なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
転生して速攻で詰みそう
ゆっくりと浮かんできた意識の中、最初に思ったことは神様絶対に許さないということと、そして何故俺は身体を拘束されているのだろうということだった。
なぜか目隠しをされ、なぜか猿轡をかまされ、なぜか手足を縛られ、なぜか椅子に座らされている。
……マジでどういう状況? なんで俺は捕まっているの?
「あ、裁判を始める前に、その子の目隠しと猿轡を外してあげてください」
突然の状況を把握できず、頭の中が疑問で埋め尽くされているところで、不意にそんな声が聞こえたっていうかなんか不穏な単語が聞こえたんだけど!?
しかしそんな俺の心情など知ったこっちゃないと言わんばかりに、目隠しと猿轡が外されていく。
「うっ……」
真っ暗だった視界に光が差し、眩しさに思わず目を細める。だがそれも一瞬のことで、明るさに目が慣れた俺は、ようやく周囲の状況を把握することが出来た。
正面には学校の教卓を大きくしたような机……たしか法壇と言うものだったかがあり、そこに厳格で怖そうな見た目の、大柄な男が座っている。
男の身長は二メートルを軽く超えているだろう。もしかしたら三メートルもあるかもしれない。
腕は丸太のように太く、着ているスーツを持ち上げぱつぱつになるほどの筋肉の鎧を身にまとっている。正直スーツは全く似合っていない。むしろ何でスーツ着てんだ。
……うん、恐怖でちびっちまいそうだ。
そんな怖い怖い男が座る机の左右にも、小さめだが似たようなデザインの机が置かれている。
それぞれに裁判長、検察、そして弁護士が座る物だと考えれば、なるほど確かに裁判所のような場所だ。
ならば、それらに囲まれるような位置にいる俺は被告人ということに――
……あれ?
……俺が被告人?
――俺が被告人!?
「それでは、こちらの不審者についての裁判を始めます」
不審者って何!? 俺はどうして裁判にかけられようとしてんの!?
そんなパニックになる俺を放って、正面の強面の男は言葉を続けた。
「じゃあ最初に、検察側から説明をお願いします」
顔に似合わず丁寧な口調。しかし野太く、威圧感のある声。
だがまあ、言いたいことは山ほどあるけど説明してくれるというのはありがたい。
この訳の分からない状況は一体どういうことなのか、なぜ俺は色々と過程をすっ飛ばしていきなり裁判にかけられているのか。それを少しでも知りたいものだ。
そんなことを考えていると、おそらくいま言われた検察官であろう人物が立ち上がる。
そしてそいつはこちらをちらりと見ると敵意を隠そうともしない厳しい視線を向けてきた。
恐らく俺と同い年ほどだろう少女だった。
つり目で凛々しく、だがどことなくあどけなさの残る日本人系の顔立ち。
金髪でよく似合っているツインテール。すらっとした手と足と胸。
背は俺と同じくらい……いや、少しだけ低いくらいだろうか。
フードのついた、パーカーに似ているデザインのシャツと半ズボン……ホットパンツって言うんだっけ? そんな丈の短いズボンを身に着けたカジュアルな服装。彼女にマッチしている格好ではあるが、裁判所という場所にはあっていないと言わざるを得ない。
そしてなぜだろう、彼女からは隠しきれないポンコツの匂いがする。
「説明を始める前に一ついいでしょうか」
彼女は片手をビシッと元気よく上げると、強面の男に言った。
「私のことは検察ではなく勇者って呼んでください!」
「お前勇者かよっ!」
勇者がこんなところで何やってんだ! 検察の真似事なんかしてないで魔王を倒す冒険に行って来いよ!
「うるさいわね罪人! 口を慎みなさい!」
「誰が罪人だ! 俺は何もしてないぞ! 何の罪を疑われているのかは知らないけどこれは冤罪だ!」
だいたい勇者が一般人をそんな目で見るな! 勇者なんだからほかにもっとやるべきことがあるだろ、魔王とか魔王とか魔王とか!
「まあまあ、エリちゃん、ちょっと落ち着いて」
「でも魔王様!」
「お前が魔王かよ!」
いやその怖そうな見た目からしてぴったりだけども! でも魔王がこんなところで何やってんだ! 裁判長の真似事なんかしてないで勇者を迎え撃つ準備でもしておけよ!
