受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第61話 屍の前にて祝勝会
「はぁ……はぁ………」
「おつかれさん、マイケル。」
マイケルに労いの言葉を掛けてあげる。
一番頑張ったのはこの子だ。
鉄鉱石竜を相手にほとんど一人で時間稼ぎを行った。
一番の功労者はマイケルだ。MVPだね。
「ふぅ………。えへへ、かった、かったああああああああ! やったぁ―――――――!!」
あとで何か褒美をあげようと思う。
「ありがとう、マイケル。マイケルがいなかったら、僕たちは確実に死んでいた。
僕たちを守ってくれてありがとう」
それよりも、お礼が先だ。
あとで勝手に鉄鉱石竜に立ち向かって危険を冒したことも怒りたかったけど、勝っちゃったから怒るに怒れないや。
鉄鉱石竜と何度もかち合ったせいか、マイケルの体は随所ボロボロであった。
腕は傷だらけ、服は破れてしまっている。
「へへっ、とーぜんだよ、なんてったってにーちゃんは、おれよりよわいからな! おれがまもらないと、しんじゃうもん!」
そんなマイケルが照れ臭そうにほっぺたを掻きながら頬を染める。
このやろう、言ってくれるじゃないか
「ありがと、これからも頼りにしてるよ、弟。」
「へへへっ どんとこい! にーちゃんはまえにでなかったらおれよりつよいから、おれだってにーちゃんにはまだかてないけどね。」
「おっと、急に弱気になったね。つまりどっこいどっこいってことか。」
意外と謙虚なその姿に、思わずくすりと笑ってしまう。
いったい、誰に似たことやら。
マイケルはその瞳を不安げに揺らして僕を見た。
ん? なに?
「おれ、かっちょいい?」
僕の眼を見て、真剣に訴えていた。
マイケルはジンを目標に強くなろうとしている。
ジンのような“かっちょいい”男になりたいのだ。
ふたたび、くすりと笑みが漏れてしまう。
ああ、ずるいなぁ、そんなもの、答えは決まってるじゃないか。
「もちろん。さっきのマイケルはかっちょいい。最高だった!」
「よっしゃ!」
パシンとハイタッチを交わし、僕はキラの方へ向かった
「キラも、マイケルをサポートしてくれてありがとう。キラがいなかったらマイケルは石化しちゃっていたかもしれない」
「マイクは、せきかしちゃえばよかったのです。」
「いやいや。」
何言ってんだこの子。
「でもキラがマイクをころしたいので、たすけてやっただけなのです! マイクにはかんしゃしてほしいのです!」
むふん、と鼻息荒く胸を張った。
ああ、この姉弟は天邪鬼でツンデレなところがそっくりだ。
心配だったならそう言え♪ かわいいなぁ♪
「にーさま、こういうのを、ぎょふのりというのです!」
「………は?」
漁夫の利? 第三者が利益を得てしまうこと?
たしかに二人で頑張った後に僕の魔法でとどめを刺したけど、僕がやったことって鉄鉱石竜を転がしただけだし、やっぱりすごいのは前線で戦ったキラとマイケルだよね。
だから手柄はマイケルとキラのはず。
キラもマイケル同様、少々アホなところがあるが、まあいい。
キラがいなかったらマイケルが石化していたのは事実だし、どういう理由であれ、助けたということに変わりない。
「そ、そっかー。キラは頭がいいなー。えらいぞー。」
「ふふふん、もと褒めるのですー♪」
気持ちよさそうに、頭を僕の掌にこすり付けてくるキラ。
これ以上はやめておこう。キラの頭が大変(残念)なことになりそうだ。
次にミミロだ。
「おつかれさま。作戦立案ありがとね」
「いえいえ、わちきは特に何も。わちきの無茶な要望に応えてくれたリオ殿も、頑張ったと思いますよ」
「でも、ミミロの作戦が無かったら勝てなかっただろうね。」
暗幕により視界を完全に奪った後、鉄鉱石竜が鉄柱に躓いてしまった時はどうなることかと思ったけど、ミミロのおかげで平常心を保てたし、なんとかなった。
