なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

い、異世界料理……!


 ばっちりおててをキレイキレイし、俺は部屋まで続く廊下を早足で歩いていた。

 前回のように迷子になることもなく、そこはさすが成長する男サンゴといったところか。俺だってそう何度も同じ過ちを繰り返したりはしない。
 そもそも、今までそれらしい扱いをされてこなかったから自分でも忘れてしまいそうになるが、俺は誰もが憧れる転生者。将来なりたい職業ランキング不動の一位の転生者だ。そういえば転生者って職業なのだろうか?

 ……まあいい。

 とにかく、迷子になる、だなんてみっともない真似は、転生者としてふさわしくないのである。すでにこの世界では二回ほど迷子になっているけど。

 ……それはさておき。

 つまるところ俺にとって転生者とは、冷静沈着にして泰然自若、質実剛健であり大胆不敵、才色兼備と容姿端麗、臨機応変ながら猪突猛進、不撓不屈で持持晴夢(モテモテハーレム)な存在なのだ。
 だからもし予想だにしない事態に陥ったとしても、慌てず騒がず、クールに振る舞って見せなければならない。

 そう、たとえ扉を開けたその先で、


 仲良く食事をしているはずのみんなが死んだように突っ伏していても――――


「な、何事だァぁああああッッ!?!?」

 いや、え、ちょっ、ええ!?

 何なにナニがあったの!? 俺が手洗いでいなくなったほんのわずかな間に何があったらこんな無理心中が出来上がるの!? あんなに転生者とはなんとやらを考えてた俺はどうしたらいいの!?

「ぬ……ぐぅ」

「ま、魔王様っ!」

 俺がみっともなく取り乱していると、魔王様がうめき声をあげながら起き上がった。
 よ、よかった死んでなかった! さすが魔王様!

「大丈夫ですか魔王様! いったい何があったんですか! どうして『みんなでご飯』っていうほのぼのしたシーンがこんな悲惨な状況に早変わりするんですか! というかもうこの際ほかのことはどうでもいいんでサリエルちゃんは無事なんですか!?」

 矢継ぎ早に疑問をぶつけるが、魔王様から答えは返ってこない。しばらく回復するのを待った方がいいのだろうか。焦りながらもそう考えていると、魔王様は顔をしかめながら低く野太い声でこう言った。

「――騒がしいぞ小僧」

 ひょ?

「さっきから耳元でキーキーと……死ぬか?」

「こ……こ……」

 こ、怖ぇぇええーーっ!?

 あっるぇ!? 魔王様がちゃんと怖い魔王様になってるぅ!? 今までの強面なのに優しいアンバランスオーガじゃなくて見た目も中身も鬼になってるぅぅうう!?

「なんだ小僧、その不愉快な目は」

「はいっ、あいや、いいえっ! すみませんなんでもございません!」

「チッ――……気に入らん」

 び、ビビった、今の舌打ちで殺されたかと思った……!

 本当に何があったんだ! 俺がいない間に何があったら魔王様(優)が魔王様(鬼)に変貌を遂げるというんだ! 最初に見つけたときは『あ、死んでる』って思ったし、でも死んでなかったのには安心したけど、だけどこれは同じくらいクるものがあるよ!

「ふっふーん! お困りのようですね! サンゴ!」

「こ、この声は!」

 魔王様(怖)に戦々恐々とする俺を救わんとする、聞き覚えのある声が聞こえてきた。聞くだけで心を荒立てせ、これでもかとストレスを与え、勇気と憎しみを沸き上がらせる――そんな声が。

「ここは私にお任せください! この! 神である私に!」

「神様!」

 神様も無事だったのか!
 別に心配はしてなかったけどよかった!

