なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

なんだぁ……てめぇ……


 部屋のなかへ侵入し、長い事使っていなかったのか、埃っぽい空気に少しせき込む。

 しかしここが宝物庫か……初めて足を踏み入れるが、思っていたよりも普通だ。見た感じ、倉庫や物置とそう変わらない。果たして本当にここに薬があるのだろうか。

「――そこの君ッ!!」

「うおっ!?」

 び、ビビったぁ。誰だいきなり大声出しやがって。小林を撃ち抜いた犯人か?

 睨むように部屋の奥に目を向ける。そこには細長い体に緑色の肌で、蛇やトカゲを彷彿とさせる見た目の顔を持った、間違いなく人間ではないモンスターが立っていた。モンスターは俺と小林を交互に見て、そして仰々しいポーズを取りながら指を突きつけてきた。

「侵入者諸君ッ! そうだよッ、君たちだよッ! さっきおらぁが忠告したにもかかわらずッ、まーぁた性懲りもなく入ってきたのかねッ! そこまで悪いことしたいかねッ!」

 特徴のある喋り方で、警備服姿のトカゲ男がこちらに非難を浴びせてくる。

 忠告っておい、まさかあの矢のこと言ってんじゃないだろうな。人ひとり吹き飛ばすことのどこが忠告だ。不意打ちで殺しにかかってただろうが。

 小林も俺と同じことを思ったのか、トカゲ男に対し腹を立てた様子だ。そうだ小林、実際にアレを喰らったお前が文句を言ってやれ。忠告にしては度が過ぎてるってな。

 そう思いを込めて小林を見つめる。俺の視線に気づき、そこに込められた意思を察したのか、小林はこくりとうなずいた。結婚してないけどさすが夫婦だ。言葉にしなくても思いは伝わるんだな。

 俺の思いを受け取った小林はそのまま一歩踏み出し、トカゲ男に向かって言い放つ。

「見られてしまった以上仕方ない、残念だが口封じをさせてもらおう。悪く思うなよ爬虫類もどき――って、私の夫が言ってるわ!」

「お、おらぁに何するつもりだいッ!?」

「違う、そうじゃないエリ。俺そんなこと思ってない。違う」

 これっぽっちも伝わってなかった。お前は一体何にうなずいたんだ。

「冥土の土産に名前だけでも聞いてやる――とも言ってるわ!」

 言ってない。

「おおっとッ! おらぁとしたことがうっかりしていたッ! よかろう名乗ってやろう心して聞くがよいッ!」

 待てトカゲ男。だから違うって。俺はそんなこと求めてないって。

「おらぁこそッ! この魔王城に派遣された防犯システム悪魔の一人にして現場隊長、そしてこの宝物庫の防犯を一任された、ヨルムンガンドだッ!」

 防犯システム悪魔か……前にサリエルちゃんに聞いたな。確か見つかった犯罪者は木っ端みじんに――――木っ端、みじんに……。

 近くに落ちてた鉄パイプを手に取る。

「侵入者諸君ッ! 無駄な抵抗はせずおとなしく捕まるんだッ! そうすれば反省の色アリと見なしていくらか罪も軽く――」

「エリ! 何でもいいから武器をとれ! どうせ逃げたところで他の防犯悪魔どもに囲まれるのがオチだ! 見られてしまった以上仕方ない、ここでこいつの口を封じるっ!! 悪く思うなよトカゲ男!」

「き、君ィッ!? おらぁに何するつもりだねッ!? それに抵抗するにしても、普通もう少し悩まないかなッ!?」

「わかったわあなた! あの爬虫類もどき、つぶれたカエルみたいにしてやりましょ!」

「そっちもたいがいだねッ!? 例えに変なリアルさがあって怖いよッ!? 悪魔でももう少し躊躇うよッ!? あとおらぁは爬虫類じゃなくてヨルムンガンドだよッ! おらぁそこだけは譲らないよッ!」

「トカゲ男よ、遺言はそれでいいか?」

「いや良いわけないよッ!? どうしていまのを遺言だと思うわけさッ!?」

「遺言はあなたの会社の口コミに書き込んであげるわ」

「発想サイコパスッ!」

 ちっ、随分と騒がしい防犯悪魔だ。まさか応援を呼ぶための時間稼ぎをしてるんんじゃあるまいな?