さすがミミロだ。
『鉄鉱石竜に魔法が効かないのでしたら、鉄鉱石竜の足元の地面を使えばいいのであります!』
なんとまぁアントワネット理論。
本人に効かないなら周りを使え。
そういう逆転の発想をできる人は強い。
罠を設置したあとは自分の気配だけ残すように、僕は浮遊して崖の上で待機。
そしたら鉄鉱石竜が僕の方に向かってくれるようになるという寸法だ。
そのまま鉄柱を踏んづけた鉄鉱石竜はコロコロと傾斜を転がって崖下に向かってダイブするという作戦。
傾斜が緩やか過ぎたおかげでスピードは遅かったけれど、ルスカは鉄鉱石竜の後方で風を呼び出し、鉄鉱石竜の下敷きにされている鉄柱の回転数を速めてくれた
おかげでスムーズに事が運んだ。
傾斜があると言っても、鉄鉱石竜は巨体だからね。
後押しが必要だったからすごく助かった。
ぽーんと崖下に放り出された鉄鉱石竜は、崖下に生えた鉄杭に全身を貫かれ、“返し”のせいで動くこともままならない。杭が抜けないにもかかわらずこちらを睨みつけていた鉄鉱石竜の生命力の強さに唖然としたよ。
それでもなおしぶとく生きていたが、鉄杭に仕込んだ藍竜族長の毒の髪によってその生命の火はすぐに鎮火することとなった。
会う機会があったら藍竜族長のアドミラさんにお礼を言っておこう。
あれが無かったら杭が折れて再び鉄鉱石竜が暴れ出す可能性があった。
今回の鉄鉱石竜の討伐にあたり、僕らの誰か一人でも抜けてしまえば、犠牲者無しに切り抜けることは出来なかっただろう。
それだけ、かなりギリギリの戦いだったのだ。
「むふふふ、でしたらリオ殿にはわちきを褒めちぎらせる権利をさしあげましょう。ほらほら、ちやほやしてください。」
「なぜ褒められる側が上から目線!? ええっと、柱がひしゃげたときはどうなることかと思ったけど、なんとかなったね」
なぜかミミロがズイッと頭を差し出してきたので、まぁ撫でるしかないわけで。
でもなんかちょっとだけ釈然としなかったけど、ミミロは気持ちよさそうに目を細めたから良しとしよう。
「なんとかなるのは当然であります。わちきはリオ殿を信用しているのでありますよ? リオ殿が信用を裏切るような真似をするとは思えません。ですから、胸を張ってください、これは当然の結果なのであります!」
ミミロは微笑みながら軽く拳を握って、僕の胸の中央をトンッと叩いた
無条件でそこまで信用してくれているのか。
ミミロには頭が上がらないな。
「ありがと。」
「いえいえ。礼には及びません。わちき一人では鉄鉱石竜に太刀打ちできるはずもありませんし、リオ殿が居たからこそ、誰も失うことなく終わらせることができたのです。はい、もうやめやめ。この話はこれで終わりましょう。わちきもなんだかリオ殿を褒めたりリオ殿に褒められたりして恥ずかしくなってきました」
ほんのり恥ずかしそうに頬を紅くしたミミロは、顔を手で仰ぎながらキラケルの方へと歩いて行った。
………なにあれかわいい。
「リオー! ルーもほめてー!」
「わっぷん!」
今度はルスカが僕に抱き着いてきた。
あふん。ダメだよハニー。人が見ているよ
やわらかいルスカの体を抱き留め、ルスカは僕の胸元に顔を擦りつける
「ルーもありがとね。怪我しなくてよかったよ………」
「にゃぅぅ………にゅふふふふ~~♪」
ぎゅうっと力いっぱい抱きしめる。
この子にはこの愛情表現が一番いい。
「助けに来たぞ――って、なんだこの状況。」
おっと、救援を頼んでいたジンがやって来た
意外と速かったね。
あ、そっか。イズミさんと合流したって言ってたよね。だからか。
「助けに来たのに終わってらぁ………。すげーな、鉄鉱石竜はSSランクなんだぞ?」
「どーだジン! 鉄鉱石竜を倒したよ!」
