受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第25話 400年前 『勇者物語』

 ケリー火山に向けて出発、1日目の夜




「ふむ。このあたりで野営をするか。」


 見晴らしのいい草原にて、テントを張る。




「う~~~~~」


『元気を出すであります。リオ殿は十分強いじゃないですか。肉弾戦さえしなければ、生前のわちきも手も足もでませんでしたから。』


 テントの中で唸る僕にのしかかるのは、紫紺竜のミミロだ。
 産まれた時は30cmくらいしかなかったのに、もう50cmくらいになっている
 竜の成長って早いな。


 思い返すのは今日の戦闘。


 バッファローの群れに一人で特攻した時。


 《ブースト》は使ったにもかかわらず、肉弾戦でバッファローに負けた。


 栄養が足りないとは思えない。カルシウムが足りなかったんだろうか。
 これからは骨まで食べようかな。そうしないと、僕の骨が弱すぎる。


 筋力は4歳児以上はあると思っていたけど、他の4歳児を見たことがあるわけでもないし、比べることはできない。


 反応速度と動体視力がよくなってきているだけで、僕にはたしいした筋力は無いのかもしれない




 ルスカならどう戦っただろうか。
 ルスカは3歳の時点で、《ブースト》すら使えない肉弾戦でDランクのガウルフを仕留めた天才だ。


 僕よりもうまく立ち回っただろう。




「りおー、げんきだしてー」


『くー?』『くるる………』


 ルスカと白黒竜まで僕を心配して声をかける


 白竜キラ黒竜マイケルもけっこう大きく成長したなぁ。


 はは、きっと僕は生まれたてのこの子たちにも愛想を尽かされていじめられて殺されるんだ。
 惨めだ。僕は弱い。
 僕は困ったような笑顔をしているのかもしれないけど、それでも無理やり笑顔をつくってルスカと子竜たちを撫でる


「リオルは弱くなどない。」


「え?」


 突然の上からの声に僕は顔を上げる


「リオルは肉弾戦に向かないだけであって、弱いわけではない。本来の戦い方をしなかっただけではないか。」




 ゼニスだ。ゼニスは僕をひょいと持ち上げて立たせると、しゃがんで僕の目線に合わせてきた


「で、でも………」


「でも、なんだ? 肉弾戦で勝たないといけない理由でもあるのか? 危険なことをしないのこそ、利口なのだ。わざわざ危険に身をさらしてなんになる。万が一命を落としたらすべてが台無しになるのだぞ。」


