受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第74話 族長会議



 翌日




「ふぁ~~あ………知らない天井だ。………なんちゃって」


 小鳥のさえずりを聞いてあくびと共にテンプレを言いながら目を覚ますと


「あ♪ おはよう! リオ♪」


 僕の布団の中から笑顔で迎え入れられた。


 なんだこれ。ああ。これが天使か。




「おはよう、ルー。いつから起きてたの?」
「んー、ずっと前なの」




 ずっと僕の寝顔を見ていたらしい。
 よく飽きなかったな。


 まぁ、僕だって昨夜遅くまでルスカの寝顔を堪能してから眠りについたから言い返せないや。


 外はもうだいぶ明るくなっている。


 腹時計的に、今は朝の8時半くらいかな?


 ルスカは僕のお腹の上に乗って、猫のように僕の胸元に顔を擦りつけてくる


 いつまでたっても兄離れできない妹に苦笑する。
 僕も妹離れできそうにないや。


 体を起こしながらルスカを抱っこして、膝の上に乗せる。


 そのくらいは今の僕だってできる。いつまでも非力なわけじゃない。
 伊達に常日頃から自分の身体に1.25倍の重力を掛け続けて修行していない。


 1.25倍に慣れてきたから、むしろ掛けている重力を遮断したら違和感が発生するくらいになってしまった。


 かといって、僕は腕力が強いわけじゃない。多少筋力が付いた程度でルスカよりも筋力は劣るし、足も遅い。


 それでも、常日頃から1.25倍の重力を掛けて生活していれば多少の効果くらいは望めるだろう。
 1.1倍でヒィヒィ言っていた頃が懐かしい。
 いまや体重の1/4ほど加重を掛けても何とかなっている。


 膝の上に乗ったルスカが甘えるように僕の腰に足をからませ、僕に抱き着いてきた。
 そのまま僕のほっぺに自分のほっぺを擦り付けてくる。
 かわいい奴め。


「にゅふふ~~♪」


 その幸せそうな笑顔を見るだけで、一日頑張れるエネルギーが補充される。
 首まであるサラサラした白い髪を右手で撫でる。


 ベッドの近くに置いてある『きょうのばんだな』を手繰り寄せた。




「よしっ 起きよう!」
「うん!」


 ルスカ成分の補充を完了し、ルスカの方もリオル成分の補充が完了したようで、元気よく跳ね起きた。


 ルスカの頭に赤いバンダナを巻く。
 ルスカは僕に赤いバンダナを巻いてくれた。


 さすがに、自分のバンダナは巻いてもらった方が綺麗に巻けるからね。


 さて、今日は族長会議がある日らしいけど………






 族長たちが会議をしている間、僕たち子供は暇なので、お祭りを堪能することになったよ!






          ★ ???SIDE ☆






 リョクリュウ伯爵領の中心。
 【シゲ爺の館】と呼ばれる武術道場がある。


 一角には試合会場があり、各武術の異種格闘大会が開かれることもある。
 そのことからわかるとおり、リョクリュウ伯爵領はそこら辺のヘタな国よりもよっぽど広い敷地を所有していることになる。


 それもこれも、シゲマルが800年以上昔から人類に対して様々な功績をあげ、称え、クロッサ王国より伯爵の地位を手に入れたことによる。


 その頃はたいして人間に興味も持たなかったシゲマルは、緑竜の里の近くであり、人類にとっては未開拓地である樹海に居を構えた。


 緑竜族長という地位も含め、隠れ里に住むエルフとも交流があり、世界樹のお膝元は、シゲマルにとっても都合のいいまさに庭のような場所であった。


 ただし、他の村や町などからはかなり遠い位置に存在するため、元々の人口は少なかったものの、800年の年月を経て、世界の観光名所と呼ばれるまでに成長することになる。


 その結果、伯爵領に定住するものが増え、結果的に世界的に見ても人口が多い場所となった。


 だが、それは理由の一つでしかない。


 もっとも大きい理由は、シゲマルが、あらゆる武術の達人であったからだ。


 伯爵となっても元々は放浪癖のある自由人であったシゲマルは、ふと自分の持つ武術の知識を広めることを目的とした武術道場を立ち上げた。


 特に悪政を敷いているわけでもなく、かといって切り詰めることもなく、自然と、税金と自身の功績による報奨金などで莫大な富を持て余したシゲマルにとっては、武術道場を立ち上げたことすら、当初はただの暇つぶしであった。
 しかし、武術の達人たるシゲマルが道場を立ち上げたことで、弟子入りを希望する者が後を絶たなかった。