「裁判長、説明なら私がしましょう」
もはやどこからツッコめばいいのかわからない状況の中、そこへ新たに間に入ってきたのは、俺から見て右側にいる女性の声。
顔を向ければ、そこには見覚えのあるおしとやかな顔。
俺の魂が奴を許すなと言っている。
「この、神である私が」
「神様てめえぇええええ!!」
湧き上がる衝動そのままに神様に殴りかかろうと全身に力を込めるが、しかし拘束されているいま、それは無駄なあがきでしかなく、ただ俺につながっている鎖をガシャジャラとむなしく鳴らすだけだった。
「この男は街の広場に突然姿を現しました。しかし身分を証明出来るものは持ってなく、街の者もみなこの男を知らずこうして身元不明の不審者としてとらえられたのです」
「はい、説明ありがとうございます神様」
神様の説明に裁判長である魔王は相槌を打つ。
へえそっか、俺は身元不明の不審者として捕まったのかぁ……。
「ちょっと待て! 突然現れたってそれは神様が転生させたからで!」
「もちろん私もこんな不審者のことなんて知りません」
「嘘つくなぁ! 俺をハンマーで殴りつけたばっかだろうが!」
「静かにしなさいサンゴ」
「ほら! ほら裁判長! この神様、俺の名前言いましたよ! 俺のこと知ってますよ!」
「へえ、サンゴ君っていうのかい?」
「呑気か!」
この魔王、本当に裁判長としての自覚があるのだろうか。
「僕は裁判長の仕事をしているマ・オーダです。よろしくねサンゴ君」
「はぁ……えっと、よろしくお願いします?」
何で俺は魔王に自己紹介されているのだろう。
このような場でなければ、俺だって『ふん……貴様が魔王か』くらいにはクールでかっこいい返事を返せたかもしれないが、いかんせん裁判の真っ最中という挨拶には適さない場でのこと。なので気の抜けた返事になってしまった。
「ごめんねサンゴ君。本当は僕も身元が分からないだけで裁判にかける必要はないって言ったんだけど……」
そう言いながら申し訳なさそうな顔をする魔王。
何この人すごい優しい。怖そうとか思ってごめんなさい。
「なら何でこうして裁判が開かれてるんですか?」
「神様がどうしてもって言うから」
「お前のせいか神様ぁああああ!!」
奴の仕業か!
人をハンマーで殴りつけて有無を言わせず転生させた挙句、不審者呼ばわりして裁判にかけるとはどういうことだ!
しかも反対されたのにどうしてもって言ったのかよ!
「ほら、聞きましたかエリ。あの乱暴な口調を」
「な、なんて無礼なの……っ! まさしく罪人と呼ぶにふさわしいわね!」
「誰か弁護士を呼んでくれ! あの神をッ! 俺があいつを訴えてやる!」
「ちょっとあんた! その口の利き方は何よ! 罪人のくせに何様のつもり!」
「お前はちょっと黙ってろ!」
「何でよ! 私にも検察官っぽいことさせなさいよ!」
「なんだ検察官っぽいことって!」
ツインテールをぶんぶんとさせながら声を上げる勇者。
勇者なら勇者っぽいことをしろ。
「え? そ、そうね、検察官っぽいことと言ったらやっぱりあれよね!」
そう言いながら勇者もとい通称エリちゃんは得意げな表情を浮かべた。
……嫌な予感がする。
間違いなくろくでもないことを言い出すに違いないぞあのポンコツ検察。
「裁判長! この罪人は死刑が良いと思います!」
こんな検察官は嫌だ。
「罪が重すぎるわ! そんな真っ先に死刑を要求する検察はいねぇよ!」
さては検察官について何も知らないな! 身元不明なだけで殺されてたまるか!
