なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
輸入というより侵略なそれ
ちょっとしたひと悶着はあったものの、自己紹介を終えてからは特に問題が発生するわけでもなく食事会は進んでいた。
魔王様がスパイスから作ったカレーや魔王様お手製のノンアルコールカクテル、魔王様の得意料理だというハンバーグとから揚げ、とれたて新鮮な魚を魔王様自ら捌いて盛りつけた、マグロやサーモンや鯛の刺身、自家製のチーズやピクルス……おかしいな元の世界の食材ばかりで異世界感がない。
「あの、なんか使われてる食材とか調味料とか、果ては料理まで元いた世界と同じなんですけど。何と言いますか、この異世界独自の食文化が感じられないんですけど」
「何よ異世界独自の食文化って。サンゴちょっと異世界に夢持ちすぎよ」
俺の些細な(?)疑問に答えたのは、相変わらず口周りを汚しながら料理をほおばっている小林だった。ああもうほら、拭いてあげるからちょっとこっち来なさい。
近くにあった布巾で小林の口をぬぐう。
「んぅー……ぷはっ。サンゴのいた世界にどんな食べ物があったのかは知らないけど、こっちでのご飯はこれが普通よ? 私が生まれた時からこうだったと思うわ」
「あっいけね、これ台拭きだったわ」
「あんたなんてもので口拭いてくれてんのよ! ぺっぺっ!」
そこまで汚くないと思うぞ。大丈夫だ死にはせん。
仕返しとばかりに同じ台拭きで顔を狙ってくる小林とそれを阻止しようとする俺。そんなちょっとした戦いの中声をかけてきたのは、我らが魔王様であった。
「ああいや、エリちゃんが小さかった時には確かにそうだったけど、昔はちゃんとサンゴ君の世界にはない食材があったんだよ」
「ええそうですね。あの頃の食事が懐かしいものです」
魔王様の言葉に懐かしむように神様が頷く。
「じゃあ何で今はそれがないのかしら?」
「ある時神様が別の世界――たぶんサンゴ君のいた世界だね、そこからたくさんの植物や動物をこっちに持ってきたんだ」
「何やってんだ神様」
フットワークが軽すぎる。
「ふふ、やですねオーダさんったら、それじゃあまるで私のせいみたいじゃないですか」
間違いなく神様のせいだ。
「そしたら思ったより繁殖力が強くてね。もともとあった生態系がそのまま乗っ取られちゃったんだよあっはっは!」
「笑い事じゃないでしょ!?」
それ特定外来生物。
「いやあ、ドラゴンが野良猫に生存競争で負けた時はビックリしたね」
「ドラゴンが猫に!?」
涙目になりながら逃げるドラゴンとそれを追いかける猫なんてなんだかかわいく思えるような光景が思い浮かんだが、やっぱり笑い事ではない。
「ケルベロスが猪に住処を追いやられてたこともありましたね」
「リヴァイアサンがマグロの餌になってたこともあったっけなぁ」
「神話の生物まで……!」
もしかして元の世界の生物、異世界で最強説……あるか? 話を聞く限り、可能性がないとは言い切れないのが恐ろしいところだ。
「今となっては特別絶滅危惧種に認定されて、きちんと保護されてるけどね。もちろん食料になんてできないけど。もうずいぶん野生で見てないなぁ」
「いざとなったら私の神の力で生態系なんてどうにでもなるので気にする必要はありませんよ」
「それに昔より今のほうが食事もおいしいしね」
危機感というものを覚えろ! 特に神様! 責任感という言葉を知れ!
