なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
家にいるのに帰りたいって気分
窓を開ければ暖かな日差しが差し込み、まだ眠たいと主張する体が刺激される。
目の前に広がる異世界の風景は、まるでヨーロッパを彷彿とさせる、お洒落で落ち着きのある街並みだった。
「……朝だ……平和な朝だ」
なんだかんだ、無事に無罪を勝ち取ることのできた俺は、その平和という名の幸せをかみしめていた。
ああ、罪のない潔白な身体はなんと素晴らしいのだろう。本当に有罪にならなくてよかった。
裁判が終わった後、魔王様の計らいで泊まらせてもらうことになった簡素な宿で簡単に身支度をし、異世界の街へと足を踏み出す。
さあ、一歩踏み出したこの瞬間! 俺の新たな人生、異世界生活のスタートだ!
正確には昨日の時点でスタートしているわけだけど、あんな始まり方は不本意だし、昨日のことは忘れるものとして、とにかくスタートだ!
……と、本当は行きたいところだが、スタートして一歩目で早くも俺はこの先何をしてこの異世界で生活していけばいいのか全く分からなくなった。どうしよう。
本来、転生と言えば世界平和のため、魔王を倒す冒険に旅立つのがお約束ではあるのだが……肝心のその魔王が、別に倒さなければいけないような存在ではないのだ。
魔王がいるけどぶっちゃけ超平和。むしろ魔王様超いい人。
世界は平和で魔王を倒す必要もないのなら、では果たして転生者である俺はこの異世界で何をすればいいのだろう。すべきことってあるのか?
転生初日にしていきなりやることがなくなってしまったんだが。本当にどうしよう。
「あっ、サンゴ君。ちょうどいいところに」
途方に暮れる俺に話しかけてきたのは、そんな倒す必要ない優しい魔王様であった。
「あー、魔王様。どうもです。ちょうどいいところにってことは、何か用ですか?」
「うん、実は転生してきたサンゴ君を歓迎する食事会を開こうと思っていてね。ぜひサンゴ君を魔王城に招待したいんだよ」
「えっ、食事会ですか? いやいや、わざわざそんな、大丈夫ですよ!」
「まあまあ。昨日、サンゴ君を裁判にかけちゃったお詫びの意味も含めてさ。そんなに豪華じゃないんだけどね」
「そんなお詫びだなんて。魔王様は裁判の最中も俺を気に掛けて優しく接してくれたし、そんなに気にする必要なんて――」
「エリちゃんや神様も来るからさ」
「行きましょう」
へー、あのポンコツ勇者とそして憎き神様まで来るのかなるほどなるほど。
まあ魔王様がここまでいうのだから、せっかくだしごちそうになろうではないか。こんな熱心に誘ってくれるのに断ってしまってはかえって失礼だ。
決して、決して神様に対して何かしようってわけではない。
「……こんなにも早く復讐のチャンスがやって来るとは」
「復讐!? そんな物騒なこと駄目だからねサンゴ君!?」
「やだなぁ魔王様。そんなに慌てちゃって。俺がそんなことすると思いますか?」
「ばっちり聞こえてたからね?」
「俺はただ神様に殺されて転生特典が台無しになったり、転生するためって名目でハンマーで殴殺されたり、裁判で弁護するどころか俺が苦しむ様子を見て楽しんでいた神様にちょっとした仕返しをするだけですよ」
「だからそれ復讐だよね?」
「はっはっは全く魔王様ったら! そんなんじゃないですって! 転生者のちょっとしたお茶目ですよ! ……せいぜい跳び蹴りを食らわせるくらいです」
「お茶目じゃないよ? 跳び蹴りは絶対にお茶目じゃないよ?」
やれやれ、魔王様は何をそんなに心配しているのだろう。
とにかく、魔王城にも行ってみたいし、ぜひ食事会に行かせてもらおうではないか。
食事会になるか戦場になるかは知らないけどなっ!
