なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
転生特典がなかったら間違いなく死んでたね
「やあサンゴ君にエリちゃん。さっきぶりだね」
そう言って朗らかに笑う魔王様。一方、そんな魔王様を前にして、俺は顔中から冷や汗を滝のように流していた。理由は察してほしい。
やっぱり小林の通報は阻止できていなかったか……! 不幸中の幸いは、魔王様がその通報の内容について問いただしてこないことか。どうもこのまま行けば追及されることなく乗り切れそうだ。
「あっ、魔王様! さっきはすみません、ちゃんと挨拶できなくて」
「気にしないでいいって、エリちゃん。元気になったみたいでよかったよ」
と、内心焦りながら、今後の身の振り方を考えている俺の横で挨拶を交わす二人。
俺がこんなにも困っているというのに、なんて呑気な――そう思いたくもなるが、ここはぐっと我慢する。そもそもが身から出た錆というやつだし、ここで少しでも魔王様に不審に思われる言動をすれば、それは自分自身の首を絞める結果となる。
とりあえずは、俺も小林にならって、ごく自然に挨拶をしておこう。
「ごきげんよう魔王様!」
「ど、どうしたんだいサンゴ君? その口調は?」
めちゃめちゃ不審そうな目で魔王様が見てきた。バカな、完璧自然な挨拶だったはずなのに。
「い、いえ気にしないでください。これは……そう! 転生者たるもの優雅に高貴に気品よく、と思いまして、それを実行しているのです! おしとやか系転生者を目指しているもので!」
「はっはっは! さすがサンゴ君。面白いこと考えるね」
しかしここは言い訳……もとい、リカバリーに定評のある俺。我ながら口が上手い。魔王様も大爆笑だ。でも俺がおしとやか系転生者を目指すことってそんなにおかしい?
「おしとやかですかぁ、ボクも憧れますぅ」
「それなら私を参考にするといいわ、サリエル! 何を隠そう、おしとやか系勇者とは私のことよ!」
純粋無垢な少女にとんでもない嘘を吹き込んでいる自称勇者を視界の端にとらえつつ。
ひとまず危惧すべき事態は避けられたようでほっと胸をなでおろす。
「話を戻すけど、遠慮せずにご飯食べに来なよ。実は元から二人を誘う予定だったんだ」
「あれ、そうだったんですか」
「うん。いま、神様も魔王城にいてね。なんでも神様の暮らす世界……天界っていうんだけど、その天界産の料理を持ってきてくれたらしくて」
へぇー、天界か。そんな場所があったとは。もしかして俺が転生を行ったあの小汚い部屋も天界なのだろうか。
「……ん? あれ? そう言えば神様って、その天界で暮らしているんですか? この世界の住人じゃなくて?」
「神様は神だから天界の住人だよ。いつの間にかこの世界に住み着いていたけどね。まあこの世界は平和だし、居心地がいいんじゃないかな? はっはっは!」
それでいいのか神様と魔王様。
「そういうわけで、せっかくだから例の食事会のメンバーでごちそうになろうと思ったわけさ」
「そういうことでしたら、ぜひ行かせていただきます。……『神様が用意した』ってのがちょっと不安ですけど」
だが不安に思う反面、少しワクワクしている自分がいる。
この世界の食事は元の世界とほとんど変わらなかったが、天界の料理というのだから、きっと俺の知らないような料理が出て来るのだろう。
これもまた、俺が求めていた『異世界っぽいもの』に他ならない。
「私も行く! 天界の料理なんてめったにお目にかかれないもの!」
「わあっ、本当ですか! お二人とお食事するのはこれが初めてなので、ボクとっても嬉しいのです!」
俺と同様に期待に胸を膨らませる小林と、喜色満面のサリエルちゃん。サリエルちゃんに喜んでもらえただけでも、行く価値があるというものだ。
「そうと決まったら、早速行くとしようか。たぶん、もう準備を終えた神様が首を長くして待っているからね」
そんな号令と共に、魔王様が先導して魔王城への道を歩き始める。
魔王、勇者、悪魔、転生者という字面だけなら最強に見える(魔王様がいるという時点で実際に最強かもしれない)パーティーの一番後ろを歩いていると、サリエルちゃんがすすすっ、とこっそり近づいてきた。
横に並んだサリエルちゃんは、俺の服の裾をちょこんと控えめにつまむ。
思わず顔がにやけそうになるのを堪えながらそっちを見ると、彼女は上目遣いで、照れくささを含んだ笑顔でこう言った。
「えへへ、楽しみですね! サンゴさん!」【照れ・喜び―合計値―既定値超過】
「――ちょっとサンゴ、あんたそんなにサリエルに近づいて、また何かしようとしてるんじゃ……って、どうしたの? 急にうずくまって。ちょっと聞いてるの? ねぇってば、サンゴ、サン…………サンゴ!? ちょ、だ、だだだ大丈夫なの!? すごい痙攣してるんだけど!? だ、誰か救急車ァーッ!!」
魔王城に向かう途中、最強のパーティーから約一名の死者が出かけるというハプニングがあったものの、それ以外は特に問題なく一行は目的地に到着した――らしい。
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