受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第53話 魔王 ジャックハルト
☆ ???SIDE ★
―――魔界、魔王城にて
「ジャック。ジャックハルト陛下。」
「んぁあ? なんか用かァ?」
執事服を着た茶髪の老人が、一人の青年に声を掛ける。
陛下と呼ばれたその男こそ、今代の魔王。『ジャック・ハルト』である。
400年前に先代魔王『ヨルドハルト』が討伐され、その時代の『魔王の子』であったジャックはヨルドハルトの後釜として、名を改名し現在の魔王を名乗っている
ジャックは窮屈そうにソファで横になっていた体を起こす。
漆黒の髪に漆黒の翼が、魔王の子としての名残を残していた
「いつまでもダラけているな。ジャックも働いて下さい!」
ため息交じりに茶髪の老執事がそういうと、ジャックは面倒くさそうに立ち上がり、あくびを一つ。
「………くぁ………。働くっつってもよぉ、ポルテガ、俺ぁいったい何をすればいいんだ?
内政は全部お前らに任せてるし、この城で俺にできることと言ったら掃除か洗濯か皿洗いか便所掃除くらいしかないっしょ。この俺に侍女の真似事でもしろってか?
400年前みたいに人間が魔界に攻め込まれるようなこともないわけだし、勇者みたいなアホも、今はもういねぇ。戦闘くらいしかできねェ俺が、今更なにをすればいいのか全くわからんっしょ」
ジャックの物言いに、老執事は髭を撫でる。
確かに、魔界は今、平和だ。
魔王にやる気はないが、力はある。
魔界に住む魔族は我が強く諍いが絶えないが、それでも、400年前の人魔戦争による人間の魔界侵略があったころよりは、確実に平和だ。
領土を広く持とうとする傲慢な人間による、侵略行為。
数多の魔族が殺され、また侵略に来た人間も殺した。
魔界でもやられたらやり返すの精神で逆に人間界に侵略しに行き、ジャックは勇者と神子の手によって返り討ちに会った
天界に住む神である『ダゴナンライナー』にたどり着くことすらできずに。
だが、ジャックは先代魔王とは異なり、神に興味がない。
しかし、人間は醜いということを、ジャックは身を持って知っていた。
ジャックも人間界に産まれ、そして、人間によって捨てられたからだ。
それに、ジャックは知っていた。
歴史の真実を。
神と人間は、400年前の人魔戦争で勇者と神子を利用するだけ利用して、その後はゴミのように処分されたという事実を。
魔王を滅ぼしうる力を持った人間に恐れをなした人間の愚かさを。
400年の時を経て、再び魔王の子と神子が産まれた。
人間は、再び同じ過ちを繰り返すだろう。
それは何としても避けなければならない。
なんとしても、魔王の子を守らねばならない。
「ハァ………では【魔王の子】の気配でも探っておいてください。居ることはわかっているのですし。………本当はジャックがすぐに回収する予定だったのでしょう?」
老執事もややなげやりにジャックに命令する。
普通の者であれば、王にこんな態度を取れば打ち首になるところである。
だが、ジャックは全く気にしない。
自分が働いていないという自覚があるから。
「しゃーねぇっしょ。気配を探るか――――ん?」
人間界に向けて、現在の魔王の子が発する微弱な魔力を感じ取ろうと人間界の各地に散らした《闇水晶》に意識を集中すると、
ジャックは異変に気付いた
「どうなさいました?」
「ああ、5年前に人間界に送り込んでいた鉄鉱石竜から【軌跡陣】の反応が途絶えた。おそらく送り込んだ三匹のうち一匹、死んだっしょ。」
部下の一人から人間界で【魔王の子】が生まれたという知らせを受けて、ジャックは気配を探しても見つからない魔王の子を見つけるために、ジャックは各大陸に魔獣を送り込んだ。
魔王が子飼いにしている【鉄鉱石竜】は、鉱石が豊富な東大陸に送られた。
大陸に一番適した者だ。
中央大陸には【飛竜】
