なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
……気のせいだよな?
「あはははははこばやしはとってもおもしろいじょうだんをいうんだなあおれをびっくりさせるためにそこまでするなんてあははあはははあはははははははははははははははは」
「ちょぉおおおいサンゴ! 白目剥いてる場合じゃないですから! この中で一番重度の変化がエリに起きてますから!」
ははは、やめてくださいよ神様。俺の身体をそんなに強く揺さぶって、目が回っちゃうじゃあないですか。
「さて、ご覧の通り小林には特に異常が見られないので治療を急ぐ必要はないですね」
「あくまで認めないつもりですか!? そんなにダブルサリエルちゃん状態を楽しみたいのですか!? ここまでくるともう天晴ですよ!」
うるせぇッ! 毒を食らわば皿までだ!
白黒サリエルちゃんハーレムのためにはどうせ神様と魔王様の変化を我慢しなきゃだったし、こうなったら小林のコレだって我慢しきってみせらぁ!
「わわ、サンゴさん大丈夫ですか? そんなにうなだれてどうしたのです?」
「なんだか呼ばれた気がしたので来ましたぁ。あなたのサリエルですよぉ、サンゴさん」
決死の覚悟を決める俺のもとにやって来る、話題のサリエルちゃんズ。
白い天使のサリエルちゃんが右から上目遣いでのぞき込んできて、黒い悪魔のサリエルちゃんが左から囁くように寄り添ってきた。ああ~癒されるぅ~。
「ああいや、ちょっとね。世の中の理不尽さとか不条理さとかを嘆いていただけだから気にしないで。己が願望の為には乗り越える壁がいっぱいあるなぁって思っただけだから」
「「余計に気になるお返事なのですけど……」」
そう言って、揃って呆れ顔になる二人。分裂しているのだからそっくりなのは当たり前だが、こうしてみると双子の姉妹のようで微笑ましい。この調子でもっと癒してくれ。
「ところでサンゴさん。先ほどから聞こえてくるお話によれば、どうやらサンゴさんはいまの異常事態を解決したくないご様子ですね」
内緒話をするように、黒サリエルちゃんが耳元で囁く。その内容に俺はおや? と首を傾げた。
「あれ、サリエルちゃんはこの状況がおかしいことに気が付いてたの?」
彼女につられてこそこそと小声で尋ねると、黒サリエルちゃんはくすりと笑い頷いた。
「もちろんですよぉ。ボクが二人になっているんだから気が付くに決まってるじゃないですかぁ。それでサンゴさん。もしサンゴさんが望むなら、ボクはぜひ協力したいなって思いまして。ボクも白いのも、サンゴさんにはお世話になってますから、そのお返しです」
相変わらずいい子だなぁ、お返しなんて気にしなくていいのに。むしろ俺の方がお世話になっているのだから、逆に何かしてあげなきゃいけないくらいだ。
「そっか、それはありがとう」
「いえいえそんな! でしたらさっそく――」
「でも、せっかくだけど大丈夫かな」
「――え?」
嬉しそうな顔から一転、真顔になるサリエルちゃん。うぅん、いや本当にもったいないし苦渋の決断だけど、さすがにねぇ。さすがの俺でもさすがにねぇ。
「――――……何で」
「さすがにこの状況をこのままにってわけにもいかないし、放っておいて何かあったらやばいからね。何も問題のない俺が動かないと」
それに、なんだかんだ言ったがやっぱり小林は一刻でも早く元に戻したい。小林をあのままにしておいたら俺は結婚してないのに妻帯者になってしまう。
「だから協力ならみんなを元に戻す方の協力を――ッァギィ!?」
な、何だ!? いきなり激痛が体に走ったぞ!? いまの感じは死の力か?
