受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第44話 東大陸は日本料理?



「んん~~~~~~♪ にーちゃん、おれ、おおきくなったらシラスになる!」
「それ小っちゃくなってるよ! しかも食われてるよ!」




 マイケルに鋭くツッコミを入れる声が室内に響く。


 さっきまで大きくなったら赤竜になる、なんて言ってたはずなのに、今度は大きくなったらシラスとは………
 子供ならではのアホな思考をしているマイケルに突っ込みを入れつつ、僕も箸をすすめる。
 マイケルの口はシラスを詰め込みすぎてリスみたいになっちゃっててかわいい。


 なぜ、マイケルのほっぺがリスになっているのかというと、今まさに食事中だからだよ。
 マイケルはシラスを口いっぱいに頬張ってもきゅもきゅと食べている。


 おいしさのあまり最強種である黒竜がシラスになりたいなど、馬鹿にもほどがある。
 でも日本のことわざにはあれがあるよね。『馬鹿な子ほど』ってやつが。まさにそれだね!


「わははは! 遠慮はせんでいい。いっぱい食べて精をつけるのだ!」


「ふぁい!」




 僕も口いっぱいにお米を詰め込んで返事をした。




 赤竜族長のジンが住む場所は、屋敷があった。


 どこか日本屋敷に似ている雰囲気がある。
 床はタタミ。座り方は胡坐か正座。
 玄関で靴を脱ぐ。
 主食は銀シャリ。
 そして、手づかみではなく、箸で食べるという上品さ。


 なんだか日本に帰ってきたみたいだ。




 赤竜族長のジンは、僕たちに会ってから直ぐに人型に変身すると、僕たちをジンの屋敷に招待してくれた。


 そして、運動してハラペコリーナな僕たちにご飯を食べさせてくれているんだよ!


 ちなみに、ジンの人間形態は赤くて短い髪のツンツン頭で、見た目は30歳くらいのダンディで渋いおじさまだった。
 優しくてかっこいいおじさんだ。なんだか安心をくれそうで、心強い。




「ズズ………ほふぅ」


 僕はジンを横目で観察しながら味噌汁をすすった。
 ああ、久しぶりに味噌汁を飲んだ。


 幸せだ。
 10年ぶりくらいに味噌汁を飲んだ。


 味噌汁があるということに感謝。
 納豆に乾杯。
 シラスに万歳


 これ、もう日本食だよね。
 僕もう赤竜の里に住む。




 野生のお肉オンリーやパンはもう飽きたよ。
 日本人ならやっぱりお米だね!




「う………私はこの匂いはだめです………」
「うゅ………りお、おいしいの? るーにはわかんないの………」
「糸を引いているぞ。食っても大丈夫なのか? 腐っているのではないか?」
「きらも、たべたくないのです………」


 うら若き女性陣には納豆は不評だったようだ。


「なにを! 納豆は偉大だぞ! ごはんのお供なのだぞ! それを愚弄するつもりか!」
「ふん、腐っているものを腐っていると断じて何が悪い」
「いしのほうがいいのです」
「よしわかった。テメーら表出ろ」






 ジンが納豆を侮辱されたことに怒り心頭。
 ゼニスが喧嘩を売った形だけど、数十年ぶりにあったはずの赤竜族長にいきなり喧嘩腰ってどうなのさ
 もっとこう、話すことがいっぱいあるでしょうに。
 僕の事とか、キラケルのこととか。


 まぁいっか。そんな話は食べた後でもできる。
 本人たちが喧嘩したいならさせておこう。




 というかキラ! 納豆よりも石の方がいいとか言っちゃダメ!