ジンがこの場に到着した時には、僕たちが鉄鉱石竜を倒していることにまず驚き、戦ったことをちょこっと叱り、生き残ったことを喜び、再び倒したことを蒸し返したと思ったら褒めてくれた。
扱いがうますぎる。
適度にちやほやした後、悪かったところを教訓にしろって言ってくれた。
「まぁ、いろんな運がよかったのも助かったかな。たぶん、ここにいる誰かが欠けていたら、みんな死んでたと思うよ?」
「それでも、子供だけで鉄鉱石竜を討伐することが異常だろうが」
最終的に致命傷を与えたのは僕だけど、その作戦を考えたのはミミロなわけで
マイケルがいなかったら時間稼ぎもできなかったし、キラがいなかったらマイケルが石化しちゃってた。
ルスカがいなかったら鉄鉱石竜を崖下に落とせなかった。
誰かが欠けたら不味かったね。
「あ、そうだ、ジン。赤竜の里を出て行く前にもらった藍竜族長の髪の毛! あれすっごく助かったよ! あれが無かったら鉄鉱石竜はいまだにそこでもがいていたかもしれないんだもん。竜って生命力強すぎて怖いわ」
「まぁ、オレも護身用程度で渡していたんだが、役に立ったようで何よりだ。《族長会議》の時にでも礼を言っとけ。」
「うん、そーするね!」
そうだよね。族長会議で直接お礼を言おう。
「ししょー! みんなでたおしたぞ!」
僕とジンで話しているところに、マイケルが割り込んでジンに纏わりついた
ほんと、マイケルはジンのことが大好きだなぁ。
妬けるぞ。兄の威厳はどこ行った!
「わかった、わかったから、落ち着けマイケル。これでお前らの武器を作ってやることができる。楽しみにしていろ」
「うんっ♪ わぁーい!」
「マイクはこどもなのです。ちょっとはおちつくこともおぼえるのです。だからばかなのです」
「なんだとー! ばかってゆーほうがばかなんだかんな!」
「なにをー!?」
「やるかー!?」
いつもの兄弟喧嘩に発展したので、キラケルのことは華麗にスルーする。
ぽこぽこと互いに叩きあう程度のものだが、鉄鉱石竜を相手していたばっかりなのに、よくそんな余裕があるよな
でも、紆余曲折を経たけど、鉄鉱石竜は討伐されたことにより東大陸のいろんな鉱山も発掘を再開することになるだろう
それに、鉄鉱石竜は体内に大量の鉄鉱石をため込んでいる。
ジンはそれを使ってマイケルに武器を作ってくれるんだ
普通の鉱石ではなく、鉄鉱石竜の魔素により変質した特殊合金なんかもとれるかもしれない、とジンが言っていた。
なんだと、マイケルの奴は竜の素材で武器を作ってもらうとは
5歳児体系のくせに一流冒険者よりも金のかかる武器を所有、か。
盗まれないように厳重に保管しておくようにマイケルには注意しておこう。
キラケルの喧嘩を苦笑交じりに見守っていたジンは、そのまま鉄鉱石竜に向かい、大槌斧で豪快に解体ショーを始め、ヤツの竜核を傷つけないように解体して取り出した
ごめんね、鉄杭が邪魔だったよね。
「きょ、きょうのところはひきわけにしといてやるのです」
「はぁ、はぁ………つかれた………」
あとは、さすがに疲れていたのか、そこでダブルノックアウトしている白黒を回収して、町に戻るか。
☆
「そういえば………」
「む? どうした、リオ坊」
僕がぽつりと呟くと、耳聡くジンが反応してくれた
「二匹目の鉄鉱石竜と戦っている時にさ、僕によくしてくれたおじさんが、食べられちゃったんだよね………」
「そうか………」
人の死について、ジンはなにも感じないわけではないだろう。
ましてや僕らは幼い子供だ。
ほとんど僕とは接点のない人だけど、ちょっとでも関わり合いになると、死んでしまうのはやっぱり悲しい。
「悲しいのは解る。泣いてもいい。聞けば、リオ坊の髪を見ても怖がらなかった人なんだろう?」
「うん………」
「惜しい人を失ったな………。」
「うん………。でも、仇は打てたかな………?」
「ああ、きっと、そのジャムって奴も天国でありがとう、って言ってくれているさ」