「す、すごいわ……これが大物の考え……!」
頼む小林、お前はそっち側に行くな。お前はそのままでいてくれ。
○
魔王様と神様に少しは常識を持ってくれとお願いした後のこと。
俺は現在、このあまりにも広い魔王城の中で迷子になっていた。
「どこだ……ここ……」
どうしてこうなったのかというと、単にトイレに行って帰り道が分からなくなったという非常に簡明でくだらない理由である。
しかしいくら理由がくだらなくとも、俺が迷子であるという事実は変わらない。トイレに行くときはきちんと道を教えてもらったからよかったものの、その時覚えた道順までトイレに一緒に流してしまったようだ。右に行くのか左に行くのか、どころか上の階か下の階かすらわからない。いやはや本当にどうしたものか。
「とりあえず手当たり次第に部屋を開けてみるか……? 勝手に動き回って見物するのも申し訳ないけど。まああの優しい魔王様なら許してくれるだろ……多分」
そう呟き自分の中で言い訳しながら、早速見つけたドアを恐る恐る開ける。しかし残念ながら人はおらず、大きな本棚に大量の本があるだけの、書斎らしき手狭な部屋だった。
次の部屋も、その次の部屋も、その次も次も次も……どんどんドアを開けて中を確認するが一向に食事会の部屋が見当たらない。なんだか心細くなってきた。
もしかして俺がいない間にみんな帰っちゃったりしてない? 食事会の主役を仲間はずれにしてない?
『あらサンゴ、ひとりぼっちで寂しそうですね』
――こ、この声はまさか!?
『パーティーに招待されながら結局ひとりぼっちになってしまう……ふふ、とてもお似合いですよ』
この腹の立つ言い方、間違いない神様だ! こいつ脳に直接!?
『テレパシー程度でそんなに驚かないでください。これくらい一般教養ですよ』
そんな一般教養があってたまるか。
『全く、テレパシーもできないなんて身の程が知れますねえ』
くっそやっぱこいつむかつく!
『神である私に向かってこいつとかむかつくだなんて、なんという口の利き方ですか。サンゴのくせに生意気ですよ』
さっきから言おうと思ってたけどナチュラルに人の心を読むのやめろ!
『神ですから心を読むなんて造作もないことです』
「プライバシーを何だと思ってやがる!」
思わず声に出してツッコむ。いつかこの神様を法的に訴えてやる。
『あらサンゴ、そんなこと言ってもいいのですか? 私はあなたを助けようと、こうしてテレパシーで呼びかけているのですよ?』
――な、何だと? どういうことだ?
『いつまでも迷子になってるサンゴを見かねて、わざわざ道案内をしてあげようと思ったのですが……この様子だとどうやら必要ないみたいですね』
「ああ待ってください! さすが神様ありがとうございます神様大好きわーい!」
思ってもないこと言って蕁麻疹がでそうだ。
『やれやれ、そこまで言うのならしょうがないですね。この私に感謝しなさい』
くっ、あの神様に感謝をしなければならないなんて……! 悔しい! でもありがたく思っちゃう!
『ほら気持ち悪いこと思ってないで早くしてください。そこの角を右に曲がって、三つ目の部屋です』
ほいほいと軽い返事をしながら言われたとおりに歩く。何だ意外と近くだったんだな。
目的の部屋の前までたどり着き、ドアに手をかける。すると、ドアを開ける前に中からカタン、という音が聞こえて来た。
おお! 音が聞こえたというとは中に人がいるということ! どうやらこの部屋で間違いないみたいだな!
「お待たせしましたー!」
目的地にたどり着いたことで安心しながら、元気よく扉を開ける。
部屋の中には得意げな顔の神様と満腹でおなかをさすっている小林、相変わらず怖い顔だがどこか優しさもうかがえる顔の魔王様が――――いなかった。
「――――え?」
その代わり、そこには一人の少女がいた。
身長は俺よりも頭一つくらい低く、銀髪ショートカットの髪がこちらに顔を向ける動作に従ってさらりと流れる。
幼い顔立ちは驚きに満ちており、美しい金色の瞳を持つその目は見開かれている。
視線を顔から少し下げると、見た目から推測される年相応の小ぶりな胸と尻が見え、だけども褐色の肌がどことなく妖艶さを醸し出している。
そんな少女が――着替え途中で服をほとんど身に着けてない少女が、そこにいた。
『すみません、間違えちゃいました』
絶対にわざとだろう神様の声が聞こえてくる。
落ち着けサンゴ。女の子の着替えを覗いてしまうなんて紳士にあるまじき行為だが、こんな時こそいうべき言葉があるだろう。神様にだまされわざとではなかったとはいえ、非は完全にこちらにある。訴えられれば負けだ。だからこそ、誠心誠意申し訳ないという気持ちを込め、少女にきちんといまの気持ちを伝えるべきだ。
気持ちを落ち着け、未だ驚きで固まっている少女に言う。
「ありがとうございます!」
「きゃぁああああーーーー!!!!」
少女の悲鳴が魔王城に響き渡った。
……間違えちゃった!