西大陸には【蛇鶏王】
北大陸には【氷岩巨人】
南大陸には【大化蛸】
全員、体内に【闇水晶】を取り込んであり、魔王の子の気配を探れるようにしていた。
魔王の子を見つけるのは長期戦になるだろうし、別にこいつらの働きは期待してはいなかった。
産まれたらすぐに見つかるだろうと思っていたのもある。
それに、魔王の子とあれば、成長すれば嫌でも目立つだろうという思いもあった。
(あいつら全部、知能は低いしな。簡単に魔王の子が見つかるとは思っちゃいねぇさ)
それでも、鉄鉱石竜は王国の騎士団が被害を無視した大規模な討伐隊を組めばなんとか倒せるレベルの魔界の生物である。
しかし、どうやら相手は単独でそれを狩ったらしい。
ジャックがその相手に興味を持つのは当然のことと言える。
(………そもそも、“ジド”のヤツが【千里眼】で見つけてくれたら楽なんだが………どこをほっつき歩いてんだかなァ。10年くらい帰ってきてねェし、人間界に行って女襲ったり女買ったり油売ってそうだなぁ)
ジャックは心の中で腹心の部下に悪態をつく。
「鉄鉱石竜を倒した者の詳細はわかりますか?」
「ああ、ちょっと待ってろ。鉄鉱石竜につないでた【軌跡陣】を辿る」
そう言ってジャックは、指先から出した《糸》に意識を集中させる
ジャックが【軌跡陣】と呼んだものは、くしくもリオルの持つ【糸魔法】と同じものであった
ジャックの手から伸びたその糸は、亜空間を経由して鉄鉱石竜の“魂”にまで接触し、視覚聴覚、その他の感覚を【乗っ取り】できる
先ほどまで鉄鉱石竜が戦っていた敵の情報を、残った“魂”から情報を引き出す
「ん? こいつぁ………クハハハハハハ!!! 」
鉄鉱石竜の“魂”を通してジャックが見たものは、
赤い髪の男が、鉄鉱石竜を一撃で叩き切ったところだ。
脳裏に移ったそれを見てジャックは愉快そうに笑う。
「どうした?」
「鉄鉱石竜を倒したこいつはたしか、赤竜族長のジンっしょ。剣作ってる奴だっけ? 噂だけは知ってるわ。そりゃあ鉄鉱石竜が東大陸を侵略されてりゃ族長が動くのも頷けるっしょ。大陸には竜が住んでることを忘れてたわ、クハハハハハ!」
「普通忘れるか? 」
ケラケラと笑うジャックに、ため息を吐きながらツッコミを入れる老執事。
ジャックは意に介した様子もなく答える
「つっても俺が最後に人間界に行ったのって300年くらい前だぜ? そりゃあ忘れることもあるっしょ。族長クラスなら鉄鉱石竜が討伐されるのもうなずけるってもんだしなァ。」
ジャックはさらに“魂”から情報を集める
―――
『グギギ………魔王様ノ、気配。何処ニ居ル。』
鉄鉱石竜は見下ろすように赤い頭の冒険者を見下ろした
ジャックは少しだけ感心した。
俺が下した命令をずっと遂行して探していたのか、馬鹿の癖に、と。
ただ、鉄鉱石竜の主食は鉄鉱石であるため、鉱山を転々と移動する習性があり欲望の赴くままに鉱山へと向かい、魔王の子探しが捗っている様子はない。記憶の隅に留めているだけだろうな、とジャックは思った。
一応、近くに魔王の子が居たら気配がわかるように【闇水晶】を取り込ませてある。
【闇水晶】は魔界の鉱物。闇属性の気配の感知ができ、闇の魔法攻撃に耐性を付けることができるおまけつきだ。
気配を感じたということは、魔王の子は近くに居たということか。
ジャックは情報をさらに集めることにする
『ああ? ちっ、リオ坊の事か。ゴザック鉱山だが、そこに行かせるわけがないだろう』
もしもこの場にゼニスが居たのであれば、魔眼にてジャックの糸の存在に気付き、そのような迂闊な発言はしなかったであろう。
しかしジンには魔眼は無い。
あるわけがないことを想定しろと言われても無理な話だ。
ジンのセリフに、ジャックは確信する。
ジンは魔王様と聞いて、俺ではなく『リオ坊』という奴のことを連想した。
つまり、
こいつは、ジンは、【魔王の子】の居場所を知っている!
