イレギュラーライト

エクレア男爵

1話目

 上には上がいる、と導く立場の人は言う。
 自分の今の実力が、周りより秀でていたとしても、世界中を広い目で見れば、自分なんかより秀でたものがたくさんいる、という意味だ。要するに、調子に乗るなってことなのだろう。
 きっとそれは、実際のことなのだと思うし、その通りだと思う。
 ならば神様。僕のこの人生は、まだマシということなのでしょうか。僕は自分のことを、不幸だと自負するのには早いのでしょうか。

 2020年。3月20日。
 夜桜も綺麗に咲き誇り、暖かさを取り戻し始めた今日この頃。
 僕は眠い目をこすりながら、自転車で帰路を走らせる。明日は日曜日だと考えると、思わず顔が緩んでしまう。
 僕の名前は銀島 海斗。今年で21歳になる。
 日中は、弟の竜太を小学校に送り出してから、家事を済ませ、8時半から夜7時まで、喫茶店のバイトに入る。そこから1度帰宅し、竜太と少しの時間を過ごすと、コンビニの深夜のバイトへと向かう。だいたい睡眠時間は5時間程度だ。
 これを、日曜日以外の週6で繰り返している。はっきりいって、睡眠時間が足りなさ過ぎて死にそうだ。
 なぜこんなに、ハードなスケジュールになっているかというと、それは僕の両親にある。話は長くなるが、是非聞いていただきたい。

 僕の両親は、とても仲が悪かった。正直に言うと、あんな屑2人を、両親だと言いたくもないぐらいだ。
 小さい頃から、喧嘩の巻き添えをくらい「お前なんかが産まれてくるから、結婚することになったんだ」とか、「とっとと死んで、金になってくれよ」とか、トラウマレベルに傷付くことを数えきれないほど言われた。
 食事なんかも、1日1回食べれたらいい方で、お風呂は勝手に入ったら怒られるから、両親の目を盗んで水だけ浴びていた。冬はすごく寒くて仕方なかった。もちろん、殴られたことも物を投げられたこともあった。毎日死にたくてしょうがなかった。
 でも死ねなかった。弟がいたから。
 11歳の小5の頃、弟が産まれた。その頃の父親は「なんでしてもないのに子供ができるんじゃぁ!!」と、滅茶苦茶になって怒っていた記憶がある。
 この頃からの仲は本当に最悪で、父親母親ともに、家にいることはほとんどなかった。産まれたばかりの竜太を、放ったらかしにしているので、僕が面倒を見なければいけないと思い、死ぬのは後回しにしていた。
 まぁ、死ぬ勇気なんて無かったとは思うけど。
 その後、僕は奇跡的に高校へ行くお金を出してもらい、進学をするのだが、高校3年の頃、父親とは完全に連絡がつかなくなり、母親は飲酒運転が原因の交通事故で死んだ。
 僕と竜太は取り残されたわけだが、一切親戚とも面識の無かった僕ら兄弟に、引き取り手が見つかるわけもなく、というか親戚が存在しているのかどうかも分からなかったので、僕は高校を辞め、竜太を施設へは送らずに、1人で育てていこうと決めたのだ。

 と、ここまでが僕の歩んできた人生だ。今の生活も17歳からと考えると、もう4年目になろうとしている。
 毎日毎日が大変だが、狭い部屋の中しか住んでいる世界が分からなかったあの頃と比べると、充実を実感できている今の方が、何倍も気分がいい。
 竜太も、本当にあの親から産まれたのかと疑うほど、いい子に育ってくれた。家事も毎日、料理以外のことはやってくれるし、学校でも、勉強も運動も教えたことがないのに、全て上手にこなすし、友人関係も上手くやっているそうだ。
 以前、親がいないこと、家族が兄しかいないことをバカにされ、喧嘩になり学校に僕が呼び出されたこともあったが、その程度だ。僕からしたら、よくやったと褒めたくなるくらいだ。
 竜太にもかなり寂しい思いをさせてしまっているのだろうが、「お兄ちゃんの頑張りに比べたら、俺なんか全然だよ」と、笑ってなにもないふりをしてくれる。本当にいい子だ。

 家に着き、古びた駐輪小屋に自転車を止めると、僕はコンビニからいただいた廃棄の物がたくさん入った袋をカゴから取り出し、階段を上がる。
 かなり年季の入ったアパートだが、未成年2人の入居を快く引き受けて下さった大家さんには、感謝してもしきれない。

 「はぁ〜、疲れたぁ」
 と、情けない声を出しながら、フラフラと廊下をを歩いていくと、2人の座り込んだ人影が視界に入り、思わず「うわっ!」と声を漏らした。
 「あぁっ!すみません!」
 若い男はそう言うと、もたれて一緒に寝ていた小さい子供を抱きかかえて、ペコリペコリと頭を下げた。
 俺たちと同い年ぐらいかな。2人とも。
 昨日まで人がいなかったはずだし、転居者だろうか。
 僕は似たような境遇かもしれない2人が心配になり、声をかけた。
 「あの...。どうされたんですか?」
 「あ、いえ実は、部屋の鍵を貰いそびれててですね...。大家さん出先だそうで、鍵貰えるの明日になりそうなんですよ。あ!すみません申し遅れました。今日から隣に越してきました。滝沼と言います。よろしくお願いいたします」
 茶色い短髪の見るからに好青年なその子は、そう言うと深々と頭を下げてきた。
 「大変だったんですね〜。あ、私は銀島と申します。もし良かったら今夜は家に来ていただいていいですよ!まだ3月とはいえ寒いですし」
 「とんでもないです!お気になさらないでください!引っ越してきてそうそうにご迷惑おかけできませんよ」
 「全然お構いなくていいですよ。お子さんも風邪引いたら可愛そうですし。夜遅いですけどご飯とかも...」
 召し上がります?と聞こうとする前に、滝沼さんのお腹が「ぐぅーー」と低く鳴いた。
 滝沼さんは顔を赤くしながら、
 「...すいません。お恥ずかしい」
 僕はあまりにも面白いタイミングの良さに、思わず声を出して笑ってしまった。
 「すいません笑ってしまって。どうぞ上がってください。雑にですけど、ご飯用意しますね」
 「うう。本当に申し訳ないです。今日全然食べれてなくて...。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
 僕はカバンから鍵を取り出すと、扉を開けて滝沼さんとお子さんを招き入れた。

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