受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第20話 紫竜戦士長 テディ





 夢を見た


 ルスカとミミロと、追いかけっこをしている夢だ。


 もう二度と、ミミロに会えないというのに。


 もう二度と、背中に乗せてもらえないというのに。


 夢の中の僕は、心の底から楽しそうで。


 目が覚めてしまうのが怖くて。


 それでも、夢だということはわかっていて。










「りおー。あさなのー♪」


「んぅう………おはよう、るー。」




 僕が起きたことを確認すると、ルスカはにぱーっと笑顔の花を咲かせて僕の顔に頬を摺り寄せる。
 そのおかげで、さっきまで見ていたはずの夢の内容を忘れた。
 たしか、ミミロの夢をみていたような気がするんだけど………


「あ、リオル。起きたんだね、おはよう。」


 そんな様子を見ていたエメラルド色の髪をポニテにした女の子がおってさ。
 あたりを見渡すと、すでにゼニスの姿は無かった。


 里の巡回かな。


「おはよう、フィアル………くぁ………」
「昨日はびっくりしたよ。王都でも噂になってたよ?」


 突然何かを言い出すフィアル。
 なんの話? 昨日はミミロの出産に立ち会っていただけだよ?
 特に目立つことをした記憶はないけど。


「にゃ? なーにー?」


 僕に代わってルスカが首を捻った


「なんでも、紫竜が全員頂上へ向かって飛んで行ったみたいじゃない。」


 あ、めっちゃ目立つことしてた


「里に戻ったら紫竜たちがぐったりしていたし………いったい何をしていたの?」


「あー………。紫竜のミミロってわかる?」


「うん。あのかわいい子でしょ」


 かわいいのか? いや、そうかもしれないな。
 一番小さいし。


「あの子がタマゴを産んだんだ。みんなはそのお手伝い。」
「うわぁ、竜のお産って大変なんだね」


 純粋に驚いているフィアル


「でも………」


「ん?」


「ミミロが、死んじゃった」


「そんな………っ! な、なんで!? じ、冗談、でしょ?」


 引きつった笑みを見せるフィアルに、近くに置いておいた三つのタマゴをみせる。


「たぶん、フィアルに出会っていなかったら、このタマゴも無事じゃなかったと思う。
 《魔力譲渡》を僕たちとゼニスに教えてくれて、ありがとう。
 ミミロは若い竜だから、まだ魔力量が少なくて、3つのタマゴを産む魔力が残っていなかったんだよ。」


 ミミロの魔力だけでは足りないので、ルスカと僕が魔力譲渡して、紫竜たちも拙いながら魔力譲渡をした結果、生まれたのがこの3つのタマゴというわけ。
 色が黒と白と紫紺の3つ。


