしね。わちきの今回の仕事はリオ殿を止めることであります」






 そういってミミロはリオルに手を差しだし、リオルはその手を取って立ち上がった
 その光景をみて、そのセリフを聞き、アルンとリノンは開いた口がふさがらなかった









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