ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

ミッドネア

 「別に良いじゃないか、やりたくないと思ってても。俺だってルノアの立場だったらそう思ってたよ。」


  「二つの強国に挟まれた小国で急遽王位を継ぐことになり、家臣は保身にだけ長けたやる気のない連中ばかり。これでやる気になれって方が無理ってもんだよ。もし俺がその立場で、仮に断れる状態だったら絶対に断ってただろうな。」


 「それにルノアには他にやりたいことがあるのも知ってる。やりたい事を我慢してやりたくもない事をしてるんだ。不安になるのも当然だね。」


 「前もルノアは魔術を続けたいと言ってたよな。俺も続けたらいいと思う。そしてミッドネアをそういう国にできるのはルノアだとも思う。」


 「やりたいことがあって、国の事も思える、そんなルノアだからこそこの国の王に相応しいんだ。でも不安だろうし大変なのも間違いないはずだ。だから、その時は俺に手伝わせてくれ。」


 「ルノア一人に重荷を追わせたりはしない。俺も隣で一緒に持つから。だから、辛い時にはいつでも言ってほしいんだ。」


 「仁志殿の言う通りじゃ。」


 髭をさすりながらドラガルドが後を続けた。


 「姫様だけにこの国を背負わせたりはしませんぞ。儂はいかなる時も姫様と共にありますゆえ。どうぞ我がままを言ってくだされ。この老人にできる事は可愛い姫様のわがままを聞くことくらいですからな。」


 「叔父様……」


 ルノアは俺達を見つめた。


 やがて大きく息を吸い……




 「私……女王なんて……やりたくなああああああああああい!!!!!」


 絶叫した。


 「女王なんて、面倒くさい!面倒くさい!面倒くさい!やりたいなんて一度も言った事ない!ずっと魔術の研究していたい!」


 「もうやだ!国のためとか国民のためとか、そんなの知らない!見たこともない人のために頑張るなんて、そんなのできない!毎日遅くまで愛想笑いをしながら人の話を聞いて、よくわからない事に許可を出して、そんなのもううんざり!」


 「お世辞もおべっかもうんざり!政治とか外交とかそんなの興味ない!私は魔術が好きなの!魔術の研究だけをしていたいの!」


 「朝起きて研究して、昼も夜も研究して、実験して、成果を確かめて、それが誰かの役に立つならそれが一番嬉しいの!」


 「女王なんてやりたくない!」




 一気に叫び、真っ赤な顔でゼエゼエを息を切らしている。


 でも凄くすっきりした顔をしている。
 そんなルノアは……凄く可愛かった。
 最初に出会ってから今までで一番可愛いと思った。
 きっとこれが彼女の本来の表情なのかもしれない。




 「よう言った!」


 ドラガルドが膝を叩いて大笑した。






 「儂も軍の大将なぞやっているが、本当なら一日釣りをしていたいものよ。なんの因果でこんな面倒くさい役職についてしまったのやら。毎日引退後の暮らしを夢見て過ごしているほどですぞ。」


 そう言ってルノアにウインクする。






 「それでいいんだよ、ルノア。やりたい事をやれる者などごく僅かだ。傍から見たら好き放題できる権力を持ってるように見える者でも、本当に自由にやってる者などそうはいないと思う。」


 「力を持てばそれだけしがらみも増えるし、最初は好きで始めたとしてもいずれしがらみの方が重くなっていって、好きだったものが好きじゃなくなる事だってある。気持ちを押し殺す必要なんてないんだ。」


 「だから、もしここでルノアが逃げ出したい、と言っても俺は止めない。いや、ここにいる三人を止めてでも逃がすよ。俺はルノアを守ると約束したんだから。そしてそれが俺のやりたい事だから。」






 「仁志様……」




 「ふん、小僧がいっぱしの口を。」


 ドラガルドがふんと鼻を鳴らした。






 「まあ姫様が逃げ出すならしばらくは儂の屋敷でかくまう事になるでしょうな。その後で身分を偽って西方諸国へ逃げる事になりますかな。なあに、国のことなど残ったものに任せておけばいいのです。のう、ソリナス?」