 来るものは拒まず、去る者は追わず。
 そんな風に適当に道場を経営していたら、いつの間にか門下生が1000人を超えている始末であった。


 有り余るお金を消費するために立ち上げた道場が、いつのまにか一番の収入源となっていたのである。










 今からおよそ400年前。
 魔王と神の対決の象徴である人魔戦争にて、魔物や人類の数が大幅に減少したことがある。
 その戦いには、世界の色竜カラーズドラゴンまで巻き込まれた。


 戦争のさなか、ほとんどの古き竜が命を失った。
 気高く誇り高く、最強の存在である我々竜種の命を簡単に奪われてしまった


 そのほとんどは【勇者ニルド】と呼ばれる一人の若者の手によって引き起こされた。


 曰く『竜の素材って高そうだし、いい武器とかできそうだったから』


 らしい。
 そんな理由で一族のほとんどを殺されたことに怒りを覚えたシゲマルだったが、死人に口なし、負けた方に言い訳はできないのだ。


 戦争の最中、弟子のひとりであった黒髪の少年、のちの『魔王ジャックハルト』との戦いに己の技量に限界を感じた勇者ニルドは、なにを思ったのか世界最高峰の武術道場であるリョク流武術道場の看板を奪うため、道場破りを行った。


 門下生たちでは相手にならず、シゲマルが直接ニルドと相対することになった。


 結果は、シゲマルの圧勝であった。
 放浪癖のあるシゲマルは、世界中を旅し、世界の格闘道場、武術道場から様々な武術を教わり、自らの中で最適化し、己の武術として確立させていた。
 長い年月とそれに比例する修行により、シゲマルは誰にも負けない強さを手に入れていた


 シゲマルは圧倒的な力量差でニルドを下した。


 最強の存在である竜種が、こんな小僧に負けたのかと思うと、シゲマルは情けなく思った。


 さっさとこの小僧を叩き出してしまおうとすると、白い髪の女の子や、南大陸のリリライル王国の騎士の恰好をした男が頭を下げて弟子入りを申し込んできた。


 道場は来るものは拒まず、去る者は追わず。そういうシステムである。


 内心ではため息を吐きながら、弟子入りを受け入れた。




             ☆




 その後、人魔戦争が終戦し、生き残った竜種の中で、もっとも年上であろうまだ若く幼い色竜カラーズドラゴンたちをシゲマルが引き取った
 古代種や大人の竜は例外なく殺されており、竜族は絶滅の危機にさらされていた。


 竜種の子供たちを引き取った理由はもちろん、簡単に竜種を滅ぼされないためだ。


 それが、紫竜ゼニス、橙竜アシュリー、赤竜ジンの3匹である。




 シゲマルの直接の指導の下、まずは人化の術。そして徒手空拳、柔術、魔闘気の扱いを教え、そのうえで3人に最も合うであろう武器を与え修練を積ませた。


 それらをすべて教えた後、三人はしばらく冒険者として実戦を詰んだ後、それぞれの住処であるアルノー山脈、ジャゴ砂漠、ケリー火山にある竜の里へと送った。


 竜としても、亜人としても、圧倒的な強さを得ることができた三人は、すぐに竜の族長になった。




 その後、緑竜の里にて産まれてしまった黄竜をシゲマルが預かり、生意気そうな見た目から、名を『ニルド』とした。


 その頃と同時期に青竜の子を預かった。青竜の子の名前はサンディ。


 その二人にはまたしても同じように武術を習わせ、冒険者として世に放り出した後、青竜は南大陸のサンチェル湖へと送り、生意気で自由奔放な黄竜も、しばらくしてから黄竜の里である黒帝雲こくていうんへ届け、二人とも族長へと上り詰めた。


 己の配下の竜たちにも鍛錬を積ませるように指示してある。
 これでしばらく竜族も数を減らすことは無いだろう。




 しばらくすると、藍竜の子を引き取った。


 藍竜は、己の色こそ竜の中で最強だと思い込んでいる種族であるため、ヘタな手出しができなかったのだが、シゲマルが北大陸に赴き、フンゾゾ沼に生息する藍竜全員を棒切れ一本で倒したことにより完全降伏。
 藍竜の中でもまだ幼い子をシゲマルがためしに育ててみることになった。


