なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

聖剣エリズ・エクスカリバー

「ねえサンゴ。ねえねえ」

 一向に抜け出すことのできない森を辟易しながら歩いていると、後ろから小林が声をかけてくる。小林の声は冒険がスタートした時に比べて、元気さとかエネルギッシュさとかがだいぶ無くなったように感じられる。

「なんだ小林。静かにしてろ」

 振り返ったその先では、退屈そうな顔をした小林が退屈そうな態度で退屈していた。

「暇。これじゃあ冒険じゃなくて散歩と同じじゃない」

「迷子という現状を考慮するなら散歩じゃなくて遭難だと思うけどな」

「冒険といったらもっとこう、あるでしょいろいろ! モンスターが出たり遺跡を見つけたり! ハプニング的なことが!」

「真っ最中だよ」

 迷子であるという自覚と危機感を持ってほしい。

「そうだ! せっかくこんなとこまで来たんだし何か探しましょうよ! ハプニング!」

「いやお前、来たくて来たわけじゃないんだぞ。探すのはハプニングじゃなくて街への道だ。それにハプニングは探すものじゃないだろ」

「ついでよついで。いいじゃない、こんな状況だからこそ、何か楽しむものがあるべきだわ。ハプニングはこっちから見つけ出すものよ! 冒険とは、自らの足で切り開いていくものなの!」

「だったらいい加減自分の足で歩いてくれない?」

「それは……えっとその……ほら、あれよあれ、もしもの時のために私の体力は温存しとかないと――」

「なんだよ。何か起こった時にはお前が対処してくれんのか?」

「――私が逃げられないじゃない」

「俺は見捨てるつもりなのか!?」

 な、なんて奴だ。こんな心構えでよく勇者なんて自称できるなこいつ。恥ずかしくないのか。いや自称している時点でどのみち恥ずかしいんだけど。

「なんて、冗談よ冗談。私がそんな卑怯な人間に見える?」

「まさに卑怯な手段で連れてこられたんだけど」

「これでも伝説の選ばれし勇者なんだから、何かあったら私が守ってあげるわよ! こうズババババァー! って!」

「ほんとにぃ? そんなことできんのぉ?」

「すっごいむかつく顔と言い方ね」

「だってお前、剣なんか持ってないだろ。どうやってズババババァすんだよ」

「見てこれ! ちょうどいい感じの木の枝! さっき拾ったの! これでズババるわ!」

「心許ねぇ!」

 確かに太さも長さもちょうどいい感じだけどさ。それでどうやってズババるんだよ。気持ちはわかるよ? そういうのを剣に見立てて遊んだりするもんな、小さい子供の頃に。

「お前……それじゃ無理だろ。ズババれないよ。切れ味皆無だもん」

「人間諦めたらそこまでよ。頑張ればどうにかなるわ」

「限度ってもんもあるんだよ」

 どうやら小林は、本気でズババれると思い込んでいるようで、木の枝を見て満足そうに『むふーっ』とどや顔を決めている。

 こんな小林を見続けていたら、俺の中の不安がとどまることを知らずに広がっていきそうだ。こいつは放っておいて先に進むとしよう。いざとなったら守ってくれるらしいし。


 ○


 また森を歩きだしてしばらく。やはりというか何というか、俺と小林はいまだに森から抜け出すことが出来ないでいた。

 途中、狭くて通れなさそうな道や小さな崖になっているところなどは迂回したが、それ以外ではまっすぐ進んできている。それでも一向に進展がないということは、おそらくこのまままっすぐ進み続けても森から抜け出すことは出来ないであろう。

 そんな現状を考えながら、それでも黙々と足を進める。無駄かもしれないのは百も承知で、しかしそれでもどうにか問題を打破しようと足掻く。ただ無心に、愚直に、足を進める。

 決して歩みは速くないが、それでもしっかりとした足取りで、確実に、一歩一歩、絶対に止まらないという意思を込め「サンゴ、ストップ」止まったわ。

「んだよ小林。せっかくいい感じに、かっこよく決めてたのに台無しにしやがって」

「何意味の分からないこと言ってんのアンタ」

 魔道具を使って俺の歩みを止めさせた小林は、こちらを呆れた様子で見てきた。全く何だその顔は。まるで俺がおかしなことを言ったみたいじゃないか。

「まあサンゴが変なのはいつものことだからどうでもいいわね」

「おい待て、それはどういう意味だ。そもそもお前が言えたことじゃないだろ」

「そんなことよりもあれを見なさいサンゴ!」

 人の話を聞くつもりのない小林は、進行方向よりやや左に逸れた場所を指さした。どうやらそっちに何かを見つけたらしい。

 いったい何があるのだろうか、まさかまたリスじゃあるまいな。

 疑いながら視線を向ければ、見えたのは岩、石、土で出来た自然の壁。正確には山になっている斜面であるが、それが急すぎてもはや崖になっている。

「あの面白くもないただの土の壁がどうしたっていうんだよ。毒キノコでも拾い食いして幻覚が見えたか?」

「そんなわけないでしょ! 私のことバカにしすぎよ!」

「まあそうだよな。さすがのお前でもそんなバカなことは――」

「そういうのを食べるときにはちゃんと火を通すわよ!」

「そういう問題じゃねぇよ! 意味ないからなそれ!」

 こいつが冒険に行くことを小林の両親が不安に思う気持ちがわかった気がする。目を離したらとんでもないことをしでかしそうだ。

「って、今はキノコなんてどうでもいいのよ! そんなことよりもあれよあれ! ほらサンゴよく見なさいってば!」

「命にかかわることだぞ……ったく。んで、あれってどれだよ」

「だーかーらぁ! あれだってば!」

 改めて小林の指が刺されている方向をよく見てみる。

 すると、崖の一部分に亀裂が入っているのが見え、その亀裂をたどっていくと、そこにはぽっかりと大きな隙間が出来ていた。もしやあれは……

「間違いないわ! あれは洞窟よサンゴ!」

 よ、余計なものが見つかりやがった!

「早速行くわよサンゴ! 私の冒険譚に新たな一ページが刻まれるのよ!」

 新たな一ページどころかまだ何も刻まれてないだろ、その冒険譚。

「へっ、絶対に嫌だね。虫とかでてきそうだし」

「つべこべ言わずに行きなさい!」

「ぐぉっ!? だから魔道具やめろって!」

「もし何か出てきても、この聖剣『エリズ・エクスカリバー』でやっつけてあげるわ」

「木の枝だろそれ!」

 俺の抗議もむなしく、魔道具によりそもそも拒否権などなかった俺は洞窟に向かって足を進めるのであった。

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