なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

え? チートなしで異世界転生を?


 気が付くとそこは、真っ白で何もない空間だった。

「目が覚めましたか」

 そんなどこまでも白い地平線が広がる空間には、俺の他にももう一人――それが『一人』って言う数え方で正しいのかどうかは知らないけど、とにかくもう一人いる。

「一二之三吾さん。あなたは昨日、不幸な事故により命を落としました。ここはあなたがいた世界とは異なる、死んだ者がやってくる空間であり――」

「あの、神様」

「なんでしょう」

「もうすでにそこらへんの説明は聞いたんで、さっきの『転生』って部分の続きからお願いしていいですか?」

 なんて俺が催促すれば、正面の女性の神様は、呆れたようにため息を吐き出した。

 そう、女神様である。

 腰のあたりまで伸ばしたプラチナブロンドの髪。たれ目でおしとやかな印象を受ける顔。全身から神々しさというかオーラを発しているような、なんとも包容力のありそうな神様である。

 そんな神様の言葉をさえぎって俺は言った。
 うん。二回目なんだよね、この説明。さっき聞いたばかりなんだよね。

「はあ……サンゴ、何を言っているのですか。私は同じ説明を何度もするような面倒くさい神ではありません。あなたが死んで、ここでたった今目を覚ました後、初めて説明することですよ」

「いやぁ神様、そんな呆れた顔しないでくださいよ。確かに『たった今』死んで目が覚めた後は初めての説明かもしれないですけどね」

 そこでいったん言葉を切り、準備のため、ゆっくりと息を吸う。

 何の準備かと言えば、大声を出すための準備である。

「その前に! 最初に目が覚めた時、すでに説明されてるんですよっ! たった今死んだのはあんたが殺したんだろうが!」

「あらあら。神に向かってなんて口の利き方をするのでしょうか、この野蛮人は」

「悪びれる様子もないっ!」

 そう、俺は一度、目の前の神様に殺されているのだ。あの時の経緯を簡単に話そう。

『目が覚めましたか』
『こ、ここはどこだ!?』
『あなたにはこれから新たな生を――』
『つ、つまり俺は死んだってことか!? ならここは……あの世!?』
『あの、いまから転生を――』
『くそっ! こんなことってあるかよ! まだ十八歳だぞ!? やりたいことだってたくさんあったのに――』
『話を聞きなさい(謎の光線)』
『あばばばばばばばば』

 あれ、思い返してみると俺もだいぶ取り乱してるな。

「私を無視するからいけないんです」

「だからって殺すことないと思うんですけど」

「いいですかサンゴ。どんな時どんな状況であろうと、私の話を聞かないことは万死に値します。天罰が下るのは当たり前のことです」

「それだけで殺されてたまるか! 人の命を何だと思ってやがる!」

「あらあら。なぜ神である私が、たかが人間であるサンゴの命について考えなければならないのですか面倒な。そもそもあなたはすでに死んでいるでしょう」

「そんな心の狭い神様がいてたまるか!」

「神も生きていますから。色々な神がいて多種多様なんですよ」

「神は死んだ……っ」

「ですから生きています。死んだのはあなたですサンゴ」

「神死んだ……っ」

「そこまでですか。自分の死を認めてでも神を死んだことにしたいですか」

 まあ何はともあれ。
 一回死んだ後にまた殺されたとかその犯人は神様だったとかはひとまず置いておいて。

 今はもっと考えるべき大切なことがあるような。
 えーと……そうそう、神様がさっき言っていた『転生』についてだ。

「それじゃあ話を戻して……神様、転生ってのについて詳しく」

 転生と聞くと異世界転生俺ツエーヒャッハーざまぁハーレム無双的なのが真っ先に思い浮かぶが、もしかしなくてもその転生であっているのだろうか。

「お察しの通り、サンゴには新たな世界で新たな人生を送ってもらいます」

 や、やっぱりか! まさか本当にこんなことがあるなんて!

 まさか死んだ後で生きてた頃の『刺激のある毎日』という願いが叶うなんて……! バカみたいに毎日参拝しててよかった……!

「あ、あの神様。その転生する世界っていうのは、人間以外の種族もいたりするんでしょうか? ほら、例えばエルフとかゴブリンとか」

「人間以外の種族ですか? もちろんいますよ。転生先には魔王も勇者も悪魔もいます」

 魔王も勇者も悪魔もいるのか! まさに異世界転生俺ツエーヒャッハーざまぁハーレム無双してくれと言っているようなものだ!
 元の世界に未練がないと言えば嘘になるし、実際死んでしまったことは残念無念ではあるが、この話を聞いていたらなんだかワクワクしてきたぞ!

