なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
パフパフ加速度
――…………ゴ…………さい。
目の前には真っ暗な世界が広がっている。前も、後ろも、上も、下も、右も、左も、どこを向いても果てしないまでの黒。しかしそこには恐怖や混乱といった感情はなく、むしろ、水の中を漂うような、そんな心地よい脱力感に包まれている。
……はて、ここはどこで、そして俺はどうしてここにいるのだろう。
――……ンゴ…………なさい。
ここがどこかわからず、どうしてこんなところにいるのかもわからない。ならば、俺はここに来る前に何をしていたか……ああ、ダメだ。思い出そうとするのも億劫だ。たぶんあれだ、ここは夢の中で、俺は今眠っているのだろう。時間が経てばほっといても勝手に目覚めるのだ。ならばあれやこれやと考える必要もあるまい。
――サンゴ……きなさい。
そう言えばさっきから声が聞こえてくるような。
――サンゴ、起きなさい。
ああもう、うるさいな。もう少しゆっくり寝かせてくれよ……。
「起きなさいと言っているでしょう(謎の光線)」
「あばばばばばばばば」
痛い痛い痛い痛い! な、何だ!? 敵襲か!?
「まったく、いつまで寝ぼけているのですか」
突如訪れた、身体を襲う激痛に跳ね起きる。
すると目の前には神秘さ、神々しさ、寛容さ、美しさ、清楚さをそこそこ程度に兼ね備えた見た目の、俺の心に恨みやら復讐心やらを湧き上がらせる人物(じんぶつ)――否、神物(じんぶつ)がいた。
「か、神様ぁ!? えっ、何、どうして?」
「どうしてもこうしても、この空間に来たということはどういうことか、言われなくてもわかるでしょう。サンゴの頭に脳みそは入っていないのですか」
「え? 空間?」
そう言われて、ようやく周囲を見渡す。
ここは確か、俺が転生する前に訪れた空間ではないか。
「こらサンゴ。女性の部屋をそんなにじろじろ見るなんて失礼ですよ」
「あっ、ここってただの空間じゃなくて神様の部屋なんですか。なんか『彼女がしてたら嫌な部屋ベスト3』に入ってそうな部屋ですね」
「おっと間違えました。ここは私の部屋ではありません。サンゴの頭の中を表現した空間です」
「俺の頭は空っぽだって言いたいのかッ!!」
こ、この神様、散らかり具合を俺のせいにしやがった……! 誤魔化すにしても、もっと俺を傷つけない言い方をしてくれないだろうか。
「まあそんなことはどうでもよいのです」
「いいわけあるか! 俺のはもっとこう、中身が詰まってると言うかスタイリッシュというか!」
「いやもうほんとどうでもよいので。まず間違いなく清らかでもスタイリッシュでもないですから。そんなことよりもサンゴ。あなたはこの空間に来るということは、どういう意味か理解していますか?」
む? この空間に来る意味だと? 神様が俺をいじめるために呼び出したとかじゃないのか?
「あなたは神である私に対してどれだけ失礼なことを考えているのですか。そもそもこの私がサンゴなんかをいじめるためにそんなまどろっこしいことするわけがないでしょう。やるなら向こうの世界でやりますよ」
いじめないという選択肢はないのだろうか。
「相変わらず理解力がないというか、頭が悪い子ですね。危機感ぐらいは感じてほしいものです」
「はぁ……危機感ですか。でも、いったい何に危機感を覚えろってんですか?」
目の前にいる神様に対してだろうか。
「いいですかサンゴ。まず、この空間はどういった場所か覚えてますか?」
「神様の自室」
「不正解です(謎の光線)」
「あばばばばばばばば」
俺が死なない程度の威力で攻撃してきやがった。この痛みになれつつある自分が怖い。
「何するんですか! 不意打ちとは卑怯な!」
「ここから先、サンゴが間違えるたびに罰を与えます」
「理不尽だ!? さては俺を殺すつもりだな!?」
「では改めて、この空間はどういった場所でしょう」
く、くそ、はぐらかされた。またあの光線を食らいたくないし、不本意だがきちんと答えなければならないようだ。
んで、この空間がどんな場所かだよな……ふっ、簡単だな。
「バカにしないでください。ここは死んだ人が訪れる空間です。それくらい俺にはわかってますよ」
「正解ですが、そこまでわかってなぜその先まで考えられないのですか」
え? その先? どゆこと?