と。
―――
「おい、ポルテガ! 朗報だ! 魔王の子の居場所が解ったっしょ!」
興奮気味に老執事に詰め寄るジャック。
老執事はジャックの顔を押し戻しながら仕方なさそうに聞く
「それで、どこに?」
「ゴザック鉱山っしょ! 昔俺たちが競って廃鉱ギリギリにまで採取しつくしたゴザック鉱山だ!」
「ああ、あの………」
「幸い、もう二匹いる鉄鋼石竜はまだ生きているし距離も近い。そいつにはそこに向かってもらう」
ジャックは【軌跡陣】を辿って二匹の鉄鉱石竜の居場所を特定し、念話で鉄鉱石竜に指示を出す。
すなわち、『ゴザック鉱山へと向かい、【魔王の子】を捕獲せよ』と。
「いざとなったら俺ぁテメェの身体の制御権を奪う。構わないな」
『グルル、承ッタ』
『………ZZZ』
「よし、とっとと行くっしょ!!」
ジャックが指示を出すと、どうやら一匹は寝ているらしい。そいつが一番近く、というかすぐ近くに居るのだが、コイツについては人間界に送ってから動いた形跡すらない。
強い癖にどこまでもマイペースな鉄鉱石竜に対しジャックは嘆息する。
慌てる必要もないだろう。鉄鉱石竜は地面に穴を開け、地中に潜り移動を開始した。
鉄鉱石竜がリオル達の所に到着したのは、それから30分後のことである
☆
一匹の鉄鉱石竜は、魔王の子の気配を頼り、魔王の子の真下にまで移動して魔王の子を喰らって腹に入れてから魔界に連れて帰る腹積もりだった。
しかし、危険を察知したリオルは危機一髪で跳びあがり、奇襲を見事に躱したのだ
結局、腹に入れたのは肉付きの良い銀髪のおっさんであったのだが。
鉄鉱石竜の視覚情報を乗っ取った魔王ジャックが今代の【魔王の子】を初めて見た印象は『ひ弱そうなやつ』であった
体の線は細く、痩せている。
魔力は一般人に毛が生えた程度。いや、それ以下だろう。
そんな魔力では、消費の激しい【闇魔法】を扱うことは不可能であろう。ジャックはそう思ったのだ。
バンダナを巻いていて髪の色がわからないが、たしかにそいつから闇の魔力を感じる。
だから確実に黒髪をしていて、それを隠しているんだろう。
ただ、本当に魔王の子なのか、不安になるレベルの魔力量だ。
その体からはごく微量しか魔力が漏れてこない。
それではろくに魔法も使えないだろう。訓練すらしていない一般人と同等レベルの魔力放出量なのだから。
しかし、その認識はすぐに改めることになった。
『岩石創造!』
今代の魔王の子は空中で大岩を作成した
(バカな! あいつから漏れ出る魔力の量からすれば、手のひらに砂粒を作るくらいで精一杯のはずっしょ!?)
ジャックの混乱をよそに、魔王の子はその大岩にさらなる魔法を込める
『十倍加重!!』
さらに闇魔法。ジャック自身がよく知る魔法を使った。
『【隕石落とし】!!!』
大質量の大岩が鉄鉱石竜の脳天に直撃し、唸る。
(………なるほど、おもしろい。見た目通りの魔力じゃねぇってことか。)
どうやら今代の魔王の子は、自分たちとは一味違うようだ。
鉄鉱石竜が苦痛にもがくその隙に魔王の子は近くの竜人の元へと降りた。
竜人は美しい紅色の髪をした女だった。
おそらく、この女は赤竜戦士長。力量はまだまだ力不足。それに、竜としては赤子同然の若さだ。竜としての実力は高いが族長のレベルには遠く及ばない。
だが、ジンは魔王の子のお守をこの女に託している。
ならば、この竜人の女から殺すか。
ジャックは【軌跡陣】を伝って鉄鉱石竜にとある命令を送った
「クァハハハ!【魂支配】!! おい! ここからは俺が代わりにあいつ等を相手してやるっしょ!」
(………承知シタ)
ジャックは鉄鉱石竜の身体の制御権を完全に乗っ取った。
【魂支配】 は“魂”に接続した【軌跡陣】から肉体の支配をおこなう技である
当然、リオルはそんな技術があることを知らない。
知っていても、できない。
なぜなら彼、ジャックハルトが400年前に勇者たちの攻撃によって瀕死の状態にまで追い込まれ、そこでようやく覚醒した技能【霊撃魔法】による産物だからだ。
強制的に鉄鉱石竜の肉体の制御を行い、意識をその体に移すため、その能力は憑依に近い。
リオルたちの気づかぬうちに、現職魔王対魔王の子の戦いが実現することになった
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