「うぅ………ごめん」


「わかればいい。それにしても、リオルは肉弾戦ではめっぽう弱いな。」


「………わかってるよ。僕は役立たずのタダ飯ぐらいの屑ニートだってことくらい。」


「リ、リオル? なにもそこまで卑屈にならなくてもいいんじゃないかな。」


 フィアルが僕の背中を撫でてくれるけど、僕が肉弾戦で弱いのは変わらない。


 所詮4歳だし。


 それは仕方のない事かもしれないけど、紫竜の里で鍛えてきたこの身体が、地上でも役に立たないなんて、考えられなかった。


 これは後の話なんだけど、一度ルスカと組手をしてみたら、3秒で左腕を折られて地面に転がされた。
 どーせ僕なんてこの世居ない方がいいんだ。魔王の子だし。


 僕は弱い。
 4歳とはいえ、充分弱い。


 ふんだ。僕はこそこそと影に隠れてばれないように暗殺するほうがいいもん。
 行動に華なんかないもん。




 ぶーぶーとひとしきりぶー垂れた僕は、フィアルからもらった『勇者物語』を読んでみることにする。


 わからない単語や状況などはフィアル先生に直接確認することにする。
 文字の勉強や復習もかねての、読書タイムだ。


 4歳児にできることなんてないのだ。
 というか普通バッファローの群れを4歳児が相手するなんてありえないのだ。


 僕は納得と同時にあきらめた。
 僕は接近戦はやらない。




「フィアルー。勇者物語よむー。」
「ふふっわかったわ。今から持ってくるから。」


 フィアルは立ち上がってリュックの方まで歩いてゆく。
 長旅になるんだ。
 準備はすでに整えていたのであろう




 できる女の子は好きだよ、僕。


 対して、僕は何ができる男なんだろうか。


 料理はできない。
 片づけもできない
 あ、ルスカにものを教えることはできる


 でも、それだけだ。
 それどころか、魔王の子という不名誉なレッテルが張られている。
 社会的弱者だ。
 腕力もルスカに劣る。


 もー、僕はどうやったら普通に生きられるんだろう




「はい、リオル。もってきたよ。」
「ありがとう、フィアル。」


 僕は本を受け取ってコロコロと寝っころがって本を床に広げる。
 すると、ルスカが僕の肩に身を寄せてにっこりと微笑んだ。


「えへ♪」


 まさに天使。


『きぃ♪』『くー!』


 訳すると、『おにいちゃん!』『よんでー!』


 子竜たちも僕の元にやって来た。
 白竜は本と僕の間にある隙間にひょっこりと顔をだし、黒竜は僕の左側を占領した。
 まさにドラゴンハーレム。うれしくない。




 竜たちはまだ文字もわからないだろう。
 でも、人間語を、僕の適当翻訳みたいに理解することはできる。


 この子たちの言葉の勉強にもなるだろう。
 僕は喜んで『勇者物語』を読み聞かせてあげた




                  ☆






 勇者物語、とは。


 神様より聖なる力を授かってどこからともなく現れた勇者が魔王の討伐をするという、400年前に実際に合ったとかいう話だ。


 笑いあり、涙あり、仲間の死を乗り越えて魔王城へと乗り込んだ。
 そんな物語。


 勇者の名前はニルド。


 この世界には『ニルド』という名前が多いみたいだ。


 黄竜族長もそうであるし、他にもどこかで聞いた。


 だから、男の子に名前を付ける時、『ニルド』と言う名前が多いそうだ。
 有名な物語の勇者だったら、そうなるのもうなずける。


 ただの冒険者として旅の途中で立ち寄った教会にて、『純白の髪』をした一人の少女を見つけた主人公『ニルド』は、彼女の悩みを解決し、彼女はメインヒロインとして、のちの勇者の補佐をしていた。


 女の子は絶大なる魔力を持ち、その光魔法の効果はものすごいモノだったそうだ。
 なんでも、《ダゴナン教会》にひしめくけが人を《奇跡の光》とかいう不思議魔法で重症患者から持病の腰痛、はたまた虫歯まで完治して見せた


 これはさすがに盛っていると思うが、たしかにすごい。
 おそらく、神子だったんだろう。
 だけど、そんな絶大な力を持っていると、教会には人がひしめいてしまう。
 そんな生活を窮屈だという女の子。


 主人公も良心を痛めながら、教会から彼女を連れだした。


 そんな感じ。


 さまざまな仲間と出会い、時には別れ、次第に惹かれていく恋心。


 神子の女の子は主人公に恋したのだ。
 時には嫉妬し、時には恥じらい、時にはハプニングで裸を見られたとき、僕は本に鼻くそを付けてあげた。


 主人公のラッキースケベは嫌いだ。たぶん美化されているけど、絶対に覗きだよね、コレ。
 主人公を軽蔑しました。




 でもそのあと、女の子の背中には翼が生えていることが判明。


 美しい翼だ。と勇者は言った。
 こんなものは、無い方がいい。と彼女は言った


 次第に近くなる距離。
 彼女は裸。


 もっとよく見せてくれないか、と言う勇者ヘンタイ
 たぶん鼻息荒い。鈍感系主人公っぽく美化されてたけど。


 すこしだけ、だよ。という女の子。


 腹が立った。なにリア獣してんだこのけだもの。そこからベッドイン。
 えっちなシーンだけで30ページも使わないでよ。子供に読ませていい内容じゃない。
 誰か、ページを破らなかった僕を褒めて………。


