なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

い、異世界料理……?


 気を失っている間に、時は少し進み、場所も魔王城の中へと移る。

 死にかけはしたものの、しかし転生特典『おさわり解禁』の力によって死の直前で耐えることのできた俺は、気だるくて節々が痛いこと以外は問題なく気絶から目を覚ました。

「よかった。目が覚めたねサンゴ君。体は大丈夫かい?」

 目覚めていきなり目の前に魔王様の顔があるのは心臓に悪いと思う。

「ど、どもです魔王様。ご心配おかけしました」

 とりあえず近いです魔王様。もう少し離れてください、心臓がドキドキしちゃうので。

 と、ここで俺が起きたことに気づいたサリエルちゃんが飛び込むような勢いで駆け寄ってきた。ああ近い! 近いよサリエルちゃん! ハートがドキドキしちゃう!

「ああっサンゴさん! すみませんすみません! またしてもご迷惑を!」

「いやいや、サリエルちゃんも気にしなくていいって。ほら、こうして無事なわけだし」

 謝り倒してくるサリエルちゃんを、何事もなかったかのように振る舞うことでクールにかっこよく宥める。

「そうそう、気にする必要なんてないわよサリエル。むしろあなたはもっと迷惑かけていいくらいだわ。どうせ相手はサンゴだし」

「確かにその通りではあるがお前に言われるとなんか腹立つぞ」

「ふんだ。どうせサンゴのことだから『サリエルちゃんに迷惑をかけられるなんて、むしろご褒美だ!』とか思ってるんでしょ」

「そそそそんな訳ねぇし!?」

 こいつ、何故そのことを!? さてはこいつもテレパシーを!?

「ふふ、サンゴ君。実はね、あんなこと言っているけど、エリちゃんは君のことをとても心配していたんだよ」

「ちょ、ちょっと魔王様!?」

「小林が俺を? はは、それはない」

「即答すんな! 少しは私を信用しなさいよ!」

 だって、あの小林だよ? 心配どころかとどめを刺しに来てもおかしくない小林だよ?

「にわかには信じらんないなぁ、小林が俺を心配するなんて」

「いえサンゴさん、本当なのです」

「信じた」

「わかっちゃいたけど私とサリエルの扱いの差ッ!」

 うるさいぞ小林。今はサリエルちゃんが喋ってるんだから静かにしてなさい。扱いの差は普段の行ないの差だ。

「サンゴさんが倒れた後、エリさんは救急車を呼ぼうとしたり、救命処置をしようとしたり、火葬の手配をしようとしたり……」

「それ心配してるように見せかけて殺そうとしてない?」

 気が早いってレベルじゃない。

「エリさん、本当は優しいですから。サンゴさんが死んじゃう! って、泣きそうな顔でしたのです」

「さ、サリエル! 秘密って約束したじゃない!」

「あっ……そうでした!」

「ぁあああああああああ!!」

 しまった、という顔をするサリエルちゃんのそばで、小林は頭を抱えツインテールをぶんぶんさせる。どうやら本当に心配してくれていたようだ。

「へぇ、ふーん、ほーん。そうかそうか」

「な、何よにやにやして! これは違くて、えっと、そう、あれよ! さ、サンゴはいつか私が冒険に行くときの雑用係で! 冒険メンバーの体調を気遣うのはリーダであり勇者である私の役目ってだけで! べ、別にあんたを心配してたわけじゃないから! くっ、うぐぐ、ああんもうっ! わ、忘れなさい! 絶対よ! 絶対だからね!」

 指を突きつけて小林はそう命令してくるけれど、それが羞恥心を隠すためのただの強がりであることは、彼女のトマトのように真っ赤に染まった顔を見なくても明らかだろう。

 そんな小林に、魔王様とサリエルちゃんから微笑ましげな視線が送られる。それを受けて、小林はより一層恥ずかしそうにぐぬぬ……と唸った。

 くくく、なんだか小林よりも優位に立ったみたいでいーぃ気分だ。いつもは小林にしてやられてばかりだからな。たまにはこういうことがあってもいいだろう。


「――あらあらサンゴ。また女の子をいじめているのですか」


 ガチャリ、とドアを開ける音とともにそんな蔑むような言葉を投げられた。

 あまりに不名誉極まりない物言いに、俺はその声の主をジト目で睨み、文句を垂れる。

「登場して早々、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ……神様」

「人聞きの悪い? いやいや、事実ですから。まったく、一日の間にこう何度も女の子を辱め、あまつさえそれで興奮するだなんて。本当に、救いようのない変態ですね」

「出鱈目を言ってありもしない事実を捏造するな! しかも一概に否定しきれないから、余計にたちが悪いぞ!」

 息をつく暇もない毒舌の嵐。相変わらず神様は絶好調のようだ。もう少し手加減してほしいくらいに。

「サンゴの目も覚めて、タイミングもばっちりのようですね。さすが私。さあみなさん、お待たせしました。食事の用意が出来ましたよ」

 それほど元気なら問題ないですね、という一言を添えて神様は言う。
 どうやらただ俺に悪口を言うためだけに現れたわけではないようだ。

 神様の『ごはん出来たよー』宣言を聞いて、わぁっ、という歓声が小林とサリエルちゃんから上がり、そんな二人の反応に満足げにうなずいた神様は、部屋の中央にあるテーブルに向けて指を鳴らした。

