受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第40話 ☆事件の後の出来事







 夢であってほしいと何度願っただろう。




『役立たずのクズが! さっさと酒代稼いで来い!』




 何度死のうと思っただろう。




『誰のおかげでここに住まわせてもらっていると思ってんだ! テメェなんて居ても居なくても同じなんだよ! 居ねぇ方がせいぜいするぜ!』




 何度殺そうと思っただろう。


 あの頃の僕は精神的に参っていた。
 何をされてもされるがまま。
 命令されるままに動く木偶人形。




 バイトに出ては、稼いだお金は父さんの酒代に消える日々。
 貯金なんてない。


 そもそも、僕はまだ中学生だったんだ。
 保護者の許可なくバイトはできない。


 バイトをしたいと言ったとたんにコレだ。




『あん? んだその目は、文句でもあんのかよ!?』




 何もしていないのに殴られる日々。




 度重なる骨折により、僕の足はおかしな方向に曲がっていた。


 骨折をしても、病院に連れて行ってもらえないんだ。


 折れたまま自然治癒に任せるものだから、変な風に再生してしまっているんだ。




 僕の腕も、すでに肘から先には感触がない。神経が切れているんだ。




『テメェ、今日学校サボったな。俺が呼び出しくらうはめになったじゃねェか!』






 それでも、殴られ続け、無理やり学校に通わされる。




『クスクス、あいつ、また来た』
『死んじゃえばいいのに。』
『どうしてあんな目に合うってわかってるのに学校に来れるのかな。不思議だね』
『キモイ。』
『うわ、スバル菌が付いた! 洗ってくる!』






 歯を食いしばる。


 僕の人生は、すでに詰んでいたんだ。


 動かない左腕。ギプスの右腕。眼帯、包帯。歪んだ足。


 こんな体では、雇ってくれる会社など、あるわけがない。




『いようスバル。また今日も地獄へようこそ。』
『なにがようこそだよ。気ちがいも大概にしてよ銀介ギンスケくん。僕が好き好んでこんな場所に来るわけがないじゃないか。』
『ああ? テメェの事情なんかしらねェよ。』




 鳩尾を蹴られて転ぶ。


 泣いたりはしない。
 泣くとあいつ等が喜ぶだけだ。


 僕は屈しない。
 いじめに屈しない。


 左肘を使ってなんとか起き上がる。




『テメェがいつまで平静を保っていられるのか、見るのが楽しみだなあ! スバルがまだ前を向いていられるのは、まだスバルに味方が居たからだもんな。』


『………味方? そんなの“もう”いないよ。』


 もう、いない。
 親友だと思っていた人にも、避けられるようになってしまった今、僕に味方なんか、居るわけがない。




『居るだろー? 藪の中にさー。 じゃじゃーん!これなーんだ!』




 大げさに両手を突き出してビニール袋を見せる銀介ギンスケ
 そのビニール袋の中には―――


『虎太郎! 銀介、なんてことを………』




 僕が暇を見つけては餌をあげていた猫の、死体だった。




『ギャハハハハ!! そう! 俺はその顔が見たいんだよ!
 ああ、そうそう。このクソ猫なんだけどさ、俺の足元に餌を求めてすり寄ってきてよ、ウゼェから《射殺》しといた。
 やった後になって後悔しちまったぜ! 足を全部もいでからお前に見せてやったらもっと面白そうな顔が見れたのによぉ!』




 虎太郎の死体を教室のごみ箱に放り投げ、クルクルと本物の拳銃を弄ぶ


 銀介は僕たちが住む町を牛耳るマフィアのボスの一人息子だ。




 頭がイかれているとしか思えないようなことを、平然とする。


 そして、絶対につかまらない。




 警察に賄賂を渡して情報を隠ぺいしているんだ。




 警察だって、マフィアと本気で渡り合ったりはしない。
 そんなことをしても無駄だからだ。




 どこもかしこも、腐ってやがる




『うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!』






 僕は発狂しながらも全力で、折れた右腕で銀介に掴みかかった。
 僕の最後の友達を!


 こいつは、こいつは………っ!