 それが、現在の族長、アドミラである。






                  ☆




 さて、人魔戦争を経た後に全員がシゲマルに育てられ、幼き頃より武術を叩きこまれた竜の族長たちだが、それを一堂に会する場所こそ、シゲマルの住むリョクリュウ伯爵領である。


 【シゲ爺の館】の一室に、全ての族長が揃うことになった。


 族長たちの背後には、それぞれが手塩を掛けて育てた戦士長である。
 彼らはもしも現在の族長が死することがあった時の、次世代の族長である。


 ゆえに、族長会議に参加する資格を持ち、後々の為に顔合わせすることになっていた。




 族長会議の議題は、『魔王の子と神子、黒竜と白竜の処遇について』である。


 族長たち全員の視線が族長たちの頂点であるシゲマルに集まる。
 そこに集まる者たちは冒険者でいうとSランクオーバーの実力者たちだ。


 視線を受けたのが普通の人間であったならば、その圧力に10秒と持たずに気を失っていた事だろう。




「さて、魔王の子と神子のことじゃが、ゼニスの方から何か言うことはあるかの?」


 しかし、その視線を全く意に介した様子もなく、シゲマルは髭を撫でながら弟子の一人に視線を向けた。


 最初に魔王の子と神子を保護したのは、紫竜のゼニスである。
 彼女が最も魔王の子や神子を保護したことにより、族長たちが集まり、会議を行うことになっているのである。
 彼女が最初に発言するのが筋であろう。


「うむ。ではリオル達と出会ったいきさつから話そうかと思う。」




……………
………







 普段から人を襲うことのない紫竜だが、その日はゼニスのやんちゃ盛りの息子、ルーンとその配下5匹で人里まで降りて家畜を奪おうとしていたらしい。
 家畜をすべて喰らっても、竜の巨体ではその空腹を押さえることは叶わなかったようだ。
 その際、逃げ惑う人間たちに興味を示したルーンたちは本能に従って人間たちを襲った。


 逃げ惑う人を喰らい、傷だらけで泣き叫ぶ女を喰らい、家族を守るために立ちはだかった男を喰らった。
 時には嗜虐心と優越感を満たすために四肢を一つずつ噛みちぎったりもしたそうだ。


 しばらくして腹も満ちた頃、周囲にはすでに人の気配はなくなっていた。


 つまらないなと、そろそろ帰ろうとした時、二人の子供が目の前に現れた。


 最後のデザートにしようとしたところで、その子供から強烈な威圧感が放たれた


 瞬間、竜たちは地に這いつくばり、ルーンはなすすべなく殺され、殺されたルーンはその場で子供に食われた。


 生きる上で生き物を喰らうことを当然のことであり、弱肉強食の世界では当然のことであったが、竜族は最強の種族であり自身が食われることになるなど想像の埒外の出来事であったため、素直に受け入れることはできなかった。
 しかし、竜たちは自分たちではその子供にはどうあがいても敵わない事を悟り、その子供に“生かされている”状況を正確に把握していた。
 拘束が解かれた後、ルーンの配下の竜たちは竜を殺すことのできる子供に興味を持ち、その子供を里に連れて帰ることにしたのであった。
 ここからは、ゼニスもよく知る展開である。


 唯一の生き残りであったリオルとルスカを里に連れて帰った後、日々の生活すら慣らすために魔眼に頼っていたゼニスは、リオルとルスカの二人が人魔戦争の時にたびたび話題に出た魔王の子と神子であることを見抜いた。


 桁外れの魔力保有量。それだけの力があれば、竜を殺すことも容易であろう。
 距離さえ空いていれば、自分でさえ勝ち目がない事をゼニスは悟った。




「故に、幼く精神的にも不安定なあの子たちを野放しにしておくのはよくないと思ってな。育てることにしたのだ」


「なるほどねぇ」




 青竜族長のサンディが両手で頬杖をついて相槌を打つ。




「でも、育てずに放置していたら勝手に衰弱死していたんじゃないかしらぁ。その方が余計な混乱も招かないわよぉ?」


 まだ昨夜の食事会でしか会合していないリオルたちのことを把握しきれていないサンディは、神子だの魔王の子だの、そう言うものがどういう性格なのかもわからないため、言葉にはややトゲがある。
 それに、青竜は神であるダゴナンライナーを信仰するダゴナン教の総本山であるサンチェル大聖堂と隣接する湖に青竜の里を構えていることもあり、やや魔王の子を敬遠している節があった。


