受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第65話 命を捨てた男

 王宮に到着した。


 王宮って言うくらいだからどんなもんかと思っていたら、想像以上にでかい。
 中に入ると、触れただけで処罰されかねないような貴重品の数々がまるで美術展のように回廊に立ち並ぶ姿は、まさに壮観だ。




 オレも銀介も宮廷の礼儀作法なんざ知らん。


 王座の間に通された時、オレも銀介も立ったまま謁見した。
 銀介は頭の後ろに手を組む。本来ならば絶対に王に見せる仕草ではない。


 オレについても同じく、腕を組んで王様を睨みつける
 オレも人のことは言えないな。




 オレたちの周りには、ライナー様と呼ばれていた白髪の女の子、サチ、教皇、その他数人の神官風の男が膝をついおり、王の周囲には騎士風の男が5人ほど。近衛部隊だろうか。


 王様の隣には王妃と思われる四十歳中盤くらいの女性


 そのわきには二十歳くらいの男性。おそらく王子。
 その隣には十七歳程度の女性。第一王女
 さらにその隣には十歳程度の第二王女


 女の子の方はオレたちの不機嫌そうな顔を見て身をこわばらせ、第一王女の陰に隠れようとしたところ、陰から引っぱり出されていた






「お前たちが、アイザックの召喚に応じてくださった勇者様方か。」




 厳格な王の風格。その声に含まれるのは希望、不安、疑心。
 勇者だからとやすやす信用なんかできないだろう


 こちらも同じだクソ野郎。オレ達は拉致られただけだ。




「応じる分けねえだろ。勝手に呼びだされただけだ。どう責任とってくれる?」


 銀介は思いのほか神経が太っといようで、頭に組んだ手をだらりと下げ、王様を睨みつけた


 拉致った奴らや元凶を無条件で信用してなるものか




 銀介の非協力的な態度に眉をしかめた王様は、オレの方を向いた




「同じく。いきなり変なところに呼び出されて、正直迷惑している。」




 そう言うと、傍らに控えていた騎士風の男が剣に手を掛け


「貴様ら! それが本当に召喚に応じた勇者の態度か! 王の御前である! 相応の態度で示さんか!!」


 応じてねえっつってるじゃねぇか。頭悪いのか騎士の男。


「よい、余は気にしておらん。剣を収めよ」


「しかし! 彼らはまだ成人もしていない年頃ではないですか! このような者たちが勇者だなど、私にはいささか信じられません!」


「剣を収めよと言っておる。」


「くっ………わかりました」


 しぶしぶといったていで騎士の男は剣から手を離した


「はん、勇者だなんだと祭り上げられても、こちとらただの善良なる学生さんだ。
 そんな大仰な者になった覚えはねえよ。
 そっちの都合で勝手に呼び出されたんだ。それに元の場所にも帰れないときたもんだ。
 なんらかの保証はしてくれるんだろうな。
 こっちにくるまでに残してきたものもたくさんある。家族も友人も金も地位もそうだ。
 こちらの損失は王様。アンタが補てんしてくれるんだろうな。」




 そこで銀介は傲岸不遜の態度を崩さず、被害者はこちらだと言わんばかりの姿勢で相手を挑発する




「………うむ。出来うる限りの援助はしよう。しかし、余の話も聞いては下されぬか」


「聞く耳持たないね。アンタらは俺たちを誘拐した犯罪者。俺と侍刃こいつにとってはそういう認識なんだ。誰が聞くかよ。」




 さらに、堂々と自身が思っている感想を王にぶちまけた




 それに色めき立つ騎士風の男


「きっ! 貴様ァ! 王を愚弄するつもりか!!」


「事実だろうが。それに、俺たちは剣も振るったことも無ければ魔法なんてものも見たことねェ。この世界の何も知らない俺たちが、本当に勇者だなんて思うのか?
 それこそ馬鹿らしい。竜車の中で教皇とかいうジジイからある程度聞いたが、勇者として世界を救えだぁ?
 くっだらねぇ。なんでわざわざ見ず知らずの人間の為に自ら危険に首を突っ込まなければならないんだ。そんなマゾヒストに俺はなりたくないね。
 アンタは怪しげな誘拐犯に世界を救えだなんて言われてわかりましたと頷けるのか?
 それで頷けると思っているようなら―――」