「あ、族長殿はたべないのでありますか? だったらわちきがもらうであります!」






 と、そこに救世主ミミロが参上して、ゼニスのお盆の上にある納豆を勝手にもらって箸でかき回し始めた。




「………」
「………」


「………♪」




 箸の持ち方はめちゃくちゃだけど、ミミロは納豆にネギを乗せて醤油を垂らしてかき回し、ご飯に乗っけてさぞおいしそうにご飯を口に運んだ。


 もきゅもきゅと口を動かし、アホ毛が楽しそうにピコピコと動く。
 ごくりと喉を鳴らしてから、ミミロはカッ! と目を開く




「うまいであります!」




 パァッと顔を輝かせて言うミミロに、ジンはゼニスを「ほれみろ」という視線を送った。




 これにはゼニスも何も言えなかったらしい。
 マイケルも納豆がおいしいみたいだし。


 納豆は発酵食品であって食べられないものではないんだよ!
 うん、おいしい。


 美味さと感動がないまぜになって涙が出てきた。
 嗚呼、懐かしき日本の味。


「お、おい、泣くなって。オレ、なんか不味いもの入れてたか………?」


 ジンがあたふたし始めるけど、ジンのせいじゃないよ。


「ううん。おいしいから。こんなにおいしいものを食べたのは2年ぶりだよ」




 ちなみに、2年前に食べた泣くほどおいしいものは、紫竜の肉だよ。


「そうか………そういってもらえるとうれしい。東大陸の郷土料理だからな。梅干しをやろう。食うか?」
「うん!」
「刺身もやろう。昨日、いきのいいマグロを捕まえて、水魔法で凍らせたものがある。」
「わーい!」
「あ、にーちゃんずっこいぞ!」
「サシミってなんでありますか? おいしいものでありますか? わちきもいただきたいであります!」
「おうよしわかった。ちょっくら捌いてくらぁ!」
「な、生魚ですか!? おなか壊しちゃいますよ!」




 気をよくしたジンにいろいろな料理を貰った。
 図らずもジンとは食事の趣味が合いそうなので、僕が魔王の子だと知っていても僕に気を使ってくれた


 こう、種族や魔王の子だというのを気にしない人って僕は大好きだぁ。
 だから僕は、ゼニスやミミロ、フィアル、ルスカの事が好きだ。


 こんなにも僕を認めてくれる人がいる。
 幸せじゃないか。




                    ☆






「うー………食べ過ぎた………」
「だらしないなリオ坊。男ならペロリと平らげるのだ!」
「無茶言わないでよ………」




 実は僕、胃が小さい。
 かなり小食なんだよ。


 いっぱい食べたいという欲求はあるのに、胃の容量がうんともすんとも言わない。
 ジンは東大陸の郷土料理を披露したくてしかたなかったのだろうけど、ごめん、本当に無理だった。


 ごぼうのきんぴらまでは何とかいけたんだけど、ひじきはもう無理だ。
 入らない。
 後半からはおなかの中にブラックホールがあるのではと思うほど、マイケルが食べまくった。
 ジンはそんなマイケルがおいしそうにご飯を食べるものだからいろんな料理を持ってきた


 ジンはゼニスの所と違ってご飯をおいしく食べられるように工夫しまくっている
 それが図らずも日本食と同じようになっているんだ




 いつもの食事量から換算して3日分くらいは食べたと思う。


 紫竜の里に着いた頃はほとんどなにも食べてなかったから常にハラペコだったけど、最近は食事に困らないから、ハラペコ衝動は収まってきているんだよね。


 そうなると、とくに味付けされているわけではない硬い肉を焼いただけの料理では食事が進まない。なんせおいしくないんだから。
 といっても、おいしくない料理には生前から慣れ親しんでいるから苦ではないよ。


 ただ、取る食事の量が必要最小限になってくるんだ。だから、僕の胃は小さいんだろう。




 そういえばこんな話を生前にバイトしていたころの本屋で読んだことがある。


 1.猿の餌に芋を毎日2個用意している
 2.ある日、猿の餌である芋を3個にしてみると、猿は2個しか芋を食べない
 3.今度は3つともにハチミツを掛けてみると、猿は3個ともハチミツ付の芋を食べた。




