俺がマスコットに転生したのは馬鹿な子しか魔法少女になれない世界だった
俺がマスコットに転生したのは馬鹿な子しか魔法少女になれない世界だった
突然だが俺は転生した。
俺の名前は益子 俊明、どこにでもいる卒業を控えた高校生、だったが今は死んでしまっている。
死因などはさておき、死んでしまった俺は女神の場所へと呼び寄せられ、そこでマスコットに転生すると宣言されたのだ。
いや、聞いてないし。
「という訳で~、俊明さんはマスコットになっていただきま~す」
アマーリアというその女神はにこやかな笑顔でそう告げてきた。
いや、というかもうマスコットになってるじゃん。
俺の姿は……なんというか胴が細長い白猫のぬいぐるみ?みたいな姿になっていた。
「いや、普通に天国に送ってくださいよ。なんで俺だけマスコットになるんですか」
「ともかくもう決まってしまったんですよ~。とりあえず魔法少女になる少女の所に行きましょうね~。説明はおいおいしますから~」
アマーリアが言うにはマスコットになる適性の人間が死に、その時に魔法少女になるべき少女がいるとマスコットになってしまうらしい。
何の因果か俺にその適正があったというわけだ。
アマーリアが言うには魔法少女を助けていれば魔法少女が普通の女の子に戻った時、そのマスコットに転生した魂は天国へと行けるのだとか。
なんか前世の因業の報いという趣がしないでもないがなってしまった不幸を悔やんでもしょうがない。
俺はその辺の切り替えが早いのが取り柄だ。
ピンポーン。
地上に降り立ったアマーリアが押したのは何の変哲もない地方都市にある何の変哲もない一軒家のドアベルだった。
少女の前に現れて信託を告げるとかじゃないのね。
「はーい」
そう言ってドアを開けたのはまだ若さの残る女性だった。
魔法少女候補の母親だろう。
アマーリアの姿を見て怪訝そうな顔をする。
ドアを開けたらルネッサンス期の絵画のコスプレをしているような女性が立っていたらそりゃ怪訝そうな顔もするだろう。
「おはようございま~す。
私、女神のアマーリアと申します~。
この度は御宅の日向 日向ちゃんが魔法少女に選ばれたことをお知らせに伺いました~」
その言葉を聞いて青い顔をしてへたり込む母親。
「……そ、そんな、まさかうちの娘が……。お願いです、嘘だと言ってください!うちの娘は確かに出来が悪くて元気だけが取り柄ですけど、やればできる娘なんです!」
え、これどういう反応なの?
「この世界ではですね~、頭の悪い子しか魔法少女になれないんですよ~」
ああ、そういう訳なのね。
そりゃ嘆くわ。
しかしなんでわざわざそんな縛りを設けてるんだ?
ていうか、それもう世間に知れ渡ってるの?
俺の疑問をよそにおいおいと泣いている母親。
「まあまあ、お母さま、そんなに嘆かないでくださいな~。娘さんは世界で十人しかいない魔法少女に選ばれたんですから~、むしろ光栄な事なんですよ~?」
「あああああああああああああ!!!!!」
女神の慰めに更に号泣する母親。
いや、もうそれ以上言わないであげて。
おたくの娘の頭は世界の下から数えてに十番以内に入ってますよと言われて喜ぶ母親はいないから。
「正確にはそういうものでもないんですけどね~。頭が悪いのは確かにそうなんですけど~、他にもいろいろ条件があるんですよ~」
それって慰めになるかな?
「日向は本当に頭が悪いんです!日向が魔法少女になんかなったら悪い奴らにころっと騙されてコミケ三日目の西館で売られている本みたいな目に遭うにきまってるわ!」
やけに詳しいなこのお母さん。
「大丈夫ですよ~、魔法少女になると凄く強くなりますから~。そんじょそこらの悪党には負けませんよ~。それにもし魔法少女がそんな目に遭うとしたら周りはもっと洒落になってない状態ですから~、そうなったら嘆いてる場合じゃないと思いますよ~」
女神がそれを言うか?
「ままま、お母さん、そんなにしょげる事もないんじゃないですか?」
玄関先で号泣されると気まずいのでなんとかなだめようと試みる。
「ひいっ!変な猫のぬいぐるみが喋った!」
そりゃそういうリアクションにもなるよね。
「こちらは魔法少女になった娘さんのサポートをする事になっています、マスコットです」
「あ、ああ、そうなの……びっくりしたわ~。呪われたのかと思っちゃった」
そこまで言う?
自分で言うのもなんだけど結構愛らしい見た目をしてると思ってたのに。
「でもまあ、確かにそうね。これは日向のためにもかえって良かったのかもね」
驚いた事でかえって冷静になったようだ。
「そうそう、そうですよ!娘さんは悪と戦う正義のヒロインになるんですよ!多少頭がわる……いや、人よりおと……と、とにかく、正義の名のもとに悪を討伐し正義を広める事が出来るんですから!凄くやりがいがあると思いますよ!それに注目されたらどこかの芸能プロダクションからスカウトが来てモデルとか芸能人になれるかも知れませんよ?」
「そ、そうね!日向の頭だとどこにも就職できなかっただろうし!いっそのこと今のうちに裏稼業で生きる術を教えておこうかと思ってたくらいだったからちょうど良かったのかもね!」
おーい女神様、ここに討伐すべき悪がいるような気がするんですが。
「お母さーん、私もう学校行くよ~」
そうこうしているうちに家の中から声が聞こえた。
魔法少女になる日向という少女の声だろうか。
今までの騒ぎを全く気にしてなかったのだとしたら相当神経太いな。
出てきたのは学校の制服に身を包み、茶色がかったセミロングの両サイドを束ねた可愛らしい少女だった。
年は十四歳、とアマーリアは言っていた。
「あれ、お客様?」
日向は玄関にいる俺達を見てきょとんとしている。
「さあ、俊明さん、魔法少女になると告げるのはマスコットの一番最初の仕事ですよ~」
アマーリアが囁いてきた。
そ、そうなのか?
そう言われてみればそんな気もするな。
よし、ここはひとつ、気合を入れていくか!
軽く咳ばらいをし、俺は口を開いた。
「日向 日向ちゃん!君は魔法少女に選ばれたんだニャ!一緒にこの世界を救ってほしいニャ!」
「……あの~、俊明さ~ん。別にキャラを作らなくってもいいんですよ?普通に喋った方が後々苦労しないと思いますから~」
……
…………
…………だったら早く言ってくださいよ!
こっぱずかしい思いまでしてマスコットっぽく振舞う必要なかったんじゃねーか!
「私が魔法少女……?」
日向は不思議そうな顔をしている。
やっぱりきちんと説明しなくちゃ駄目か。
「いいよ!なんか面白そう!」
あ、やっぱりこの娘馬鹿だ。
「じゃあこれからよろしくね!……えーと、白ウナギねこ?……さん?」
「このマスコットさんはらりぴーという名前なんですよ~」
え、そんな名前だったの?
ちょっとショックなんだけど。
「快諾してもらって何よりです~。それでは変身グッズなど一式をお渡ししておきますね~」
そう言ってマナーリアは紙袋を日向に渡す。
そんな、温泉旅行のお土産の饅頭を渡すみたいに。
「今後の事はらりぴーさんから聞いてくださいね~。こちらの連絡事項はらりぴーさんに伝えますので、そちらの要望なども全てらりぴーさんへお願いしますね~」
あ、こいつ面倒毎は全部俺に押し付けるつもりだ。
「わかった!じゃあもう行くね!学校に遅れちゃう!行こう!らりぴー!」
そう言って俺の前脚を掴み駆け出す日向。
ちょちょちょ、俺を学校に連れていっていいのかよ!?
