なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
ほぼマヨネーズなそれ
「白泥沼、ねぇ」
小林の言った天然の治療薬『白泥沼』。
それは普通の沼と違い、白い泥で出来た沼らしく、その見た目のままつけられた名前だそうだ。
その白い泥には薬効成分が多く含まれており、古くはその泥のまま、塗り薬として売られていたこともあるという。傷を治すのにそれなりの量が必要、持ち運びが不便、まとめて運ぼうとすると重いなどの理由で現在は店先から姿を消したが、しかしその効果は絶大らしく、俺の腕の傷など跡も残らずきれいに治せるらしい。
「見えてきたわ! あれよ!」
「おおっ、マジで白いな」
目の前に広がる沼はまるで雪原のようだった。白っぽい泥ではなく、本当に白い泥だ。ドラゴンと同じくこれまた異世界っぽいものが見れるとは。そもそもこれなら危険を冒してドラゴンにちょっかい出さなくてよかった気がする。
「これを傷に塗ればいいのか」
「ええそうよ。たっぷりとね」
沼のそばに腰を下ろし、手ですくった泥を傷に塗り込んでいく。いっつつ、結構染みるな、これ。それにこの『どろっ』というよりも『ネトッ』とした感覚、触った感じなんか脂っぽいし、なんかこれ、
「なんか、泥というよりマヨネーズみたいだ」
「まあほぼマヨネーズよ。それ食べれるし」
「食べれるの!?」
「その泥には薬効成分の他に、卵、油、酢、その他もろもろと同じ成分が含まれてるわ」
「ほぼマヨネーズだ!?」
転生者が異世界でつくる調味料ランキング不動の一位のマヨネーズがこんな自然の中にあるなんて。
「本当に大丈夫かこれ? 腕にマヨネーズ塗ってるんだけど。小林わかってる? 俺は傷を治したいんだ。食べたいわけじゃないんだ」
「大丈夫よ。ちゃんと治るし、ちゃんとおいしいと思うから」
「だから食べねぇよ!」
本当に治るのか怪しくなってきたが、この泥以外に治療できるものがないため仕方なくあきらめて泥を塗り続ける。
「それよりいつまで待たせるのよ。早く街に戻りたいって言ったのはサンゴでしょ」
「もうちょっと待ってくれって。これヌルヌルしてて意外と難しいんだぞ? 染みるし」
「じれったいわね、もっとこう、大胆に塗りなさいよ」
「だから待てって。つーか、どうやってそんな塗り方しろってんだ」
「こうよ、ドーンっと!」
後ろから聞こえて来た声に不穏な気配を感じ、顔を振り向ける。
そこにはいつの間にか俺の後ろに立っていた小林が、両腕をこっちに突き出しているのが見えた。いたずらっ子のような笑み、突き出された両腕、ドーンという効果音。それらの要素から小林がなにをしようとしているのかを一瞬で察す。
名探偵サンゴにはお見通しなのだよ。
こいつ、俺を沼に突き落とすつもりだな?