 つまり、おいしいものはいっぱい食べたいということだね。そうなることによって胃が大きくなっていく。


 僕好みの料理がでる赤竜の里で生活してれば、僕はもうちょっと肉が付くのかな。
 僕の見た目はいまだに痩せているし。




「わはははは! ここにいる間は一杯食うのだ。ガリガリな身体しやがって。この里にいる間はいっぱい食わせてやるからな!」




 胃の中にめちゃくちゃ詰め込んだ状態で、ジンが僕の背中を軽くパシパシと叩く。
 や、やめて!
 吐いちゃう。口から産んじゃうから!
 せっかく食べたものを吐きたくない! これらは全部僕の肉に変えるんだから!






「さて、飯も食ったことだし、本題に入るとしよう。」




 すっとゼニスが立ち上がった。
 ちなみにゼニスは納豆以外は全部平らげた。
 疲労もたまっていただろうし、よく食べるね。
 あと、箸の持ち方が完璧だった。正直、ゼニスは素手で食べるのかと思っていたよ。


 フィアル先生はジンの指導のもと、「ゆびがつりそうだー!」とか言いながらも、なんとか箸の持ち方をマスターしたっぽい。


「うぅ………ナイフとフォークなら完璧なのに………」


 知らないです。
 フィアルの服を軽く引っ張って現実に引き戻してあげる。


 せめてものお礼に、僕は闇魔法と糸魔法を駆使して食べ終わったお皿やお盆、食べ残しなどを分けて集める。
 貴重な闇魔法をこんなことに使うってどうなんだろう。


 ちなみに、料理を運んだり作ったり片づけたりする紅い髪の女の人がいたんだけど、その人が赤竜の戦士長。赤竜の亜種である【紅竜くれないりゅう】の『イズミさん』
 腰まである長髪ストレートで美人さんだった。


 竜が擬人化すると、なんでみんな美人でかっこよくなるんだろう。
 黄竜族長ニルドしかり。紫竜族長ゼニスしかり。赤竜族長ジンしかり。


 片づけを手伝っていたら、イズミさんに頭を撫でられた。えへへ。


「ふむ、ゼニス。なぜここに来たのかは大体察しがつくが、一応聞こう。」
「うむ。まずは、私はひょんなことから【魔王の子】、【神子】と共に暮らしている。」
「らしいな。」


 腕を組んだジンが頷く。


「その影響だろうが、私の里で黒竜と白竜が産まれたのだ。」
「………ふむ。」


 ジンはアゴに手を当てて、ひげをなでると、視線を床に転がってお腹を大きくしているマイケルに向ける。


「うー………おなかいたい」


 食べすぎだよ。


「どこに住まわせるかってことか。」
「うむ。魔王の子と神子についても、他の族長たちから意見を聞きたくてな。」
「そういうことならシゲ爺に相談するのがよいのではないか? なんでオレなのだ。」


 ジンは頭をガシガシと掻いた後、自分でもわからんとさじを投げた。


「やはりジンもわからんか。シゲ爺の所には後々行くことになるだろうから、その時に聞こう。」


 話は終わってしまった。
 結局、ジンにもわからないんだ。
 そういえば僕が読んだ本の『勇者物語』では白竜は天界に住んでいたんだよね


「ねえ、伝承では白竜は天界、黒竜は魔界に住んでいるんでしょ? そこに住まわせることはできないの?」




 なんとはなしに聞いてみた。
 そしたら


「行き方がわかるのであればな。」




 ゼニスからそう返ってきた。


 天界や魔界への行き方はわからないらしい。
 そういえば勇者物語でも天界への行き方は記されていなかったっけ。


 あの時は手を抜いていると思っていたけど、行き方がわからないから記すことができなかったのか。


 それとも………情報が操作されているとか?


