受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第14話 ★天才採取冒険者 フィアル・サック
「どうしてここにいるの? ルパン」
アルノー山脈の頂上で僕は猿顔の冒険者に問いかけた。
1年前、ゾンビドラゴンを討伐しに行った時に知り合ったCランク冒険者だ。
「な、なんで俺の名前を………」
紫竜に囲まれて体を震わせながら口を開くルパン。
ルパンの方は僕の事を覚えていないようだ。
まぁ、あのときとは違うバンダナしてるし、成長もしてるから、わからないのも仕方のない事かもしれない
「おい、ルパン! 早く逃げるぞ!」
「逃げるって何処によ!」
「紫竜に囲まれて逃げ場なんてねぇよ!」
ルパンの愉快な仲間である雉顔の人と犬顔の女とネコミミの男が騒ぎ出す
今はあんたらみたいな桃太郎御一行に用はないの。
「ま、別に僕の事を覚えていなくてもいいんだけどね。
アルノー山脈の頂上になにか用事?」
「………あ、ああ。依頼でな。」
ルパンは眉を片方ピクリと上げて、口を開いた。
さっきまで紫竜から僕を助けようとしていたにもかかわらず、こんどは素早くリュックから剣を抜いて僕を警戒し始めた。
リュックに短剣を入れていたのか。わからなかった。
剣を向けられるのは好きじゃない。
好きになってたまるか。
悪意を向けられるのは慣れている。
「へえ、依頼かぁ。なんの依頼なの?」
ルパンはチラリと紫竜を見ると、ふっとため息を吐いた。
紫竜は今はルパンたちを食べる気は無いよ。
「護衛だよ。」
「誰の?」
間髪を入れずに聞く。
ルパンの眉がさらにピクリと動いたのを、僕は見逃さなかった。
僕の言い方が気に障ったんだろう。
ルパンはチラリと横を見る。
そこには一人の女の人。白いフードをかぶっていて、表情は読めない
「彼女がアルノー山脈の頂上にのみに生る『キングアルノー』を取りに来た。それだけだ。」
「そっかー、そっかー。採取依頼の護衛かー。なるほどねー」
採取といってもここは紫竜の住むアルノー山脈。難易度はそれなりに高いだろう。
だけど、『キングアルノー』とやらが本当にあるとして、それを採取するだけなら、僕たちはわざわざここに降りたりしない。
ここは、紫竜のタマゴが隠してある場所だから。
女の人がなにかしらの採取の依頼を受けたのだろう。
本当に『キングアルノー』採取かもしれないし
竜のタマゴの採取かもしれない。
「そっかそっか。じゃあ、キングアルノーを取りに来たんだったら、そのリュックのなかにある竜のタマゴはいらないよね」
「っ!! みんな、走れ!!」
適当にカマ掛けただけなのに、こいつらはあからさまに慌てた。
「テディ、ミミロ。みんな。こいつら黒だよ。タマゴ泥棒だ。容赦はする必要ない。ぶっ殺しちゃおう!」
『『『『 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!! 』』』
「ああああああああああああああああああ!! 《氷槍ァァァアア》!!」
紫竜の絶叫に対し、錯乱気味に僕へと向かって魔法を放つCランク。
ゾンビドラゴン討伐の時よりも威力が上がっているようだ。
僕はバックステップで距離をとってミミロの影に隠れる。
ミミロは氷槍を鱗で弾いた。
生きた竜鱗は硬い。生半可な攻撃じゃ傷一つつけることはかなわない。
「《影拘束》!!」
「なっ!」
僕は闇魔法でミミロの影を操り実体化。7人の冒険者を縛り上げた
闇魔法、重力の他にも影を操ることができた。
水魔法が水と氷を作り出せるなら、闇魔法でも重力の他になにかできることがないのかと考えた結果、影を操ることができるようになったのだ
他人の影を操るときは、直接触れていないとできないのが難点だ。
あと、まだ慣れていないから、すごい勢いで魔力を消費する。要改良だね。
闇魔法は、重力、影、そしてオカルトにかかわる魔法だ。珍しい属性だし、消費魔力も多いが、それでも効果が高い魔法が多いね。