「だって、らりぴーは私の相棒なんでしょ?だったらいつでも一緒にいなくちゃ!」
いやいやいや、マスコットと化した俺が学校に行っちゃまずいでしょ!
結論から言うと、全然問題なかった
どうやら日向は学校でも一目置かれる馬鹿だったらしい。
俺がいる事で日向が魔法少女になったことは瞬く間に知れ渡ったようだ。
「やっぱりね……」
「絶対に魔法少女になると思ってた」
「ほら、俺の言ったとおりだろ、千円な」
「クソ~三学期までは持つと思ってたのに」
などという言葉が教室に飛び交っている。
先生など俺を見て何かを悟ったような、諦めたような微笑みを見せている。
実際に学校に来てみて分かったのだが、確かに日向は頭が悪かった。
それも尋常じゃなく。
しかし別に授業を放棄しているわけではなく、積極的に授業に参加しているのに尚頭が悪いのだ。
例えば、社会の授業で「日本の最南端にある県は?」という質問をされた時に(いや、こういう質問をされる時点でやばいのだが)自信をもって「南極!」と答えるレベルだ。
常時こんな感じだから生徒に知識を与え未来へ進む道を示すと燃えている教師ほど心が折られている。
「私、日向さんを教えるようになって教師を続ける自信を無くしました……」
なんて悩みを日向の担任教師から打ち明けられてもなんて答えていいかわからないんだが。
だがそんな日向は別にクラスで浮いてるわけでも苛められてるわけでもなく、むしろ輪の中心になって場を明るくするキャラだった。
そんな日向だからこそ魔法少女に選ばれたのかもしれない。
そんなこんなでその日は終わり、俺と日向は帰路についていた。
「きゃーーーーーー!」
絹を裂くような叫び声が聞こえたのはその時だった。
「これは事件だよ!」
日向は俺を抱えて即その叫びが起きた場所に向かった。
まさかその日のうちに魔法少女案件か!?
「ひゃっはー!おらおらぁロードレイダースのお通りだあ!」
「逆らう奴らは皆殺しだぜー!」
「呂怒 零痔様を崇めろ!豚は死ね!」
そこにいたのは、改造バイクに乗り、袖なしの革ジャンを着て顔中にペイントをした男たちの集団だった。
そりゃ確かに悪だけどさ、魔法少女が戦うのってもっと怪人っぽい人達じゃないんだろうか。
「逃げろぉ!あいつは呂怒零痔、この街の代議士の息子なんだ!
警察もあいつらには手出しできないぞ!」
「女子供を避難させろ!シャッターを閉めろ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う街の人々。
なんなの、この世界。
マッドマックス的暴徒が街を蹂躙してる無法の世界なの?
「おらおら、逃げまどえ豚ども、この呂怒零痔様がこの街の支配者だ!」
大型のチョッパーに跨り、でっぷりと太った中年男が下品に高笑いしながらバイクで蛇行運転をしている。
いい年してあんなことして恥ずかしくないんだろうか。
「轢き殺されたくなかったら命乞いをしろぉ!跪いてロードレイダーズに忠誠を誓え!」
「おらぁ、豚共は豚小屋に引っ込んでな!」
逃げる人々に対してロードレイダースと名乗っている暴徒共は我が物顔で暴れまわっている。
「待ちなさい!」
そこに立ちふさがるのは、魔法少女……になったばかりの日向だ。
「あなた達の乱暴狼藉、お天道様が見逃してもこの私が見逃さないわ!
今すぐおうちに帰って反省なさい!」
どうでもいいが割と言い回しが古いな、この娘。
「なんだあ、この小娘は?」
「おいおい、怪我したくなかったらすっこんでな!」
ロードレイダース共は出てきたのが小さな女の子とわかってバイクから降り、下卑た笑い声をあげて近づいて来た。
魔法少女になるなら今しかない!
「日向、マジカルスティックで変身だ!」
俺は日向に囁いた。
「あ、あれね、家において来ちゃった!」
「……は?」
「だってあれって微妙な長さでしょ?鞄に入れても飛び出しちゃうし、学校に持っていったのばれたら没収されちゃうから家を出る時に靴箱の上に置いて来たんだよね」
いやいやいやいや、確かに理屈は通ってるが、それでも魔法少女が変身グッズを家におきっぱなしにするか、普通?
いや、これはそもそも中途半端なサイズの変身グッズを用意した女神に責任が……
し、しかし、今はそんなことを言ってる場合じゃない!
「な、なら、予備用に渡しておいたマジカルコンパクトで魔法少女にメイクアップだ!」
「あ~、あれね~。
なんか机の中に入れっぱなしにしてきちゃったみたい、てへっ」
「……だ、だったら、こんなこともあろうかと昼休みにスマホにインストールしておいたマジカルアプリで魔法少女にコンパイルだ!」
「わかったよ!らりぴーちゃん!
あ……スマホのバッテリー切れてた」
「……こ、こうなったら最終手段しかない!マジカルスペルで魔法少女にトランスフォームだ!さあ日向、僕の後に続いて唱えるんだ!……えーと、確か女神に貰ったメモがこの辺に……」
「じゃあいくよ!……まじかる みらくる めたもる りりかる ぱわふる なっくる だいなみっく もめんたむ とぅいんくる えんたんぐる まほうしょうじょにとらんすふぉーむ!……で合ってるの……か?」
「OK、いくよ!マジカル ミラクル メタモ…………なんだっけ?」
……こんなん覚えてられるかあああ!
なげーよ!暗号通貨ウォレットのパスフレーズかよ!
そもそも魔法少女が馬鹿だってわかってるならもっと短いキーワードにしろっての!
あの女神、絶対に後でクレーム入れてやる!
しかしそんなことをしてる間に周りを男達に囲まれてしまっていた。
呂怒零痔一行が舌なめずりをしながら日向をなめるように見ている。
「ま、不味いニャ、ここは一旦退却して体制を整えるニャ!」
焦って語尾が変になってしまった。
しかし当の日向は状況が分かっていないのかけろりとしている。
「グヘへへへ、恐怖で感覚がマヒしてるのか?安心しろよ、命までは取らねえからよ。俺達に逆らったら地獄を見るって事を教えてやる」
下品な笑い顔で近づいてくる呂怒零痔。
「は、早く逃げるニャ!」
呂怒零痔の手が肩に触れる瞬間、
「えー、大丈夫だよぉ」
そう言った日向の足が呂怒零痔の膝に食い込んだ。
呂怒零痔の膝が曲がってはいけない方向に曲がっている。
「はばばばばばばあああっ!?」
絶叫をあげてへたり込む呂怒零痔。
「だって、この位の数だったら魔法少女にならなくっても全然平気だもんっ」
「て、てめっ……」
掴みかかろうとした別の男は喉に手刀を叩き込まれ、悶絶して膝をついた。
「危ないからここで待っててね」
そう言って日向は俺を地面に下ろし、迫りくる集団に向かっていった。
頭に振り下ろされた鉄パイプをスウェーでかわし、がら空きの脇腹にかち上げるようなショートアッパーを叩きこむ。
男はげろを吐いて膝をついた。。
後ろから頭に拳を振り降ろそうとした男はノールックの後ろ蹴りを股間に食らってうずくまる。
諸手で抱え込もうとした男はジャンプして振り向きざまの膝蹴りを顎に食らい、歯を散らしながらもんどりうつ。
凄まじい戦闘能力だ。
母親が元気なだけが取り柄と言っていたが、元気どころの話じゃねーだろ。
見ているだけでバタバタと大男達が倒れていく。
これはもう時間の問題かな……
そう思っていた時、不意に後ろから首根っこを掴まれた。
「うらぁ!そこを動くんじゃねえ!小娘が!ちょっとでも動いたらこいつをぶった切るぞ!」
首根っこを掴まれながら振り返ると、そこには青筋を立て脂汗まみれの呂怒零痔の顔があった。
折れ曲がったままの膝で地面に座り込み、俺の首元にバタフライナイフを突き立てている。
「動くんじゃねえぞ、このクソガキが。ちょっと動いたらこの……猫……?みてえなのをぶっ殺してやる!」
「らりぴーちゃん!」
しまった。
まさかこの俺を人?質に取るとは。
立ち止まった日向を鼻血まみれになったロードレイダースの2人が後ろから羽交い絞めにした。
「このガキが~、散々好き勝手しやがって
手足の一本二本じゃ済まさねえぞ!」
「地獄を見せてやるからな
今から謝っても遅えぞ!」
男達に拘束され、がっくりと顔を落としている。
「う、うううう、ううううう」
泣き声まで聞こえてきた
まずいまずいまずい、このままだと俺のせいで日向が!