○
初めて見る魔王城は、なんとも想像通りと言うか、怪しく不気味な雰囲気に包まれていた。
石造りの外壁や門の細かい部分にまで装飾がなされており、まさしく王が住まうにふさわしい、豪華で繊細な美しい城だった。
だからだろう。入口にある手作り感満載の『サンゴ君歓迎パーティー』と言う看板と色紙の輪っかがすごく浮いて見える。俺のほうが恥ずかしくなってきた。
「あの、魔王様」
「なんだいサンゴ君」
「あれは一体?」
「ああ、昨日の夜に急いで作ったんだよ。時間がなかったからあれだけしかできなかったけど、喜んでくれたかい?」
「ワーソウナンデスカーウレシイナー」
まさかの魔王様お手製だった。どうしよう全然嬉しくないとか言えない。
なまじ嫌がらせではなく善意でやってくれてるからすごく申し訳ない。
「いやあ喜んでもらえたようでこっちも嬉しいよ。まあ遠慮せずに中に入って入って。もう準備は出来てるからね」
俺の内心で思っていたことはどうやらばれなかったようで、上機嫌の魔王様に案内されながら魔王城を進む。
魔王城は外見の不気味な見た目とは裏腹に、中は広々としておりシンプルで清潔感のあるつくりとなっていた。
長い廊下や階段、そしてたくさんの部屋があり、自分一人だけでは迷子になってしまいそうなほどの広さだ。
「そうそう。ごちそうとはいかないまでも、腕によりをかけて料理を作ったんだ。楽しみにしててよ」
「ま、魔王様が料理したんですか!?」
魔王様が手料理! 似合わない! エプロンが世界一似合わない男!
「まあね。そんなに驚くことかい?」
「驚くっていうかなんて言うか……そういうのは配下に任せるものだと思ってたので少し意外というか」
「はは、確かに物語の中の魔王はそういうのが普通かもね。でも僕には配下なんていないし、作ろうとも思ってないからね。自分のことは自分でするものだよ」
魔王なのにこの人すごくまともなこと言ってる。
「それに魔王だなんて名乗っているけどそれはただの肩書で、争いのない、世界が平和な今となっては暇を持て余しているだけさ。料理も趣味で始めたのがはまっちゃってね」
「じゃあ、世界征服を企んでたりしないんですか?」
「あっはっはっは! そんなことしないよ! みんなに迷惑かかっちゃうじゃないか!」
怖い顔のまま頬を緩ませ、愉快そうに魔王様は笑う。
うーむ、やはりこの魔王様はいい人だ。
魔王を倒すというのは本来の異世界転生ではお約束であるが、しかし世界征服などのよからぬことを考えていないこの魔王様に至っては例外。倒す必要性など皆無。
思った通りではあるけれど、魔王討伐というのは異世界転生においてわかりやすい一つの大きな目標だったから、それがないとやることもなくなってしまう。
魔王様がこの様子なら、他の魔獣や魔物といった人ならざる存在も、おそらくは悪い者達ではない可能性が高い。
ただそうなると、冒険者だのギルドだのも必要ではなくなって――――あれ?
「あの、魔王様」
「何だいサンゴ君」
「この世界って勇者がいましたよね? 昨日のポンコツ勇者」
「えっと、もしかしてエリちゃんのことかい?」
苦笑いを浮かべながら確認してきた魔王様に、頷きを返す。
そう、そのエリちゃんとやらだ。
「魔王様は世界征服なんて企んでないし、世界は平和で争いがない……一応、念のために聞きますけど……勇者って必要ですか?」
「……サンゴ君」
「はい」
「エリちゃんはね……物語に出てくる勇者に憧れているみたいなんだ」
「勇者って自称かよっ!」
何だよあんな堂々と勇者を名乗るからもしかして本物なのかって思っちゃったよ! 本当はやっぱりただのポンコツかよ!
「ま、まあまあ、子供らしくていいじゃない。僕も小さなころはよくやったなぁ、魔王様ごっこ。懐かしいなぁ」
「あなたはごっこじゃなくて本当に魔王でしょうが。それに比べてポンコツ勇者の方は紛れもない自称ですよ。ごっこ遊びをする年でもないでしょうに。あいつ、俺と同じくらいの年でしょ?」
「こ、細かいことは気にしないで! ほらあの扉の部屋が食事会の会場だからさ! いまは食事会を楽しむことだけを考えようよ!」
この誤魔化すような言い方。さては魔王様もあの勇者のことを痛い子だと思っているに違いない。
だがまあ、言いたいことがないではないが、確かに魔王様の言う通り、せっかく食事をごちそうになるのだから、いまはそれを楽しむとしよう。
「さあサンゴ君。楽しんでいってね」
「ごちそうになります魔王様」
魔王様に促され、開けられた扉をくぐる。
部屋の中にはこれまた手作り感にあふれる飾りつけに、いい匂いのする料理。
「ちょっと遅いじゃないのよ! 待ちくたびれちゃったじゃない!」
そしてこちらにビシッと指をさす、金髪ツインテールポンコツ勇者通称エリちゃんがいた。
目の前に広がる異世界の風景は、まるでヨーロッパを彷彿とさせる、お洒落で落ち着きのある街並みだった。
「……朝だ……平和な朝だ」
なんだかんだ、無事に無罪を勝ち取ることのできた俺は、その平和という名の幸せをかみしめていた。
ああ、罪のない潔白な身体はなんと素晴らしいのだろう。本当に有罪にならなくてよかった。
裁判が終わった後、魔王様の計らいで泊まらせてもらうことになった簡素な宿で簡単に身支度をし、異世界の街へと足を踏み出す。
さあ、一歩踏み出したこの瞬間! 俺の新たな人生、異世界生活のスタートだ!