 ……おっと、落ち着け俺。その異世界転生俺ツエー(以下略)をするためには必要なものがあるじゃないか。

 転生特典、つまりチートを神様からもらわなければ。

「神様! 転生するにあたって特典をください!」

「ダメです」

 ……ん? おかしいな。要求を却下されたような気がする。

 い、いやいやいやいや、まさかね。そんなわけないだろうしっかりしろ俺。死んで神様の前で目が覚めてこれから転生するってところまで来たら、ついでにチートな特典を貰うのがお約束って奴だろう。きっと聞き間違えただけだ。もう一回神様にお願いしよう。

「神様! 転生するにあたって特典をください!」

「ダメです」

 ……き、聞き間違いじゃないだと!?

「チート特典貰わないでどうやって異世界で生きてけっていうんだ!」

「なんですかチート特典って。そんなもの貰ったところでサンゴには何もできないでしょう。せいぜい他人の迷惑にならないようこそこそ生きていくのが関の山ですよ」

「何だその俺に対するマイナスイメージは! 俺だって傷つけば泣くんだからな!」

「需要ないのでやめてください。まあ、最初は与えるつもりだったのですよ? チートとはいかないまでも、転生特典として便利な力くらいは」

「じゃあくださいよ」

「いえ、あなたもう転生特典に値するものを使ってしまったではないですか」

「……はい?」

 使ってしまった? それってどういうことだろうか。

「サンゴ、あなたは初めて死んだ後にここに来ましたね?」

「まあ、はい」

「その後、ここでまた死にましたね?」

「まあ、あなたのせいで、はい」

「本来、二回死んだ場合、その魂は天国か地獄のどちらかに行くことに決まっているのですよ。それをわざわざ生き返らせてあげたのです。それが特典の代わりとなったのです。これ以上望むのは欲張りですよ」

「お前のせいかっ!」

 まさか転生する前に転生特典を消費してしまっているなんて!

「まったくサンゴったら、神様に向かって『お前』だなんて。あなたは人間風情で何様のつもりですか。私を『お前』と呼んでいいのは、神以外では私の旦那となる人だけです」

「いきなり独身であることをカミングアウトしないでください。というか神様に独身とか結婚とか関係ないでしょ、神なんだから」

「何を言いますか。ギリシア神話や北欧神話などを見てもわかるように、神と言うのは家族や恋人といった、愛が理由のドロドロした関係や争いが多いのです。誰も知らないような無名の神は、知名度欲しさにわざとドロドロした争いを起こしたりします。無名の神も必死ですから、そりゃもうドロドロしていますよ。どれくらいドロドロかと言うと水溶き片栗粉くらいドロドロです」

「そんなドロドロがゲシュタルト崩壊してそうなこと知りたくなかったです。それに例えが水溶き片栗粉だとしょぼいイメージしか湧かないです。それだとドロドロじゃなくてトロトロです」

「では溶岩にのみ込まれた人間くらいドロドロです」

「そんなグロテスクな例えもやめてください。普通に溶岩でよかったじゃないですか」

「人間の昼ドラくらいドロドロです」

「いきなり親近感のある例えをしないでください。的確だけど簡単に想像できるから、全然大したことなさそうに聞こえます」

「サンゴの脳みそくらいドロドロです」

「それって俺は脳みそが溶けているほどのバカだと言いたいのかっ!」

「無駄話はこれくらいにして、そろそろ転生するとしましょうか」

「言及を避けた!? バカだということは言うに及ばないってことか!? それにちょっと待ってください! 本当に特典くれないんですか!?」

 このまま特典を貰わすに転生したら、それこそ本当に他人に迷惑をかけないようにこそこそと生きていく異世界ライフを送ってしまいそうだ。

「いい加減しつこいですね。さっきからチートだの特典だのわがまま言わないでください。あんな愉快な死に方をしたくせに」

「いま俺の死因を愉快って言いやがったな!?」

「異世界に行って無双とか、そう言うのはせめてトラックに轢かれてから言いなさい」

「死に方で転生のグレードが変わるの!?」

 異世界転生する主人公ってよくトラックに轢かれるなぁ、って思ってたけどそういうことだったのか……!

「……はぁ。まったく、しょうがない。せめてもの慈悲として、転生する世界は平和な世界にしておきましょう。魔王も勇者も悪魔もいる平和な世界です」

「魔王も勇者も悪魔もいて本当に平和なんですか!?」

 転生した瞬間に死んでしまうのではなかろうか。もしそうなったら通算三度目の死だ。
 まさに『サンゴ、三度死ぬ』ってね。あれおかしいな、涙が出てきた。

 そんな悲しみ溢れる俺を無視して、神様は立ち上がるとすぐ目の前まで移動してくる。
 神様は慈愛に満ちた表情を浮かべると、手を振りかざした。

 その手にはハンマー。

「…………あの、神様」

「それではサンゴ。二度目の人生、楽しんでください」

「その前に神様!? そのハンマーは何!? ハンマーを振りかざして何をするつもりですか!? まさか転生する前に三度目の死!? 予想よりも早くサンゴ、三度死――」

 言葉を言いきる前にポコッと言う音が――失礼、そんなポップで愉快な音ではなく、ゴシャッという音が聞こえたと思った瞬間、俺の意識はすでに途切れていた。

「では、少しの間バイバイです、サンゴ」

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