「くそ! いやだ! 死にたくない!」
「だれか! だれか助けてくれ!」
「ダメだよ。先に剣を向けたのはそっちじゃないか。
殺される覚悟がないのに剣を向けるのはダメだ。
僕はいつだって死なない覚悟ならできているけどね」
しっかりと影で縛り上げてから冒険者たちのリュックを確認する。
7つのリュックの内、一つに肌色の竜のタマゴが入っていた。
どうやら竜のタマゴを採取した帰りだったようだ
僕は慎重に取り出してわきに抱える。
肌色ってことは、このタマゴはまだまだ竜の種類が確定していないってことだね。
「さ・て・とー。なにがでるかなっ?」
ルパンのリュックの中から“黄色”のギルドカードが出てきた。
見てみると、ルパンのランクがBランクになっている。
なるほど。あの時よりはランクが上がっていたのか。
現在受けている仕事は、『竜のタマゴ採取の護衛』となっていた。
決定的だ。
「糸魔法・処刑《執行」
糸魔法で冒険者6人の首を落とした。
「ひっ! きゃあああああああああああああああああ!!」
「あとはキミだけだね。ギルドカード出して」
やさしく言ったつもりだったんだけど、竜のタマゴの採取にきた女の人は、恐怖から錯乱しているみたいだ
「ひっ! 来ないで! 悪魔、悪魔あああああああああああああああ!!!」
僕の傷口を抉る言葉だ。
わかってたけどね。
もう慣れたよ、悪魔って罵られることも。
「しかたないか。」
影で縛ったまま、僕は女の人のリュックを漁る。
“黄色”のギルドカードには『フィアル・サック Bランク』と書いてある
現在受注中の竜のタマゴの採取ランクはB+
プラスってなんだ?
あと、この人はファミリーネームがある。サック? うーん、知らない。
ま、紫竜に見つからなかったら取って帰ってくるだけだしね。
でもこのランク、間違っているよ。紫竜は高高度の飛行能力を持っている。
つまり広い範囲の索敵ができるんだ。
この人たちは白い防寒具を着ているから雪の保護色になっていて見つけにくいのもあるけど。
それに、タマゴは竜の宝だ。おいそれと渡していいものではない。
紫竜のタマゴは採取のSランクってところなんじゃないかな。なんでB+?
「ねーねー、なんでたまごをぬすんだの?」
ルスカが僕の前にやってきて、女の人に聞いた
「ひ、ひぃ―――――! ひぃ―――――!」
ダメだこりゃ。
僕とは正反対のルスカが聞いてもこれじゃあ、たいした反応をしないかもしれない。
「ミミロ、死体、全部食べてもいいよ。」
『ガル♪』
訳すと『やったぁ♪』
「ただし、この女の人は見逃そう。里に連れ帰って、人間の情報を聞き出すよ。」
影ではなく、糸の拘束に切り替え、ミミロの背に乗せる。
僕とルスカと女の人がミミロの背に乗ると、ミミロは死体をむさぼり始めた
テディも死体を食っている。
ここに死体を残すようなことはしない
荷物は他の紫竜が里に持って帰る。
死体が無くなると、女の人は呆然としながら僕を見た。
「ん、なに?」
「ひっ!」
聞いたら怯えられた。
そりゃあそうか。
Sランクの紫竜に命令を出したり背中に堂々と乗ったり、6人の冒険者の首を一瞬で落としたりしていたら、そりゃあ怯えられて当然だわ。
もはや涙と鼻水で顔がひどいことになっている。
「りおー、おねえさん、なんでないてるの?」
ルスカは女の人に近づいてペタペタと触る。
女の人はルスカにも怯えていた。
竜の背中で平然と立ってちょこちょこ移動しているんだ
お姉さんはガタガタと震えながらルスカにされるがままだ。
糸魔法で動けないようにしてるから逃げることもできない。
「そっとしておいてあげよう。いろいろショックが大きいんだよ」
「しょっく? わかんない!」
「とにかく、るー。こっちにおいで。」
「にゃー!」
ぴょーん と跳ねるように僕に抱き着くルスカ。
こらこらハニー。人が見てるよ。