 親指で頭をトントンと叩くと




「―――頭、おかしいだろ」




 その瞳と口元には最大限の嘲笑が浮かんでいる


 ここまで人をイラつかせる才能があるヤツだったとは。




 しかし、銀介の言っていることは俺も思っている事である。
 王様を弁護する気は無い。




「もう我慢の限界です! 王! どうかこの者を処刑する許可を!」


「ならん! こちらの都合で呼びつけたのは事実! それをこちらの都合で処分するのは余の威信にかかわる!」




 『余の威信にかかわる』………ね。そのセリフのせいでオレの中でなんかいろんなものが冷めてきた
 そのセリフは責任を取るという言葉にも聞こえるが、俺には世間体を気にするおっさんの戯言にしか聞こえなかった。


 結局、人間ってのは世間体ばかり気にする生き物だってことか。


 王と騎士の男がドタバタやっている間に、銀介はさらに続ける






「―――だが、条件次第じゃ、言うことを聞いてやってもいい。」




 ニヤリと嗤う銀介。
 王と騎士のやりとりもその一言に中断された
 こいつが何を考えているのか、全くわからん。




 先ほどまで否定的であったにも関わらず、いきなり言うことを聞いてもいい、などと言いだす
 怪しすぎる。
 なにが目的なんだ




「迷惑をかけた謝礼として金と女は当然として貰う。とりあえず、勇者という活動をするかどうかは置いといてだ。アンタらは俺の所望するものに最大限こたえる義務がある。
 まず一つ。俺の要求には最優先で最大限に応えること。
 次に、俺に領地を寄越せ。俺が支配できる領地を。
 最後だ。俺の行動の自由を保障すること。望んで勇者なんかするわけねえだろ、そのくらいは許容しろ。」


「「「 っ!!! 」」」


 その条件に、王と騎士、他にも周りにいる人物が顔を青くした


 要求に最大限で保証し、領地を寄越せ。
 それは、銀介による、国の奴隷宣言である。
 銀介の要求に応える。それは銀介が自分を国王にしろと言われれば、国王の座を明け渡さなくてはいけなくなるということ。


 そんな条件を飲めるはずもない




「な! そんなこと、できるわけが」


「世界の運命よりも、国庫の方が大事だってな。器の小ささが露呈したな。
 じゃあ生活の保障と行動の自由、そして金の援助。問題が起こった際、全力で解決すること。今はこの四つでいいや。これがあれば、ある程度の言うことを聞いてやるよ。」




 案の定、条件を飲めずそれを否定すると、銀介は四つの条件を出した。
 先ほどの奴隷宣言に比べれば、いくらかマシな条件に思える


 一国の王に対する態度が、ここまで傲岸不遜だと、むしろすがすがしいくらいだ
 銀介だって、このまま異世界に放り出されれば間違いなく野垂れ死ぬ


 生活基盤が整っていれば、ある程度生活がしやすくなる。
 そのための条件だ。


「………あいわかった。そのくらいであれば、尽力しよう。」


 少し考えた国王は、銀介の条件を飲んだ。


「言ったな。」


 ………ククっと喉の奥で銀介は笑い声をもらした


 そこで俺は気付いた。
 これは値切りや詐欺の常套手段だ。


 先に暴利をちらつかせ、そこからマシな条件を飲ませることにより、多少の無理でも飲んでしまう


 銀介の『問題が起こった際、全力で解決すること』


 これは、悪事を見逃せということに他ならない




 なんて奴だ………


 行動の自由。これは国や政治にかかわらないための条件付け。


 こんな状況でも、狡猾に物事を進めようとしやがる


 金の援助。謝礼として受け取り、さらに国から絞り取るのか




 その場で気軽に返事していい内容ではない。
 もっと詳しく審議してから、決めるべき内容だった


 だが、その条件は俺にとっても好都合だから、何も言わない。




「ああそうだ。最後に、条件を一つ追加だ。」




「む………?」




 先ほどので終わりではないのかと身を固くする面々
 銀介は厭らしい笑みを浮かべてオレを一瞥すると




侍刃こいつを拘束しろ。こいつは、俺の命を狙っている危険人物だ」
「てめえ! どの口がそれを言うか!!」




 銀介はすぐ隣だ。胸倉を掴んで―――殴るのはやめた。
 ここで暴れたら銀介の思うつぼだ。
 ただでさえ警戒されている最中だってのに乱闘騒ぎを起こしては立つ瀬がない


「クソッ!」言い捨てて乱暴に突き放す


「あっれ? 殴んねーのかぁ?」
「殴ってほしいのか!? ああ!?」


 いちいちオレの癇に障ることを言いやがって!!