「いや、あの子たちは竜をも殺す力を持っており、実際竜を食っているのだ。保護した当初は何としても生き抜くことだけを考えておったようだしな。実際、初めて会った時は私にも油断なく殺気を飛ばしていた。放っておいても確実に生き残るであろう。ならば、少しでも正しい道に進ませようと思うのは当然のことだと思うぞ。」


 ゼニスがそう告げると、その豊満すぎる胸を押し上げるように腕を組んで「そうねぇ………」と悩ましげなため息をついた。


「ではいっそ毒殺とかどうでしょう。ボクなら竜をも溶かす猛毒を調合できますが。」


「ミラ坊。殺す方で話を進めるな。そもそもこの会議はリオ坊やルスカ嬢、そして黒竜と白竜をどこに住まわせ、どうやって育成するか、という会議なのだ。………というか、そんな猛毒はすみやかに処分しろ。」




 顎に手を当てて毒殺を進言する藍竜族長アドミラに対し、頭をガシガシと掻きながら赤竜族長のジンが横やりを入れる。


「一応、オレも一年ほどあいつらを育てていたが………」
「キャハハハ! ジンが面白い冗談を言ったのだ! ジンが子育て? だらしないオマエができるとは到底思えないのだ!」
「一旦黙れ、アシュリー。育てたといっても、オレはあいつ等の住まう場所と食事を与えたにすぎん。あとはゼニスの言った通り、勝手に成長した。あいつらの身の回りの世話は、ほとんどオレんとこの戦士長のイズミにしてもらっている」


 橙竜のアシュリーの茶々を軽くスルーし、ジンは魔王の子たちの現状を語る。
 族長たちはそろいもそろって我が強く、会議のていをなしていない気がするも、族長たちが集まると大体がこんな感じなのでシゲマルも特に注意はしない。
 あまりにも話がそれたら強引に話題を修正するだけである。


「一年を通してあいつらを見てきたが、特に悪さをすることも無ければ、人間に虐げられていたからと人間を嫌いになっちゃいねえ。別に人間に復讐しようなんて考えてねぇんだ。」


「へえ、魔王の子なんて野蛮そうな子供なのにですか?」


 感心したようにアドミラが目を見開く。


「ああ。そのことを直接リオ坊に聞いたときも、『人間に復讐しても何も生まれないし、自分も満たされない。自分が恨まれるだけだ』と言っていた。あの年の子供にしちゃ、よく考えているじゃねえか。人間を恨んでいても、復讐についてはどこかで妥協………いや、諦めているんだ。無駄だってな。オレだったら確実に人間を滅ぼすためにメチャクチャにしかねないが、あいつは子供ながらにすべてを諦めて、全てを受け入れている。精神的にも未熟なはずの子供が、だ。」




「ふむ………やはり悪い子ではないようじゃのう」




 シゲマルが魔王の子が悪しき心を持っていないことをわかっていたかのようにうなずきながら髭を撫でる。
 実はシゲマルは昨夜、自身の養女であるファンとのやり取りをこっそりと見ていたのである。


 なんだかんだとファンを突き放すようにしても、心配なのだ。
 それこそ、まるで初孫かのように可愛がっているため、もしリオルがファンを虐めるような子であった場合は制裁を加えるつもりであったが、それどころかリオルはファンの不安そうな心の闇を祓ってくれた。


 悪感情どころかリオルには感謝の念が湧いているのであった。


 そのうえで、シゲマルがリオルを観察して感じたことを言葉に乗せて他の族長たちに告げる


「ワシが見た限りでも、魔王の子はただ純粋に“生きることを楽しんでいる”ように見えたのう」


「ん? そりゃどういう意味だ? シゲ爺」
「言った通りの意味じゃ。産まれた村に居た頃、死にたくなるようなことが幾度となくあったのじゃろう。それを乗り切ったからこそ、目の前の現状を思い切り楽しんで生きようとしているということじゃ。」




 シゲマルの言っていたことは案外的を射ていた。
 リオルは前世で散々な死に方をし、生まれ変わっても散々な人生であったため、小さな幸せをかみしめるように毎日を過ごしている。
 現に今のリオルは赤竜の里に住んでからは『幸せは、いつでも君の足元に』を座右の銘として、ささいな幸せを探して今までの負債を消そうとしている。
 それをシゲマルは“生きることを楽しんでいる”と評したのだ




「まぁ、そんな子供が世界に対して害悪になるとは思えんがのぅ。実際、現在の魔王ジャックであっても、現世に特に干渉しておらんじゃろう? あやつも戦闘狂ではあったが、悪人というわけではないしの。」