涙目で僕たちを呆然と見守るお姉さん。名前はフィアルさんだっけ。
フィアルさんを紫竜の里に連れて行くために、ミミロに飛翔するように指示を出した
☆
フィアル・サックは困惑していた。
なぜ、こんなことになってしまったのかと。
自分はただ、竜のタマゴを取りに来ただけであったのに
紫竜のタマゴの採取はB+ランクに設定してある。
彼女はBランクに上がって、浮かれていた。
採取部門とは言え、彼女はBランク冒険者。
腕には自信があった。
B-ランク魔物や害獣なら、ソロで討伐できるレベルの冒険者だった。
Cランクからプロ冒険者と呼ばれるようになり、Bランクから一流冒険者となる。
Aランクの超一級冒険者やSランクの伝説級冒険者はほとんど化け物揃いだが、
彼女はAランクに上がれるだけの才能があった。
だが、まだ発展途上。
彼女はまだ18歳なのだ。
彼女が住んでいた国では、18歳から成人と認められる。
それゆえ、18歳から冒険者を目指すものは多い。
しかし、彼女は14歳から採取の冒険者をしている。
貴族の家で生まれた彼女だったが、借金を背負ってしまったからだ。
18歳で冒険者をしている人はそれなりにいるが、彼女ほど短期間でBランクまでランクを上げたものは数少ない。
それどころか、歴代最速クラスとまで言われたほどだ。
彼女と同年代で冒険者をしている人たちは、いまだにEランクを彷徨っているのだ。
彼女と同時期に冒険者になった人もいるが、4年でCランク。もしくはDランクがせいぜいだろう。
フィアルは増長した。
自分は才能がある。
短期間でBランクにまでのし上がった。
それゆえに、彼女は判断を誤った。
Bランクになって初めての依頼で、受けることは自由だが、身の丈に合わない、B+ランクの『竜のタマゴの採取』へと向かったのだ。
紫竜は色竜の中で最下位の戦闘力を持っている。
性格は温厚。腹が減っている時はそうでもないが、人を襲うことはあまり無い。
それに、今の季節は冬。アルノー山脈の頂上は氷点下20度。視界は悪い。
タマゴを採取するのには絶好のタイミングだった。
ゆえに、B+ランクの依頼であった。
増長しているとはいっても、彼女は採取の冒険者。
アルノー山脈はBランクのホワイトベアーが出現する。
さすがに一人でBランクを相手にするのは分が悪い。
そのため、討伐部門の冒険者を雇った。
それが、Bランク冒険者の『ガーディ』
Cランクでありながら、ゾンビドラゴンを狩ったことのある、凄腕の冒険者だ。
ゾンビドラゴンを狩ったときに得た経験と資金で武具を整え、Bランクの依頼を、失敗することなくこなしている。
Aランクに上がるのも近いだろう。
リーダーであるルパンは、剣術を使い、微量だが、水魔法を使うことができる。
《ブースト》という一部の身体能力を一瞬だけ強化する術も身に着けていた。
《ブースト》を使える人数は極めて少ない。
Aランク冒険者ともなると、パーティで一人が使えるだけでB-ランクまでならほぼ無双できる。
使える人材が居れば、すぐさま引き抜きされ、取り合いになるほどだ。
《ブースト》は、それほど希少なのだ。
Bランクの『ガーディ』は強かった。
Bランクのホワイトベアーはおろか、A-ランクのブラッドベアーまでも無傷で倒して見せた。
彼らなら、Sランクの紫竜ですら倒すことは可能なのではないか、とフィアルは考えた。
彼らはSランク下位のゾンビドラゴンを倒した経験もある。
彼らならもしかしたら、と。
しかし、フィアルは知らない。
ゾンビドラゴンを倒したのはSランク冒険者のゼニスであるということを。
翼と頭と左足がすでに存在しなかったということを。
そして、タマゴを採取した帰りに、それは起こった。
急に眩暈がしたと思ったら、いつの間にか、地面に倒れていた。
高山病かと思ったが、頭痛は無い。
顔を上げると、4匹の紫竜が、フィアルたちを囲んでいた。