「そう、だよね。きっと………」
「ああ。胸を張れ。」
「うん………」
せっかく仲良くなったのに………
なのに、すぐに鉄鉱石竜のせいで、僕はありがとうとすら言えなかった。
僕の頭を見ても怖がらないでくれた、唯一の人間なのに………。
それだけが、心残りだ。
二匹目の鉄鉱石竜に食べられてしまっていたジャムのおっさんや他の炭鉱夫たちに報いることは出来ただろうか。
仇はとったよ。ジャムおじさん。
「おーい、坊主―!」
そう言って僕を呼んでくれたジャムおじさん。
彼はもう、この世にはいないのだ。
せめて、一言お礼を言わせてよ………。
涙で視界が歪んだ。
「………ジャムおじさんの墓標を作ろう。ほかにも、食べられた人たちの為に、僕にできることがあるなら、何でもしよう。冥福を祈るよ………」
「怖い事言ってんじゃねぇよ。俺は生きてるっての! 勝手に俺を殺すんじゃねぇよ!」
「………え?」
眼を擦って前を向くと―――目の前に、血だらけの生き物がいた。
生臭い
なにこれ。キモイ
「ここにいたのですね、リオル。ジン。」
と、遅れながらにイズミさんも到着した
イズミさんも、若干顔に血が付着していた。
ちょっと怖い。
2匹目の鉄鉱石竜の解体でもしていたのだろうか
「イズミさん、この血の塊は、誰?」
「ええ、わたしも鉄鉱石竜を解体していたところ、ものすごくびっくりしたのですが、鉄鉱石竜に食べられた者たちは、全員無事でした。
この方は、わたしたちに是非お礼を言いたいと言ってくれた―――いえ、リオルが会いたがっていた、ジャムさんです。」
「よう、坊主。仇打ってくれたんだってな」
血の塊は、イズミさんに手渡された布で顔を拭うと、見覚えのある堀の深い顔の輪郭が見えた
先ほどの悲しみとは違った、戸惑いと安堵の涙が意識せぬうちに頬を伝った
「ようって………ジャムおじさん……鉄鉱石竜に食べられたんじゃ………?」
「ああ。俺はたしかに食われたんだがな、鉄鉱石竜の腹ん中に入ったら体が石化していってよ、右腕は潰れちまったが、なんとか生き残ったんだ」
え? え? 意味わかんない
詳しく説明して?
聞けば、鉄鉱石竜に飲み込まれてしまうと、生物は皆石化してしまうそうだ。
鉄鉱石竜の主食は石だったり鉄だったりするから、人間も石化してからミネラルを吸収するそうだ。
とうぜん、石化すると消化が遅くなる
さらに、石化すると体が硬くなる。
もっといえば、石化すると、割れない限り、体の時間が止まった状態になるそうだ
そして、鉄鉱石竜がイズミさんの手によって討たれ、息絶えたことによって、ジャムおじさんたちに掛かった石化の状態異常が解けたそうだ。
死んだら解けたんだ! 石化してまだそう時間がたってなかったから大丈夫だったんだね。
よかった………
イズミさんがすぐに解体して、胃袋の手前、言うなれば砂肝と呼ばれる石を削って消化するための器官に居たジャムおじさん他炭鉱夫たちを救出することができたそうだ。
「えっと、じゃあ、今回の鉄鉱石竜の被害者は、なしってこと?」
「ああ。重症者は居るが、死者はいないはずだ。かくいう俺も、鉄鉱石竜に飲み込まれた時に右腕を折っちまったがな。」
たしかに、ジャムのおじさんの右腕は変な方向を向いていた
痛いだろう。
痛いはずだ
それなのに、僕たちに無事を知らせに来てくれた
じんわりと心の中が温まった
「………とう」
「あ? なんか言ったか?」
「ありがとう………生きててくれて………。僕の髪を怖がらないでくれて、ありがとう。」
僕がそう言って、頭を下げるとジャムのおじさんはガハハと豪快に笑いながら動く左腕で僕の頭を撫でて
「ばっか、気にすんなよ。イズミちゃんから聞いたぜ。坊主、お前も、よく頑張ったな」
その一言だけで、僕は頑張ったかいがあったと実感できた。
抑えきれなくなった雫が、頬を伝った