「ふふん、罪人が何を言ったところで無駄よ! すべては裁判長である魔王様が決定するんだから!」
「いやエリちゃん……さすがに死刑はないよ。かわいそうだよ」
「えっ、嘘!?」
「おいなんで驚いてんだ!」
まさか本当に死刑にするつもりだったのだろうか。なんて恐ろしい勇者だ。
そして魔王の魔王らしからぬ優しさにすごい助けられた。あの人絶対いい人だよ。
それに比べて勇者め……
「人の命を何だと思ってやがる……!」
「何よ、あんた『転生者』ってやつなんでしょ? 死んでも生き返るらしいじゃない」
「え? なに? なんか詳しいけど、転生者って珍しくもなんともないの?」
せっかく俺も異世界系主人公の仲間入りだと思ってたのに、その立場が早くも脅かされようとしている。
「いや、珍しいわよ? ごく稀に『自分は転生者だ』って人が現れるけど、すぐに『こんな異世界転生は嫌だ』っていなくなっちゃうもの」
「ああ、なぜかみんな『別の世界に転生しなおしてくれ』って私に頼みに来ますね」
「転生先って選び直せるの!? だ、だったら俺も――」
「まあそう言う方たちは全員がトラックに轢かれる以上のグレードの高い死に方をしてるので、サンゴには無理ですけどね」
「死因差別!」
くそっ、俺だって本当は女の子を庇って死ぬとかそう言うカッコいい死に方が良かったのに!
あんなカラスにびっくりして転んで死ぬなんて本望じゃないのに!
「まあ死刑がダメなら仕方ないわね。だったらトイレ掃除とかでいいんじゃない?」
「妥協案が妥協しすぎだ!」
おいこら『だったら』ってなんだよ『いいんじゃない』じゃねぇよ。死刑からトイレ掃除って温度差ありすぎだろ。お前絶対もう飽きてきてるだろ。
「まあまあ、そもそもサンゴ君が有罪だって決まったわけじゃないから。それに、神様に転生されたっていうんなら、むしろ無罪だよ」
「あっ、そうだ! ついでに私の家の倉庫の片づけ手伝ってよ!」
「エリちゃん僕の話聞いてる?」
「お前裁判長の話聞いてるか?」
そんな『閃いた!』って顔してもだめだからね? 何一つ閃いてないからね?
「しかし裁判長。そこのサンゴが転生者だと証明するものもないのだし、無罪と決めつけるのも早計じゃないでしょうか」
「だから神様! なんで弁護士なのにさっきから俺を有罪にしようとするんだ!」
誰か違う弁護士はいないのか!? いやこの際弁護士を変えてくれなんて贅沢なことは言わないから、どうかこの神様を黙らせてくれ!
「いや、あの、神様はサンゴ君の名前を知っていたご様子でしたし、神様がサンゴ君を転生させたとしか思えないのですが……」
「私はそんな男なんて知りませんよ?」
「それに人を転生させることが出来るのなんて神様くらいしか……」
「私はそんな男なんて知りませんよ?」
「ですからその……」
「知りませんよ?」
「はい」
魔王様ぁぁあ!
もう少し頑張って! 魔王なんだから威圧されたくらいで負けないで!
「さあサンゴ。あなたが本当に転生者だというのなら、その証拠を見せるのです」
「急に転生させられたんだから証拠なんてあるわけないだろ! あったらこうして身元不明の不審者として捕まってないわ!」
「あの神様、さすがにサンゴ君がかわいそう……」
「証拠がないってことはやっぱりあんたは有罪ってことね! 私の推理に間違いはなかったわ!」
「お前は推理なんかしてないだろポンコツ勇者!」
「ポンコツって何よ! やっぱりあんたは死刑が妥当だわ! この罪人!」
「何だと! 可愛いからって何を言っても許されると思うなよ!」
「はっ! 罪人から褒められたって嬉しくなんてないわよ! ……で、でも、ちょっとだけ罪を軽くしてあげてもいいわよ?」
「いやだから冤罪だから! ちょっとじゃなくて無罪にしてくれ!」
「裁判長、いまのサンゴの発言はセクハラです。さらに罪が追加されました」
「慈悲はないのか!」
おおよそ裁判だとは思えない程に、それぞれが好きなように言葉を発する。
前を向けば困った様子の魔王が、左を向けば得意げな顔の勇者が、右を向けばなんだか楽しそうな神様が。
言いたい放題やりたい放題で収拾のつかない状況の中、俺も自分の言いたいことを言わせてもらおう。
誰か……誰か俺の話を……
「人の話を聞けぇぇええええええええ!!」
俺の叫びが異世界に響く。
こうして、俺の異世界での新しい人生が始まるのであった。
…………その前に無罪を勝ち取らねば!