「おやめください、勇者様。」
「勇者になった覚えはねえよ!!」


 それを諫めるのは教皇。
 銀介とオレの間に入ってオレを睨みつけるのはなぜだ教皇。


 喧嘩を吹っかけてきたのはアイツじゃねえか




 一触即発。
 あまりにもイライラしてきたオレはすぐにでも爆発してしまいそうだった










……………
………













「ねーえ。そんなことでグダグダやってるんだったら、ボクまで王宮に連れてこられた意味が無いんだけど。早く話しを進めてくれないかなー。」








 澄んだ声が王座の間に響いた。


 その場にいる全員が王座の間の入り口に目を向ける


 そこにいたのは、ウサ耳の少年。ラピスドット。


 むろん、拘束&目隠しされている


 全身拘束されている少年に注意され、侍刃は毒気を抜かれた




 しかし、侍刃には疑問が浮上した。
 竜車に乗って王宮まで来ていたことまではわかるが、彼は別室で待機させられていたはず。
 なのになぜ、王座の間に居るのか、それがわからなかった。


 彼の周りには首輪に付けられた鎖を持った神官服の人間が居ない


 鎖は地に垂れてジャラジャラと音を立てる




「ラピ――っ!」
「魔族よ、リコッタは奥で隠れていなさい!」


 第二王女が少年の姿を見てかすれた声をあげようとしたが、第一王女が彼女の手を引っ張って王座の奥へと連れて行った




「な! おまえ、どうやって部屋から抜け出した!!」




 教皇が目を見開いてウサ耳の少年を睨みつける。




 少年は目隠しをされているはずだが、顔を正確に教皇へと向けた




「クスクス。魔族の血を引いているボクも、半分は兎の血を引いていることを忘れてもらっちゃ困るんだよね。ウサギの脚力を舐めたらダメだよ。ボクを拘束したいなら簀巻きにするべきだったね。まぁそれでもボクはここにたどり着いただろうけど。」




 まるで『チッチッチ』と言わんばかりに右のウサ耳だけを左右に振る。




「魔族が暴れ出すぞ!! 取り押さえろ!!」


「暴れる気はないってば。もう暴れる体力も残ってないよ。さっさとボクが呼ばれた用事だけ済まそうってだけ。後は僕をサンチェル大聖堂の牢獄に戻してもいいよ。できればボクをリオルくんと同じ場所に投獄してくれたらうれしいな。」


「戯言を! 一斉に掛かれ!! ただし殺すな!! こいつにはまだしてもらわなければならないことがある!」




 騎士たちと神官服たちは10歳そこらの少年を囲んだ。
 場は緊張感にあふれている


 なんだ、なぜこの拘束された少年に、そんなに大勢で掛からないといけないのか
 侍刃は己の目の前で起こっている現状を、理解できないでいた




「クスクス。ボクはウソ・・なんかついていないよ。おあつらえ向きに証明できる人が居るじゃん。サチさんや他の真偽官が真偽眼で視てるんだから、ボクはこの場でウソなんかつかないって。
 それにこんな大勢いる手練れたちに眼と手を拘束されたまま勝てるなんて微塵も思ってないんだからさ。
 というか、隷属の首輪があるから暴れてもアイザックさんが命じたら苦痛ですぐに動けなくなるってば。なんでそれがわっかんないかなー。
 そんなに信用ないかなー。あ、うつ伏せにでもなろうか? それならボクはなにもできないよ」