だけど、僕の口元は笑っていたと思う。
「おつかれさん、マイケル。」
マイケルに労いの言葉を掛けてあげる。
一番頑張ったのはこの子だ。
鉄鉱石竜を相手にほとんど一人で時間稼ぎを行った。
一番の功労者はマイケルだ。MVPだね。
「ふぅ………。えへへ、かった、かったああああああああ! やったぁ―――――――!!」
あとで何か褒美をあげようと思う。
「ありがとう、マイケル。マイケルがいなかったら、僕たちは確実に死んでいた。
僕たちを守ってくれてありがとう」
それよりも、お礼が先だ。
あとで勝手に鉄鉱石竜に立ち向かって危険を冒したことも怒りたかったけど、勝っちゃったから怒るに怒れないや。
鉄鉱石竜と何度もかち合ったせいか、マイケルの体は随所ボロボロであった。
腕は傷だらけ、服は破れてしまっている。
「へへっ、とーぜんだよ、なんてったってにーちゃんは、おれよりよわいからな! おれがまもらないと、しんじゃうもん!」
そんなマイケルが照れ臭そうにほっぺたを掻きながら頬を染める。
このやろう、言ってくれるじゃないか
「ありがと、これからも頼りにしてるよ、弟。」
「へへへっ どんとこい! にーちゃんはまえにでなかったらおれよりつよいから、おれだってにーちゃんにはまだかてないけどね。」
「おっと、急に弱気になったね。つまりどっこいどっこいってことか。」
意外と謙虚なその姿に、思わずくすりと笑ってしまう。
いったい、誰に似たことやら。
マイケルはその瞳を不安げに揺らして僕を見た。
ん? なに?
「おれ、かっちょいい?」
僕の眼を見て、真剣に訴えていた。
マイケルはジンを目標に強くなろうとしている。
ジンのような“かっちょいい”男になりたいのだ。
ふたたび、くすりと笑みが漏れてしまう。
ああ、ずるいなぁ、そんなもの、答えは決まってるじゃないか。
「もちろん。さっきのマイケルはかっちょいい。最高だった!」
「よっしゃ!」
パシンとハイタッチを交わし、僕はキラの方へ向かった
「キラも、マイケルをサポートしてくれてありがとう。キラがいなかったらマイケルは石化しちゃっていたかもしれない」
「マイクは、せきかしちゃえばよかったのです。」
「いやいや。」
何言ってんだこの子。
「でもキラがマイクをころしたいので、たすけてやっただけなのです! マイクにはかんしゃしてほしいのです!」
むふん、と鼻息荒く胸を張った。
ああ、この姉弟は天邪鬼でツンデレなところがそっくりだ。
心配だったならそう言え♪ かわいいなぁ♪
「にーさま、こういうのを、ぎょふのりというのです!」
「………は?」
漁夫の利? 第三者が利益を得てしまうこと?
たしかに二人で頑張った後に僕の魔法でとどめを刺したけど、僕がやったことって鉄鉱石竜を転がしただけだし、やっぱりすごいのは前線で戦ったキラとマイケルだよね。
だから手柄はマイケルとキラのはず。
キラもマイケル同様、少々アホなところがあるが、まあいい。
キラがいなかったらマイケルが石化していたのは事実だし、どういう理由であれ、助けたということに変わりない。
「そ、そっかー。キラは頭がいいなー。えらいぞー。」
「ふふふん、もと褒めるのですー♪」
気持ちよさそうに、頭を僕の掌にこすり付けてくるキラ。
これ以上はやめておこう。キラの頭が大変(残念)なことになりそうだ。
次にミミロだ。
「おつかれさま。作戦立案ありがとね」
「いえいえ、わちきは特に何も。わちきの無茶な要望に応えてくれたリオ殿も、頑張ったと思いますよ」
「でも、ミミロの作戦が無かったら勝てなかっただろうね。」
暗幕により視界を完全に奪った後、鉄鉱石竜が鉄柱に躓いてしまった時はどうなることかと思ったけど、ミミロのおかげで平常心を保てたし、なんとかなった。
さすがミミロだ。
『鉄鉱石竜に魔法が効かないのでしたら、鉄鉱石竜の足元の地面を使えばいいのであります!』
