受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第19話 僕の初めての友達は





 里の近くで流れる雪解け水にタマゴをつけて血を落としていると、紫竜のタマゴは《真っ黒》なタマゴだった。


 意味が分からない。
 色竜カラーズドラゴンのタマゴは《肌色》のはず。
 なのに、このタマゴは《真っ黒》だ。


「ゼニス!! 僕の持ってきたタマゴも、なんか変だった!!」


 タマゴを転んで割ってしまわないように、両手でしっかり持ってゼニスの住処まで持っていく。
 ゼニスは僕の帰りを待っていたのか、入口で座って空を見上げていた


 僕も空を見上げると、遠くの空に『ピカッ…………ゴロゴロー』と嫌な雰囲気をだすあいつがいた。


 雷雲だ。
 雷は嫌いだ。
 うるさいから嫌いだ。
 でもルスカが怖がってしがみついてくるから好きだ。あれ?


「あの雷雲はもしや………ん? おお、リオルか。ってなんだそれは!」


 ゼニスは空から目を離し、僕の抱えるタマゴを見ると、目を見開いた


「これは………異質だな。内包する魔力もさることながら………こんなおかしな色のタマゴは初めて見た」


「二回目の間違いじゃないの? ゼニスの持ってる濃い紫色のタマゴはなんなのさ。」


「む………。そう、だな。」


「ってことは、もしかして………ルスカの持っていたタマゴも………」


「なにか、普通の竜のタマゴとは違うかもしれないな。」


「ルスカはどこに?」


「私の住処にて、濡れタオルでタマゴを拭いていた」


「そっか。ちょっと入るね。」
「うむ。」




 ゼニスの住処はちょっとした洞窟だ。
 光魔結晶こうまけっしょうとかいう結晶がその辺に突き刺さっていて、洞窟内なのに明るい。
 この結晶は、魔素や魔力を光属性に変換して蓄え、光る性質を持っている。
 だからこの世界の夜は明るい。


 この光魔結晶、結構とんでもなくお値段が高いらしい。
 ゼニスの住処にあるのは、天然ものだってさ。


「ルー! どこー?」


 よいしょよいしょと足元に気をつけてタマゴを運びながら洞窟を進む。
 紫竜形態のゼニスが入れるだけあって、かなり広い洞窟だ。
 ルスカを呼んでいると


『りおー。こっちなのー!』


 というお返事が聞こえてきた。




 足元に気をつけつつ小走りでルスカのもとへと急ぐ。


 躓いた
 踏ん張って耐えた。


 危ない危ない。


 タマゴがスイカみたいにでかいから、正直足元とかよく見えない。
 結構重いし。


「ゼニス。ごめん、洞窟の中はでこぼこしてて、転んじゃいそうだ。タマゴ持ってもらっていい?」
「うむ。構わんぞ。」
「ありがと。先に行っとくね」


 ゼニスにタマゴを預け、パタパタと奥に向かって走る。
 ゼニスの住処は広すぎる。
 無駄に3部屋くらいある。


 キッチンやダイニングはないけど、財宝置場と寝室。客間がある。


 客間ってなんだよ。
 とか思っていたら、他の色の竜もここに来ることがあるのだろう。
 必要か。




 僕たちはいつもどこで寝ているのかって?


 最初の頃はゼニスと一緒に寝てたけど、最近はもっぱらミミロと一緒に………
 ミミロ………




 ブンブンと頭を振って暗い思考を追い出す




 ルスカはゼニスの寝室にいた。


「きゅっきゅっきゅー。にへへー、みてりお。《まっしろ》なの!」




 運んだ時には、ほんのり血が付いてピンク色だったはずのタマゴは、ルスカが念入りに濡れタオルで拭いた結果、《真っ白》なタマゴになっていた。


 大きさはやっぱりスイカ。
 色は雪のように白い。


 まだ少しだけ血が付いていたけど、元の色は白だということは、よく見なくてもわかる。




「やはり、ルスカの方のタマゴは、白か。」


「ここまで来ると、もはやそういう予想はできてたよね。」


「うむ。特に驚きはないな。」




 ゼニスの寝所にタマゴを三つまとめて置き、現状を確認する。




「ねえ、おそらくなんだけど、僕はここから生まれてくる竜の種類がわかっちゃったんだけど。」
「奇遇だなリオル。私もだ。三つともわかってしまった。」
「うゅ? るーわかんないよ?」


 首を傾げるルスカの頭を撫でる。


 もちろん、こんな異常なタマゴの色を見て、孵る竜の種類がわからないことはありえない。


 黒いタマゴは《黒竜こくりゅう》を孵らせ
 白いタマゴは《白竜はくりゅう》を孵らせる
 紫のタマゴは《紫竜しりゅう》の亜種である《紫紺竜しこんりゅう》が孵ることになるであろう


 すべてが珍しい種類の竜だ。頭が痛くなってきた、なんだこれ。
 いっきにこんな不思議なことが起きていいものなのか!?