必死に呂怒零痔の手を振りほどこうとするが悲しいかな所詮は小動物サイズのマスコット。
可愛らしくじたばた動くだけで何もできない。
「へへへ、所詮はメスガキだあ。こうなっちまえば可愛いもんだな。この俺をこんな目に合わせた報い、その体にきっちり教えてやらあ」
形勢逆転を見るや態度が大きくなる呂怒零痔。
「うがあああああああ!!!!!!!!!」
その瞬間、日向を羽交い絞めにしていた男達が吹き飛ぶ?
「?」
「うるるるるるるるるるるるっ!!!!」
日向は獣のような雄たけびを上げて周りの男に掴みかかった。
いや、掴みかかるなんて生易しいもんじゃない、当たるを幸い切り裂いている。
ナイフを構えようとした男の顔が爪で切り裂かれる。
逃げようとした男に後ろから襲い掛かり、頭をかきむしる。
三人がかりで抑え込もうとした男達を高速横回転しながら爪と足でずたずたにする。
「ふーっ!ふーっ!ふーっ!」
残った男達を血だるまにし、のそりと呂怒零痔に近寄ってくる日向。
その目は血走り、もはや人間としての面影はどこにもない。
なんなのこの娘、体内に古代の魔獣でも封印してんの?
「ち、近寄るんじゃねえっ近寄るとこいつを刺すぞ!」
いやいや、勢い余って刺さってるから!おもくそ刺さってるから!
しかしナイフで刺されても特に痛みは感じないし刺された後もすぐに塞がってる。
どうなってるの、俺の体?
いや、そんなことに疑問を持ってる場合じゃない。
このままじゃ日向が人を殺しかねねえ。
「お困りのようですね~」
「うわあびっくりしたあ!」
突然頭の中にアマーリアの声が響いてきた。
「な、なんだよ、見てたのかよ!」
「はい~、日向さんは魔法少女になったばかりですから~。一か月間は無料のモニタリングサービスが付いてくるんですよ~」
「家電かよ。つーか一か月後は有償になんのかよ!」
「いや、それどころじゃねえ!このままだと日向が人殺しになっちまう!」
日向は性懲りもなく立ち上がってくるロードレイダースの面々を相変わらず獣じみた動きで蹂躙している。
「それは困りましたね~。では、俊明さん止めていただけますか~?」
「あんなんどうやって止めるんだよ!」
「大丈夫ですよ~マスコットの牙は魔法少女の抑制機能がついてるんです~。俊明さんが日向さんの頭に噛みつけばすぐに行動不能になりますよ~」
「……おそろしく大雑把な機能だな……
って、あんな機動力の奴を捕まえられるわけねえだろ!」
「問題ありませ~ん。マスコットは魔法少女の頭に飛びつくイメージをしさえすれば全ての事象を吹っ飛ばして頭に飛びついたという結果だけが残りますので~」
……とんでもない能力だな、おい。
なんかマスコットの能力を場当たり的に決めてないか?
しかし今はそんなことに疑問を持ってる場合じゃない。
「日向!」
叫んで日向の頭に飛びついた自分を想像する。
その瞬間、俺は日向の頭に飛びついていた。
マジだ!凄え!
感心する間も惜しんで俺は日向にかぶりついた。
今まさにぐったりとして動かなくなった男の襟首を掴み、心臓に手刀を叩きこもうとしていた日向はその瞬間にスイッチが切れたように地面に倒れ込んだ。
「ま、間に合った……」
ほっと溜息をつく。
さて、警察が来る前にどうやって退散したものか。
そんな事に悩んでいると後ろから殺気が放たれているのに気付いた。
振り返ると、呂怒零痔が足を引きずりながら近づいてくる。
しまった、こいつがまだ残ってたのを忘れてた!
しかも周りではあれだけズタボロにされたロードレイダースが立ち上がってきている!
こいつらの耐久力は化け物か!?
「……な、なんか知らねえが、急に倒れやがった」
「ちょ、ちょうどいい、今のうちに二度と起き上がれないようにしてやれ!」
「この呂怒零痔を舐めた事を後悔させてやる!」
まずい、日向は完全に意識を失っている!
「おい、アマーリア、どうすんだ!このままじゃ日向が再起不能にされちまうぞ!」
「あらあら、困りましたね~」
「あらあらじゃねーよ!
なんか意識を取り戻す方法はないのかよ!リセットボタンとか付いてないのか?」
「魔法少女はゲーム機じゃないから付いてないですね~」
「……こうなったら俊明さんに日向さんの中の魔法少女を呼び出してもらうしかないみたいですね~」
「そんなことができるのか?」
「できますよ~。魔法少女とマスコットは魂で結びついて一心同体、一蓮托生ですから~。魔法少女の意識がない時はマスコットが魔法少女を呼び出すことが可能なんですよ~」
さらっと恐ろしいことを言われた気がするが、その疑問は後回しだ。
「わかった、何をやればいい?」
「それでは~頭の中に魔法少女を思い描き、マジカルスペルを唱えてください~」
「……よ、よし、やってみるぞ!」
俺は大きく息を吸い込んだ。
一か八かだ!
「マジカル ミラクル メタモル リリカル パワフル ナックル ダイナミック モメンタム トゥインクル エンタングル 魔法少女にトランスフォーム!」
言えるもんだ。
俺がマジカルスペルを唱えた瞬間、俺と日向の周りがまばゆい光に包まれる。
「えっ」「なにっ」「なんだあっ?」
突然のことに動きを止める呂怒零痔とロードレイダース。
やがてその光の中央、立ち込める白煙の中に起き上がる影があった。
それは、魔法少女の装飾に身を包んだ…………俺だった。
いつの間にか人間だった頃の姿に戻っている。
身につけているのは真っ黒で裾や襟にショッキングピンクのフリルが付いた上着、それに合わせた同じように黒地にショッキングピンクのフリルが付いたひざ下二十センチのミニスカート、黒いスパッツ、同じくショッキングピンクの縁取りがされたブーツ、そして同じくショッキングピンクの装飾が施されたアームカバー。
ご丁寧に頭には黒とショッキングピンクのリボンまで付いている。
紛う方なく俺の思い描いていた魔法少女の衣装そのものだった。
着ているのは俺だったが。
「無事に変身できたみたいですね~よくお似合いですよ~」
「おい……これはどういう事だ……?」
「ですから~、俊明さんが魔法少女を呼び出したんだですよ~。立派な魔法少女になられてますよ~」
「そうじゃねえ!な・ん・で!俺・が!魔・法・少・女に!なってるんだよ!」
「仕方がないんですよ~。日向さんが魔法少女になれない場合の代替機構がマスコット本来の役割ですから~」
「そんなこと今まで一言も言ってなかったじゃねーか!」
「そうでしたっけ~?