 そう考えるのは早計か。
 ………わかんない。


 わかんないなら考えても仕方ないね。
 どうせ答えなんてでないんだから。


 そもそも、僕はキラともマイケルともルスカとも離れたくない。


「ま、成長しきるまでは一緒に生活しててもいいんじゃないの? 擬人化もできるみたいだし、特に不足は無いでしょ。」
「だが、人化の術は魔力を使う。慣れれば1カ月程度なら問題ないのだが、ずっと人型のままというわけにはいかないのだ。
 それに、紫竜の里に黒竜がずっと住みついていたら、人間たちが不審に思うであろう?
 色竜カラーズドラゴンの里は遠目だが人間たちに監視されているのだし。」


 あ、それもそうか。
 まだ人化の術をモノにできていないから、竜形態に戻ってガス抜きをしないといけないんだよね。


 ケリー火山に来るまでだって、1日に3時間は竜形態に戻っていたし。
 魔力総量の問題だってあるだろう。




「それもこれも、《族長会議》で決めるのだがな。」


 結局、ケリー火山に来ただけでは何の解決もしなかったか。
 まぁ、わかってたけどね。




「さて、次は、『コイツ』についてだ。」




 キラケルについてはもう終わったとばかりに、ゼニスがジンに棍棒を手渡した。


 たしか、その棍棒は黄竜族長のニルドが持っていた棍棒だ。


「おい、こいつは『雷蜂イカズチバチ』じゃねぇか。ニルドの棍棒をなぜゼニスが持っているのだ。まさかニルドは死んだのか?」


 死んでないよ。だからそれは遺品じゃないよ


「案ずるな生きておる。ニルドには他の族長にこの子たちの事を伝え回ってもらっている」
「そうか。だが、なぜこれをオレに渡すのだ?」
「ニルドが伝令に出ている今、私が持って来てやったのだ。ほら、中程にひびが入っているであろう?」


 ゼニスが棍棒を指差すと、そこにはたしかにヒビが入っている。
 そういえばこの用事もあったね。
 コレの修理をジンに依頼するんだ。


「………たしかに。だが、ニルドの奴が伝令ついでに持って来ればいいだろうが」
「うむ。私もそう思う。しかし、ニルドはお前のことが苦手らしいからな」


 ジンは仕方なさそうにため息をいた。


「わかったよ。日程が決まったらニルドから連絡が来るだろうし、その時に文句言ってやる」
「すまんな」
「ゼニスが謝ることではないだろう」
「それもそうだな。では取り消す」
「取り消すこともないだろう」


 そんなやり取りをしつつ、ジンはどっこらしょと立ちあがった。
 族長同士の対等な会話なのに、見てくれだけは18歳の少女と30歳くらいのおじさんが会話していて、なぜだかイケナイ絵に見えてしまう。


 ちなみに、中央大陸西部では成人は18歳かららしいし、18歳でも問題ないんだけどね。


 実際にゼニスとジンの子が居るというのに。見た目があの年の差だと危なく見えちゃう。
 そういや、赤竜の里にも『ルビー』って名前の竜が居るらしいよ。それがジンとゼニスの子なんだって。
 イズミさんが戦士長になる前の前任の戦士長さんだったらしい。
 なんでも決闘でイズミさんが勝ったから戦士長の座を譲ったとかなんとか。




 後から聞いた話だけど、ジンとゼニスでは、ゼニスの方が年上らしい。
 竜は人間形態の見た目をある程度操作できるんだって。見た目に騙された。


「さっそく修理に取り掛かる。ガキども。見学するか?」
「あ、行く!」
「おれもいく!」
「りおがいくならるーもいくの!」
「きらもみたいのです!」




 ミミロ以外の子供たちはジンの後に続いた。


 ゼニスは今日はゆっくり休むんだって。
 ミミロも竜魔法を使って疲れているみたいだし、フィアルもすこしぐったりしていた。


 長旅だったからね。しかたがないよ。



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