 すると、さっきまでは上に何もなかったはずのテーブルだが、神様の指ぱっちんと同時に、一瞬にして食事の準備が完了する。

「へぇー、アレが天界の料理ですか。魔王様は食べたことあるんですか?」

「いや、僕も天界のものを食べるのは今日が初めてだよ」

 なんと、魔王様も知らない料理か。これはいよいよ異世界っぽい料理に期待が高まる。

「そもそも神様が料理できるっていうのも今日知ったくらいだからね」

 あれぇおかしいな、急に不安になってきた。

「……大丈夫なんですか魔王様? とんでもないゲテモノ料理が出て来るかもしれないですよ? 一応解毒剤の用意とかしておいた方がいいんじゃ……」

「薬は宝物庫にまとめて置いてあるけど……そこまで警戒する必要はないんじゃない?」

「わかりませんよ? だってあの神様、家事スキルとか持ってないでしょ。とても料理ができるとは思えません」

「失礼ですね二人とも。私だってやろうと思えば料理くらい出来ますよ」

「料理できない奴の言葉だ!」

 本当に大丈夫か? なんか食べたら病院送りにされそうな気がする。

「まったく、心外ですね。そもそも今回の料理はとても簡単なものですし、失敗するほうが難しいです。そんなに疑うのなら、その目で確認してみなさい」

 どうやら自信はありそうだ……まあ確かに、仮に神様が料理のできない神様だったとしても、普通に作れば人体に悪影響の出る料理なんて出来上がろうはずもない。この際、味はおいしくなくとも食べられればそれでいいくらいに思っておこう。それにせっかくの異世界料理だ。楽しまなくては損だろう。

 そう思いながらテーブルに近づく。遠目からでははっきりとわからなかった料理の正体が、近づくにつれて徐々に正体を明らかにしていく。

 テーブルの中央にででんと置かれた大きな土鍋。ぐつぐつと沸く、昆布とカツオの合わせ出汁。その中には食べやすい大きさにカットされたニンジン、ネギ、大根などの野菜たち。そして一緒に盛り付けられているのは豚肉に鶏肉、白身魚やつみれなど――

「寄せ鍋じゃねぇかッ!」

 とても見覚えのある料理だった。
 くそが! これのどこが異世界料理だ! 俺の楽しみを返せ!

「どうですかサンゴ。私の腕も大したものでしょう」

「どうですか、じゃない! これのどこが天界産だ! 輸入品じゃねぇか!」

「何を言ってるんですか。天界から持ってきたのだから天界産で間違ってないでしょう」

「屁理屈言いやがって! おい小林! お前からも何か言ってやれ! 小林だって天界産の料理を楽しみにしてたよな!?」

「え? 私は別においしければどこ産でもいいかなって」

「この裏切り者ぉ!」

 なんて単純なやつだ。これだから髪型がツインテールのやつは信用できないんだ。そうさ、いつだって俺が本当に信用できるのはあの子だけだ。あの子なら俺の気持ちを分かってくれるはず!

「サリエルちゃん! 君はどうおも――」

「おいしそうですね! サンゴさん!」

「――うん!」

 ダメだ、あの笑顔を前にしたら言葉なんて何の意味も持たない……!

 そもそも俺の考えをサリエルちゃんが分かってくれるのではなく、サリエルちゃんの考えが俺の考えになるのだから、サリエルちゃんが楽しみといえば俺も楽しみになり、おいしそうといえば俺もおいしそうに思うのであって、信用とか信頼ではなくてある種のシンパシーとでもいうべきで『わかってくれる』だなんて他力本願に他ならない考えはあまりにもおこがましくあるがゆえに――――!

「はい、サンゴの思考が混沌を極め始めたとことで、いい加減食べるとしましょうか」

「はーい!」

「はいです!」

「そうですね。ほらサンゴ君も、安全な食事になりそうでよかったじゃない」

「ふぅ。失礼、少し取り乱しました。もうオーケーです」

「少し……?」

 そうだ、異世界っぽいものを求めるのは確かに大事だが、でも欲張りすぎると痛い目を見るというのは昼間のドラゴンの時に学んだじゃないか。異世界料理なら今後拝む機会があるかもしれないし、今回は体に害のなさそうな料理であっただけで良しとしよう。

 冷静さを取り戻し席に着く。俺の右隣に小林、左隣にサリエルちゃんが座り、正面に神様と魔王様という席順である。

 しかしこうして食べごろの鍋を目の前にすると腹が減って来るな。今日は朝から小林の冒険に拉致されたりして激動の一日だったし、夕方にサリエルちゃんとケーキを食べたくらいでそれ以外口にしていなかった。そりゃ腹も減る。

 よし、そうとなったら遠慮せずに食べまくって――

「こらサンゴ。あなたはまだ食べてはいけませんよ」

「え? ここにきていじめですか? 法廷で戦います?」

「法廷で私相手にサンゴが勝てるわけないでしょう。そうではなくて。手洗いうがいをしてきなさいと言っているのです。食事をする際の当然のマナーですよ。それに手洗いうがいは元気の源ですから」

「え、ああうん……おっしゃる通りで」

 か、神様がまともなことを言ってる……!

「本当にあなたは神に対して失礼な……はぁ。ほら早く行ってきなさい。早くしないと、サンゴの分まで食べてしまいますよ」

 食べ始めるのを待っていてすらくれないのか! というツッコミを置き去りにする勢いで、俺は慌てて手洗いへと駆け出すのであった。

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