 ルスカの性教育の為にも、そこら辺を適当にすっ飛ばして物語に戻る。


 神子との絆を深めたところで、旅を再開。立ち寄った教会本部にて神《ダゴナンライナー》より使命を受ける。


『お前は神子に選ばれた勇者だ。この剣を受け取り、魔王《ヨルドハルト》を滅ぼしてくれ』


 ただの冒険者が一転。聖なる力を授かって精力百倍アンパンマン。
 そこそこ強いはずの雑魚相手に無双して神子の女の子にキャーキャー言われる。


 なんだよなんだよ。主人公は運が良かっただけじゃん。
 努力なんかまったくしてないのに無双してるなんて、努力してる人が報われな過ぎて悲しくなる。


 しばらくそんな日々が続いたとき、空からあいつは現れた。




 漆黒の髪に漆黒の翼。


 そいつが、黒竜を引きつれて現れた。
 青年の名前は“ジャック”魔王の子だ。


 なるほど、僕と同じだな。僕はそんな悪役みたいな登場はしないけど。
 魔王の子、か。


 次第に重くなってゆく勇者の体。常識では考えられないほどの華麗な剣技。


 それでも、神様より授かった聖なる力で邪悪なる闇魔法を神子の光魔法と共に打ち払い、自身も重傷を負いながら黒竜と魔王の子を退散させることに成功する。




 退散させることはできたが、次にこんな強敵が現れたら勝てるどころか、引き分けにもできないかもしれない。


 そう考えた勇者は、中央大陸でさまざまの武術を教えているという『リョク流武術道場』へと向かい、『シゲ爺』と呼ばれる師範代にケンカを売り、みごとぼろ負けにされ、シゲ爺の軍門に下って『リョク流格闘武術』とかいうダジャレみたいな名前の戦闘法を身に着ける。


 うーん。この『シゲ爺』っていうのに聞き覚えがあるんだけど、気にしたらダメなんだろうか。
 緑竜族長シゲマル………この時代から有名な物語として登場してるし。実はすごい有名人じゃないか。




 そして、『リョク流格闘武術』を身に着けた勇者一同は、苦労して天界へと向かった。(天界への行き方は書いていなかった。苦労したとしか書いていなくて現実味に欠けた。)




 そこで純白の美しい竜に出会う。


『そなたは神の子か』


 女の子を見ながら言う白竜。


『汝はわらわの力を欲するか』


 もちろん! と強く答える勇者御一行


『ならばわらわにその力を見せてみよ』


 そっからなぜか白竜と決闘イベント。
 辛くも勝利し、白竜を仲間にした。




 白竜は擬人化できたらしく、強い男に目がないとのこと。
 勇者に色目を使い、タジタジになる勇者の耳を、頬を膨らませながら引っ張る女の子。


 勇者はいつの時代も、ハーレムを作ってしまうということか。


 クソ喰らえ。


 凶悪な悪魔が大国を襲っているという情報を掴んだ勇者。
 そこは神子の女の子が生まれ育った場所だったそうだ。
 嫌な予感がするが、そこへと向かった勇者御一行。


 どこからともなく現れる魔物魔物魔物。魔族魔族魔族。それを率いているのは―――


 二度目の魔王の子ライバル登場。仲間が強力な魔物や魔族とやりあっている間に、白竜が黒竜を押さえ、勇者と神子が魔王の子を撃破。


 腹に風穴があいた状態で、黒竜と力を合わせてするユニットスキル『地獄の門ゲヘナゲート』を起動。魔界へと逃げる




 そこで、勇者は魔王の子を追って『地獄の門ゲヘナゲート』を抜けて勇者物語は魔界編へと突入した。








                   ☆




「『魔界に突入した勇者が、後ろを振り返ると―――』 ん?」


 ちょんちょんと、フィアルに指で突っつかれてそちらを向くと、フィアルは口元に一指し指を当ててから床を指差す。




『くぅ………』 『すぴー………』


「むにゅぅ………」




 ルスカと竜たちは寝息を立てていた。




「しかたないか。また明日、だね。」


 フィアルは黒竜マイケル白竜キラに小さな毛布を掛けてあげる。
 僕もサラリとルスカの前髪を撫でてから、毛布を掛けてあげる。


「おやすみ、ルスカ。」


 夢の中で、ルスカは大冒険をしているだろうか。
 その顔は、だらしなく緩んでいた。



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