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転寝と黎明の君

流手

転寝と黎明の君

 ──風の音がした。

 その直後、眼前を勢いよく電車が通り過ぎていく。少しばかりの衝撃と冷え乾いた空気が拡散され、私の髪を乱すだけ乱してはあっという間に去っていった。
 これは、衝撃波を浴びたという感じになるのだろうか。

 一瞬驚いたが、すぐに我に返る。どうやら、いつの間にか駅のホームへと並んでいたらしい。
 周囲の喧騒が一度に帰って来たようで、俄に活気付いていくのを感じながら呑気にそう思った。

 ──さて。

 平常に戻ったことを確認すると、こめかみの辺りをトントンと指で叩いて記憶を辿る作業に没頭していく。

 ──私は何をしていた途中だったのか。

 これから電車に乗る為に来たというのはまず間違いないだろう。それはわかる。……であるが、問題はそこではない。どうやって歩いて来たのか、ということが私の中ですっぽりと抜けている。それこそが、今思い浮かべる疑問である。

 ──ここに来るのも後少しだなぁ。

 とはいえ、やはり無意識に来てしまったとも考えられる。いや、この場合は心ここにあらずだった、というべきなのか。
 頭のどこかにはしっかりとその道中の風景が収まっているようで、矛盾をしているようだが、鮮明に思い出すことが出来ている。ということは、やはり自分で向かって来たのだろう。

 ──ではあるが……

 もし、“もう一人の自分”たる者が存在し、この身体を動かしていたと仮定するなら、その方が辻褄は合う気はする。

 ──そう、私であり、私ではない。だから、覚えていない。

 誰に説明するわけでもなく、そんなことを考えてしまうのだから、我ながら面倒臭い奴だと思う。
 何にせよ、少し懐かしさに浸りながらに歩き過ぎたのかもしれない。それとも感傷的になっているとでもいえば良いのだろうか。

 そう結論付けてしまう。もとい、何でも良いのである。

 約四年……いや、附属の高等学校時代も含めると七年。それだけ通っていれば特に意識せずとも通学路くらいは歩けてしまうらしい。そういうことなのだろう。

 ──もっと早くに気付けば良かった。

 性懲りもなくそんなことを考えてしまうのだから、いつかきっと痛い目をみることになるのかもしれない。馬鹿は死ぬまで治らないとは良く言ったものである。

 そんなことを考えているうちに、アナウンスが鳴り、電車が到着し、扉が開く。“私達”は扉の端に寄り、降車する人を少し待ってから車内へ足を踏み入れる。降車する人は見られなかった。
 通勤、通学の時間でなければ、基本的にこの駅は学生の利用者がメインである。後期の講義も既に終わっている現状では、“菱中瀬駅”にほとんど人はいないのは当然だといえる。

 そこまで考えているうちに、ようやく整理が付いてきた。

 ──あぁ、そうだった。彼の後ろを歩いて来たのだった。

 そこで、ようやく“君”のことを思い出す。あまりにも自然体でいられたので、あろうことか忘れてしまっていたようだ。反省しなければならない。

 ──もっとも……もし彼が悪い魔法使いであったのならば……
 私は簡単にどこかへ連れ去られていただろう。

 などと、懲りずにとりとめのないことを考えてしまう。彼にとっては迷惑だろうが、私はそれが楽しくて仕方がないのだ。

 彼がいつも通り本を読みながら座席へと腰を下ろすのを追い、隣に座る。私が私で呆けていたように、彼は彼で勝手に過ごしていたようだ。

 平日の昼近くだけあり、座席はあちらこちらで空きがみえた。

 何か話し掛けるか迷ったが、少し黙っていることにした。隣を見ると、相も変わらず本に目を落としている。
 こんな時でもマイペースを崩さないのは流石というべきなのか、なんというべきなのか。しかし、決して嫌な感じはない。
 話し掛ければいつものように目だけはこちらを見てくれるだろう。むしろ、私が何か話し掛けるのを待っているのかもしれない。何故なら、彼は自他共に認めるほどに人付き合いが苦手だからだ。

 ──しかし。

 私はほくそ笑む。
 
 敢えて今は話し掛けないでおくことにしよう。少し意地悪かもしれないが、“残り時間”が迫ってくれば、強情な彼も観念するかもしれないから。

 そう思いながら、少し間回想に浸ることにした。



 今日は卒業資格を有するものの発表が掲示板に貼り出されるということで、私は大学へと来ている。無論、卒業出来ないとは思ってもいないが、念のため、もしくはその実感を得るために実際に見ておきたかった。しかし、正直なところまだ他にも理由はある。