なぜか目隠しをされ、なぜか猿轡をかまされ、なぜか手足を縛られ、なぜか椅子に座らされている。
……マジでどういう状況? なんで俺は捕まっているの?
「あ、裁判を始める前に、その子の目隠しと猿轡を外してあげてください」
突然の状況を把握できず、頭の中が疑問で埋め尽くされているところで、不意にそんな声が聞こえたっていうかなんか不穏な単語が聞こえたんだけど!?
しかしそんな俺の心情など知ったこっちゃないと言わんばかりに、目隠しと猿轡が外されていく。
「うっ……」
真っ暗だった視界に光が差し、眩しさに思わず目を細める。だがそれも一瞬のことで、明るさに目が慣れた俺は、ようやく周囲の状況を把握することが出来た。
正面には学校の教卓を大きくしたような机……たしか法壇と言うものだったかがあり、そこに厳格で怖そうな見た目の、大柄な男が座っている。
男の身長は二メートルを軽く超えているだろう。もしかしたら三メートルもあるかもしれない。
腕は丸太のように太く、着ているスーツを持ち上げぱつぱつになるほどの筋肉の鎧を身にまとっている。正直スーツは全く似合っていない。むしろ何でスーツ着てんだ。
……うん、恐怖でちびっちまいそうだ。
そんな怖い怖い男が座る机の左右にも、小さめだが似たようなデザインの机が置かれている。
それぞれに裁判長、検察、そして弁護士が座る物だと考えれば、なるほど確かに裁判所のような場所だ。
ならば、それらに囲まれるような位置にいる俺は被告人ということに――
……あれ?
……俺が被告人?
――俺が被告人!?
「それでは、こちらの不審者についての裁判を始めます」
不審者って何!? 俺はどうして裁判にかけられようとしてんの!?
そんなパニックになる俺を放って、正面の強面の男は言葉を続けた。
「じゃあ最初に、検察側から説明をお願いします」
顔に似合わず丁寧な口調。しかし野太く、威圧感のある声。
だがまあ、言いたいことは山ほどあるけど説明してくれるというのはありがたい。
この訳の分からない状況は一体どういうことなのか、なぜ俺は色々と過程をすっ飛ばしていきなり裁判にかけられているのか。それを少しでも知りたいものだ。
そんなことを考えていると、おそらくいま言われた検察官であろう人物が立ち上がる。
そしてそいつはこちらをちらりと見ると敵意を隠そうともしない厳しい視線を向けてきた。
恐らく俺と同い年ほどだろう少女だった。
つり目で凛々しく、だがどことなくあどけなさの残る日本人系の顔立ち。
金髪でよく似合っているツインテール。すらっとした手と足と胸。
背は俺と同じくらい……いや、少しだけ低いくらいだろうか。
フードのついた、パーカーに似ているデザインのシャツと半ズボン……ホットパンツって言うんだっけ? そんな丈の短いズボンを身に着けたカジュアルな服装。彼女にマッチしている格好ではあるが、裁判所という場所にはあっていないと言わざるを得ない。
そしてなぜだろう、彼女からは隠しきれないポンコツの匂いがする。
「説明を始める前に一ついいでしょうか」
彼女は片手をビシッと元気よく上げると、強面の男に言った。
「私のことは検察ではなく勇者って呼んでください!」
「お前勇者かよっ!」
勇者がこんなところで何やってんだ! 検察の真似事なんかしてないで魔王を倒す冒険に行って来いよ!
「うるさいわね罪人! 口を慎みなさい!」
「誰が罪人だ! 俺は何もしてないぞ! 何の罪を疑われているのかは知らないけどこれは冤罪だ!」
だいたい勇者が一般人をそんな目で見るな! 勇者なんだからほかにもっとやるべきことがあるだろ、魔王とか魔王とか魔王とか!
「まあまあ、エリちゃん、ちょっと落ち着いて」
「でも魔王様!」
「お前が魔王かよ!」
いやその怖そうな見た目からしてぴったりだけども! でも魔王がこんなところで何やってんだ! 裁判長の真似事なんかしてないで勇者を迎え撃つ準備でもしておけよ!