 「そこで私に振りますか?」






 「そんなことになったら真っ先に責任を追及されるのはドラガルド将軍ですが、私も責を問われることになるのは間違いないですからね。お三人と一緒に逃亡する事になりそうです。まあ元々身寄りのない身なのでどこへでも行けますけどね。西方諸国なら知らないわけでもないし伝手もありますよ。」






 そう言って肩をすくめるソリナス。






 「……ありがとう……みんな……。」


 しばらくしてルノアが口を開いた。




 「凄く嬉しかった。私もできることなら女王の責務なんて放り出して自由に生きてみたい、何度もそう夢見てきた。でも、やっぱり私はミッドネアが好き。」


 「雪を頂く山々がそびえ、豊かな緑の森と草原が広がり、澄み渡った川が流れ、私の事を慕ってくれる臣民や国民のいる、父上や母上みんなが愛したこの国を私も愛してる。だからこの国を捨てられないし捨てたくない。」


 「……今も私に務まるかわからないし不安もある。でも、女王は私の責務。私はこの国を守りたい。ノーザストにもサウザンにも渡したくない。」


 「それは凄く大変な事だし、今の私ではきっと、いえ絶対に無理。」


 「……だから……私に手を貸して。」


 「女王として臣下に命令するんじゃない、一人の人間として、力及ばない未熟者としてお願いします。私と一緒に、この国を、国民達を守って。」




 「もちろんです、姫様。」


 「ああ、当然だ。」


 「ミッドネア軍人としてどこまでもお供します。」


 「……。」


 俺はルノアの前に跪いた。


 「ルノアと一緒にミッドネアを守る。臣下としてじゃない、志を同じにする仲間として誓う。」


 他の三人もそれに続いた。


 「ありがとう、みんな。」


 その顔にはもう怯えも不安さもなかった。


 未来を見つめる顔があった。


 「……仁志様、今はまだ仁志様を元の世界に戻す方法はわかりませんが、必ず見つけ出します。 それまでどうか今しばらく待っていただけますか?」






 「あ~……、その事なんだけど……その、仁志様という呼び方は止めてもらえないかな?なんか様を付けられるとむず痒いというか……それにほら、俺達はもう仲間だろ?仲間だったら他人行儀はなしだ。これからは俺の事は仁志、って呼んでくれ。俺もルノアと呼んでるんだしさ。」


 「わ……わかりました。で、では……ひ、ひと……ひとし?」


 「そう、それでいい。」


 「改めて、よろしくお願いしま……よろしくね、仁志。」


 「ああ、こっちこそ、よろしくだ。」


 ルノアが差し出した手をがっしりと掴む。


 「あ~、お二人とも良い雰囲気に水を差す用で悪いんじゃが。」
 ドラガルドの言葉に俺達ははっとして磁石の同極のように手を離した。




 「べ、別にいい雰囲気とかじゃありませんっ!」
 ルノアの頬が主に染まっている。
 俺も顔が熱くなるのを隠し切れない。




 「そろそろ城に着きますからな。臣下を驚かすようなことはそろそろ控えておいた方がいいですぞ。」


 ドラガルドはニヤニヤと笑い続けている。


 「だからそんなんじゃありませんってばっ!」


 そうこうしているうちにグリフォンが城へと着いた。


 俺達の作戦が成功したことは既に城へも届いているのだろう。


 場内の人間が大勢城に詰めかけ、城の周りにも人だかりができている。


 「これは、落ち着いたら祝賀会が必要かもしれませぬな。」
 顎をさすりながら感心したようにドラガルドがつぶやく。


 輿のドアが開かれ、ドラガルド、ソリナスが降り、それからルノアが続いた。


 輿から降りたルノアが振り返る。




 「仁志、改めて私の……私達のミッドネアへ、ようこそ!」


 そう、ここが今の俺の居場所だ。
 いつまでいるのか、いつまでいられるのかはまだわからない。


 でも今はここで生きると決めた。
 俺の異世界での生活は、ここから始まるんだ。


 俺は輿を降り、ルノアの待つ元へ一歩足を踏み出した。
 空は青く晴れ渡っていた。





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