魔王様がスパイスから作ったカレーや魔王様お手製のノンアルコールカクテル、魔王様の得意料理だというハンバーグとから揚げ、とれたて新鮮な魚を魔王様自ら捌いて盛りつけた、マグロやサーモンや鯛の刺身、自家製のチーズやピクルス……おかしいな元の世界の食材ばかりで異世界感がない。
「あの、なんか使われてる食材とか調味料とか、果ては料理まで元いた世界と同じなんですけど。何と言いますか、この異世界独自の食文化が感じられないんですけど」
「何よ異世界独自の食文化って。サンゴちょっと異世界に夢持ちすぎよ」
俺の些細な(?)疑問に答えたのは、相変わらず口周りを汚しながら料理をほおばっている小林だった。ああもうほら、拭いてあげるからちょっとこっち来なさい。
近くにあった布巾で小林の口をぬぐう。
「んぅー……ぷはっ。サンゴのいた世界にどんな食べ物があったのかは知らないけど、こっちでのご飯はこれが普通よ? 私が生まれた時からこうだったと思うわ」
「あっいけね、これ台拭きだったわ」
「あんたなんてもので口拭いてくれてんのよ! ぺっぺっ!」
そこまで汚くないと思うぞ。大丈夫だ死にはせん。
仕返しとばかりに同じ台拭きで顔を狙ってくる小林とそれを阻止しようとする俺。そんなちょっとした戦いの中声をかけてきたのは、我らが魔王様であった。
「ああいや、エリちゃんが小さかった時には確かにそうだったけど、昔はちゃんとサンゴ君の世界にはない食材があったんだよ」
「ええそうですね。あの頃の食事が懐かしいものです」
魔王様の言葉に懐かしむように神様が頷く。
「じゃあ何で今はそれがないのかしら?」
「ある時神様が別の世界――たぶんサンゴ君のいた世界だね、そこからたくさんの植物や動物をこっちに持ってきたんだ」
「何やってんだ神様」
フットワークが軽すぎる。
「ふふ、やですねオーダさんったら、それじゃあまるで私のせいみたいじゃないですか」
間違いなく神様のせいだ。
「そしたら思ったより繁殖力が強くてね。もともとあった生態系がそのまま乗っ取られちゃったんだよあっはっは!」
「笑い事じゃないでしょ!?」
それ特定外来生物。
「いやあ、ドラゴンが野良猫に生存競争で負けた時はビックリしたね」
「ドラゴンが猫に!?」
涙目になりながら逃げるドラゴンとそれを追いかける猫なんてなんだかかわいく思えるような光景が思い浮かんだが、やっぱり笑い事ではない。
「ケルベロスが猪に住処を追いやられてたこともありましたね」
「リヴァイアサンがマグロの餌になってたこともあったっけなぁ」
「神話の生物まで……!」
もしかして元の世界の生物、異世界で最強説……あるか? 話を聞く限り、可能性がないとは言い切れないのが恐ろしいところだ。
「今となっては特別絶滅危惧種に認定されて、きちんと保護されてるけどね。もちろん食料になんてできないけど。もうずいぶん野生で見てないなぁ」
「いざとなったら私の神の力で生態系なんてどうにでもなるので気にする必要はありませんよ」
「それに昔より今のほうが食事もおいしいしね」
危機感というものを覚えろ! 特に神様! 責任感という言葉を知れ!
「す、すごいわ……これが大物の考え……!」
頼む小林、お前はそっち側に行くな。お前はそのままでいてくれ。
○
魔王様と神様に少しは常識を持ってくれとお願いした後のこと。
俺は現在、このあまりにも広い魔王城の中で迷子になっていた。
「どこだ……ここ……」
どうしてこうなったのかというと、単にトイレに行って帰り道が分からなくなったという非常に簡明でくだらない理由である。
しかしいくら理由がくだらなくとも、俺が迷子であるという事実は変わらない。トイレに行くときはきちんと道を教えてもらったからよかったものの、その時覚えた道順までトイレに一緒に流してしまったようだ。右に行くのか左に行くのか、どころか上の階か下の階かすらわからない。いやはや本当にどうしたものか。
「とりあえず手当たり次第に部屋を開けてみるか……? 勝手に動き回って見物するのも申し訳ないけど。まああの優しい魔王様なら許してくれるだろ……多分」
そう呟き自分の中で言い訳しながら、早速見つけたドアを恐る恐る開ける。しかし残念ながら人はおらず、大きな本棚に大量の本があるだけの、書斎らしき手狭な部屋だった。
次の部屋も、その次の部屋も、その次も次も次も……どんどんドアを開けて中を確認するが一向に食事会の部屋が見当たらない。なんだか心細くなってきた。
もしかして俺がいない間にみんな帰っちゃったりしてない? 食事会の主役を仲間はずれにしてない?
