なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

俺の勝ちだ! ――って、あれ?


「ぎゃぁぁぁぁああああっ!!」

 流れ込んでくる二重の死の力。何度喰らっても泣きそうになるくらい痛い。だがこれでいい。俺の身体を駆け巡る死の力は右腕にも走り、そしてその余波が右腕でつかんでいるヨルムンにも流れ込み――


「ウブァァアアアアアアアアッッ!?!?」


 断末魔を上げ、ヨルムンは白目をむいて倒れこんだ。

 ……う、上手くいってよかった。ちゃんとヨルムンも死の力で巻き添えに出来るかはわからなかったからな。もし失敗したら、ただサリエルちゃんを無理矢理抱きしめて自滅する恥ずかしい奴になっていたところだ。
 ……てかこれ、死んでないよな? あっ、ぴくぴくしてるし大丈夫っぽい。さすが防犯システム悪魔現場隊長。

「あ、あの、サンゴさん」

「ごめんサリエルちゃん。無理させちゃって」

「い、いえっ、大丈夫なのです!」

「ボクも平気ですよぉ」

 よかった、嫌われてたらどうしようかと思った。

「あなた、何で抱きしめるのが私じゃないのよ。目の前で浮気なんていい度胸ね」

「ヨルムンを倒すはにサリエルちゃんの力が必要だったんだよ! 浮気とか言うな!」

「私の力でだって爬虫類もどきを倒せてたわよ。そう、愛の力で!」

「ああうん、もうそれでいいや」

 どうせもうすぐこの異常も治るんだ。さっさと薬を見つけてみんなを治すとしよう。

「えーっと、薬、薬っと……こっちか?」

「サンゴさん、あそこの棚じゃないでしょうか?」

「そっちか。ありがとサリエルちゃん」

 白サリエルちゃんが指さした棚を物色し薬を探す。これか? いやこっちか? どれも同じに見えるな。とりあえずそれっぽいのを全部もってけば大丈夫か?

「それにしても……うーん」

「どうしたのよあなた。何か悩み事?」

「ああエリ。いや、それがな……」

 朝、小林との冒険から始まり、夕方サリエルちゃんの死の力を知り、そして食事会。
 神様のやらかしにより始まった異常事態もこうして終息が見え始め、長かった一日が終わろうとしている。それはいい、いいんだけど……、

「なーんか忘れている気がするというか、物足りない気がするというか。まだやってないことがある気がして……イベントを消化しきってないような」

「なにそれ? おやすみのキスとか?」

「それは絶対に違う」

 うむむ、思い出せないということはきっとたいしたことはないんだろうけど、なんかもやもやするなぁ。ここ最近にあったことだと思うんだけど、何だっけ……?

「サンゴさん。お薬ありましたよぉ」

 黒サリエルちゃんに声をかけられ、思考を中断する。黒サリエルちゃんは一つの小瓶を持っており、その中には錠剤がいくつか入っていた。

「おお、それか。よし、それじゃあ神様と魔王様のもとに戻るとしようか」

 わからないことをいつまで考えていても仕方ない。きっといつか思い出せるだろうし、今はそれよりも、みんなを元に戻すことの方が大事なことだ。

 薬を受け取り、部屋の外へ出ようとドアノブに手をかける。

 いろいろあったが、無事に薬も手に入った。白黒サリエルちゃん状態が終わってしまうことだけが心残りだが、またいつか機会はあると信じよう。

 そして一仕事終えた達成感を胸に、俺はドアを開けた。

「何はともあれ、これで一件落着だ!」


「まったく、何が『一件落着』ですかサンゴ。この状況でそんな言葉がはけるなんて、本当にあなたは最低な人間ですね」


「…………え?」

 思わず呆けた声が出る。

 ドアを開けたその先の光景が信じられず、目を擦ってもう一度見直すが、しかし幻でもなく見間違いでもなく、そこにはニコニコと顔は笑いながらも軽蔑の目でこちらを見てくる人物――神物がいた。


「か……か……神、様……?」

「どうしましたかサンゴ。そんな信じられない物を見たかのような反応は。そんなに私がここにいるのがおかしいですか?」

 おかしい。神様と魔王様は今頃昔を思い出している最中のはず。しかしこの様子だと、いつもの神様に戻っているみたいだ。

「当たり前でしょうサンゴ。私とオーダさんを何だと思っているのですか? 神と魔王ですよ? あの程度、自力で治せるに決まっているでしょう」

 言われてみれば確かに納得だが、それならわざわざ俺が宝物庫まで来なくてもよかったんじゃなかろうか。

「確かにそうだったかもしれませんが、しかし今それは関係ないでしょう。自分の犯した罪をとぼけようだなんて、ずいぶん悪い子になりましたね」

「え? ……罪?」

 神様は何を言っているんだ? 俺の罪? いったい何のことだ? というか神様はいったい何をしにここに来たんだ? 最初は迎えに来てくれたのかと思ったけど、どうやらそれは違うっぽいし……。

 なん、だろう……少し、嫌な予感がする。

 経験からくる勘が、脳内で警鐘を鳴らしている。しかしわからない。いったい何が原因でこんなに冷や汗が出て来るんだ。

 落ち着け、頭の中だけで考えてもわからないのなら、周囲からヒントを得ればいい。よし、そうだ一度冷静になって状況を整理してみよう。

 えっといまの状況は――


 小林 ← ほぼ全裸
 白サリエルちゃん ← ほぼ全裸
 黒サリエルちゃん ← ほぼ全裸


 ――ふむ、なるほどなるほど……。

「サンゴ」

 肩にぽん、と神様の手が置かれる。
 ああ、死刑宣告を受ける人って、こんな気持ちなのかな?

「サンゴ」

「……はい」

「とりあえず……いつものところへ、行きましょうか」

「……はい」

 そうだ、何か忘れているような気がしていたが、ようやく思い出した。ははは、まさかこんな時に思い出すなんてなぁ……忘れていたかったなぁ……。

 転生三日目。首根っこを掴まれ、連行されている途中で、今日はまだいつものように裁判にかけられていないことを思い出したのであった。

 あはははは………………はぁ。

 仕方ない。今日もまた、いつものごとく無罪を勝ち取るために奮闘するとしようか。

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