 しかし、目隠しされ、腕を拘束されたまま騎士と神官に囲まれてなお、自分が優位であると微塵にも疑わずクスクスと笑みを漏らす少年は、やはりどこか規格外なのだろう


 ラピスは剣を向けられている状態で、いつ切りかかられてもおかしくない状況のはずなのに、宣言通りにうつ伏せになる。


 まるで、“切りかかられないことが最初から判っている”かのような冷静さだ


「サチ! 奴が言っていることは本当か!」
「ボクはこの場ではみんなのいいなりになりまーす。」
「っ!! 本当です。彼は本心から言っています!」




 ラピスの言葉に、サチは視線を向ける。
 彼女の眼にも、それは本心から言っていることが分かった。


 この場でサチが嘘を吐く意味もない。


 ラピスは本当に自分の仕事を早く終わらせたいがために、この混沌とした状況を作り出したようだ。




「………わかりました。妙な気を起こすようなら、その首が跳ね飛ぶということを覚えておきなさい」
「はーい。あ、眼の拘束を解くなら右目だけでいいよ。」
「………ちっ 念のために眼以外の拘束はさせてもらいます。【奪体温スナッチテンパチャー】」


 教皇アイザックが魔法を発動させると、ラピスの身体がパキパキと音を立てて凍りついた


「うわぁ! さむいさむいさむい。判ってはいた・・・・・・けど、全身が凍るのは冷たすぎて痛いよ………」


 それでも、どこかおどけた雰囲気を醸し出す少年。




 神官服の男がラピスの背中にまたがり、重心を手で押さえながら後ろから少年の眼帯をずらした。


 ラピスの前方には誰もいない。


「………ああ、久しぶりに生身の眼で見る世界はやっぱり美しいや。」


 風景をかみしめるように、明るさになれていない目を細めながらゆっくりと瞼を開く
 体温を奪われ自身の身体が凍っているためか、薄い桜色の荒れた唇が紫色に変色していき、張り付いた笑みの奥でカチカチと歯がかち合っている音が聞こえる


 それは寒さゆえの震えか、緊張ゆえの震えかそれとも――恐怖ゆえの震えか。
 本人にしかわからないであろう。




「さて、鑑定眼も識別眼も持たない人間族は魔族のボクの眼を頼るしかない。
 王様も面倒くさい注文をするよね。
 『異世界からの勇者召喚を行うが、本当に勇者かどうかの判断は鑑定眼を持つボクにしかわからないから、教皇が偽物を連れてこさせないために王の目の前で直接ボクが鑑定し、それを国が用意した真偽官に本当のことを言っているかどうかを確かめさせる』なんてね。
 ボクを捕えるのにいくら国税をかけたのか知らないけれど、言ってくれれば協力くらいしたのに。
 なのにこんな大事にして、この場を乱されないようにボクを餌にしてリオル君を拘束して。しかも教会に拉致されたルスカちゃんにまで細工をした。もはや国がリオルくんにケンカを売っているとしか思えないな。
 いくら温厚なリオルくんでも、さすがに許容範囲オーバーだね。
 リオルくんが爆発したら、この国くらいは簡単に消し飛ぶよ。」


「黙れ。魔族の戯言に付き合ってられるか。しゃべっている暇があれば、さっさと鑑定だけしてくれればいい。そしたら用済みだ。魔族であるお前は、処刑する」




 それを聞いたラピスは、寒さに震える口の端をニヤリと歪め、目線だけを動かして侍刃を見た
 ラピスが見た侍刃の表情は、憤怒である。




 ラピスのセリフと、混沌とした状況下にて冷静な判断を下せなくなった教皇の失言は、侍刃の中でどちらが正義かを決めさせる上で、決定的なこととなった。




 ラピスは処刑されると聞いてもそれこそが狙いだったとばかりに動揺することなく続ける




「処刑ってのは物騒だね。もっと穏便に済まそうよ。気が変わっちゃうかもしれないよ。
 真偽眼も絶対じゃないんだよ。考えが途中で変わればいくら先ほど答えた答えが真実だとしても、今度も同じ気持ちだとは限らないんだからね。
 はい、じゃあ鑑定するね。 銀髪の人。僕の前に来て。」




 王国から金をふんだくり、自身の命を脅かす存在の排除を提案していたところ、乱入してきたウサギのせいで状況についていけず、やや困惑気味の銀介を教皇がラピスの視界に誘導すると