『はいせーとーぼーえー。』


『あぐっ!』


 銃の柄で、僕の側頭部を殴った。
 足腰から力が抜ける。視界が白く染まり、意識が離されていき




『おい、こいつを和式便所に―――』


 そして、僕の意識は無くなった。












            ☆








「うわああああああああああああああああ!!」




 ガバッと起き上がる




「はぁ、はぁ、………っ。ハァ………ふぅ………」






 嫌な夢を見た
 全身が寝汗でびしょびしょだ。
 服がべたついて気持ち悪いし、寝袋代わりの毛皮から出ると夜風で冷えてブルリと身体が震えた。


「どうした、リオル。ずいぶんうなされておったようだが、何かあったのか?」


「………辛い夢を見た。」


「………そうか。リオルがローラと決別してからまだそう日は経たぬし、仕方のない事かもしれぬな」




 ゼニスが何か勘違いしてしまっているようだけど、訂正すると面倒くさいから想像に任せる。




 見たのは前世での出来事だ。


 バイトしては父さんにお金を取られ


 登校してはいじめられた


 なんで、いまさらになってこんな夢を………。


 少し前には僕にだってたくさん友達はいたよ。




 でも、銀介の策略によって、みんなが僕を貶すようになった。


 僕が死ぬ少し前まで僕にだって親友と呼べる人もいた。
 あの夢は、僕が死ぬ2日前くらいだろうか。




 だからかな。夢にあいつが出てこなかった。




 侍刃たいがは日本でも元気にしてるかな。


 僕は元親友の顔を思い浮かべて苦笑する。


 最後の最後。
 僕が死ぬ瞬間。
 僕が窓から落とされる前、僕を拘束していたのは元親友だ。


 結局、親友であっても、身を守るためには銀介の言うことを聞くしかない。


 だから、僕を拘束していたのだろう。
 あの時の銀介のイジメのターゲットは僕だった。


 あれ以上、僕に加担してしまえば、侍刃たいがまで僕と同じ目に遭いかねない。
 仕方がないこととはいえ、許せることではないな。


 許せることではないけど、怒りはしない。
 侍刃だって、仕方なかったんだ。頭ではわかってる。


 はぁ、なんで、いまのこの力を前世で持っていないんだ。
 持っていたら、学校ごとあいつらをみんな皆殺しにしてやるのに………。




「明日にはケリー火山だ。過酷な土地だし、しっかり休め。」


 心配してくれるゼニスに、首をフルフルと振って寝袋から這い出る。


「………あとどのくらいで夜明け?」
「2時間くらいだな。」


 ならあと4時間くらいかな。


「夜の見張りは代わるよ。ゼニスが休んでて。僕はもう眠れそうにない。」
「………そうか。なにかあったら呼ぶのだぞ。」
「うん。」




 ゼニスは僕の作った土壁のテントの壁にもたれかかり、目を閉じた。
 ゼニスもずっと僕たちを乗せて移動しているもんだから、疲労が溜まっている。


 ゼニスに休んでもらいたい。




 僕は《糸魔法》を発動して、周囲の索敵に当てる。




 木々の合間に罠を張り、獣が通ると吊り上げる。


 そんな暇つぶしをしながら、夜明けを待った。




 あんな夢を見た後だからだろうか。




 ゼニスが僕にやさしいのも今だけで、そのうちまた裏切られるのではないかと勘繰ってしまう。


 ゼニスは優しいし、フィアルも僕の事を理解してくれる。


 僕は二人の事が好きだ。


 そんな二人に、前世の時みたいに裏切られたら………僕はどうするんだろう。






「………怖い」




 テントの外で、切り株に座り、ポツリと呟く。


 体が震える。
 僕が一番信用している二人に裏切られたら、そんなことを想像してしまうだけで、頭が狂いそうになる




「にーちゃん。」




 切り株の上で一人震えていると、マイケルが眼を擦りながら僕の所に来た。




「ん、どーしたの、マイケル?」


「おしっこ」




 僕は苦笑しながらマイケルの手を取って林の方に連れていく。


 思えばマイケルの身長は僕に追いついてきている。


 体格的には3歳児くらいかな。
 抜かれるのは時間の問題かもね。


 僕はきっと5歳児の平均身長より低いし。


 周囲の索敵をしながらマイケルが用を足すのを待つ。


 ゼニスやフィアルみたいな大人だけじゃない。
 僕にはマイケルやキラが居るじゃないか。


 震えは、いつの間にか止まっていた。




「おわった」


 僕はテントの方に歩き出す。
 マイケルが僕の後ろをちょこちょことついてくる。




「にーちゃん。」
「なに? 明日は早いから早く寝なさい」


「にーちゃんはひとりでおしっこにいけなくてこわかったのか?」
「………聞いてたのね。………そうだねぇ。そうかもしれないね。僕は一人になるのが、すごく怖いんだと思う。」
「………???」