正確には昨日の時点でスタートしているわけだけど、あんな始まり方は不本意だし、昨日のことは忘れるものとして、とにかくスタートだ!
……と、本当は行きたいところだが、スタートして一歩目で早くも俺はこの先何をしてこの異世界で生活していけばいいのか全く分からなくなった。どうしよう。
本来、転生と言えば世界平和のため、魔王を倒す冒険に旅立つのがお約束ではあるのだが……肝心のその魔王が、別に倒さなければいけないような存在ではないのだ。
魔王がいるけどぶっちゃけ超平和。むしろ魔王様超いい人。
世界は平和で魔王を倒す必要もないのなら、では果たして転生者である俺はこの異世界で何をすればいいのだろう。すべきことってあるのか?
転生初日にしていきなりやることがなくなってしまったんだが。本当にどうしよう。
「あっ、サンゴ君。ちょうどいいところに」
途方に暮れる俺に話しかけてきたのは、そんな倒す必要ない優しい魔王様であった。
「あー、魔王様。どうもです。ちょうどいいところにってことは、何か用ですか?」
「うん、実は転生してきたサンゴ君を歓迎する食事会を開こうと思っていてね。ぜひサンゴ君を魔王城に招待したいんだよ」
「えっ、食事会ですか? いやいや、わざわざそんな、大丈夫ですよ!」
「まあまあ。昨日、サンゴ君を裁判にかけちゃったお詫びの意味も含めてさ。そんなに豪華じゃないんだけどね」
「そんなお詫びだなんて。魔王様は裁判の最中も俺を気に掛けて優しく接してくれたし、そんなに気にする必要なんて――」
「エリちゃんや神様も来るからさ」
「行きましょう」
へー、あのポンコツ勇者とそして憎き神様まで来るのかなるほどなるほど。
まあ魔王様がここまでいうのだから、せっかくだしごちそうになろうではないか。こんな熱心に誘ってくれるのに断ってしまってはかえって失礼だ。
決して、決して神様に対して何かしようってわけではない。
「……こんなにも早く復讐のチャンスがやって来るとは」
「復讐!? そんな物騒なこと駄目だからねサンゴ君!?」
「やだなぁ魔王様。そんなに慌てちゃって。俺がそんなことすると思いますか?」
「ばっちり聞こえてたからね?」
「俺はただ神様に殺されて転生特典が台無しになったり、転生するためって名目でハンマーで殴殺されたり、裁判で弁護するどころか俺が苦しむ様子を見て楽しんでいた神様にちょっとした仕返しをするだけですよ」
「だからそれ復讐だよね?」
「はっはっは全く魔王様ったら! そんなんじゃないですって! 転生者のちょっとしたお茶目ですよ! ……せいぜい跳び蹴りを食らわせるくらいです」
「お茶目じゃないよ? 跳び蹴りは絶対にお茶目じゃないよ?」
やれやれ、魔王様は何をそんなに心配しているのだろう。
とにかく、魔王城にも行ってみたいし、ぜひ食事会に行かせてもらおうではないか。
食事会になるか戦場になるかは知らないけどなっ!