「裁判長、説明なら私がしましょう」
もはやどこからツッコめばいいのかわからない状況の中、そこへ新たに間に入ってきたのは、俺から見て右側にいる女性の声。
顔を向ければ、そこには見覚えのあるおしとやかな顔。
俺の魂が奴を許すなと言っている。
「この、神である私が」
「神様てめえぇええええ!!」
湧き上がる衝動そのままに神様に殴りかかろうと全身に力を込めるが、しかし拘束されているいま、それは無駄なあがきでしかなく、ただ俺につながっている鎖をガシャジャラとむなしく鳴らすだけだった。
「この男は街の広場に突然姿を現しました。しかし身分を証明出来るものは持ってなく、街の者もみなこの男を知らずこうして身元不明の不審者としてとらえられたのです」
「はい、説明ありがとうございます神様」
神様の説明に裁判長である魔王は相槌を打つ。
へえそっか、俺は身元不明の不審者として捕まったのかぁ……。
「ちょっと待て! 突然現れたってそれは神様が転生させたからで!」
「もちろん私もこんな不審者のことなんて知りません」
「嘘つくなぁ! 俺をハンマーで殴りつけたばっかだろうが!」
「静かにしなさいサンゴ」
「ほら! ほら裁判長! この神様、俺の名前言いましたよ! 俺のこと知ってますよ!」
「へえ、サンゴ君っていうのかい?」
「呑気か!」
この魔王、本当に裁判長としての自覚があるのだろうか。
「僕は裁判長の仕事をしているマ・オーダです。よろしくねサンゴ君」
「はぁ……えっと、よろしくお願いします?」
何で俺は魔王に自己紹介されているのだろう。
このような場でなければ、俺だって『ふん……貴様が魔王か』くらいにはクールでかっこいい返事を返せたかもしれないが、いかんせん裁判の真っ最中という挨拶には適さない場でのこと。なので気の抜けた返事になってしまった。
「ごめんねサンゴ君。本当は僕も身元が分からないだけで裁判にかける必要はないって言ったんだけど……」
そう言いながら申し訳なさそうな顔をする魔王。
何この人すごい優しい。怖そうとか思ってごめんなさい。
「なら何でこうして裁判が開かれてるんですか?」
「神様がどうしてもって言うから」
「お前のせいか神様ぁああああ!!」
奴の仕業か!
人をハンマーで殴りつけて有無を言わせず転生させた挙句、不審者呼ばわりして裁判にかけるとはどういうことだ!
しかも反対されたのにどうしてもって言ったのかよ!
「ほら、聞きましたかエリ。あの乱暴な口調を」
「な、なんて無礼なの……っ! まさしく罪人と呼ぶにふさわしいわね!」
「誰か弁護士を呼んでくれ! あの神をッ! 俺があいつを訴えてやる!」
「ちょっとあんた! その口の利き方は何よ! 罪人のくせに何様のつもり!」
「お前はちょっと黙ってろ!」
「何でよ! 私にも検察官っぽいことさせなさいよ!」
「なんだ検察官っぽいことって!」
ツインテールをぶんぶんとさせながら声を上げる勇者。
勇者なら勇者っぽいことをしろ。
「え? そ、そうね、検察官っぽいことと言ったらやっぱりあれよね!」
そう言いながら勇者もとい通称エリちゃんは得意げな表情を浮かべた。
……嫌な予感がする。
間違いなくろくでもないことを言い出すに違いないぞあのポンコツ検察。
「裁判長! この罪人は死刑が良いと思います!」
こんな検察官は嫌だ。
「罪が重すぎるわ! そんな真っ先に死刑を要求する検察はいねぇよ!」
さては検察官について何も知らないな! 身元不明なだけで殺されてたまるか!