「えっと、たぶんなんだけど、最初の黒いタマゴ。これは、『僕が』ミミロに《魔力譲渡》した結果、こうなったって考えるのが自然なのかな?」


「う、む。おそらく、そうなのだろう。」


「二つ目の白いタマゴは、『ルスカの』《魔力譲渡》の結果、こうなったって考えるのが自然なのかな?」


「で、あろうな。」


「でもルスカは僕の魔力を奪ってミミロに届けていたよ?
 僕の魔力が混ざっててもおかしくない気がするんだけど」


「いや、ルスカを通した魔力は、ルスカ自身の魔力へと変換されているのを、私の魔眼でとらえていた。だから、そのタマゴは純粋にルスカの魔力であった結果なのだろう。」


「うーん。そこあたりで僕は気を失っちゃったけど、最後のその濃い紫………いや、紫紺しこんのタマゴは、どうして産まれたの?」


 よく覚えていないけど、あのあとルスカも気を失っていたはずだ。
 3つ目のタマゴを産んだとき。すなわちミミロが消滅してしまったとかいう瞬間を、僕は知らない。


「うむ。私達紫竜が、拙いながら《魔力譲渡》を行ったのだ。私達はリオルのように魔素となるのを気にせずにできるほど膨大な魔力は持っていないし、ルスカのように器用に魔力を譲渡することはできないが、54匹分の紫竜たちで魔力をミミロにつぎ込んだのだ。」


「なるほど。それが、最後のタマゴが紫紺色だったわけなんだろうね」


「おそらくな。」




 三つのタマゴを産んだミミロは、紫竜の魔力だけでは産むためのエネルギーが足りず、ミミロの生命力から、魔力を奪い続けた。


 僕だって昔、魔力を生命力に変換していた時期があったから、何となくわかる。


 結果、生命力から捻出した魔力すら足りず、ミミロの存在ごとこの紫紺のタマゴに吸収され、血の付着もない紫紺のタマゴのみが残ってしまった。というのが僕たちの見解。


 あながち間違いではないような気がする


 だけど、ミミロがこの紫紺のタマゴに殺されたという事実は変わらない。


 だから僕は三つのタマゴの中で紫紺のタマゴが最も憎い。


 でも、ミミロが命がけで産んだタマゴだ。
 その事実を忘れてはいけない。


「竜のタマゴって、どのくらいで孵化するの?」


「うむ。紫竜で言えばまず3年ほど頂上で紫竜のタマゴの確定を行い、紫竜の里にてタマゴを温め、タマゴは漏れ出る魔力を吸収する。タマゴを温めはじめたら数か月でタマゴは帰るであろう。」


 むろん、紫竜の里で産んで頂上に持って行かなくても紫竜は産まれるがな。


 とゼニスは続けた。
 じゃあなんで3年も頂上で待つのかと聞いたら


「うむ。自分の子は自分の種族であって欲しいであろう。」


 とのことらしい。


 ゼニスは自分の子が赤竜との子だから、とくに色にこだわりはないそうだ。
 会えないわけではあるまいってさ。


 そのほかにも、産んですぐ温め、自分の子の顔を見たい人間みたいな感情を持った竜もいるけど、たまたま別の種類の竜が産まれてしまい、泣く泣くその竜の里に連れて行った。といったことがあるらしい。


 それがミミロのお母さんとかいう竜。
 ミミロは兄姉がいたのか。


 あとそれと、ずいぶん昔にタマゴを頂上に放置して、忘れているタマゴとか。
 おそらくそういうのから冒険者に持っていかれるんだろう。


 フィアルの時は紫竜全員が知っている場所だったから見つかったっぽい。




「タマゴは、そうだな。黒いタマゴはリオルが管理しろ。孵化はできるだけ早い方がいいだろう。その隠している魔力を解き放て。どうせ魔力を目で見ることができるのは賢人レベルの魔法使いくらいしかできん所業だ。魔眼ほど優秀ではないがな。」


「え………?」




 なんか、すっごい大事なことを言われた。




 タマゴを僕が管理するのはいいよ。ミミロの忘れ形見だからね。
 でも、え?