 そういうのを全部フィアルに説明してあげた。
 フィアルに出会っていなかったら《魔力譲渡》をするという考えすら浮かばなかっただろう。


 するとフィアルは顎に手を当てて少しだけ唸った


「んー。それってやっぱり、《魔力譲渡》をしたのがリオルだったから黒いのが産まれて、次のタマゴはルスカが《魔力譲渡》したから白いタマゴが産まれたってことだよね。」


「うん、僕もそう思ってる。」


 ルスカが暇そうに黒いタマゴを抱えて撫でている。
 ちなみにタマゴはすごく硬い。


 僕が思いっきり殴ってもびくともしないレベルで。


 たぶん最初に僕が叩き壊そうとしたとき、本当に叩いていたら僕の拳の方を痛めていたかもしれない。


 さすがにちょっと高い所から落としたら割れちゃうだろうけどね。


色竜カラーズドラゴンのタマゴは《肌色》って決まっているから、この子たちは、本当にイレギュラーな突然変異だったんだろうね。」


「うん………」


「でも、白竜と黒竜が同時に産まれるなんて………世界が崩壊しちゃう。壊しちゃった方が世界のためになるんじゃないかな。」


 そう言って、そろそろと黒いタマゴに手を伸ばすフィアル


「フィアル。色で差別するのはよくないよ。………怒るよ。」


「わかってるわよ。リオルを見ていると、リオルはそんなことをしないってわかるもん。
 だから、ここから生まれてくるであろう黒竜も白竜も、いい子に違いないわ。」


 そう言ってフィアルは黒いタマゴをひとしきり撫でたあと、僕に一冊の本を手渡した


「ふぃある、これなぁに?」


「うふふ、二人にご本のプレゼントだよ」


「えっと、『勇者物語』確かに僕が好きそうな題名だ。」


 安直だけど。


「だってリオルって、ちょっとヒーローにあこがれていたでしょ」


「う、うん。自覚はあるよ。」


 ルスカには申し訳ないけど、ルスカを悪役。僕を正義のヒーロー役として正義の味方ごっこみたいなものをよくやっていたもん


 自分が悪魔の髪を持っているから、自分が何者なのか、よくわからなくなっちゃうんだよね。


 悪者は嫌いだ。ルスカに押し付けてごめんっておもいつつ、ルスカも役に嵌って『きゃはは♪ このこどものいのちがおしければ、いけにえをもってくるの♪』


 とか言ってるし。
 それは子供の代わりに誰かが死ぬよね。結局誰も救われない一番むごい選択肢だよ!


 まぁ結構な頻度で、役者を交代するけどね。ルスカだって悪役よりも正義の味方の方が好きなんだから。


「ありがとう、フィアル。大切にするよ。」


「うむ。大切にしたまえー!」


 ぽんぽんと僕の頭を撫でるフィアル。


「その本にも、黒竜と白竜が出てくるから、読んでおいたら予習になるかもよ?」




 という助言までもらった。
 あとで読んでおこう。ルスカに読み聞かせもしよう。


 あ、そうだ。昨日自分の中に押し込んだ魔力をどうやってもとに戻すのか聞いておかないとっ!




「フィアル。今更になってすごく間抜けな話なんだけど………。僕はあまり人に怯えてほしくなくて、魔力を体内にずっと隠してたんだけど戻し方がわからなくなっちゃったんだ。どうしたらいいのかな?」


 タマゴは、温めている者の身体から放出される魔素をタマゴが吸収することで孵化をするっぽい。
 詳しいことはよくわからないけど、今の僕から出ている魔素は魔力量の低い人レベルでしかない。
 だから、この黒いタマゴの成長を促せないんだ


 そこらへんもかみ砕いてフィアルに説明しておいた


「んー。まず私には魔力を練って圧縮して威力を高めることはわかるけど、体内に隠すってしたことがないからわからないんだよね………」




 使えない先生、フィアル先生。




「ダメじゃん。」


「まぁ、どうしても早くタマゴを孵らせたいなら《魔力譲渡》すればいいんじゃないかな。とくに魔力を隠してて困ることもないでしょ。」




 それもそうか。特に困ったことはない。
 それどころか、極小の確立だけど、賢人とかいうレベルの人が僕を見て異常な魔力値を持っていることを知られない、と言うメリットもある。


 だったらやっぱり隠しておいた方がいいかも。


 ルスカも隠しておいた方がいいかな。でも、もう相当昔に隠し始めたからやり方も覚えていない


 ま、光属性なら僕みたいに嫌われることはないだろう


「タマゴって《魔力譲渡》でも孵るの?」


「うん、えっと、人間が竜のタマゴを見つけた時や灰竜の交配が行われた時、人間はそのタマゴを取り上げて自分の灰竜を孵化させるんだけど、その時に魔力譲渡すると、すぐに産まれるよ。」


 タマゴを産んですぐに魔力譲渡をするだけで孵るのか。
 タマゴは産むのも孵るのも魔力を消費するのか。




「んー。このタマゴで確かめたいこともあるし、フィアル。紫紺のタマゴに魔力譲渡してもらっていい?」


「え………? せめて戦士長テディさんを呼んでからにしない? ここでタマゴが孵ったら私達を親だと勘違いしちゃうよ? それに、《紫紺のタマゴ》だとしても、もし私が《魔力譲渡》して灰竜を孵らせてしまったらと思うと、すごく怖いんだけど………」