なんとまぁアントワネット理論。
本人に効かないなら周りを使え。
そういう逆転の発想をできる人は強い。
罠を設置したあとは自分の気配だけ残すように、僕は浮遊して崖の上で待機。
そしたら鉄鉱石竜が僕の方に向かってくれるようになるという寸法だ。
そのまま鉄柱を踏んづけた鉄鉱石竜はコロコロと傾斜を転がって崖下に向かってダイブするという作戦。
傾斜が緩やか過ぎたおかげでスピードは遅かったけれど、ルスカは鉄鉱石竜の後方で風を呼び出し、鉄鉱石竜の下敷きにされている鉄柱の回転数を速めてくれた
おかげでスムーズに事が運んだ。
傾斜があると言っても、鉄鉱石竜は巨体だからね。
後押しが必要だったからすごく助かった。
ぽーんと崖下に放り出された鉄鉱石竜は、崖下に生えた鉄杭に全身を貫かれ、“返し”のせいで動くこともままならない。杭が抜けないにもかかわらずこちらを睨みつけていた鉄鉱石竜の生命力の強さに唖然としたよ。
それでもなおしぶとく生きていたが、鉄杭に仕込んだ藍竜族長の毒の髪によってその生命の火はすぐに鎮火することとなった。
会う機会があったら藍竜族長のアドミラさんにお礼を言っておこう。
あれが無かったら杭が折れて再び鉄鉱石竜が暴れ出す可能性があった。
今回の鉄鉱石竜の討伐にあたり、僕らの誰か一人でも抜けてしまえば、犠牲者無しに切り抜けることは出来なかっただろう。
それだけ、かなりギリギリの戦いだったのだ。
「むふふふ、でしたらリオ殿にはわちきを褒めちぎらせる権利をさしあげましょう。ほらほら、ちやほやしてください。」
「なぜ褒められる側が上から目線!? ええっと、柱がひしゃげたときはどうなることかと思ったけど、なんとかなったね」
なぜかミミロがズイッと頭を差し出してきたので、まぁ撫でるしかないわけで。
でもなんかちょっとだけ釈然としなかったけど、ミミロは気持ちよさそうに目を細めたから良しとしよう。
「なんとかなるのは当然であります。わちきはリオ殿を信用しているのでありますよ? リオ殿が信用を裏切るような真似をするとは思えません。ですから、胸を張ってください、これは当然の結果なのであります!」
ミミロは微笑みながら軽く拳を握って、僕の胸の中央をトンッと叩いた
無条件でそこまで信用してくれているのか。
ミミロには頭が上がらないな。
「ありがと。」
「いえいえ。礼には及びません。わちき一人では鉄鉱石竜に太刀打ちできるはずもありませんし、リオ殿が居たからこそ、誰も失うことなく終わらせることができたのです。はい、もうやめやめ。この話はこれで終わりましょう。わちきもなんだかリオ殿を褒めたりリオ殿に褒められたりして恥ずかしくなってきました」
ほんのり恥ずかしそうに頬を紅くしたミミロは、顔を手で仰ぎながらキラケルの方へと歩いて行った。
………なにあれかわいい。
「リオー! ルーもほめてー!」
「わっぷん!」
今度はルスカが僕に抱き着いてきた。
あふん。ダメだよハニー。人が見ているよ
やわらかいルスカの体を抱き留め、ルスカは僕の胸元に顔を擦りつける
「ルーもありがとね。怪我しなくてよかったよ………」
「にゃぅぅ………にゅふふふふ~~♪」
ぎゅうっと力いっぱい抱きしめる。
この子にはこの愛情表現が一番いい。
「助けに来たぞ――って、なんだこの状況。」
おっと、救援を頼んでいたジンがやって来た
意外と速かったね。
あ、そっか。イズミさんと合流したって言ってたよね。だからか。
「助けに来たのに終わってらぁ………。すげーな、鉄鉱石竜はSSランクなんだぞ?」
「どーだジン! 鉄鉱石竜を倒したよ!」
ジンがこの場に到着した時には、僕たちが鉄鉱石竜を倒していることにまず驚き、戦ったことをちょこっと叱り、生き残ったことを喜び、再び倒したことを蒸し返したと思ったら褒めてくれた。
扱いがうますぎる。