「落ち着き給え侵入者諸君ッ! 特にそっちの男の君ッ! なぜ急に思考がそんな暴力的になったのだねッ!」

「決まってんだろトカゲ男。殺られる前に殺る。木っ端みじんになんてされてたまるか」

「木っ端みじん……? あ、ああぁ~なるほどッ。安心したまえ怖がりの君ッ! ただの侵入者にそこまではしないッ!」

「……信じていいのか?」

「もちろんさッ! ヨルムンガンド嘘つかないッ!」

 ……言われてみれば確かに、犯罪者を問答無用で木っ端みじんにしてくるような防犯会社などあったら問題だろう。ならばこのトカゲ男の言う通り、木っ端みじんにされる心配はなさそうだ。武器を下ろそう。

「どういうことあなた? あの爬虫類もどきをボコボコにするんじゃないの?」

「何バカなこと言ってんだエリ。ボコボコだなんて物騒な」

「え? あれっ?」

 まったく、小林のやつは何て危険な考えをしているんだ。そんな簡単に人をボコボコにするとか言うんじゃありません。

「よし、どうやら君たちの誤解も解けたようだしッ、そろそろおとなしく捕まってもらえるかなッ!」

「おい待てトカゲ男」

「ヨルムンガンドだよッ!」

「ヨルムン、待て。誤解というなら、お前の方こそ誤解してるぞ」

「変な略し方を……トカゲ男よりはいいけどッ。それよりも、おらぁの誤解とはどういうことかねッ!」

 ここまでかなり遠回りをしたが、ようやく本題に入れそうだ。
 訝しげな顔をするヨルムンに、そもそも俺がここに来た理由を話す。

「俺達は別に何かを盗もうとしてるわけじゃないんだ。とある治療の為に解毒薬が必要でそれを取りに来ただけなんだよ。な、エリ」

「そうよ。おかげで私とサンゴ以外が大変なんだから! ね、あなた」

 いや一番大変なのはお前なんだけどさ。

「そうだとしてもッ、なぜここに解毒薬があるって知っていたのだねッ?」

「魔王様に言われたんだよ。宝物庫にあるからとってこいって」

「それは嘘だろう侵入者よッ! オーダ様が人を小間使いのように扱うわけないさッ!」

 本当に言われたんだけどなぁ……。『さっさと行け、人間』って。

「いや、それが魔王様もいま大変な状況で、だから俺達が来たんだよ」

「それこそもっと嘘だねッ! あのオーダ様が大変な状況なんかに陥るわけないさッ!」

 その気持ちはすっごいよくわかる。

「ますます怪しくなってきたな侵入者諸君めッ! おとなしくおらぁに捕まりなッ!」

 くそっ、交渉は失敗か!? いまさら魔王様を連れてくることもできないし、いったいどうしたら――!

「ま、待ちなさい爬虫類もどき! 私たちのことを信じられないとしても、魔王様、ひいてはその関係者の言うことなら信じられるわよね?」

 もう駄目かと思われたその時、小林がこの状況に待ったをかける。

「ぬッ? まあ確かに、それなら話は別だけどねッ!」

「あらそう、なら問題ないわ……サリエル! 入ってきてちょうだい!」

 あっ、そっか! 確かにサリエルちゃんなら魔王様の姪だし、ヨルムンも納得するに違いない!

「さ、サリエル様だってッ!? 本当にサリエル様もいるのかいッ!?」

「ええそうよ。サリエルの言うことならあんたも信じるでしょ?」

「そ、それはもちろんッ」

 よしっ! これで侵入者の疑いも晴れる。もう薬を手に入れたも同然だな。

 勝ちを確信し、ドアの方を向く。悪魔であり天使であり、そして救世主であるサリエルちゃんの登場をきちんと見届けようではないか。

「「はいエリさん! どうしましたか?」」

 ふっ、どうだヨルムン、これで信じざるを得まい!

 したり顔でヨルムンを見る。どうだおい? おーおーそんな驚いた顔しちゃってまあ。口もパクパクしてるだけで声が出てないぞ? ふ、よっぽどびっくりしたみたいで――

「さささささッ、サリエル様が二人ぃぃぃぃッ!?」

 ……あ、そこ? あー、そっか、そりゃ驚くか。もうサリエルちゃんが二人いるのは慣れてたからなぁ。

「「あのぉ、サンゴさん。ボクはなぜ呼ばれたのでしょうか?」」

「大丈夫、気にしないで。サリエルちゃんはそこにいるだけでも素晴らしいから」

「「はい?」」

「どうよ爬虫類もどき! 正真正銘サリエルよ! これで私たちが言っていることが信じられたかしら?」

 どや顔の小林がヨルムンを煽る。その煽られている本人といえば、何やら深く考えている様子であり、腕を組んで唸っていた。

「――ッ! おらぁわかったぞッ!」

 と思いきや、急に顔を上げると不敵な笑みを浮かべ、なぜか姿勢を低くし始めた。

 ……これはあれか、臨戦態勢というやつか?

「ふっふっふッ、最初は驚いたがおらぁを騙そうなんて千年早いッ!」

「……なぁ、お前は何を言ってるんだ? 騙すって一体――」

「そこにいる二人は、サリエル様ではない偽物だなッ!」


 ――――ああ?

 てめぇ……サリエルちゃんを偽物呼ばわりだとぉ?

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