でもこれでお分かりになりましたよね~」
「てめえ、殺す、あとでぜってー殺す!」
「まあまあ、そんなに怒らないでくださいな~
それでは、頑張ってくださいね~」
くそ、一方的に通信を切りやがった。
あの女神、落ち着いたら絶対に痛い目に遭わせてやる。
俺はゆらりと呂怒零痔の方を振り向いた。
奴らはというと……爆笑していた。
「だーはははははは!変態だ!変態が来やがった!」
「なんだそれ?魔法少女か?魔法少女なのか?
ひょっとして魔法少女がその女を助けに来たのか?」
「やめてくれ~、笑い死んじまう!」
「おい、そこの変態!どっから降ってきたんだ?」
さっきまでの負傷はどこへやら、地面を叩きながら笑い転げている。
「言い忘れました~。マスコットが魔法少女に三分間だけですから~。三分過ぎたらまたマスコットに戻ってしまうので気を付けてくださいね~」
思い出したようにアマーリアから通信が入ってきた。
「おい、スマホだ!あの変態をスマホで撮ってネットにバラ……」
「マジカルグリズリースラァァァァッシュ!!!!!!」
その言葉が終わるのを待たずに俺の放った衝撃波で呂怒零痔達は吹き飛び、完全に昏倒した。
こんな恥ずい恰好、三分だって待ってられるか!
「おい、片付けたぞ!
早く元の姿に戻せ!」
「それはできませ~ん、三分待ってくださ~い」
「ふざけんな!さっさと戻せ!
今すぐ戻せ!」
「まあまあ、せっかく元の姿に戻ったのですから~
三分だけでも人間としての自由を満喫してはいかがですか~?」
「殺す殺す殺す!
今すぐ戻せぇぇぇぇぇぇぇ!」
動く者のいなくなった路上で、俺の叫び声だけが木霊していた。
「うーん……あれ?」
日向が目を覚ました。
不思議そうにあたりを見回している。
無理もない、ここはさっき戦った路上からほど近いところにあるビルの屋上だからだ。
あれから騒ぎを聞きつけた人達の視線を感じていたたまれなくなってここに避難したのだ。
あんな姿をネットで晒されたら命を絶つしかない。
「もう終わったの?」
「ああ、全て片付いたさ」
日向はビルの端まで行ってあちこちで伸びているロードレイダース達を見て
「……私、またやっちゃったんだ……」
としゅんとなった。
いや、とどめを刺したのは俺だけどね。
まあ半分位は日向のバーサク状態の賜物か。
って、さっきまたと言ったか?
「前もこういうことがあったんだよね。お父さんが和牛オーナー?とかいうのに失敗した時に怖いオジサン達が家にきて、気が付いたらみんな血だらけになって倒れてて……」
日向の親父さん割とクズなのか?
「……ま、まあいいさ。相手は悪いやつらだったんだろ?だったら問題なし、そいつらもいつかそうなるという覚悟だったろうしな。だからあそこで伸びてる奴らもきっと満足してるって」
「そうかな……そうだよね!」
「ああ、そうさ!これからもこの調子でやっていこうぜ!そうだ、最後に一つ魔法少女になってやってほしいことがあるんだ。アマーリアに言って変身の呪文を短くしてもらったからさ、”マジカルトランスフォーム”と唱えてみてくれ。」
「わかった!マジカルトランスフォーム!」
唱えた瞬間、まばゆい光に包まれて今度こそ日向が魔法少女に変身した。
先ほど俺が来ていたコスチュームに身を包み、髪もセミロングからウェーブのかかったロングに変わっている。
「……これが魔法少女のコスチューム?なんか襟元とか袖がだるだるなんだけど……」
「……ま、まあそれは次回の変身時には直ってると思うから!」
「魔法少女のコスチュームが黒にピンクって珍しくない?」
「それなら返り血も目立たないと思ってな。それに女の子の服と言ったら黒にピンクだろ?」
「それって小学生のセンスだよ~。私としてはパステルカラーにちょっと差し色を入れるくらいのが可愛くて好きなんだけどな~」
意外と好みがうるさいな。
まあそれが女の子か。
「まあまあ、とにかくマジカルエビデンスエリミネーションと唱えてくれないか?」
「わかった~。
えーと、マジカルエビデンスエリミネ~ション!」
日向がそう唱えると全身から光の粒子が発生し、ビルの下へと降り注いでいく。
「よし、これで俺達がやったという痕跡はなくなった。警察もあいつらが仲間内でケンカをしたと思うだろう。仮に俺達にやられたと言っても単なる妄想だと思われるだろうな」
これで一件落着だ。
「これでおしまい?」
「ああ、無事に悪は倒された。
これも全部日向、いやマジカルビーストのおかげだよ!」
「……マジカルビースト、それが私の名前……私、本当に魔法少女になったんだ!」
「ああ、見事だったよ!」
「やったー!」
俺と日向、今はマジカルビーストとらりぴーはビルの屋上で飛び回った。
「おめでとうございま~す」
空中からアマーリアが現れた。
「素晴らしいデビューでしたよ、日向さん。
「女神様!」
振り返るとそこにはアマーリアが立っていた。
「てめええええええ!」
俺は飛び掛かり前脚で殴りつけたがそこはマスコットの悲しさ、ポコポコとリズミカルな音がするだけだ。
「まあまあ、らりぴーさん、無事に解決したのですから、過ぎた事は水に流して」
「てめえがそれを言うなああああ!」
疲れ果てるまでアマーリアをどつき、屋上でへばりこんでると何もかもどうでもよくなってきた。
まあどうせ転生した身だし、別に良いか。
「デビュー戦、おめでとうございます。」
「ありがとう、女神様!」
日向とアマーリアはにこやかに談笑をしている。
「ですが、この世界にはまだまだ悪がはびこっています。マジカルビースト、あなたの力が必要なのです。これからも頑張ってもらえますか?」
「うん、私頑張るよ!」
アマーリアの言葉に力強く頷く日向。
そもそも悪の元凶はこのアマーリアなんじゃないだろうか。
「としあ……いえ、らりぴーさん、マジカルビーストの事をよろしくお願いしますね」
「ああ、わかったよ。そのかわり、天国に行く時はよろしく頼んだからな」
「承知しておりますよ~それでは今日はゆっくりお休みくださいね~」
そう言ってアマーリアは消えた。
いつしか太陽が西の空に傾きつつあった。
「……帰ろっか?」
日向が俺に聞いてきた。
「……ああ、そうだな」
俺は答える。
色々なことがあった一日だったが、何故だか妙にすっきりしている。
これが正義を執行した達成感なのだろうか。
だったらマスコットに転生したのも悪くないのかもしれない。
俺は日向の頭にしがみついた。
この能力もなんだかんだで便利だ。
もう少し、頑張ってみるかな。
そういう風に思えてくる。
ビルの屋上に俺達の影が長く伸びていた。
俺の名前は益子 俊明、どこにでもいる卒業を控えた高校生、だったが今は死んでしまっている。
死因などはさておき、死んでしまった俺は女神の場所へと呼び寄せられ、そこでマスコットに転生すると宣言されたのだ。
いや、聞いてないし。
「という訳で~、俊明さんはマスコットになっていただきま~す」