 よくわからないと言った顔をする


「なんだっていいよ。お休み。」
「おやすみ。おしっこにいきたくなったらゆって。おれもにーちゃんのそばにいる」




 ………こいつめ、よくわかってないくせに、言ってほしい言葉を言ってくれる。




「ありがとう、マイケルが側にいるなら兄ちゃんも心強いよ。」


 僕がそういうと、照れ臭そうに寝袋に潜った。




 兄思いのかわいい弟だ。




 周囲を警戒しながら、味方が居ることの素晴らしさを実感する。
 ゆっくりゆっくりと、味方を作って行こう。


 魔王の子であっても、理解してくれる人は居るんだ。


 悪い夢などなかったかのように、気分が明るくなってきた。


 それと同時に空も明るくなりはじめる。






 さあ、出発したらケリー火山に到着だ。






             ★ ??? SIDE ★








 オレは、親友を殺した。






「ギャハハハハ!! 死ねよお前!!」


 オレの親友はいじめられていた。
 親友の名はスバル
 度重なるイジメと暴力により、足の骨が歪んでおかしな方向を向いてしまっている。




「い、いやだよ。なんでこんなことをするの!? ギッ!」


 彼が抗議したら殴られた。彼はもう、痛みに対してたいした反応を見せなくてしまった
 すでにボロボロの体。
 眼帯、包帯、ギプス、松葉杖。


 前日には、すでに感覚がないであろう左手の小指を面白半分で切り落とされていた。


 みているだけで痛々しい姿に、さらに鞭を打つクラスメイト。


「『なんでこんなことするのぉ?』だってよ! ギャハハハハ! マジウケる!」


 目の前でオレの親友をイジメる主犯が変な顔をする。


 奴の名前は銀介ギンスケ。このあたりを牛耳るマフィアのボスの一人息子だ。


 オレの親友のマネをしているようだけど、全然似ていない


 見ていて不快な気持ちになる。


 その変顔を見て、他のクラスメイトが笑い声をあげる
 その声すら、不快だ。


 なにをしても馬鹿にされてしまう親友も、見ている事しかできない自分も、不甲斐なさに拳を握りしめる。




「さて、おーいみんな、仕上げるぞー!」




 銀介ギンスケが、オレに目くばせをし、


(やれよ、《正義の味方》様?)
「………っ!」


 オレは命令に逆らえず、親友の身体を羽交い絞めにした。


それを見た銀介は厭らしく口角を上げて嗤った。






 オレを見たスバルは、驚愕の表情を向ける。
 思わず目を逸らした。




「よーし! この三階の窓から放り投げろ! 俺たちは『遊んでいたら、ふざけて勝手に落ちていた』」


「「「 ふざけて勝手に落ちていた 」」」


 そこまでするのか!
 怒りで体が震える。
 でも、オレは命令に逆らうことができなかった。


 歯を食いしばって、涙を堪えて、スバルを壁際まで引きずる
 逆らったら、俺や、俺の家族が、“殺されてしまう”から。




「や、やめっ!」


 スバルは、無い筋肉を総動員し、オレの腕から逃れようとする。


 オレは、力を抜いてスバルを解放するが
 すぐさま他のクラスメートが数人がかりでスバルを持ち上げた。






「せーのっ!」


「やめて―――――――!!!」






 スバルは教室の窓から放り投げられ、なすすべなく地面に叩きつけられ


 頭から、落ちた。




 確認するまでもない。


 スバルは、死んだ。


 オレが、殺してしまった。


 オレにもっと力があれば………




 銀介に逆らえる力があれば………。


 手が震えた。


 言い訳だ、こんなの。
 オレが、殺したんだ。スバルを。
 親友を!


 教室中がワッと歓声に包まれる。
 ここはスバルの死を楽しんでいる狂人の集まりだ




 自分の頭を右手で掴んで髪をグシャっと握りつぶす。
 涙が後から後から溢れてくる


「う、うぅうう…………!!」


 スバル。オレを恨んでくれて構わない。
 助けられなかったオレを。お前を裏切ってしまったオレを、殺したいほど憎いだろう。




 お前の無念に、報いてやる。
 銀介を殺し、オレも死ぬことで!!
 すまない、父さん、母さん。バカな息子で、ごめん。


「ギャハハハハハハ!!! どうだ、お前のせいで死んでしまったスバルの顔!
 ありゃ傑作だったな! 元親友に引きずられて落とされていくあいつの絶望の顔!
 最っ高じゃねぇか!」




 オレの肩をバシバシと叩く銀介。
 その顔には愉悦と嘲笑の笑みが張り付いている


 気味が悪い。


 オレはその手を掴み、捻り上げた。


「いで、イデデデデデ!! てめぇ侍刃たいが! なにしやがる!! お前の家族がどうなってもいいのか!!」


「………オレのもう一人の家族が死んだよ。たった今、な。
 もう嫌だ、こんな支配された学校生活なんて。
 死んでしまったスバルがうかばれねぇよ………。
 だからっ! オレは………お前を殺して、オレもここで、死ぬことにした」




 オレは銀介の足を払って組み伏せ、銀介のズボンのベルトから銃を抜き、銀介の頭に突き付けた。


 涙で視界が歪み、胃液が込み上げてくる。
 心に決めたとはいえ、人を殺すことが、怖い。


 ここでこいつを殺さないと、スバルと同じような犠牲者が増えるだけだ。
 こいつの息の根は、ここで止めなければならない!


 ここでこいつを生かしておけば、次に銀介のターゲットにされるのは、おそらくオレだろう。
 オレが死んだら、次はクラスメートの誰かだ。




「おい、侍刃ァ! なんのつもりだ! 誰かこいつを止めろ!!」
「……………。死ぬんだよ、オレも、お前も!!」




 警察はマフィアと癒着していて当てにできない。


 ここで銀介を殺さなくては、負の連鎖がずっと続いてしまう!




「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「くそがあああああああああああああああああああああああああああ!!!」








 オレは、引き金を引いた。











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