 ドラゴンでも刷り込みされるものなのか。
 あんがい色竜カラーズドラゴンってバカなのかもしれない。


 いや、それは灰竜に限ったことなのかもしれないな。


 人間が灰竜以外の色竜カラーズドラゴンを孵らせることができるとは思えない。
 あと、これもフィアルから聞いたけど、灰竜から生まれるタマゴは《肌色》ではなく《灰色》をしていて、タマゴを環境に適応させようとしても最初から灰竜しか生まれないようだ。
 タマゴの時点で確定されているのだ。


 だから、おそらくこの黒白紫紺のタマゴも同じことが言えるだろう。


 これはゼニスに後から聞いた話だけど、頂上で保管していたタマゴは紫竜が孵ると確定すると、ほんの少し、紫色に変色するらしい。
 ほんの少しだけだよ紫紺のタマゴみたいに 紫紺! ってわかるような色じゃない。


 だから、そんなほんの少しだけ紫色の状態で人間が《魔力譲渡》を行ってしまえば灰竜が産まれるんだって。


 やっぱり色竜カラーズドラゴンのタマゴは不思議だ
 まぁ、なんだっていいや。




「わかった。ちょっとテディを呼んでくるよ。」


 それならテディに《魔力譲渡》を手伝ってもらえればいい。
 少しくらいならできるはずだよね


「りお、いってらっしゃ~い」


「うん、待っててね、ルー。」




 本来だったら、このタマゴたちを孵らせるのはミミロのはずだったのに


 ミミロは………もういないし。


 胸にぽっかり空いてしまった穴を、どう埋めたらいい。
 親しい者が死んでしまうこの悲しさは、初めて体験するものだ。


 前世で僕が死んでしまった時、誰か一人でも、こういった感情を持ってくれた人がいたのかな


 ………いないかもしれないな。


 外に出ると、空が真っ暗だった。
 昨日は夕方に寝ちゃったけど、今が夜中だとは思えない。
 体内時計は午前6時くらいを指している。


 だから夜ではない。


 『ゴロゴロ』と音をたてる雷雲がアルノー山脈の頂上あたりにあった。
 これは一降りくるかもしれないな。




「テディ、用事があるんだけ………ど? うわぁ………」




 戦士長テディの住処に訪れてみたら、洞窟の財宝や壁がメチャクチャになっていた。


 所々崩落しているようだった。




「………ずいぶん荒れてるね」


『リオルか。』


「うん。」


『何か用事か。俺は、2,3日は動きたくない』


「そういう気持ちもわかるけど、動いてもらわないと困るよ。」


 テディはひとしきり暴れたあと、ふさぎ込んでしまっていたんだ。


 テディもミミロが急に死んでしまって悲しいんだ。
 気持ちはわかる。


 僕だってミミロの事は好きだったもん。


『………そうだな。ずっとこうしているわけにもいくまい。して、用事とはなんだ。』


 テディはゆっくりと立ち上がり、僕を見下ろした。


「ミミロのタマゴを孵化させるから、立ち会って。」


『そういうことなら、俺が行かねばなるまい。ミミロの忘れ形見だ。』




 テディを見ていると、すごくかっこいい。
 ドラゴンだけど義理と人情溢れている。


 しかも紫竜の中じゃ群を抜いて強いし、さぞモテただろう。


「大丈夫? 昨日は魔力枯渇を起こしていたみたいだし寝てないんでしょ?」


『ふん。人間のガキがいらん心配なんぞするな。』




 テディは、こうして僕たちを『人間』扱いしてくれる。
 そういうところが優しいんだよ。ナチュラルツンデレなんだろうか。




「ありがと。ゼニスの住処にあるから、外に持って行っとくね」


『わかった。俺も少し落ち着いたらそちらに向かう。』




 というわけで、暗雲ならぬ雷雲立ち込める中、テディにタマゴの孵化に立ち会ってもらうことになった。





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