アマーリアというその女神はにこやかな笑顔でそう告げてきた。
いや、というかもうマスコットになってるじゃん。
俺の姿は……なんというか胴が細長い白猫のぬいぐるみ?みたいな姿になっていた。
「いや、普通に天国に送ってくださいよ。なんで俺だけマスコットになるんですか」
「ともかくもう決まってしまったんですよ~。とりあえず魔法少女になる少女の所に行きましょうね~。説明はおいおいしますから~」
アマーリアが言うにはマスコットになる適性の人間が死に、その時に魔法少女になるべき少女がいるとマスコットになってしまうらしい。
何の因果か俺にその適正があったというわけだ。
アマーリアが言うには魔法少女を助けていれば魔法少女が普通の女の子に戻った時、そのマスコットに転生した魂は天国へと行けるのだとか。
なんか前世の因業の報いという趣がしないでもないがなってしまった不幸を悔やんでもしょうがない。
俺はその辺の切り替えが早いのが取り柄だ。
ピンポーン。
地上に降り立ったアマーリアが押したのは何の変哲もない地方都市にある何の変哲もない一軒家のドアベルだった。
少女の前に現れて信託を告げるとかじゃないのね。
「はーい」
そう言ってドアを開けたのはまだ若さの残る女性だった。
魔法少女候補の母親だろう。
アマーリアの姿を見て怪訝そうな顔をする。
ドアを開けたらルネッサンス期の絵画のコスプレをしているような女性が立っていたらそりゃ怪訝そうな顔もするだろう。
「おはようございま~す。
私、女神のアマーリアと申します~。
この度は御宅の日向 日向ちゃんが魔法少女に選ばれたことをお知らせに伺いました~」
その言葉を聞いて青い顔をしてへたり込む母親。
「……そ、そんな、まさかうちの娘が……。お願いです、嘘だと言ってください!うちの娘は確かに出来が悪くて元気だけが取り柄ですけど、やればできる娘なんです!」
え、これどういう反応なの?
「この世界ではですね~、頭の悪い子しか魔法少女になれないんですよ~」
ああ、そういう訳なのね。
そりゃ嘆くわ。
しかしなんでわざわざそんな縛りを設けてるんだ?
ていうか、それもう世間に知れ渡ってるの?
俺の疑問をよそにおいおいと泣いている母親。
「まあまあ、お母さま、そんなに嘆かないでくださいな~。娘さんは世界で十人しかいない魔法少女に選ばれたんですから~、むしろ光栄な事なんですよ~?」
「あああああああああああああ!!!!!」
女神の慰めに更に号泣する母親。
いや、もうそれ以上言わないであげて。
おたくの娘の頭は世界の下から数えてに十番以内に入ってますよと言われて喜ぶ母親はいないから。
「正確にはそういうものでもないんですけどね~。頭が悪いのは確かにそうなんですけど~、他にもいろいろ条件があるんですよ~」
それって慰めになるかな?
「日向は本当に頭が悪いんです!日向が魔法少女になんかなったら悪い奴らにころっと騙されてコミケ三日目の西館で売られている本みたいな目に遭うにきまってるわ!」
やけに詳しいなこのお母さん。
「大丈夫ですよ~、魔法少女になると凄く強くなりますから~。そんじょそこらの悪党には負けませんよ~。それにもし魔法少女がそんな目に遭うとしたら周りはもっと洒落になってない状態ですから~、そうなったら嘆いてる場合じゃないと思いますよ~」
女神がそれを言うか?
「ままま、お母さん、そんなにしょげる事もないんじゃないですか?」
玄関先で号泣されると気まずいのでなんとかなだめようと試みる。
「ひいっ!変な猫のぬいぐるみが喋った!」
そりゃそういうリアクションにもなるよね。
「こちらは魔法少女になった娘さんのサポートをする事になっています、マスコットです」
「あ、ああ、そうなの……びっくりしたわ~。呪われたのかと思っちゃった」
そこまで言う?
自分で言うのもなんだけど結構愛らしい見た目をしてると思ってたのに。
「でもまあ、確かにそうね。これは日向のためにもかえって良かったのかもね」
驚いた事でかえって冷静になったようだ。
「そうそう、そうですよ!娘さんは悪と戦う正義のヒロインになるんですよ!多少頭がわる……いや、人よりおと……と、とにかく、正義の名のもとに悪を討伐し正義を広める事が出来るんですから!凄くやりがいがあると思いますよ!それに注目されたらどこかの芸能プロダクションからスカウトが来てモデルとか芸能人になれるかも知れませんよ?」
「そ、そうね!日向の頭だとどこにも就職できなかっただろうし!いっそのこと今のうちに裏稼業で生きる術を教えておこうかと思ってたくらいだったからちょうど良かったのかもね!」
おーい女神様、ここに討伐すべき悪がいるような気がするんですが。
「お母さーん、私もう学校行くよ~」
そうこうしているうちに家の中から声が聞こえた。
魔法少女になる日向という少女の声だろうか。
今までの騒ぎを全く気にしてなかったのだとしたら相当神経太いな。
出てきたのは学校の制服に身を包み、茶色がかったセミロングの両サイドを束ねた可愛らしい少女だった。
年は十四歳、とアマーリアは言っていた。
「あれ、お客様?」
日向は玄関にいる俺達を見てきょとんとしている。
「さあ、俊明さん、魔法少女になると告げるのはマスコットの一番最初の仕事ですよ~」
アマーリアが囁いてきた。
そ、そうなのか?
そう言われてみればそんな気もするな。
よし、ここはひとつ、気合を入れていくか!
軽く咳ばらいをし、俺は口を開いた。
「日向 日向ちゃん!君は魔法少女に選ばれたんだニャ!一緒にこの世界を救ってほしいニャ!」
「……あの~、俊明さ~ん。別にキャラを作らなくってもいいんですよ?普通に喋った方が後々苦労しないと思いますから~」
……
…………
…………だったら早く言ってくださいよ!
こっぱずかしい思いまでしてマスコットっぽく振舞う必要なかったんじゃねーか!
「私が魔法少女……?」
日向は不思議そうな顔をしている。
やっぱりきちんと説明しなくちゃ駄目か。
「いいよ!なんか面白そう!」
あ、やっぱりこの娘馬鹿だ。
「じゃあこれからよろしくね!……えーと、白ウナギねこ?……さん?」
「このマスコットさんはらりぴーという名前なんですよ~」
え、そんな名前だったの?
ちょっとショックなんだけど。
「快諾してもらって何よりです~。それでは変身グッズなど一式をお渡ししておきますね~」
そう言ってマナーリアは紙袋を日向に渡す。
そんな、温泉旅行のお土産の饅頭を渡すみたいに。
「今後の事はらりぴーさんから聞いてくださいね~。こちらの連絡事項はらりぴーさんに伝えますので、そちらの要望なども全てらりぴーさんへお願いしますね~」
あ、こいつ面倒毎は全部俺に押し付けるつもりだ。
「わかった!じゃあもう行くね!学校に遅れちゃう!行こう!らりぴー!」
そう言って俺の前脚を掴み駆け出す日向。
ちょちょちょ、俺を学校に連れていっていいのかよ!?