「あ、このギンスケさんが勇者だよ。よかったね、王様、アイザックさん。」


 さらっと銀介の称号を告げる。
 ラピスは鑑定眼を持っているため、直接目で見ることにより、名前や称号を確認できるのだ。


「サチ」
「嘘は言っていないようです」
「チッ なんなんだ、この状況………」


 舌打ちをする銀介。


 真偽眼を持つサチは教会側ではなく、リリライル王国の真偽官である。
 教皇の問いかけに対し、国王に向けて嘘ではないことを告げる


 そのことに、神官や国王が興奮気味に喜びの色を示す。
 銀介が本当に勇者であったことで、関係のない異世界人を召喚したわけではなかったようで、無駄に生活を保障する必要がなくなったためでもある。


 しかし、ラピスは銀介が勇者であると宣言し、そのことに多少の動揺をする者が居た。
 何を隠そう、真偽官のサチである。


 彼女は侍刃から銀介の本性を聞いているため、今回召喚した者が本当に勇者なのかどうかを疑い始めていたところ、ラピスの発言に嘘は無いと自身の真偽眼が語っていた。
 そのことに若干顔をしかめる


 だが、自分の眼が間違った答えを出したことはない。


 だから、銀介が勇者であるというのは、本当のことなのだ。


 だとすると、侍刃は、巻き込まれただけの少年なのだろうか
 もしかすると、彼も勇者なのだろうか


 サチの中では、できれば侍刃も勇者であってほしいと願う気持ちがあった。
 本人に聞いても、『自分は巻き込まれたとしか認識していない』というどっちつかずの答えにより真偽眼は発動しなかったため、本人からは何も情報を得ることができなかったのだ。


 自分と同じ、目の前で大切な人を殺されたという同じ境遇の彼を、先ほどの銀介の発言の通りに侍刃を拘束してしまえば、あまりにも可哀想ではないか


 復讐することもできず、邪魔をされ、挙句の果てに件の勇者である銀介に嵌められる形で追われる身になるなど、あってはならない




「あ………真紅の髪の人。こちきてこちきて」


 サチが悶々と悩んでいると、ラピスは勝手に侍刃を呼んだ。
 どこか慌てているように感じる。


 おどけるようにウサ耳で器用に手招き………いや耳招きするラピス。


 しかし、すぐにその空気は霧散する。彼は一度目をギュッと閉じ、思い切り開眼した。
 そこには、もう二度と眼を閉じないという決意すら感じた


 実はラピスは、銀介の鑑定を行ってから数瞬だけ意識が飛んでいた。


 数日に及ぶ絶食と緊張と、王座の間に混沌をもたらし自分のペースに持ち込むまで奮闘した結果、ラピスにはほとんど体力が残っていなかった。
 さらにそこへ教皇の【奪体温スナッチテンパチャー】にて、なけなしの体力までごっそりと奪われたラピスは、どんなにやせ我慢をしていても、身体の方はすでに限界を超えていたのだ。




「まだ………寝ちゃダメだ………やっとここまで、あと少し………あと少しなんだ………」


 全身の体温を奪われ、身体がガクガクと震え、意識がもうろうとしているのか、目の焦点が合っていないように見える
 ぶつぶつと誰にも聞こえないように口の中で呟く。


 険しい顔のまま、侍刃はラピスの目の前にしゃがみこむ。
 侍刃は拳を握りしめ、ラピスと目を合わせる








「タイガさん………。」






 ラピスは焦点の合わない朱い瞳で侍刃の眼を見る。
 どんなに開眼しようとしても、重力に従ってどんどん瞼が降りてくる
 侍刃は、その瞳の中にある懇願と焦りを見抜いた。
 ラピスは今までのようなおどけた雰囲気はなく、真剣に侍刃を見つめる






「………なんだ。」






 侍刃もそれに応えるように、拘束されている彼の眼をその鋭い眼光で射抜く


 すると、視線が絡み合った瞬間、侍刃の眼に再び異変が起きた




――――――


 個体名:ラピスドット
  種族:兎蛇魔人族ハーフメデューサ
  状態:飢餓 衰弱 凍傷 瀕死
  装備:隷属の首輪 遮光の眼帯
  称号:魔眼の申し子
  属性:――
  耐性:光魔法耐性
  加護:魔王の子の加護
  特殊:鑑定眼・千里眼・魅了眼
     真偽眼・魔力眼・魔砕眼
     模倣眼・透視眼・予見眼
     過去眼・威圧眼・暗視眼
     霊視眼・鷹の眼・複眼
     識別眼・隠蔽眼・再生眼
     石化の邪眼・停止の邪眼
     破壊の邪眼・崩壊の邪眼
     封印の邪眼・隷属の邪眼
     暴露の邪眼・淫奔の邪眼etc…