「そうなのですか!? てっきり魔王は現世を手中に収めるために力を蓄えている最中かと………」


「あの小僧に武術を教え込んだのはワシじゃぞ。一応、あの小僧が現世で大暴れしたのも理由があるしのぅ。どちらかといえば、ワシはジャックに同情的じゃ。」


 シゲマルがアドミラに返すと、その言葉にサンディが憤慨する


「なんでよぉ! 人類を大虐殺したのは魔王ヨルドハルトと魔王の子ジャックでしょう?
 そのせいで人魔戦争が起こり、その余波で竜族も絶滅の危機にさらされたわけでしょう? わたしは人間のことは結構好きよぉ、それを大虐殺したのは理由はどうあれ、竜族まで巻き込まれては好きになれそうにないわ!」


 バンッ! と力強く会議の場にもうけられた机をたたくが、シゲマルはそれを諫めることもなく、魔王の子ではなく魔王の方に脱線してしまった会話の路線を戻そうともせず、とある質問を寄越して遠回りをしてでもサンディに理解をしてもらうことを選択したようだ。


「ふむ………のうサンディ。お主は自分が何者かを考えたことはあるかの?」


「な、なによぉ、お爺ちゃん………いきなり何の話?」


「魔族や魔物の体内に魔石が埋まっておるのは知っておるじゃろう?」


「え、ええ。常識ね」


「では、竜核とはなんじゃ?」


 突拍子もない話の腰を折るような唐突な質問に、サンディは首を捻った


「それは………竜の力の源でしょう?」


 竜核とは、竜の体内に存在する、心臓と同様に重要な器官である。
 体内の魔力を蓄え、全身に循環させる機能を持つ。


 たとえ心臓が止まっていても、竜核さえ無事であれば、ゾンビとして生き返るほどの魔力を内包する器官である。


「うむ。おおむね正しいが………竜核とは、すなわち魔石なのじゃよ。ワシらは竜、魔物と同じ存在じゃ。」


「そんな! だって、魔物ってもっと頭が悪い生き物じゃないのよぉ!」


「まぁ、オレは知ってたがな。」




 信じられないといった表情のサンディと、対照的に竜核を加工することもあったジンは驚くこともなく頷く


「このことからわかるように、竜族は本来人間の敵じゃ。そして、竜核や竜の角、鱗、血、骨などは人間の間では高く売られることは、貴族のワシならよーく知っておる。さて、この話を聞いて400年前に竜族を絶滅の危機にさらしたのは誰だと思う?」


「それは………」


「世界を救ったと噂される、“勇者ニルド”じゃ。それも、『竜の素材からならいい武器が作れそう、高く売れる』とか、そう言った理由でのう。竜族はむしろ、魔王と共に人間達と戦ったのじゃ。」


「………。」


 絶句。
 サンディは何も信じられないといった表情でシゲマルを見つめた


 その様子を見て、シゲマルは「それに………」と言葉を続ける。


「もともと竜族とて、頭のいい種族ではなかった。色竜カラーズドラゴンとて、一個の生命体じゃ。今でも群れから外れて人間の領域に踏み入り、討伐されることもあるじゃろう? お主たちを育てるまで、古代種や族長クラスの知恵と力量の者ならともかく竜族もそういう者たちばっかりじゃった。今は規律もしっかりしておるし、そういう暴挙に及ぶものは少なくなっているようじゃがな」




 そこまで言ってからシゲ爺は机の上にある緑茶を一口飲む。




「話を戻す。竜族を絶滅まで陥れたのは勇者ニルドであることは話したな。そこはそうだと納得してくれると助かるのう。ワシは実際にこの眼で見ておるのじゃし。」


 渋い顔でサンディは頷く。


「ジャックが人間を襲っていたのは勇者ニルドのもとに神子の“ユリエル”が居たことが原因じゃ」


「それが原因? どういうことなのだ? 神子と魔王の子は衝突するための存在なのだろ? ワタシには訳が分からないのだ!」


 なんにもわからんと首を捻る橙竜族長アシュリーに、顔を向け、シゲ爺は続ける


「そういう使命はないのじゃ。ただ………ジャックとユリエルが兄妹だということがまずかった。」


「ええっ!? 兄妹!?」
「本当ですか、シゲ爺!」


 族長たちが驚きで目を見開くのを、シゲマルは頷いて返した


 生れ落ちてから教会の庇護下にて人々の怪我を癒すために育て上げられたその子は、来る日も来る日も“癒し手”として傷ついた人々を癒すためだけに存在する、教会にとっても金のなる木であった。