「だって、らりぴーは私の相棒なんでしょ?だったらいつでも一緒にいなくちゃ!」
いやいやいや、マスコットと化した俺が学校に行っちゃまずいでしょ!
結論から言うと、全然問題なかった
どうやら日向は学校でも一目置かれる馬鹿だったらしい。
俺がいる事で日向が魔法少女になったことは瞬く間に知れ渡ったようだ。
「やっぱりね……」
「絶対に魔法少女になると思ってた」
「ほら、俺の言ったとおりだろ、千円な」
「クソ~三学期までは持つと思ってたのに」
などという言葉が教室に飛び交っている。
先生など俺を見て何かを悟ったような、諦めたような微笑みを見せている。
実際に学校に来てみて分かったのだが、確かに日向は頭が悪かった。
それも尋常じゃなく。
しかし別に授業を放棄しているわけではなく、積極的に授業に参加しているのに尚頭が悪いのだ。
例えば、社会の授業で「日本の最南端にある県は?」という質問をされた時に(いや、こういう質問をされる時点でやばいのだが)自信をもって「南極!」と答えるレベルだ。
常時こんな感じだから生徒に知識を与え未来へ進む道を示すと燃えている教師ほど心が折られている。
「私、日向さんを教えるようになって教師を続ける自信を無くしました……」
なんて悩みを日向の担任教師から打ち明けられてもなんて答えていいかわからないんだが。
だがそんな日向は別にクラスで浮いてるわけでも苛められてるわけでもなく、むしろ輪の中心になって場を明るくするキャラだった。
そんな日向だからこそ魔法少女に選ばれたのかもしれない。
そんなこんなでその日は終わり、俺と日向は帰路についていた。
「きゃーーーーーー!」
絹を裂くような叫び声が聞こえたのはその時だった。
「これは事件だよ!」
日向は俺を抱えて即その叫びが起きた場所に向かった。
まさかその日のうちに魔法少女案件か!?
「ひゃっはー!おらおらぁロードレイダースのお通りだあ!」
「逆らう奴らは皆殺しだぜー!」
「呂怒 零痔様を崇めろ!豚は死ね!」
そこにいたのは、改造バイクに乗り、袖なしの革ジャンを着て顔中にペイントをした男たちの集団だった。
そりゃ確かに悪だけどさ、魔法少女が戦うのってもっと怪人っぽい人達じゃないんだろうか。
「逃げろぉ!あいつは呂怒零痔、この街の代議士の息子なんだ!
警察もあいつらには手出しできないぞ!」
「女子供を避難させろ!シャッターを閉めろ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う街の人々。
なんなの、この世界。
マッドマックス的暴徒が街を蹂躙してる無法の世界なの?
「おらおら、逃げまどえ豚ども、この呂怒零痔様がこの街の支配者だ!」
大型のチョッパーに跨り、でっぷりと太った中年男が下品に高笑いしながらバイクで蛇行運転をしている。
いい年してあんなことして恥ずかしくないんだろうか。
「轢き殺されたくなかったら命乞いをしろぉ!跪いてロードレイダーズに忠誠を誓え!」
「おらぁ、豚共は豚小屋に引っ込んでな!」
逃げる人々に対してロードレイダースと名乗っている暴徒共は我が物顔で暴れまわっている。
「待ちなさい!」
そこに立ちふさがるのは、魔法少女……になったばかりの日向だ。
「あなた達の乱暴狼藉、お天道様が見逃してもこの私が見逃さないわ!
今すぐおうちに帰って反省なさい!」
どうでもいいが割と言い回しが古いな、この娘。
「なんだあ、この小娘は?」
「おいおい、怪我したくなかったらすっこんでな!」
ロードレイダース共は出てきたのが小さな女の子とわかってバイクから降り、下卑た笑い声をあげて近づいて来た。
魔法少女になるなら今しかない!
「日向、マジカルスティックで変身だ!」
俺は日向に囁いた。
「あ、あれね、家において来ちゃった!」
「……は?」
「だってあれって微妙な長さでしょ?鞄に入れても飛び出しちゃうし、学校に持っていったのばれたら没収されちゃうから家を出る時に靴箱の上に置いて来たんだよね」
いやいやいやいや、確かに理屈は通ってるが、それでも魔法少女が変身グッズを家におきっぱなしにするか、普通?
いや、これはそもそも中途半端なサイズの変身グッズを用意した女神に責任が……
し、しかし、今はそんなことを言ってる場合じゃない!
「な、なら、予備用に渡しておいたマジカルコンパクトで魔法少女にメイクアップだ!」
「あ~、あれね~。
なんか机の中に入れっぱなしにしてきちゃったみたい、てへっ」
「……だ、だったら、こんなこともあろうかと昼休みにスマホにインストールしておいたマジカルアプリで魔法少女にコンパイルだ!」
「わかったよ!らりぴーちゃん!
あ……スマホのバッテリー切れてた」
「……こ、こうなったら最終手段しかない!マジカルスペルで魔法少女にトランスフォームだ!さあ日向、僕の後に続いて唱えるんだ!……えーと、確か女神に貰ったメモがこの辺に……」
「じゃあいくよ!……まじかる みらくる めたもる りりかる ぱわふる なっくる だいなみっく もめんたむ とぅいんくる えんたんぐる まほうしょうじょにとらんすふぉーむ!……で合ってるの……か?」
「OK、いくよ!マジカル ミラクル メタモ…………なんだっけ?」
……こんなん覚えてられるかあああ!
なげーよ!暗号通貨ウォレットのパスフレーズかよ!
そもそも魔法少女が馬鹿だってわかってるならもっと短いキーワードにしろっての!
あの女神、絶対に後でクレーム入れてやる!
しかしそんなことをしてる間に周りを男達に囲まれてしまっていた。
呂怒零痔一行が舌なめずりをしながら日向をなめるように見ている。
「ま、不味いニャ、ここは一旦退却して体制を整えるニャ!」
焦って語尾が変になってしまった。
しかし当の日向は状況が分かっていないのかけろりとしている。
「グヘへへへ、恐怖で感覚がマヒしてるのか?安心しろよ、命までは取らねえからよ。俺達に逆らったら地獄を見るって事を教えてやる」
下品な笑い顔で近づいてくる呂怒零痔。
「は、早く逃げるニャ!」
呂怒零痔の手が肩に触れる瞬間、
「えー、大丈夫だよぉ」
そう言った日向の足が呂怒零痔の膝に食い込んだ。
呂怒零痔の膝が曲がってはいけない方向に曲がっている。
「はばばばばばばあああっ!?」
絶叫をあげてへたり込む呂怒零痔。
「だって、この位の数だったら魔法少女にならなくっても全然平気だもんっ」
「て、てめっ……」
掴みかかろうとした別の男は喉に手刀を叩き込まれ、悶絶して膝をついた。
「危ないからここで待っててね」
そう言って日向は俺を地面に下ろし、迫りくる集団に向かっていった。
頭に振り下ろされた鉄パイプをスウェーでかわし、がら空きの脇腹にかち上げるようなショートアッパーを叩きこむ。
男はげろを吐いて膝をついた。。
後ろから頭に拳を振り降ろそうとした男はノールックの後ろ蹴りを股間に食らってうずくまる。
諸手で抱え込もうとした男はジャンプして振り向きざまの膝蹴りを顎に食らい、歯を散らしながらもんどりうつ。
凄まじい戦闘能力だ。
母親が元気なだけが取り柄と言っていたが、元気どころの話じゃねーだろ。
見ているだけでバタバタと大男達が倒れていく。
これはもう時間の問題かな……
そう思っていた時、不意に後ろから首根っこを掴まれた。
「うらぁ!そこを動くんじゃねえ!小娘が!ちょっとでも動いたらこいつをぶった切るぞ!」
首根っこを掴まれながら振り返ると、そこには青筋を立て脂汗まみれの呂怒零痔の顔があった。
折れ曲がったままの膝で地面に座り込み、俺の首元にバタフライナイフを突き立てている。
「動くんじゃねえぞ、このクソガキが。ちょっと動いたらこの……猫……?みてえなのをぶっ殺してやる!」
「らりぴーちゃん!」
しまった。
まさかこの俺を人?質に取るとは。
立ち止まった日向を鼻血まみれになったロードレイダースの2人が後ろから羽交い絞めにした。
「このガキが~、散々好き勝手しやがって
手足の一本二本じゃ済まさねえぞ!」
「地獄を見せてやるからな
今から謝っても遅えぞ!」
男達に拘束され、がっくりと顔を落としている。
「う、うううう、ううううう」
泣き声まで聞こえてきた
まずいまずいまずい、このままだと俺のせいで日向が!