「ふふん、罪人が何を言ったところで無駄よ! すべては裁判長である魔王様が決定するんだから!」
「いやエリちゃん……さすがに死刑はないよ。かわいそうだよ」
「えっ、嘘!?」
「おいなんで驚いてんだ!」
まさか本当に死刑にするつもりだったのだろうか。なんて恐ろしい勇者だ。
そして魔王の魔王らしからぬ優しさにすごい助けられた。あの人絶対いい人だよ。
それに比べて勇者め……
「人の命を何だと思ってやがる……!」
「何よ、あんた『転生者』ってやつなんでしょ? 死んでも生き返るらしいじゃない」
「え? なに? なんか詳しいけど、転生者って珍しくもなんともないの?」
せっかく俺も異世界系主人公の仲間入りだと思ってたのに、その立場が早くも脅かされようとしている。
「いや、珍しいわよ? ごく稀に『自分は転生者だ』って人が現れるけど、すぐに『こんな異世界転生は嫌だ』っていなくなっちゃうもの」
「ああ、なぜかみんな『別の世界に転生しなおしてくれ』って私に頼みに来ますね」
「転生先って選び直せるの!? だ、だったら俺も――」
「まあそう言う方たちは全員がトラックに轢かれる以上のグレードの高い死に方をしてるので、サンゴには無理ですけどね」
「死因差別!」
くそっ、俺だって本当は女の子を庇って死ぬとかそう言うカッコいい死に方が良かったのに!
あんなカラスにびっくりして転んで死ぬなんて本望じゃないのに!
「まあ死刑がダメなら仕方ないわね。だったらトイレ掃除とかでいいんじゃない?」
「妥協案が妥協しすぎだ!」
おいこら『だったら』ってなんだよ『いいんじゃない』じゃねぇよ。死刑からトイレ掃除って温度差ありすぎだろ。お前絶対もう飽きてきてるだろ。
「まあまあ、そもそもサンゴ君が有罪だって決まったわけじゃないから。それに、神様に転生されたっていうんなら、むしろ無罪だよ」
「あっ、そうだ! ついでに私の家の倉庫の片づけ手伝ってよ!」
「エリちゃん僕の話聞いてる?」
「お前裁判長の話聞いてるか?」
そんな『閃いた!』って顔してもだめだからね? 何一つ閃いてないからね?
「しかし裁判長。そこのサンゴが転生者だと証明するものもないのだし、無罪と決めつけるのも早計じゃないでしょうか」
「だから神様! なんで弁護士なのにさっきから俺を有罪にしようとするんだ!」
誰か違う弁護士はいないのか!? いやこの際弁護士を変えてくれなんて贅沢なことは言わないから、どうかこの神様を黙らせてくれ!
「いや、あの、神様はサンゴ君の名前を知っていたご様子でしたし、神様がサンゴ君を転生させたとしか思えないのですが……」
「私はそんな男なんて知りませんよ?」
「それに人を転生させることが出来るのなんて神様くらいしか……」
「私はそんな男なんて知りませんよ?」
「ですからその……」
「知りませんよ?」
「はい」
魔王様ぁぁあ!
もう少し頑張って! 魔王なんだから威圧されたくらいで負けないで!
「さあサンゴ。あなたが本当に転生者だというのなら、その証拠を見せるのです」
「急に転生させられたんだから証拠なんてあるわけないだろ! あったらこうして身元不明の不審者として捕まってないわ!」
「あの神様、さすがにサンゴ君がかわいそう……」
「証拠がないってことはやっぱりあんたは有罪ってことね! 私の推理に間違いはなかったわ!」
「お前は推理なんかしてないだろポンコツ勇者!」
「ポンコツって何よ! やっぱりあんたは死刑が妥当だわ! この罪人!」
「何だと! 可愛いからって何を言っても許されると思うなよ!」
「はっ! 罪人から褒められたって嬉しくなんてないわよ! ……で、でも、ちょっとだけ罪を軽くしてあげてもいいわよ?」
「いやだから冤罪だから! ちょっとじゃなくて無罪にしてくれ!」
「裁判長、いまのサンゴの発言はセクハラです。さらに罪が追加されました」
「慈悲はないのか!」
おおよそ裁判だとは思えない程に、それぞれが好きなように言葉を発する。
前を向けば困った様子の魔王が、左を向けば得意げな顔の勇者が、右を向けばなんだか楽しそうな神様が。
言いたい放題やりたい放題で収拾のつかない状況の中、俺も自分の言いたいことを言わせてもらおう。
誰か……誰か俺の話を……
「人の話を聞けぇぇええええええええ!!」
俺の叫びが異世界に響く。
こうして、俺の異世界での新しい人生が始まるのであった。
…………その前に無罪を勝ち取らねば!
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