 賢人ってのがどのレベルかは知らないけど、今のルスカ並の魔力を持った人じゃないと、魔力を目で見ることってできないの?




 僕は生後1年でそこまで登っちゃったのか


 まぁ、生まれてから1年って体の大きさはおよそ3倍になるから、成長率も半端なものではなかったんだろう


 魔力を目で見ることができるのが、ルスカクラスの人しかできないのであれば、今まで隠してたのがバカみたいじゃん。


 ………いや、そうでもないか。
 よくわからん神とかいうのを崇めている《ダゴナン教会》とかいうのがあって、そこの神官とかが《賢人》とか呼ばれているみたいだ。
 そういう人たちに見つかれば、僕は殺されるかもしれないだろう。
 ちなみにシンボルは《白い翼》


 なにせ、その神にとって障害みたいなものが、僕なんだろうし。
 僕は何もしないから僕に何もしないでほしいな。


 そもそも、忌子が産まれるのは神を地に落とす『時期』だとゼニスに聞いた。
 神や魔王の討伐自体はしなくていいのかな。神や魔王は勝手に死ぬのかな。


 いや、でも互いを討伐するときに衝突するって言われたし………
 というか、思考がわきに逸れた。




 ………んー。でも、賢人クラスの人って、この世界に何人いるんだろう。


 数えるくらいしかいないんだろうか。
 だったら、結局隠している意味はあるんだろうか。


 ………とりあえず今は魔力を隠すのをやめよう。タマゴに魔力を吸わせないといけないらしいし。


 えーっと、どうやるんだっけ?


 あれ!? わかんなくなった!




「ど、どうしよう。生後半年くらいからずっと隠してたからもう戻し方がわからないんだけど!」


「………リオルも、馬鹿なのだな。」
「うゅ? りお。ばかってなに?」


「ばばばばかちゃうわ! 待ってて! 頑張ってみるから!」


 こういう時こそフィアル先生が必要なのに、あのお姉さんなにやってるのさ!




「まぁ、無理をせんでもいいだろう。今日は疲れた。まだ夕方だが、もう寝てしまおう。そんなことは明日にでもできるであろう?」


 ワハハハ、と豪快に笑ったあと、ゼニスは優しく頭を撫でてくれた
 確かに、疲れている。
 いっぱい泣いたし、魔力枯渇も起こした。


 今日、何かをする必要はないだろう。


 ゼニスは夕方といったが、ここは標高3000mでおそらく赤道の近くである。
 実は時間で言うと夜8時くらいだったりする。


「………それもそうだね。ルスカ。こっちにおいで。」
「にゃー!」


 ミミロが死んでしまったことに実感が持てない。
 でも、タマゴに存在ごと吸収されてしまったのは事実なのだろう。


 ミミロが消滅したと聞いて、わけもわからず泣いてしまった


 今日は悪夢を見るかもしれない
 そう思って、ルスカを抱きしめて寝ることにする。


 僕にしがみつくルスカをくすぐりながら、ゼニスの隣で横になる。


 外では雷雲が『ゴロゴロ』と不穏な音を立てているから外では寝れないし
 さすがに洞窟の石の上では寝られないから、ゼニスの寝床。羽毛布団に潜り込んだ。
 ゼニスは昔、アルノー山脈のふもとにある服屋のリンさんに、特注で竜形態用の羽毛布団を作らせたらしい。
 何のためにと聞かれた時は、『贅沢な布団で寝るのが私の夢だったのだ』とか適当なことを言ってごまかしたらしいよ


 リンさんの作る服は着心地がいい。
 そんなリンさんが作った羽毛布団はまさに天にも昇る気持ちよさ。


 ちなみに普段は土魔法で柔らかくした土の上にシーツをかぶせて寝ているよ。


「ミミロ………」




 そういえば、ちょっと前にルスカが《魔●光殺法》とか言いながらミミロの竜鱗を散らしちゃったことがあったっけ。


 その時の竜鱗は集めて残っているから、ミミロの形見だし、紫竜鱗のネックレスにでもしよう。


 いつでもミミロを近くで感じていたい。






 僕たちの、初めての友達だったんだから。









コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品