必死に呂怒零痔の手を振りほどこうとするが悲しいかな所詮は小動物サイズのマスコット。
可愛らしくじたばた動くだけで何もできない。
「へへへ、所詮はメスガキだあ。こうなっちまえば可愛いもんだな。この俺をこんな目に合わせた報い、その体にきっちり教えてやらあ」
形勢逆転を見るや態度が大きくなる呂怒零痔。
「うがあああああああ!!!!!!!!!」
その瞬間、日向を羽交い絞めにしていた男達が吹き飛ぶ?
「?」
「うるるるるるるるるるるるっ!!!!」
日向は獣のような雄たけびを上げて周りの男に掴みかかった。
いや、掴みかかるなんて生易しいもんじゃない、当たるを幸い切り裂いている。
ナイフを構えようとした男の顔が爪で切り裂かれる。
逃げようとした男に後ろから襲い掛かり、頭をかきむしる。
三人がかりで抑え込もうとした男達を高速横回転しながら爪と足でずたずたにする。
「ふーっ!ふーっ!ふーっ!」
残った男達を血だるまにし、のそりと呂怒零痔に近寄ってくる日向。
その目は血走り、もはや人間としての面影はどこにもない。
なんなのこの娘、体内に古代の魔獣でも封印してんの?
「ち、近寄るんじゃねえっ近寄るとこいつを刺すぞ!」
いやいや、勢い余って刺さってるから!おもくそ刺さってるから!
しかしナイフで刺されても特に痛みは感じないし刺された後もすぐに塞がってる。
どうなってるの、俺の体?
いや、そんなことに疑問を持ってる場合じゃない。
このままじゃ日向が人を殺しかねねえ。
「お困りのようですね~」
「うわあびっくりしたあ!」
突然頭の中にアマーリアの声が響いてきた。
「な、なんだよ、見てたのかよ!」
「はい~、日向さんは魔法少女になったばかりですから~。一か月間は無料のモニタリングサービスが付いてくるんですよ~」
「家電かよ。つーか一か月後は有償になんのかよ!」
「いや、それどころじゃねえ!このままだと日向が人殺しになっちまう!」
日向は性懲りもなく立ち上がってくるロードレイダースの面々を相変わらず獣じみた動きで蹂躙している。
「それは困りましたね~。では、俊明さん止めていただけますか~?」
「あんなんどうやって止めるんだよ!」
「大丈夫ですよ~マスコットの牙は魔法少女の抑制機能がついてるんです~。俊明さんが日向さんの頭に噛みつけばすぐに行動不能になりますよ~」
「……おそろしく大雑把な機能だな……
って、あんな機動力の奴を捕まえられるわけねえだろ!」
「問題ありませ~ん。マスコットは魔法少女の頭に飛びつくイメージをしさえすれば全ての事象を吹っ飛ばして頭に飛びついたという結果だけが残りますので~」
……とんでもない能力だな、おい。
なんかマスコットの能力を場当たり的に決めてないか?
しかし今はそんなことに疑問を持ってる場合じゃない。
「日向!」
叫んで日向の頭に飛びついた自分を想像する。
その瞬間、俺は日向の頭に飛びついていた。
マジだ!凄え!
感心する間も惜しんで俺は日向にかぶりついた。
今まさにぐったりとして動かなくなった男の襟首を掴み、心臓に手刀を叩きこもうとしていた日向はその瞬間にスイッチが切れたように地面に倒れ込んだ。
「ま、間に合った……」
ほっと溜息をつく。
さて、警察が来る前にどうやって退散したものか。
そんな事に悩んでいると後ろから殺気が放たれているのに気付いた。
振り返ると、呂怒零痔が足を引きずりながら近づいてくる。
しまった、こいつがまだ残ってたのを忘れてた!
しかも周りではあれだけズタボロにされたロードレイダースが立ち上がってきている!
こいつらの耐久力は化け物か!?
「……な、なんか知らねえが、急に倒れやがった」
「ちょ、ちょうどいい、今のうちに二度と起き上がれないようにしてやれ!」
「この呂怒零痔を舐めた事を後悔させてやる!」
まずい、日向は完全に意識を失っている!
「おい、アマーリア、どうすんだ!このままじゃ日向が再起不能にされちまうぞ!」
「あらあら、困りましたね~」
「あらあらじゃねーよ!
なんか意識を取り戻す方法はないのかよ!リセットボタンとか付いてないのか?」
「魔法少女はゲーム機じゃないから付いてないですね~」
「……こうなったら俊明さんに日向さんの中の魔法少女を呼び出してもらうしかないみたいですね~」
「そんなことができるのか?」
「できますよ~。魔法少女とマスコットは魂で結びついて一心同体、一蓮托生ですから~。魔法少女の意識がない時はマスコットが魔法少女を呼び出すことが可能なんですよ~」
さらっと恐ろしいことを言われた気がするが、その疑問は後回しだ。
「わかった、何をやればいい?」
「それでは~頭の中に魔法少女を思い描き、マジカルスペルを唱えてください~」
「……よ、よし、やってみるぞ!」
俺は大きく息を吸い込んだ。
一か八かだ!
「マジカル ミラクル メタモル リリカル パワフル ナックル ダイナミック モメンタム トゥインクル エンタングル 魔法少女にトランスフォーム!」
言えるもんだ。
俺がマジカルスペルを唱えた瞬間、俺と日向の周りがまばゆい光に包まれる。
「えっ」「なにっ」「なんだあっ?」
突然のことに動きを止める呂怒零痔とロードレイダース。
やがてその光の中央、立ち込める白煙の中に起き上がる影があった。
それは、魔法少女の装飾に身を包んだ…………俺だった。
いつの間にか人間だった頃の姿に戻っている。
身につけているのは真っ黒で裾や襟にショッキングピンクのフリルが付いた上着、それに合わせた同じように黒地にショッキングピンクのフリルが付いたひざ下二十センチのミニスカート、黒いスパッツ、同じくショッキングピンクの縁取りがされたブーツ、そして同じくショッキングピンクの装飾が施されたアームカバー。
ご丁寧に頭には黒とショッキングピンクのリボンまで付いている。
紛う方なく俺の思い描いていた魔法少女の衣装そのものだった。
着ているのは俺だったが。
「無事に変身できたみたいですね~よくお似合いですよ~」
「おい……これはどういう事だ……?」
「ですから~、俊明さんが魔法少女を呼び出したんだですよ~。立派な魔法少女になられてますよ~」
「そうじゃねえ!な・ん・で!俺・が!魔・法・少・女に!なってるんだよ!」
「仕方がないんですよ~。日向さんが魔法少女になれない場合の代替機構がマスコット本来の役割ですから~」
「そんなこと今まで一言も言ってなかったじゃねーか!」
「そうでしたっけ~?