 そんな現状をニルドが神子ユリエルに一目ぼれし、彼女を教会から連れ出した。


 しばらく隠れて過ごしていたようだが、神子は神であるダゴナンライナーにより教会に連れ戻され、ニルドも教会へと向かった。
 そこで、ニルドは神であるダゴナンライナーから聖なる力と聖剣を授かり、魔王ヨルドハルトを討つように命じられた。


 かくして、神子と勇者は旅に出た。
 魔王を滅ぼすために。


 そこで出てくるのが、魔王の子、ジャックである。


 勇者たちと出会ったジャックは困惑した。
 再会した時に生き別れた自分の妹が、自分に剣を向けている男と共に自分を殺そうとしていることに




 なぜこういうことになったのかはわからない
 ただ、魔王の子というだけで刃を向けられる。


 それに我慢が出来なかったジャックは、シゲマルが教えた剣術でニルドに深手を負わせ、自身も負傷しながら、戦った。そして、ジャックは敗北し、撤退した。
 ジャックは並ぶもののないほど武術の才があったのだが、ニルドの特殊な才能と聖属性魔法の前に、“勝てない”と判断して撤退を余儀なくされたのだ


 そのことをジャックはシゲマルに愚痴ったことがある。




「………とまぁこういうことをジャックの奴がワシに愚痴ったわけじゃが、歴史と本人の見解は全く違う見方をされていることになるのう。」
「そうですね。人間族に語られている歴史では、魔王の子と神子が兄妹であったなどということは初めて知りました。というか、なんで黙っていたのですか」


「言っても混乱するだけじゃろう。サンディみたいに。」
「うぅ~~」


 サンディは今まで自分が亜人として信じていた教会に不信感が募るようで、頭を抱えて唸っていた
 その様子を見て、納得したようにアドミラは頷いた。


「じゃが、現在の魔王の子と神子も双子で、現在この屋敷におる今なら、この話にも信憑性が増すじゃろうからの。さて、歴史のおさらいは終わりじゃ。ちと回り道をしたが………ここから本題に入るとするかのう。」


「リオル達や黒竜や白竜をどこに住まわせるか………だな。」
「うむ。これらの話を聞いたうえでなら、魔王の子、リオルが世界を滅ぼすために生きているとは言えないであろう。真剣に考えてくれるとうれしいのう。」


 ゼニスの一言に頷いて返すシゲマル。
 そして一様に頭を悩ませる族長たち。


 ゼニスやジンは、すでに自分たちの所に住まわせていたこともあるため、リオルは精神的にやや不安定なところもあるがリオルが危険な人物ではないことはよく知っている。そのおかげで大して忌避感は無いが、他の族長の心情はわからない。


「まぁ、悩んだところで見つかる答えでもないのう。全員まとめてワシが面倒を見てやってもよいのじゃが? ファンの友達にもなってくれそうじゃし、ワシにとっても少々都合がいいしのう」




 と、そこでシゲマルが解決策を提示した。


「シゲ爺がそれでいいってんなら俺様はとくになんも言うこたぁないZe☆
 俺様が育てろって言われても、黄竜は放浪してばっかりだからガキンチョの身体には負担ばっかり掛けるだろうしNa☆」


 すると、会議が始まってからずっと背もたれに体重を預けて頭の後ろで手を組んでいたニルドが思考を放り投げてバンザイをしながらすべてをシゲマルに委ねた。
 会議の行く末には興味があったものの会議そのものには興味が全くなかったようである。


「まぁ、シゲ爺がそこまでいうなら………」
「私からも反対はない。リオルとルスカは私の子供みたいなものだし、シゲ爺なら安心して任せられるしな。」
「ワタシはよくわからんからどーでもいいのだ!」
「にゃはは、アシュリーちゃんのおつむにゃはなから期待してないZe☆」
「………もう勝手にしなさいよぉ。わたしはもう知らないわぁ」
「ボクが困るわけではありませんしね。ボクはシゲ爺に賛成です」


 族長たちも、否定的な意見は無かったようだ。
 こうして、本人たちのいない間にリオル達は【シゲ爺の館】で暮らすことが一瞬で決定した








「ま、あとでみなに協力してもらって、簡単にはくたばらぬように手を貸してもらうがの」




 が、その言葉により、一瞬で背中を震わせる一同。




 育ての親でもあるシゲマルに反対できるものは居なかった。







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