なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

さらに倍!


 宝物庫までの案内を買って出たサリエルちゃんの後ろで、小林に腕を組まれながら廊下を歩く。

 何を勘違いしたのか『目の目でイチャイチャしてる!? よ、嫁の立場がっ!』などと慌てて飛びついてきた小林。
 腕を組むというより捕まって連行されていると言った方が適当な姿勢であるが、それについて文句を言ったところ、これは浮気防止の為でもあるらしい。だから浮気じゃないと何回言えばわかるのだろうか。将来小林の旦那になる人は大変そうだ。

「あなたってば前からそう。可愛い女の子がいたらいっつも鼻の下伸ばしてだらしない顔するんだから。私をどれだけ不安にさせれば気がすむのかしら」

 まったく心当たりのない過失を責められても困る。冤罪だ冤罪。

「あのなぁ、そもそもこの俺が鼻の下伸ばしたり、だらしない顔になったりなんてするわけがないだろうが。言いがかりもたいがいに――」

「サンゴさーん! こっちです、ここでーす!」

「――んはぁーいサリエルちゃーん!」

「まさにその顔よ、その顔」

 隣で小林が何か言っているが聞こえない。サリエルちゃんの方が優先順位は高いんだ。

 小さくて可愛い体をいっぱいに使って可愛く手を振っている可愛い白サリエルちゃんのもとに小走りで向かう。近づくと、白サリエルちゃんの背後で、黒サリエルちゃんが頬を引きつらせながら微妙そうな表情でドアを見上げている姿が見えた。

「あれ? どうしたのサリエルちゃん。そんな『いちいちドア開いて部屋の中を確認していたさっきまでの苦労っていったい』みたいな顔して」

「あー……いえ、見ていただいたらわかると思いますぅ。だいたいその通りですので」

「へ? どれどれ――――えぇ……」

 指さされたドアに目を向けると、思わず呆れたような声がこぼれた。ドア自体は他の部屋と同じ何の変哲もないドアなのだが、そこには『宝物庫はここ』と書かれたプレートがぶら下がっていた。

「い、いちいちドア開いて部屋の中を確認していたさっきまでの苦労っていったい……」

「ですよねサンゴさん! そう思いますよね! いやまあボクが探してたのは宝物庫じゃなくて寝室だったんで結局変わらないんですけど」

 これならこの階をぐるっと歩き回ってるだけで簡単に見つかったんじゃん。うわぁ見つかったのは嬉しいけど余計な疲労感がのしかかって来るわぁ……。

「サリエルちゃん、この一件が終わったら神様に一発キツイのお見舞いしてやろうぜ。なんか急に腹立ってきた」

「ボクは一人に戻っちゃうので、サンゴさんにボクの分もお願いしますのです」

「オッケー任せとけ」

「サンゴさんと黒いボクがなんだか怖いこと考えているのです!?」

 今頃は自分が若かった頃を思い出しているであろう、すべての元凶である神様への復讐を誓う。だから止めてくれるな白サリエルちゃん。これは君の為でもあるんだ。

「神様に何失礼なことしようとしてるのよ。相変わらず子供っぽいんだから……」

 呆れた眼差しをこちらによこしながら、小林は宝物庫のドアノブに手をかける。

「お、おい小林! 待て待て!」

「つーん、小林じゃないもん」

 な、なんて面倒な……!

「ぐっ……え、エリ!」

「はーい!」

 こ、こいつむかつく。

「何不用意に開けようとしてんだ! 危機感ゼロか!」

「何言ってんのよ。まさか罠でも仕掛けられてるとでもいうわけ? そ、そりゃあ心配してくれるのは嬉しいけど……キャッ」

「自分で言って勝手に照れるなよ……。いいか、ここは魔王城だぞ? 宝がしまってある場所に、何もないなんて考えられないだろ。なぁサリエルちゃん」

「ふぇ? う、うーん、どうでしょう? ボクはそういったものがあると聞いたことはないですけど……」

「それに魔王城とは言っても、それはオーダおじさんが住んでいるからそう呼ばれているだけですし、魔王城に攻め込んでくる人もいないので罠を仕掛ける必要もないのでは?」

「ほら! サリエルもこう言ってるんだし大丈夫よ! パパッと中に入ってパパッと薬を手に入れてしまいましょう! ……あ、いまのはあなたがもうすぐパパになることにかけたダジャレでもあって……」

 小林のとんでもなくしょうもない冗談は無視して話を進める。

「いやでもな、やっぱりここは冷静になって一度安全を確認してから――っておい!」

 せっかく人が注意してんのに、小林こいつ何の躊躇もなしに開けやがった。お前結婚とか嫁とか浮気とか言うんならもう少し夫(仮)の言うことに耳を傾けてくれよ。

「おっ邪魔しまぁ――」

 魔王城の宝物庫。よそ様の家だと言うのに、まるで自分の家の玄関を開けるかのように気軽に、遠慮も迷いもなくドアを開けた小林は、

「――ぶべッ!」

 ドアの向こうから猛スピードで飛来してきた何かに頭を撃ち抜かれて吹き飛んだ。

「こ、小林ィィ!?」

「「キャァァアアーッッ!!」」【驚き―既定値超過―×2】

「ンギャァアアアアアアッ!?」

 そしてついでと言わんばかりに、いきなり吹き飛んだ小林に驚き、しがみついてきた白黒サリエルちゃんから二重に死の力が流れてきた。

 さ、サリエルちゃん……俺を頼ってくれるのは嬉しいんだけど、もうちょっと手加減してほしい……!