適度にちやほやした後、悪かったところを教訓にしろって言ってくれた。
「まぁ、いろんな運がよかったのも助かったかな。たぶん、ここにいる誰かが欠けていたら、みんな死んでたと思うよ?」
「それでも、子供だけで鉄鉱石竜を討伐することが異常だろうが」
最終的に致命傷を与えたのは僕だけど、その作戦を考えたのはミミロなわけで
マイケルがいなかったら時間稼ぎもできなかったし、キラがいなかったらマイケルが石化しちゃってた。
ルスカがいなかったら鉄鉱石竜を崖下に落とせなかった。
誰かが欠けたら不味かったね。
「あ、そうだ、ジン。赤竜の里を出て行く前にもらった藍竜族長の髪の毛! あれすっごく助かったよ! あれが無かったら鉄鉱石竜はいまだにそこでもがいていたかもしれないんだもん。竜って生命力強すぎて怖いわ」
「まぁ、オレも護身用程度で渡していたんだが、役に立ったようで何よりだ。《族長会議》の時にでも礼を言っとけ。」
「うん、そーするね!」
そうだよね。族長会議で直接お礼を言おう。
「ししょー! みんなでたおしたぞ!」
僕とジンで話しているところに、マイケルが割り込んでジンに纏わりついた
ほんと、マイケルはジンのことが大好きだなぁ。
妬けるぞ。兄の威厳はどこ行った!
「わかった、わかったから、落ち着けマイケル。これでお前らの武器を作ってやることができる。楽しみにしていろ」
「うんっ♪ わぁーい!」
「マイクはこどもなのです。ちょっとはおちつくこともおぼえるのです。だからばかなのです」
「なんだとー! ばかってゆーほうがばかなんだかんな!」
「なにをー!?」
「やるかー!?」
いつもの兄弟喧嘩に発展したので、キラケルのことは華麗にスルーする。
ぽこぽこと互いに叩きあう程度のものだが、鉄鉱石竜を相手していたばっかりなのに、よくそんな余裕があるよな
でも、紆余曲折を経たけど、鉄鉱石竜は討伐されたことにより東大陸のいろんな鉱山も発掘を再開することになるだろう
それに、鉄鉱石竜は体内に大量の鉄鉱石をため込んでいる。
ジンはそれを使ってマイケルに武器を作ってくれるんだ
普通の鉱石ではなく、鉄鉱石竜の魔素により変質した特殊合金なんかもとれるかもしれない、とジンが言っていた。
なんだと、マイケルの奴は竜の素材で武器を作ってもらうとは
5歳児体系のくせに一流冒険者よりも金のかかる武器を所有、か。
盗まれないように厳重に保管しておくようにマイケルには注意しておこう。
キラケルの喧嘩を苦笑交じりに見守っていたジンは、そのまま鉄鉱石竜に向かい、大槌斧で豪快に解体ショーを始め、ヤツの竜核を傷つけないように解体して取り出した
ごめんね、鉄杭が邪魔だったよね。
「きょ、きょうのところはひきわけにしといてやるのです」
「はぁ、はぁ………つかれた………」
あとは、さすがに疲れていたのか、そこでダブルノックアウトしている白黒を回収して、町に戻るか。
☆
「そういえば………」
「む? どうした、リオ坊」
僕がぽつりと呟くと、耳聡くジンが反応してくれた
「二匹目の鉄鉱石竜と戦っている時にさ、僕によくしてくれたおじさんが、食べられちゃったんだよね………」
「そうか………」
人の死について、ジンはなにも感じないわけではないだろう。
ましてや僕らは幼い子供だ。
ほとんど僕とは接点のない人だけど、ちょっとでも関わり合いになると、死んでしまうのはやっぱり悲しい。
「悲しいのは解る。泣いてもいい。聞けば、リオ坊の髪を見ても怖がらなかった人なんだろう?」
「うん………」
「惜しい人を失ったな………。」
「うん………。でも、仇は打てたかな………?」
「ああ、きっと、そのジャムって奴も天国でありがとう、って言ってくれているさ」
「そう、だよね。きっと………」
「ああ。胸を張れ。」
「うん………」
せっかく仲良くなったのに………