……いや確かに大胆で手っ取り早い方法かもしれないけど、怪我人になんてことしようとしてんだこいつ。
「おっと危ない」
まあ、避けたけど。
「えっ? わっ!? わわわっ――きゃあ!?」
俺が避けると思っていなかった小林は、そのまま踏ん張りがきかず沼に落ちることとなった。どぶん、と豪快に沼へダイブした小林は、四つん這いでこちらを涙目でにらみつけてくる。
「何だ。沼にしては結構浅いんだな」
「そんなどうでもいいこと言ってないで! 何で避けんのよ! 私がマヨネーズまみれになっちゃったじゃない!」
「因果応報だ。人を背後から突き飛ばすやつがあるか」
「うう……せっかくサンゴの為に、治療を手伝ってあげようとしたのに……」
その手段が俺の為とは思えない。
「うぇー……体中ねとねとする……」
「ったく、自業自得だっての。ほら、いつまでもぐずぐずしてないで早く上がって来い」
「ひっぱってぇ」
「はぁ、しょうがねぇな」
差し出された小林の手を掴んで沼から引きずり上げる。仕返しに沼に引っ張って落としてくるかとも思ったが、抵抗もなく小林はされるがまま沼から出てきた。
「早く街に戻ってお風呂入りたいわ……。ねとねとでねばねばよ……」
「すっげぇテンション下がったな」
しょんぼりとした表情とツインテールで小林はこぼす。顔や服のいたるところに白い泥を付着させ、濡れ鼠となった自称勇者。あまりに哀れな姿で、俺が悪いわけじゃないのに罪悪感が芽生えそうだ。
「しっかし、治療効果があるってのは本当だったんだな。もう傷もばっちりだ。ほら見ろよ、後も残ってない」
「……うん」
「そんじゃ、無事に治ったことだし街を目指すとするか」
「……うん」
「案内頼むな小林。もう近くまで来てるんだろ?」
「……うん」
「その、どうした小林? 今までとは違うベクトルでうざくなってるぞ?」
「……なんか、もう、疲れた」
「そ、そうか……ほ、ほら! 元気出せって! 街に戻れば風呂入ってさっぱり出来るんだからさ!」
「……て」
「て?」
「手ぇ。連れてって」
「め、めんどくせぇ……なんか退行してるぞこいつ……いやほら、道を知ってんのは小林だから前を歩いてくんないと」
「あっちにまっすぐ行けばつくから。連れてって……」
「ああそう……もう何でもいいや」
いつも自信満々で勇者を自称していた姿からは想像できないほど、テンションが下がった小林の手を引いて歩き出す。
年相応というにはいくらか幼すぎる気もするが、普段よりも少女らしい態度。そんな小林は、面倒でも手がかからなくていいのだが……いつもの、テンションが高くてうざいくらいの小林の方が好ましく感じるのは、俺も随分とこの世界に毒されたものだと思う。
小林の言った天然の治療薬『白泥沼』。
それは普通の沼と違い、白い泥で出来た沼らしく、その見た目のままつけられた名前だそうだ。
その白い泥には薬効成分が多く含まれており、古くはその泥のまま、塗り薬として売られていたこともあるという。傷を治すのにそれなりの量が必要、持ち運びが不便、まとめて運ぼうとすると重いなどの理由で現在は店先から姿を消したが、しかしその効果は絶大らしく、俺の腕の傷など跡も残らずきれいに治せるらしい。
「見えてきたわ! あれよ!」
「おおっ、マジで白いな」
目の前に広がる沼はまるで雪原のようだった。白っぽい泥ではなく、本当に白い泥だ。ドラゴンと同じくこれまた異世界っぽいものが見れるとは。そもそもこれなら危険を冒してドラゴンにちょっかい出さなくてよかった気がする。
「これを傷に塗ればいいのか」
「ええそうよ。たっぷりとね」
沼のそばに腰を下ろし、手ですくった泥を傷に塗り込んでいく。いっつつ、結構染みるな、これ。それにこの『どろっ』というよりも『ネトッ』とした感覚、触った感じなんか脂っぽいし、なんかこれ、
「なんか、泥というよりマヨネーズみたいだ」
「まあほぼマヨネーズよ。それ食べれるし」
「食べれるの!?」
「その泥には薬効成分の他に、卵、油、酢、その他もろもろと同じ成分が含まれてるわ」
「ほぼマヨネーズだ!?」
転生者が異世界でつくる調味料ランキング不動の一位のマヨネーズがこんな自然の中にあるなんて。
「本当に大丈夫かこれ? 腕にマヨネーズ塗ってるんだけど。小林わかってる? 俺は傷を治したいんだ。食べたいわけじゃないんだ」
「大丈夫よ。ちゃんと治るし、ちゃんとおいしいと思うから」
「だから食べねぇよ!」
本当に治るのか怪しくなってきたが、この泥以外に治療できるものがないため仕方なくあきらめて泥を塗り続ける。
「それよりいつまで待たせるのよ。早く街に戻りたいって言ったのはサンゴでしょ」
「もうちょっと待ってくれって。これヌルヌルしてて意外と難しいんだぞ? 染みるし」
「じれったいわね、もっとこう、大胆に塗りなさいよ」
「だから待てって。つーか、どうやってそんな塗り方しろってんだ」
「こうよ、ドーンっと!」
後ろから聞こえて来た声に不穏な気配を感じ、顔を振り向ける。
そこにはいつの間にか俺の後ろに立っていた小林が、両腕をこっちに突き出しているのが見えた。いたずらっ子のような笑み、突き出された両腕、ドーンという効果音。それらの要素から小林がなにをしようとしているのかを一瞬で察す。
名探偵サンゴにはお見通しなのだよ。
こいつ、俺を沼に突き落とすつもりだな?