フィアルは才能あふれる上級火魔法使い。それに、中級風魔法。希少とされる二つの属性も持っていたのだ。
6歳から魔力の操作を習い、訓練をして使う魔力の量を減らし、より効果的に魔法を使う《最適化》という魔法使用法も独学で編み出していた。
彼女は自分の魔力を他人に分け与える高等技術《魔力譲渡》も使用することができた。
フィアルは天才だったのだ。
さらに、50人に一人という希少な属性、《無属性》も持っていた。
三つの属性を持つ彼女は、強かった。
自分と『ガーディ』が居れば、せめて紫竜の一匹くらいは倒せるのでは、と。
そう思った。
だが、Bランクの『ガーディ』は錯乱した。
そこで初めてフィアルは自分の増長に気付いた。
紫竜はSランク。それが4体。
手負いのゾンビドラゴンを倒したのは4つのパーティ。
一つのパーティでは分が悪いことに、やっと気づいた。
ましてや今は4匹の紫竜に囲まれている状況。
気づいても、もう遅い。
彼女たちの命のカウントダウンは、すでに始まっていたのだ。
小柄な紫竜の背中から、一人の小さな子供が降りたのが見えた。
その子は、頭に赤いバンダナを巻いていた。
理由はわからない。
ただ、この場に子供がいるというのは、異質だった。
その子供は、ルパンと知り合いらしかった。
ルパンの方は覚えていないようだったが、ルパンに剣を向けられた時、その子供は悲しそうに笑った。
その子供は、なんでこんなところに居るの、と聞いた。
今は紫竜に囲まれている状態。
竜は知能が発達しているため、人間の言語を理解することができる。
馬鹿正直に『タマゴを盗りに来た』などと言ってしまえば、フィアル達は殺されてしまうだろう。
そこで、ルパンが『キングアルノー』を取りに来た、と言った。
うまい躱し方だと感心した。アルノーは魔力回復薬になる貴重な果物だ。
アルノー山脈にしかなっておらず、紫竜のテリトリーゆえ、アルノーの採取がB-ランクの依頼となっている。
頂上にのみ生る『キングアルノー』は、Bランクとなっている。これなら躱せる!
しかし、その子供は敏く。『なら、リュックの中のタマゴはいらないよね』と言ってきた。
ばれていると悟ったときのルパンは早かった。
私達に散るように指示を出し、犬顔の女が時間稼ぎに《氷槍》をその子供に放った。
獣人は身体能力は高いが魔力は少ない。だが、犬顔の女も魔法に関して、ものすごい才能を持っていたのだ。
直撃すれば、大人でも死んでしまうだろう。それほどの威力だったのだ。
それを、子供に向けて放った。一番異質な存在だったからであろう。
子供に向かってその魔法を放つのはどうかと思ったが、紫竜に囲まれているいま、犬顔の女も錯乱していたのだ。
だが、紫竜が予想外の行動を取った。
子供を庇ったのだ。
竜鱗を穿つこともできぬまま、《氷槍》を弾かれてしまった。
そこからの事はよく覚えていない。
自分はよくわからないうちに縛り上げられ、少年はBランクの冒険者の首をいとも簡単に落とした。
自分もすぐにそうなるのだと思い、恐怖した。
だが、そうならなかった。
現在は紫竜の背に乗り、飛んでいる最中だ。
自分の無属性魔法で逃げようとしても、それは発動に少々時間がかかってしまうため、使用することはできないし、いまここでヘタな動きを見せれば、間違いなく自分は殺されてしまうだろう。
フィアルはそう考えた。
自分の事をペタペタと触ってくる愛らしい少女。
5歳くらいの女の子だ。
目の前にいる少年も、5歳くらいで、痩せぎすの幼い子だった。
こんな小さな子供が、温厚とはいえSランクである紫竜の背に乗って指示を出すなど、普通ではない。
他の仲間は全員死んだ。
生きているのは自分だけ。
それを喜ぼう。
半ば自分の命もあきらめたまま、フィアルは紫竜の里まで連れて行かれた。
ここで、彼女の運命が大きく変わることとなる。
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