「あっ、ああ! す、すみませんサンゴさん! 大丈夫ですか!?」

「ご、ごめんなさいですサンゴさん!」

「ぐ、ぶふぅ……だいだだだいじょっ、ぉぶ、だかぁ、きい、気にしなっで」

「と、とても大丈夫には見えないのです!?」

「いままでで一番呂律が回ってないのですよ!?」

 だ、大丈夫だサリエルちゃん。少し言語中枢に異常をきたしただけだ。気を失うほどでもないし、ちょっとずつ回復もしてる。転生特典『おさわり解禁』は伊達ではないのだ。

「それより小林はどうなった……?」

「それが、エリさんは……あそこに」

「あの様子では、残念ながら……手遅れかと」

 壁まで吹っ飛んだ小林に目を向け、サリエルちゃんが手遅れと言った理由を理解する。仰向けにぐったりと倒れた小林の額からは、まっすぐ一本の矢が生えていた。

「くっ、なんてことだ……まさか戦死者が出るなんて……ッ」

「エリさん……どうか安らかに」

「ぐすっ……お墓にはエリさんが好きだった英雄譚をお供えしてあげるのです」

「――っていや死んでないわよッ! 私の死を受け入れるのが早すぎよ! もうちょっとくらい心配してよ!」

 矢が刺さったままの小林が、がばっと起き上がって叫んだ。

「うわぁっ、生きてた」

「『うわぁ』じゃないわよ『うわぁ』じゃ! この程度で死ぬわけないでしょ!」

「この程度ってお前、でこから矢が生えてるぞ。逆になんでそれで死んでないんだよ」

「よく見なさいあなた。これおもちゃよ」

 そう言って引っこ抜いた矢の先を見せつけてくる。……うん、確かに吸盤だ。吸盤だけど。それってつまりは、そんなおもちゃで人を吹き飛ばすような存在がこの先にいるってことだよね? 余計に怖いんだけど。

「よし、作戦を考えたぞ。先陣はこば――エリ、その後ろから俺とサリエルちゃんが続くフォーメーションで行こう。さぁエリ。レディ、ゴッ!」

「い、嫌よ! また矢で射抜かれて吹き飛ぶのは嫌!」

 背後から身体を押さえるも、じたばたと抵抗されてなかなか前に進まない。気持ちはわかるが、小林が行かなければ俺があの矢を喰らいかねない。そのため、ぜひとも小林には尊い犠牲になってもらいたいものだ。

「よく聞けエリ。俺がお前だけを危険な目に会わせるわけないだろ(訳・俺が無傷で中に入るために、囮なってくれ)」

「あ、あなた」

「お前が部屋に入るのと同時に、俺も一緒に飛び込む。そうすれば中の奴は標的を絞り切れず、結果お互いに攻撃されなくて済むって寸法だ(訳・お前が撃たれた後、新たに矢を構えるまでの攻撃が来ないその隙に、俺が安全に中に侵入する作戦だ)」

 本心を言葉の裏に隠して語り掛ける。小林は基本ポンコツだが、しかしいまのこいつはウロボロス汁の影響で俺と結婚したことになっている小林だ。もしかしたら愛の力とか、そういう意味の分からない超理論で嘘を見抜いてくるかもしれないため油断はできない。

 さあ――どうなる?

「なるほど! わかったわ! さすがあなたね!」

 結果、騙そうとした俺もビックリするくらい簡単に信じてくれた。
 なんだか人を疑うことを知らない純粋な人を騙している気分だ。

「あなたが嘘なんか言うはずがないものね! もちろん信じるわ! 夫の言うことを信じられなくちゃ、いい奥さんにはなれないものね!」

 罪悪感で心がつぶれそう。まさかここまで無条件で信用してくれているなんて。

 こ、これ以上騙すのはさすがに気が引けるなぁ……。

「あ、いやー、実はなエリ、いま言ったことは……」

「よぅし! そうと決まったらパパッと行きましょ! そう『パパ』っとね!」

「あの、だから、さっきのはうそで……」

「ふっふっふ、私としたことがいったい何をビビってたのかしら。元『伝説の勇者』にして、現『一二之エリ』に怖いもの無し! さぁ、この私に続きなさい!」

「おーいエリ? エリさん? 小林さーん? はは、ダメだ言葉が通じてないみたいだ」

 嫁(仮)が話を聞いてくれなくてつらい。どこの家でも父親は母親の尻に敷かれて頭が上がらないっていうのは本当だったのか。

「いまこそ夫婦の絆を見せるとき! ねっ、あなた」

 隣で意気込む小林に、先ほどまでの怯えは見えない。よくもまあ、あんな確実性も何もない作戦でここまで強気になれるものだ。

 ところで小林、なぜ俺の手を握る。

「なあおい……この手はなんだ」

 右手を上げれば、それにつながれた小林の左手も一緒に持ち上がり、絶対に離さないという強い意志の表れが嫌でも目に入る。さてはこれが夫婦の絆か。

「安心しなさい、あなた」

「はい?」

「死ぬときは一緒よ」

「何を安心しろって言うんだ!?」

 これじゃあ夫婦の絆じゃなくて死神の手じゃねぇか! 何道連れにしようとしてんだ!

「さあ行くわよあなた! サリエルは念のため、ここで少し待ってなさい」

「わ、わかりましたのです」

「サンゴさん、ファイトっ、オーですぅ」

「サリエルちゃん、応援はとてもありがたいけれど今はそんな場合じゃなくてね!」

「いざ、突入ぅ!」

「考え直せエリ! いまならまだ間に合う! 俺達はやり直せるんだ!」

 命乞いもかくやとばかりに懇願するが、むなしいことに聞き耳を持ってはくれず、無慈悲にも宝物庫への道が開かれる。小林はひるむことなく中に飛び込み、がっちり手をつながれている俺も当然中へと引きずり込まれた。

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