なのに、すぐに鉄鉱石竜のせいで、僕はありがとうとすら言えなかった。
僕の頭を見ても怖がらないでくれた、唯一の人間なのに………。
それだけが、心残りだ。
二匹目の鉄鉱石竜に食べられてしまっていたジャムのおっさんや他の炭鉱夫たちに報いることは出来ただろうか。
仇はとったよ。ジャムおじさん。
「おーい、坊主―!」
そう言って僕を呼んでくれたジャムおじさん。
彼はもう、この世にはいないのだ。
せめて、一言お礼を言わせてよ………。
涙で視界が歪んだ。
「………ジャムおじさんの墓標を作ろう。ほかにも、食べられた人たちの為に、僕にできることがあるなら、何でもしよう。冥福を祈るよ………」
「怖い事言ってんじゃねぇよ。俺は生きてるっての! 勝手に俺を殺すんじゃねぇよ!」
「………え?」
眼を擦って前を向くと―――目の前に、血だらけの生き物がいた。
生臭い
なにこれ。キモイ
「ここにいたのですね、リオル。ジン。」
と、遅れながらにイズミさんも到着した
イズミさんも、若干顔に血が付着していた。
ちょっと怖い。
2匹目の鉄鉱石竜の解体でもしていたのだろうか
「イズミさん、この血の塊は、誰?」
「ええ、わたしも鉄鉱石竜を解体していたところ、ものすごくびっくりしたのですが、鉄鉱石竜に食べられた者たちは、全員無事でした。
この方は、わたしたちに是非お礼を言いたいと言ってくれた―――いえ、リオルが会いたがっていた、ジャムさんです。」
「よう、坊主。仇打ってくれたんだってな」
血の塊は、イズミさんに手渡された布で顔を拭うと、見覚えのある堀の深い顔の輪郭が見えた
先ほどの悲しみとは違った、戸惑いと安堵の涙が意識せぬうちに頬を伝った
「ようって………ジャムおじさん……鉄鉱石竜に食べられたんじゃ………?」
「ああ。俺はたしかに食われたんだがな、鉄鉱石竜の腹ん中に入ったら体が石化していってよ、右腕は潰れちまったが、なんとか生き残ったんだ」
え? え? 意味わかんない
詳しく説明して?
聞けば、鉄鉱石竜に飲み込まれてしまうと、生物は皆石化してしまうそうだ。
鉄鉱石竜の主食は石だったり鉄だったりするから、人間も石化してからミネラルを吸収するそうだ。
とうぜん、石化すると消化が遅くなる
さらに、石化すると体が硬くなる。
もっといえば、石化すると、割れない限り、体の時間が止まった状態になるそうだ
そして、鉄鉱石竜がイズミさんの手によって討たれ、息絶えたことによって、ジャムおじさんたちに掛かった石化の状態異常が解けたそうだ。
死んだら解けたんだ! 石化してまだそう時間がたってなかったから大丈夫だったんだね。
よかった………
イズミさんがすぐに解体して、胃袋の手前、言うなれば砂肝と呼ばれる石を削って消化するための器官に居たジャムおじさん他炭鉱夫たちを救出することができたそうだ。
「えっと、じゃあ、今回の鉄鉱石竜の被害者は、なしってこと?」
「ああ。重症者は居るが、死者はいないはずだ。かくいう俺も、鉄鉱石竜に飲み込まれた時に右腕を折っちまったがな。」
たしかに、ジャムのおじさんの右腕は変な方向を向いていた
痛いだろう。
痛いはずだ
それなのに、僕たちに無事を知らせに来てくれた
じんわりと心の中が温まった
「………とう」
「あ? なんか言ったか?」
「ありがとう………生きててくれて………。僕の髪を怖がらないでくれて、ありがとう。」
僕がそう言って、頭を下げるとジャムのおじさんはガハハと豪快に笑いながら動く左腕で僕の頭を撫でて
「ばっか、気にすんなよ。イズミちゃんから聞いたぜ。坊主、お前も、よく頑張ったな」
その一言だけで、僕は頑張ったかいがあったと実感できた。
抑えきれなくなった雫が、頬を伝った
だけど、僕の口元は笑っていたと思う。
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