でもこれでお分かりになりましたよね~」
「てめえ、殺す、あとでぜってー殺す!」
「まあまあ、そんなに怒らないでくださいな~
それでは、頑張ってくださいね~」
くそ、一方的に通信を切りやがった。
あの女神、落ち着いたら絶対に痛い目に遭わせてやる。
俺はゆらりと呂怒零痔の方を振り向いた。
奴らはというと……爆笑していた。
「だーはははははは!変態だ!変態が来やがった!」
「なんだそれ?魔法少女か?魔法少女なのか?
ひょっとして魔法少女がその女を助けに来たのか?」
「やめてくれ~、笑い死んじまう!」
「おい、そこの変態!どっから降ってきたんだ?」
さっきまでの負傷はどこへやら、地面を叩きながら笑い転げている。
「言い忘れました~。マスコットが魔法少女に三分間だけですから~。三分過ぎたらまたマスコットに戻ってしまうので気を付けてくださいね~」
思い出したようにアマーリアから通信が入ってきた。
「おい、スマホだ!あの変態をスマホで撮ってネットにバラ……」
「マジカルグリズリースラァァァァッシュ!!!!!!」
その言葉が終わるのを待たずに俺の放った衝撃波で呂怒零痔達は吹き飛び、完全に昏倒した。
こんな恥ずい恰好、三分だって待ってられるか!
「おい、片付けたぞ!
早く元の姿に戻せ!」
「それはできませ~ん、三分待ってくださ~い」
「ふざけんな!さっさと戻せ!
今すぐ戻せ!」
「まあまあ、せっかく元の姿に戻ったのですから~
三分だけでも人間としての自由を満喫してはいかがですか~?」
「殺す殺す殺す!
今すぐ戻せぇぇぇぇぇぇぇ!」
動く者のいなくなった路上で、俺の叫び声だけが木霊していた。
「うーん……あれ?」
日向が目を覚ました。
不思議そうにあたりを見回している。
無理もない、ここはさっき戦った路上からほど近いところにあるビルの屋上だからだ。
あれから騒ぎを聞きつけた人達の視線を感じていたたまれなくなってここに避難したのだ。
あんな姿をネットで晒されたら命を絶つしかない。
「もう終わったの?」
「ああ、全て片付いたさ」
日向はビルの端まで行ってあちこちで伸びているロードレイダース達を見て
「……私、またやっちゃったんだ……」
としゅんとなった。
いや、とどめを刺したのは俺だけどね。
まあ半分位は日向のバーサク状態の賜物か。
って、さっきまたと言ったか?
「前もこういうことがあったんだよね。お父さんが和牛オーナー?とかいうのに失敗した時に怖いオジサン達が家にきて、気が付いたらみんな血だらけになって倒れてて……」
日向の親父さん割とクズなのか?
「……ま、まあいいさ。相手は悪いやつらだったんだろ?だったら問題なし、そいつらもいつかそうなるという覚悟だったろうしな。だからあそこで伸びてる奴らもきっと満足してるって」
「そうかな……そうだよね!」
「ああ、そうさ!これからもこの調子でやっていこうぜ!そうだ、最後に一つ魔法少女になってやってほしいことがあるんだ。アマーリアに言って変身の呪文を短くしてもらったからさ、”マジカルトランスフォーム”と唱えてみてくれ。」
「わかった!マジカルトランスフォーム!」
唱えた瞬間、まばゆい光に包まれて今度こそ日向が魔法少女に変身した。
先ほど俺が来ていたコスチュームに身を包み、髪もセミロングからウェーブのかかったロングに変わっている。
「……これが魔法少女のコスチューム?なんか襟元とか袖がだるだるなんだけど……」
「……ま、まあそれは次回の変身時には直ってると思うから!」
「魔法少女のコスチュームが黒にピンクって珍しくない?」
「それなら返り血も目立たないと思ってな。それに女の子の服と言ったら黒にピンクだろ?」
「それって小学生のセンスだよ~。私としてはパステルカラーにちょっと差し色を入れるくらいのが可愛くて好きなんだけどな~」
意外と好みがうるさいな。
まあそれが女の子か。
「まあまあ、とにかくマジカルエビデンスエリミネーションと唱えてくれないか?」
「わかった~。
えーと、マジカルエビデンスエリミネ~ション!」
日向がそう唱えると全身から光の粒子が発生し、ビルの下へと降り注いでいく。
「よし、これで俺達がやったという痕跡はなくなった。警察もあいつらが仲間内でケンカをしたと思うだろう。仮に俺達にやられたと言っても単なる妄想だと思われるだろうな」
これで一件落着だ。
「これでおしまい?」
「ああ、無事に悪は倒された。
これも全部日向、いやマジカルビーストのおかげだよ!」
「……マジカルビースト、それが私の名前……私、本当に魔法少女になったんだ!」
「ああ、見事だったよ!」
「やったー!」
俺と日向、今はマジカルビーストとらりぴーはビルの屋上で飛び回った。
「おめでとうございま~す」
空中からアマーリアが現れた。
「素晴らしいデビューでしたよ、日向さん。
「女神様!」
振り返るとそこにはアマーリアが立っていた。
「てめええええええ!」
俺は飛び掛かり前脚で殴りつけたがそこはマスコットの悲しさ、ポコポコとリズミカルな音がするだけだ。
「まあまあ、らりぴーさん、無事に解決したのですから、過ぎた事は水に流して」
「てめえがそれを言うなああああ!」
疲れ果てるまでアマーリアをどつき、屋上でへばりこんでると何もかもどうでもよくなってきた。
まあどうせ転生した身だし、別に良いか。
「デビュー戦、おめでとうございます。」
「ありがとう、女神様!」
日向とアマーリアはにこやかに談笑をしている。
「ですが、この世界にはまだまだ悪がはびこっています。マジカルビースト、あなたの力が必要なのです。これからも頑張ってもらえますか?」
「うん、私頑張るよ!」
アマーリアの言葉に力強く頷く日向。
そもそも悪の元凶はこのアマーリアなんじゃないだろうか。
「としあ……いえ、らりぴーさん、マジカルビーストの事をよろしくお願いしますね」
「ああ、わかったよ。そのかわり、天国に行く時はよろしく頼んだからな」
「承知しておりますよ~それでは今日はゆっくりお休みくださいね~」
そう言ってアマーリアは消えた。
いつしか太陽が西の空に傾きつつあった。
「……帰ろっか?」
日向が俺に聞いてきた。
「……ああ、そうだな」
俺は答える。
色々なことがあった一日だったが、何故だか妙にすっきりしている。
これが正義を執行した達成感なのだろうか。
だったらマスコットに転生したのも悪くないのかもしれない。
俺は日向の頭にしがみついた。
この能力もなんだかんだで便利だ。
もう少し、頑張ってみるかな。
そういう風に思えてくる。
ビルの屋上に俺達の影が長く伸びていた。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
4112
-
-
1512
-
-
141
-
-
111
-
-
104
-
-
310
-
-
59
-
-
59
-
-
549
コメント