「…………」
「さ、サリエルちゃん?」
サリエルちゃんは顔を俯かせており、その表情を窺うことは出来ない。も、もしかして何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。
恐る恐るサリエルちゃんの様子を見守るが、しかしすぐに彼女は顔をパッとあげた。
「――そうですね! わかりました! それでしたらボクもお手伝いします!」
その顔は笑顔に満ちており、とても怒っているようには見えない。
……気のせいだったのか? まあサリエルちゃんが怒るところなんて想像できないし、気のせいだったのだろう。
とにかく、そうと決まれば治療のため行動に移すとしよう。神様か魔王様なら解決策を知っているだろうし、聞いてみるとするか。出来ることならそう簡単には解決策は見つかってほしくないと思う自分もいるが……我ながら未練たらたらだな。
「あの、サンゴさんと黒いボクは何の話をしていたのですか?」
「みんなを治すために頑張ろうって話だよ。サリエルちゃんも手伝ってくれるかい?」
「なるほど、もちろんなのです! ボクもお手伝いします!」
両手を握ってやる気を見せる白サリエルちゃん。サリエルちゃん両方から協力をしてもらえれば百人力だ。俺もより一層頑張れる。
「というわけです神様。どうせテレパシーで心を読んでたんでしょう? なら早速、この異常事態の解決方法を教えてください」
「ふふーん、いいでしょう。この神である私が一肌脱いであげましょう! ゲームの攻略本よろしく、いきなり答えを教えちゃいますとも!」
そこまで言うのなら、神の力とやらでさっさとみんなを元に戻してほしいものだ。まあそこはこの神様だし、そこら辺はもとから期待してなかったからいいけど。
「とまあ大げさに言いましたけど、ぶっちゃけこれって解毒剤飲めばいいだけなんですよね。オーダさん、解毒剤って確かありましたよね?」
「それくらい宝物庫にいくらでもあるだろう。何せこの俺の宝物庫だ。ないものを探す方が難しい」
さすが魔王様。頼りになる。
「そら、教えてやったのだからさっさと行け、人間。言っておくが、関係のないものを持ち出そうとなど考えるなよ……?」
「もちろんわかってますとも。俺だって長生きしたいですからね」
魔王様の私物に手を出すなんて命知らずな真似はしない。さっと宝物庫に行き、さっと薬を取り、さっと治療するだけだ。
「それじゃあ行ってきますね。待ってる間はおとなしくしててくださいよ? 特に神様」
「そこまで私って信用できないかなぁ……ああサンゴ、ちょっと待ってください。忘れ物ですよ」
「忘れ物?」
はて、なにか必要なものでもあるのだろうか。
首をかしげる俺に、神様はやれやれと非常に腹の立つ顔をしながら、その忘れ物をこちらによこした。
「ほら、嫁を忘れてますよ」
「ちょっとあなた! 勝手に置いてこうとしないでよ! 私も行くわ!」
「嫁って言い方やめろぉ!」
膝から崩れそうになる俺の腕をとり、絡ませてくる小林。普段からは想像もできないなれなれしい行動に早くもギブアップしそうだ。
「もうあなたったら、いつも一人で先に行っちゃうんだから。もしあなたが困難に立ち向かうなら、その時は私も一緒って約束したじゃない。だって私達、ふ、夫婦なんだから」
そんなこと口にしつつ『夫婦』の部分で顔を赤くして少し恥ずかしそうにする小林は、第三者の視点から見ればそれは微笑ましく可愛らしいのであろうが、しかし残念ながら、当事者である俺からしてみれば可愛げなどない厄介ごとに他ならない。
「い、いやー、そんな約束したっけなぁ、ははは……」
もし小林が俺を困らせるためにこんな真似をしているのならともかく、これはあくまでウロボロス汁の影響であり、小林に悪意がないのだから俺も強く言えないのがつらい。
「忘れん坊ね、まったく。死ぬときは一緒だって言ってたじゃない」
でも、悪意はなくてもそれはさすがに求めすぎだと思うんだ。
ごめん小林、俺はそこまでカッコいい台詞はお前に言わない気がする。重いし。
「うん、まあ、いいや。何を言っても絶対についてきそうだし」
「当ったり前よ!」
そう言って腕に引っ付いてくる小林と、一方でこれからの前途に諦念を抱く俺。だからそんなに嬉しそうな顔をしないでほしい。こらそこ! 神様までこっち見てにやにやするな! ああ、サリエルちゃんもそんな生暖かい目で俺を見ないで! ぬぐぐ、興味なさそうにワイン飲んでないで、お願いですからいつもみたいに助けてください魔王様ぁー!
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