『あらサンゴ、ひとりぼっちで寂しそうですね』
――こ、この声はまさか!?
『パーティーに招待されながら結局ひとりぼっちになってしまう……ふふ、とてもお似合いですよ』
この腹の立つ言い方、間違いない神様だ! こいつ脳に直接!?
『テレパシー程度でそんなに驚かないでください。これくらい一般教養ですよ』
そんな一般教養があってたまるか。
『全く、テレパシーもできないなんて身の程が知れますねえ』
くっそやっぱこいつむかつく!
『神である私に向かってこいつとかむかつくだなんて、なんという口の利き方ですか。サンゴのくせに生意気ですよ』
さっきから言おうと思ってたけどナチュラルに人の心を読むのやめろ!
『神ですから心を読むなんて造作もないことです』
「プライバシーを何だと思ってやがる!」
思わず声に出してツッコむ。いつかこの神様を法的に訴えてやる。
『あらサンゴ、そんなこと言ってもいいのですか? 私はあなたを助けようと、こうしてテレパシーで呼びかけているのですよ?』
――な、何だと? どういうことだ?
『いつまでも迷子になってるサンゴを見かねて、わざわざ道案内をしてあげようと思ったのですが……この様子だとどうやら必要ないみたいですね』
「ああ待ってください! さすが神様ありがとうございます神様大好きわーい!」
思ってもないこと言って蕁麻疹がでそうだ。
『やれやれ、そこまで言うのならしょうがないですね。この私に感謝しなさい』
くっ、あの神様に感謝をしなければならないなんて……! 悔しい! でもありがたく思っちゃう!
『ほら気持ち悪いこと思ってないで早くしてください。そこの角を右に曲がって、三つ目の部屋です』
ほいほいと軽い返事をしながら言われたとおりに歩く。何だ意外と近くだったんだな。
目的の部屋の前までたどり着き、ドアに手をかける。すると、ドアを開ける前に中からカタン、という音が聞こえて来た。
おお! 音が聞こえたというとは中に人がいるということ! どうやらこの部屋で間違いないみたいだな!
「お待たせしましたー!」
目的地にたどり着いたことで安心しながら、元気よく扉を開ける。
部屋の中には得意げな顔の神様と満腹でおなかをさすっている小林、相変わらず怖い顔だがどこか優しさもうかがえる顔の魔王様が――――いなかった。
「――――え?」
その代わり、そこには一人の少女がいた。
身長は俺よりも頭一つくらい低く、銀髪ショートカットの髪がこちらに顔を向ける動作に従ってさらりと流れる。
幼い顔立ちは驚きに満ちており、美しい金色の瞳を持つその目は見開かれている。
視線を顔から少し下げると、見た目から推測される年相応の小ぶりな胸と尻が見え、だけども褐色の肌がどことなく妖艶さを醸し出している。
そんな少女が――着替え途中で服をほとんど身に着けてない少女が、そこにいた。
『すみません、間違えちゃいました』
絶対にわざとだろう神様の声が聞こえてくる。
落ち着けサンゴ。女の子の着替えを覗いてしまうなんて紳士にあるまじき行為だが、こんな時こそいうべき言葉があるだろう。神様にだまされわざとではなかったとはいえ、非は完全にこちらにある。訴えられれば負けだ。だからこそ、誠心誠意申し訳ないという気持ちを込め、少女にきちんといまの気持ちを伝えるべきだ。
気持ちを落ち着け、未だ驚きで固まっている少女に言う。
「ありがとうございます!」
「きゃぁああああーーーー!!!!」
少女の悲鳴が魔王城に響き渡った。
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