「ではサンゴ、そんな死んだ者が訪れる空間にあなたがいるということは、どういうことでしょう」
「ですからバカにしないでくださいって。そんなの簡単ですよ。つまり俺は死んだということです――――ってええぇぇぇぇ!? 俺死んだの!?」
「静かにしなさい(謎の光線)」
「あばばばばばばばば」
おかしい、間違ってないのに攻撃された。
「いでで……ど、どういうことですか神様! なんで俺は死んだんですか!」
「あらあら、覚えていないのですか? では、これをご覧なさい」
そう言って神様は、一枚の写真を渡してきた。
その写真に写っているのは、一人の男が少女の胸に顔をうずめている写真であった。
「見てわかるように、サンゴがサリエルちゃんの胸に顔をこすりつけている写真です」
「もっとましな言い方あっただろ!」
思い出した。サリエルちゃんにパフパフされてるときに、急に意識がなくなったんだった。そっか、あの時に死んだのか……いや待て、なら死因はなんだ?
心当たりがあるとすれば、パフパフの前に食べたあの毒入りケーキだけど、一緒に食べてたサリエルちゃんは平気そうだったし……。
「サンゴが察している通り、ケーキが原因ではありませんよ。まず食べたら人が死ぬようなものを商品にするわけないでしょう」
「でも、それ以外に思い当たる節がないんですけど」
やっぱり神様が俺をこの空間に呼び出すために遠隔で殺したんじゃないだろうか。
「サンゴが死んだ原因なら、この写真にきちんと写ってますよ」
この写真に写ってるだと? バカな、この写真には俺がサリエルちゃんにパフパフされているところしか映ってないじゃないか。
それなのにいったいどういう意味……はっ! 待てよ! 分かったぞ!
神様の言うことを信じるなら、この写真から俺の死んだ原因を推測できるということ。
つまり俺をV、サリエルちゃんをS、パフパフ加速度をGとして『サンゴの法則』に当てはめれば! えっと、パフパフ二乗×四分の俺×五サリエルちゃんだから……、
「つまり答えは……嬉死恥死(うれしはずかし)か!」
サリエルちゃんにパフパフをされて、喜びのあまり俺は死んでしまったというわけか。なるほど納得だ。
「そんなわけないでしょう。何ですかその未知の法則と新種の死因は。あなたはバカですか。バカでしたね。いやある意味天才ですけど」
「でも神様、これ以外に考えられないのも事実です」
「やめなさいサンゴ。あなたはもう事実という言葉を使わないでください。物理学者に怒られます」
おかしいな、計算式は間違ってなかったはずなのだが。
「そうですね。間違ってるのはサンゴの存在かもしれませんね」
ここぞとばかりの暴言。聞き捨てならない。
「もういいです。私直々に答えを教えてあげましょう。まあ、実を言うと恥死(はずかし)というのはあながち間違いとも言い切れないのですよ」
「つまりサンゴの法則は半分正しかったと!」
「違います。黙ってなさい」
もはや発言すら許されなくなるとは思ってもいなかった。
「いいですかサンゴ、よく聞きなさい。あなたが死んだ原因、それは――」
ごくり、と思わず唾をのむ。その音はやたらと大きく聞こえた。
はたして俺が死んだ原因は何なのか。事故なのか、故意なのか、偶然か、それとも誰かが悪意を持っての行動か。
ごくり、とまた唾をのむ。そして、神様はその名前をはっきりと口にした。
「――サリエルちゃん、本人です」
「うっそだぁ」
意外な答えに対する俺の返事は、なんとも気の抜けたものであった。
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