「って……神様? 神様……ですよね?」

「あー! ひどいなぁ! それ以外に何に見えるってんですか! どこからどう見ても神様じゃあないですか! これだけの美貌を持つ、まさしく美の化身が私を除いて他にいますか! イイエいません!」

「いや、いつもとこう……違うというか……より一層ウザったいというか」

 たちの悪い酔っ払いに絡まれている気分だ。

 いつもはもっと落ち着きがあって、物腰の柔らかい『あらあら』という口癖が似合うタイプの神様なのだが、しかしいまの神様は落ち着きのない、なんか子供っぽい印象を受ける。いつものたれ目もぱっちり開いてらんらんと輝いてるし、普段の神様からは感じられないこのエネルギッシュさは……

「そうか、若さか」

「はっ倒しますよ」

 神様まで魔王様と同様におかしくなってるだなんて……。
 まあうざいのはいつも通りだけど。

「あーあ、そんなこと考えてもいいんですか? せっかくこの状況についてサンゴに助言してあげようと思ったんですけどねー」

「ありがとう神様さすが神様頼りになるなぁわーい!」

「イェーイ! もっと褒めていいんですよ! むしろ褒めて!」

 うひょー、いい年した大人なのにキツイぜ!

「さてサンゴ、あのこわーいオーダさんですが、実はオーダさんって昔はあんな感じだったんですよ。ゆーなれば『昔ながらの』オーダさんですかね!」

「ま、魔王様が!? そんな、全然想像できな――」

 ちらり、と魔王様を見るとばっちり目が合った。

「何を見ている(ギロッ)」

「……想像、できなくもないですね」

 視線だけで殺されそうだ。

「フン。そういうお前も随分と昔のようにはしゃいでいるな」

「んー、そうですかね? 普通だと思いますけど」

「神様も? ってことは、神様は『昔ながらの』神様ってことですか?」

「こいつの場合、『若かったころの自分に未練がましくしがみつく』だ」

「ああ、すごいしっくりきます」

「ちょ、オーダさん! その言い方はひどいですよ! 女の子はいくつになっても若いままなんですからね! ――心が!」

 そう言いきり『私、いいこと言った!』みたいなどや顔を披露する神様。やはりその顔も、普段の神様からはイメージできない表情であった。

「はっ、ほざけ」

「あぁー!? 鼻で笑った! ほざけって言った! オーダさんひどい!」

「あの、そろそろ話を進めてもらっていいですか? 『昔は若かった』神様」

「サンゴまで私をバカにするのですか!? オーダさん、うちの転生者(子)が反抗期になっちゃいました! うわーん!」

「誰が子だ! いいからどうしてこうなったのか教えろ!」

 いまだに目を覚まさない小林と、特にサリエルちゃんが心配だ。サリエルちゃんの身に何かあったらと考えると――ああ! 心配だっ!

「うーん、でもですねぇ。どうしてこうなったのかと言われても、私も心当たりはないのですよねぇ。状況から考えて、鍋を食べたのが原因だとは思うのですが」

「その鍋を作ったのは貴様だろうが」

「いやいやオーダさん。本当にわからないんですよ。そもそも私だって食べる物なのに、変なイタズラをするわけないじゃないですか」

 神様は顎に手をやり考える仕草をする。確かに神様の言う通り、自分で食べる物に何か仕掛けをする奴などいないだろう。

 となると犯人は神様じゃない……?

 魔王様とサリエルちゃんは容疑者から外していいとして、俺も何もしていないのだから消去法で考えると……まさか、小林が犯人なのか!?

「お前はバカだから無自覚で――」
「むぅ、失礼な。さすがにそこまでバカでは――」

 なんてこった! こんな身近に犯人がいただなんて! 小林め、勇者を自称するくせになんて悪い奴なんだ!

「そもそもお前が料理できるなんて初耳――」
「ならば証明して見せましょう。まず食材を切って――」

 くそっ、同じ人間として恥ずかしいぜ! まさかみんなで食べる物に異物を混入させるだなんて! 俺がもっとしっかり見張っていれば!

「その程度はどんな愚図でも出来る。問題はその後――」
「ええっと、やはり鍋といえば出汁が重要ですから――」

 まあ小林もまだ若い。罪を償ってやり直すことだってできる。これを機に勇者を自称するのもやめて真人間になるべきだ。

「どうせ余計なことをしたんだろう――」
「そんなことないです。普通に昆布と鰹と――」

 ……ここはせめて、俺が引導を渡すべきか。よしそうしよう。
 この一連の騒動の犯人、それは――――


「――あと、ウロボロスから出汁を」


「お前だぁぁああああ!!」

 犯人が見つかった。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品