○
初めて見る魔王城は、なんとも想像通りと言うか、怪しく不気味な雰囲気に包まれていた。
石造りの外壁や門の細かい部分にまで装飾がなされており、まさしく王が住まうにふさわしい、豪華で繊細な美しい城だった。
だからだろう。入口にある手作り感満載の『サンゴ君歓迎パーティー』と言う看板と色紙の輪っかがすごく浮いて見える。俺のほうが恥ずかしくなってきた。
「あの、魔王様」
「なんだいサンゴ君」
「あれは一体?」
「ああ、昨日の夜に急いで作ったんだよ。時間がなかったからあれだけしかできなかったけど、喜んでくれたかい?」
「ワーソウナンデスカーウレシイナー」
まさかの魔王様お手製だった。どうしよう全然嬉しくないとか言えない。
なまじ嫌がらせではなく善意でやってくれてるからすごく申し訳ない。
「いやあ喜んでもらえたようでこっちも嬉しいよ。まあ遠慮せずに中に入って入って。もう準備は出来てるからね」
俺の内心で思っていたことはどうやらばれなかったようで、上機嫌の魔王様に案内されながら魔王城を進む。
魔王城は外見の不気味な見た目とは裏腹に、中は広々としておりシンプルで清潔感のあるつくりとなっていた。
長い廊下や階段、そしてたくさんの部屋があり、自分一人だけでは迷子になってしまいそうなほどの広さだ。
「そうそう。ごちそうとはいかないまでも、腕によりをかけて料理を作ったんだ。楽しみにしててよ」
「ま、魔王様が料理したんですか!?」
魔王様が手料理! 似合わない! エプロンが世界一似合わない男!
「まあね。そんなに驚くことかい?」
「驚くっていうかなんて言うか……そういうのは配下に任せるものだと思ってたので少し意外というか」
「はは、確かに物語の中の魔王はそういうのが普通かもね。でも僕には配下なんていないし、作ろうとも思ってないからね。自分のことは自分でするものだよ」
魔王なのにこの人すごくまともなこと言ってる。
「それに魔王だなんて名乗っているけどそれはただの肩書で、争いのない、世界が平和な今となっては暇を持て余しているだけさ。料理も趣味で始めたのがはまっちゃってね」
「じゃあ、世界征服を企んでたりしないんですか?」
「あっはっはっは! そんなことしないよ! みんなに迷惑かかっちゃうじゃないか!」
怖い顔のまま頬を緩ませ、愉快そうに魔王様は笑う。
うーむ、やはりこの魔王様はいい人だ。
魔王を倒すというのは本来の異世界転生ではお約束であるが、しかし世界征服などのよからぬことを考えていないこの魔王様に至っては例外。倒す必要性など皆無。
思った通りではあるけれど、魔王討伐というのは異世界転生においてわかりやすい一つの大きな目標だったから、それがないとやることもなくなってしまう。
魔王様がこの様子なら、他の魔獣や魔物といった人ならざる存在も、おそらくは悪い者達ではない可能性が高い。
ただそうなると、冒険者だのギルドだのも必要ではなくなって――――あれ?
「あの、魔王様」
「何だいサンゴ君」
「この世界って勇者がいましたよね? 昨日のポンコツ勇者」
「えっと、もしかしてエリちゃんのことかい?」
苦笑いを浮かべながら確認してきた魔王様に、頷きを返す。
そう、そのエリちゃんとやらだ。
「魔王様は世界征服なんて企んでないし、世界は平和で争いがない……一応、念のために聞きますけど……勇者って必要ですか?」
「……サンゴ君」
「はい」
「エリちゃんはね……物語に出てくる勇者に憧れているみたいなんだ」
「勇者って自称かよっ!」
何だよあんな堂々と勇者を名乗るからもしかして本物なのかって思っちゃったよ! 本当はやっぱりただのポンコツかよ!
「ま、まあまあ、子供らしくていいじゃない。僕も小さなころはよくやったなぁ、魔王様ごっこ。懐かしいなぁ」
「あなたはごっこじゃなくて本当に魔王でしょうが。それに比べてポンコツ勇者の方は紛れもない自称ですよ。ごっこ遊びをする年でもないでしょうに。あいつ、俺と同じくらいの年でしょ?」
「こ、細かいことは気にしないで! ほらあの扉の部屋が食事会の会場だからさ! いまは食事会を楽しむことだけを考えようよ!」
この誤魔化すような言い方。さては魔王様もあの勇者のことを痛い子だと思っているに違いない。
だがまあ、言いたいことがないではないが、確かに魔王様の言う通り、せっかく食事をごちそうになるのだから、いまはそれを楽しむとしよう。
「さあサンゴ君。楽しんでいってね」
「ごちそうになります魔王様」
魔王様に促され、開けられた扉をくぐる。
部屋の中にはこれまた手作り感にあふれる飾りつけに、いい匂いのする料理。
「ちょっと遅いじゃないのよ! 待ちくたびれちゃったじゃない!」
そしてこちらにビシッと指をさす、金髪ツインテールポンコツ勇者通称エリちゃんがいた。
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