――――――






 侍刃の目に映ったのは、『瀕死』の文字。
 体温を奪われているためか、彼は死にかけている。それがわかっただけで充分だ。




 他は目に入らなかった。
 大きく変化したことに、気づきすらしなかった。


 侍刃の中でわかったことは
 周りの連中は、この少年が死んだところで心を痛めないだろう、ということ。
 少年は侍刃たちの鑑定が済んだら用済みということであり、すぐに処分する予定であったということ。
 そして………少年は、死ぬ寸前になってまで、この状況に持ってこようとしたこと。


 侍刃の知る由もない事だが、“予見眼”による未来視にて全てのパターンを分析し、この混沌とした状況でなければ自分も銀介の鑑定後に殺され、侍刃も銀介の策謀によって抹殺される運命にあった。
 ラピスは、その運命を変えたのだ。


 侍刃は、少年の言葉を待った。


 紫色の唇がゆっくりと開き、眼の端には涙が溜まっていた






「………おねがい! ボクたちを、助けて!!」






 心からの悲痛な叫び


「貴様、なにを――がっ!?」
「グハッ!!」




 瞬間。侍刃は自身の隣にいたラピスに奇妙な魔法をかけた教皇アイザックを殴り飛ばし、ラピスの身体を拘束していた神官服の男を蹴り飛ばした
















「任せろ。虐げられているモノを守るのが、オレの正義だ。」








 異世界に無理やり召喚されて4時間。
 侍刃は、魔族側についた。


 その光景を目の当たりにした騎士達、神官たちは一斉に攻撃態勢に移った




 もはや自身の持ちうる称号通り勇者として高待遇で向かいいれられていても、狂った教皇の言いなりになるのは、王のもとに付くのは、銀介と同じ立場になるのは願い下げであった。
 それに、侍刃は、こちら側に付いた方が堂々と銀介を殺すタイミングがありそうだと判断した
 下手に銀介と一緒に居ては、こちらが寝首をかかれるだろう。
 銀介は、そういう狡猾な男だった。


 銀介の本性については、サチが弁明してくれることを祈るしかない。


「ありがと。でも礼は言わないよ。」
「………ふん、オレは別に礼を言われたくてやったわけじゃ………礼を言ってんじゃねえか。」
「クスクス………ありがとう」


 教皇が気絶したことにより魔法の効力が解け、ラピスの身体に体温が戻り始める
 普段の調子を取り戻し始め、今にも死にそうな青白い顔で冗談を言い、クスクスと笑みをこぼすラピス。
 それでも、体力の限界はとうの昔に迎えている。意思に反してまぶたがゆっくりと降りてくる。


「あぁ………これで………助けられる………まっててね、リオルくん………すぐにキミを………」


 侍刃は素早く冷たくなっていたラピスの身体を抱えると、生命の危機を脱した安堵からか、ラピスはうわ言のようにつぶやく。


「あんましゃべんな。体に障るだろう」
「うん………最後に、ボクを信じて………。王宮から、飛び降りて………。そこに………仲間がいる、から」


 最後の力を振り絞って侍刃の耳元で囁くと、侍刃は頷き、それを確認したラピスは口の端を釣り上げたまま気を失った
 侍刃はその小さな魔人を担ぎ、よくやったと声を掛けて労う。




「………どうせハナから疑われてんだ。今更どうなろうと知ったことか。一度は捨てた命だ。この身朽ちるまでやってやろうじゃねえか」




 我ながら馬鹿なことをしていると思う侍刃であったが、後悔はなかった。
 私利私欲のために勇者召喚などということを行った国や教会より、少年の純粋な助けの声の方が、よっぽど信用できた。




「絶対に、タダでは死んでやらねえぞ」




 騎士や神官に囲まれながらも、侍刃は獰猛な笑みをうかべていた。





















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