……いや確かに大胆で手っ取り早い方法かもしれないけど、怪我人になんてことしようとしてんだこいつ。
「おっと危ない」
まあ、避けたけど。
「えっ? わっ!? わわわっ――きゃあ!?」
俺が避けると思っていなかった小林は、そのまま踏ん張りがきかず沼に落ちることとなった。どぶん、と豪快に沼へダイブした小林は、四つん這いでこちらを涙目でにらみつけてくる。
「何だ。沼にしては結構浅いんだな」
「そんなどうでもいいこと言ってないで! 何で避けんのよ! 私がマヨネーズまみれになっちゃったじゃない!」
「因果応報だ。人を背後から突き飛ばすやつがあるか」
「うう……せっかくサンゴの為に、治療を手伝ってあげようとしたのに……」
その手段が俺の為とは思えない。
「うぇー……体中ねとねとする……」
「ったく、自業自得だっての。ほら、いつまでもぐずぐずしてないで早く上がって来い」
「ひっぱってぇ」
「はぁ、しょうがねぇな」
差し出された小林の手を掴んで沼から引きずり上げる。仕返しに沼に引っ張って落としてくるかとも思ったが、抵抗もなく小林はされるがまま沼から出てきた。
「早く街に戻ってお風呂入りたいわ……。ねとねとでねばねばよ……」
「すっげぇテンション下がったな」
しょんぼりとした表情とツインテールで小林はこぼす。顔や服のいたるところに白い泥を付着させ、濡れ鼠となった自称勇者。あまりに哀れな姿で、俺が悪いわけじゃないのに罪悪感が芽生えそうだ。
「しっかし、治療効果があるってのは本当だったんだな。もう傷もばっちりだ。ほら見ろよ、後も残ってない」
「……うん」
「そんじゃ、無事に治ったことだし街を目指すとするか」
「……うん」
「案内頼むな小林。もう近くまで来てるんだろ?」
「……うん」
「その、どうした小林? 今までとは違うベクトルでうざくなってるぞ?」
「……なんか、もう、疲れた」
「そ、そうか……ほ、ほら! 元気出せって! 街に戻れば風呂入ってさっぱり出来るんだからさ!」
「……て」
「て?」
「手ぇ。連れてって」
「め、めんどくせぇ……なんか退行してるぞこいつ……いやほら、道を知ってんのは小林だから前を歩いてくんないと」
「あっちにまっすぐ行けばつくから。連れてって……」
「ああそう……もう何でもいいや」
いつも自信満々で勇者を自称していた姿からは想像できないほど、テンションが下がった小林の手を引いて歩き出す。
年相応というにはいくらか幼すぎる気もするが、普段よりも少女らしい態度。そんな小林は、面倒でも手がかからなくていいのだが……いつもの、テンションが高くてうざいくらいの小林の方が好ましく感じるのは、俺も随分とこの世界に毒されたものだと思う。
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