 ちなみに来ているのは私一人だけで、友人である美海や朔来の姿はない。
 他にも誰か見に来ないか聞いてみたが、皆ホームページで確認をするからと断られた。

 ──そういうことじゃないんだけどなぁ。

 大学も残すのは卒業式のみである。残り少ない集合を楽しんでも良いのではないかとそう思わずにはいられない。
 そんな時、“君”を見つけた。

「ねえ、来てたんだ?」

 私が近寄ると、少し驚いた顔でこちらに挨拶をしてくれた。彼も一人でいるようだ。

 この彼も普段よく行動を共にした仲間である。そう、少なくとも私はそう思っている。彼もそうだと思う。
 普段は友達と、友達の友達、の間という微妙なポジションにいた人物であったのだが、お互いの友達同士がよく会っていたということもあり、彼と顔を合わせる機会も多かった。
 四年もあれば話をすることも多少はあったし、一緒にご飯を食べたことだってある。つまりは友達と呼べるくらいにはお互いのことを知ることが出来たのではないかと私は思っている。彼がどう思っているかは知る由もないが、そう悪い印象はないだろう。

 要は似た者同士なのだと思う。

 声を掛けると、彼は少し迷惑そうな顔をしていたが、私は知っている。これは照れ隠しの顔だ。来ると言わなかったことだって、そうかもしれない。

 彼は面倒臭い。それが長所なのか、短所なのか、その問題の答えについて私は考える気にならないが、やはり私とよく似ている。

「番号、あった?」

 彼はまだ自分の番号を探しているようで、ゆっくりとした動作で掲示板を一つずつ順番に辿っていた。
 謎の秘密主義らしく、私も探そうかと声を掛けても学籍番号を教えてくれるつもりはないようで、やんわりと断ってきた。

 私の知る限り、彼は性格に難があるものの、こと成績に関してはは優秀だったはずである。驚いたことに、特待生であったと聞いたこともあるほどだ。また、試験前になれば、度々美海や寿士に勉強を教えているような姿も記憶にある。

 そこで、ふと思い当たった。

 ──ひょっとして、知り合い……友達の分も探しているみたい?

 流石に、番号あったぞー、などと聞いてもいないことを報告するようなタイプではないのはわかる。では、何故? 
 少し疑問に思い考えて見るが、一つ思い当たる。これはきっと彼なりの責任感のようなものなのだろう。
 ただし、中には知られたくない人もいるかもしれないので、私なら……私であれば、そのような選択はしないだろう。

 一見分かりにくいが、彼は彼で皆との時間を大切に思っている。そのことは確かだ。
 そう思うと、ますます彼に対する親近感が増すのを感じ、柄にもなくちょっかいを出したくなる。

「ねーえ、皆で卒業は、出来そうだった、かな?」

 少し意地悪な質問になったかもしれない。わざと区切りを付けて、はっきりと訊ねてみることにする。私はきっと、好きな子には意地悪をしてしまうタイプなのだろう。
 もっとも……卒業出来ない子がいた場合のフォローについては考えていない。自業自得の部分があるにせよ、彼の表情は曇るだろう。

 彼は観念したように私の問いに動きを止めると、ようやく私に話してくれた。

 彼が挙げた名前は五人。寿士、七耶、朔来、美海、そして……“円花”。つまり私だ。

「……こーら! 勝手に人のを覗いては駄目なんだよ」

 予想外の事態に、思わず狼狽える。続いて出た言葉は照れ隠しだった。

 ──やられた!

 バツの悪そうな顔の彼を見ると、それも無事に落ち着いたので、次に私は笑い掛ける。

「でも、私のは良いよ! それで、どう? 私は卒業出来そうなのかしら?」

 彼がシンプルに頷く瞬間に、私は卒業を確信した。

 ◇
 
 気が付くと、少しだけ車内に人が増えている気がした。どうやら私は眠ってしまったらしい。

「結構進んだんじゃない?」
 
 馴染みのない景色を見ながら、私は隣に声を掛ける。特に確認はしなかったが、彼がいるだろうということは不思議とわかった。

 パタンと本が閉じられる音が返事の代わりに聞こえ、続けてまぁまぁ、との答えが来た。ひょっとすると、本の進行具合でも教えてくれたのかもしれない。

 彼はそのまま本を鞄に仕舞い、外へと視線を向けると指を差し、私に何かを伝えようとする。

 次は、穂郷町ー。穂郷町ー。
 図らずともそんなアナウンスで現在地を知ることになる。

「うわぁ。こんな所まで来ちゃったんだ」

 思ったよりも深い眠りだった。
 こんな所まで来てしまったことにも驚いたが、彼が私を起こさなかったことにも驚いた。
 時間にして四十分は行き過ぎている。状況としては、彼も似たようなものだろう。

 私がどうしようか考えているうちに、彼はすくっと立ち上がった。どうやら降りるということらしい。
 そして、去り際に彼の口からは意外な一言が紡がれる。

「卒業、おめでとう」
「あはは、それは、君もでしょ」

 ──違うよ、まだ卒業式は済んでいないんだから。

 釣られるように電車から飛び降りると、決意を固めた。

 ──卒業したら、旅に出よう。そして、この場所から……世界へ行こう!

 遠巻きに見えた、彼が指差したものは、桜だろうか。

「ねえ、ご飯でも食べていかないかな?」

 私は“君”へ向かって駆け出していた。

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